第20話 敵性反応捕捉。接敵する前の遠距離攻撃を推奨する。
バルザックの船に乗り換え、1週間が経った。
イフェスティオまでの道程は遠く、船上で過ごす時間はたっぷりとある。
その間、僕とメリアはブレイドとククリによって徹底的にしごかれていた。
「攻撃が大振り過ぎるって言ってんだろうが!
ザコ敵相手の戦い方ばっかしてんじゃねえ!」
ブレイドの強烈な回し蹴りが僕の脇腹を捉える。
なんとか、その場に踏みとどまるがあまりのダメージの甚大さに膝をついてしまう。
チラリと横を見ると、
「攻め手を用意しない守りは守りになりません。
相手を制することを意識した動きをしないと」
「ぎゃああああああ! 痛い痛い痛い!
降参! 降参するって言ってんだろうが、コラぁ……」
メリアは悪態(本人にとっては懇願)をつきながら、ククリに関節を極められ涙目になっていた。
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【転生しても名無し】
「可愛がりを受けて涙目のメリアちゃん萌え」
【転生しても名無し】
「姐さんも強いなあ。
メリアちゃんがこれで強くなってくれたら、ホムホムも一安心だね」
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強く……なれるのかなあ?
メリアは痛みの残る右肘をさすりながら甲板の手すりにもたれこむ。
「うう……バルザックさんの船だから、前みたいに本を読んでのんびり過ごせると思っていたのに……」
「同乗者が悪かったな」
僕は髪に付けたリボンを外し、頭から海水をかぶる。
ブレイドとの戦いで生じた熱を冷却するために。
「おうおう、水も滴る良い女じゃねえか」
バルザックは相変わらず酒を手放そうとしない。
僕がいたぶられるさまを肴にしていたと思われる。
「あなたも鍛えてもらったらどうだ?
ブレイドいわく腕っ節の強い男はモテるらしいぞ」
「へっ。そんなの若いうちに卒業してるっつーの。
大人の男は余裕を持って女を甘やかすのが器量ってもんさ」
といって、酒をあおるバルザックの言葉を聞き流して、僕は再びリボンで後ろ髪を縛った。
「てか、それお揃いなんだな。
仲いいね、お前さん方」
バルザックは僕とメリアの髪に付けたリボンを見比べていった。
今日のメリアは髪の毛を三つ編みにして、先の方にリボンを付けている。
メリアは三つ編みを摘んで揺らしながら、へへっと笑った。
一息ついたところで、ブレイドとの鍛錬を再開しようと練習用の剣を構えたが、ブレイドは逆に剣を納めてククリに預けた。
「もう終わりなのか?」
普段ならば僕の足腰が立たなくなるまで続けるのに。
「ああ。鍛錬で疲れ果てて本番は動けませんでした、じゃ話にならねえからな」
ブレイドの言葉を聞いて、バルザックも酒瓶を床に置き話に加わる。
「索敵用の鳩を何羽か飛ばしたが戻ってこねえ。
どうやら敵さんの縄張りに飛び込んでるらしいな」
「そういうことだ。
いつ戦闘になってもおかしくねえってことだ。
気を引き締めておけ」
このあたりの海は魔王軍の影響下。
大海原を見渡してもそれらしき影は見つからないが、敵軍と遭遇することも想定した上で航行しなくてはならない。
「休むのも仕事ですよね。
私はハンモックに――」
「メリアさんは鍛錬続けますよ」
ククリの一言に悲壮な顔をするメリア。
「ええーっ! なんで!?」
「メリアさんは疲れ果てていても戦力は変わらないので」
「それって役立たずと言ってんのか? コラあ」
「役立たずになりたくないなら、少しでもマシになりましょう。
さあ、構えて」
メリアは頬を膨らませながらソーエンのロングナイフを逆手に握って構えた。
僕はメリアのへっぴり腰のナイフ捌きを見て思う。
つくづく戦うことに向いていない。
不器用そうなのはもちろんだが、何より心構えの問題だ。
相手をしているククリに自分の振り回す刃が当たることを恐れている。
心配しなくても、メリアの腕ではどうあがいてもククリの肌にかすり傷一つ負わせられないのに。
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【転生しても名無し】
『そりゃあメリアちゃんは優しいから。
戦闘では役立たずでもええんやで』
【転生しても名無し】
『俺らからすれば、刃物を平気で人に向けて振り回せるほうが異常だけどな。
平和で戦争なんかと関係ない暮らししてるからだ、って言われたらそれまでだけど』
【◆ダイソン】
『相手が重要だよな。
俺がそっち行ったら人間相手は無理だろうけどモンスターとか相手なら遠慮なく剣を振れるわ』
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相手……か。
ふと、バットの船での戦いのことを思い出した。
バットがククリを暗殺の道具として使っていると知った時、メリアは怒りを露わにした。
殺意と言っても構わないくらいに。
メリアもバットに対してなら刃を突き立てられたと思う。
そう思うくらい、あの時のメリアは人が違って見えた。
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【◆与作】
『姐さんの境遇に自分を重ねたんじゃないかな。
『娘を暗殺の道具にするなんて』って言ってたろ。
メリアちゃんも家の商売の道具にされてたわけだし、親が子どもを道具扱いすることに嫌悪感を抱いたとか』
【転生しても名無し】
『ふだんの臆病でのほほんとしているメリアちゃんの雰囲気じゃなかったね。
ああいうメリアちゃんも俺は好きだけど』
【転生しても名無し】
『俺もだよ』
【◆バース】
『ワイもやで!』
【転生しても名無し】
『ミーもざんす!』
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あなた達はいつも変わらないな。
僕は腕を上げて体を伸ばす。
一方、メリアはククリに腕を捻り上げられてもがいていた。
自分の身を守れるくらい強くなってほしいと思うが……別に戦えなくてもいい。
メリアは今のままでいい。
怒りに満ちた顔をして戦わなくたっていい。
戦うことに向いている者が前に出ればいいだけなのだから。
鍛錬を切り上げるようククリに言おうと思って近づいた、その時だった。
カン! カン! カン!
と警鐘が鳴り響く。
マストの上から遠くを見渡していた船員が鐘を打ち鳴らし「敵影確認!」と繰り返し叫びだした。
船上に緊張が走り、甲板に人が集まってくる。
バルザックは望遠鏡を目に当てて遠くを凝視する。
「チッ……見つかっちまったか」
吐き捨てるようにそう言って、バルザックは望遠鏡を僕に投げてよこした。
僕も同じ方角を望遠鏡で覗くと、一隻の帆船が見えた。
一見、何の変哲もない船だが、甲板に見える人影は全て、肉のない骸骨の兵士――スケルトンだ。
人間とほぼ同じ骨格をした骨だけのモンスター。
個体としての戦闘力は普通の人間と大差ないが、人間同様武器を扱えるため、集団になると厄介であるとインプットされている。
そして、スケルトンは魔王軍の下級兵である。
「ついに魔王軍との戦闘か。
腕が鳴るぜぃ」
ブレイドは手で拳を握るようにしてボキボキと指の骨を鳴らす。
「オイオイ、勘弁して下さいよ!
あんなの一々相手にしていたら、一生かけてもイフェスティオまでたどり着けやしませんぜ!」
バルザックは腰を低くしつつもブレイドをなだめようとしている。
「まー、確かにな。
見たところ雑魚ばっかみたいだし、見逃してやってもいいか」
そう言って、ブレイドはバルザックの肩を叩く。
バルザックはふぅと息を吐いて胸をなでおろした。
「野郎ども、全速前進!
一気にガイコツ野郎どもを振り切るぞ!」
バルザックの命令を受けて手下たちは慌ただしく動き出した。
船は速度を上げて、この海域を脱出しようとする。
だが、魔王軍の船もこちらに気づいたようで、まっすぐこちらを追ってくる。
「振り切れるか?」
僕はバルザックに尋ねる。
「さあな。海の神様の気分次第ってとこだろ」
バルザックはドカッと看板に置かれた木箱に腰をかける。
「この船の船員は戦えるのか?」
「スケルトンくらいならある程度はな。
だが、白兵戦に限った話だ。
こちとら飛び道具がほとんどねえからな」
僕は再び望遠鏡で敵の船を覗く。
甲板に溢れかえるほど湧くスケルトンたちの多くは弓を装備している。
射程距離は50メートルといったところか。
まだ、僕達の船との距離は200メートルはあると思われる。
だが、もし距離が詰まっていけば、反撃の手段がないこの船は一方的な攻撃を浴びせられる的にされてしまうだろう。
「ブレイド、ククリ。
あなた達は遠距離攻撃魔術とか――」
「無理に決まってんだろ。
俺たち純血のソーエン人だぜ。
ソーエン人は民族的に魔術に向いてないんだ」
打つ手はない。
いっそ、ブレイドの言うように接近して移乗攻撃でも仕掛けるか?
いや、それではこちらの被害はバカにならないし、こちらに遠距離攻撃手段がないと分かれば距離をおいて戦おうとしてくるだろう。
その程度には魔王軍の手先は頭が回る。
戦いが長引けば、向こうに援軍がやってくる可能性もあり、そうなればひとたまりもない。
僕が考えている間に、船との距離は縮まっている気がする。
こうなったら、僕とブレイドが泳いで船に取り付いて、乗り込むしかないか。
僕は剣を握る。
ブレイドも僕の思考を読んだのか、剣を鞘から抜き始めた。
緊迫した空気が甲板上に漂う。
ところが、
「あの〜、私がなんとかしましょうか?」
サンタモニア語で発せられた控えめな提案に、誰もが声の主の方向を向く。
「……メリア?」
少しの間を置いて、誰かがプッと吹き出すと、笑い声が甲板にいる全員に伝染した。
「ガハハハハハハ! そいつはいいな!
お嬢ちゃんがなんとかしてくれるならもう安心だ!」
と、バルザックは腹を抱えて笑う。
「今のはいい冗談ですね……フフっ
みんなの緊張が解けましたよ。
あなたは戦士にはなれないでしょうけど、指揮官なら大成するかもしれませんね」
と、ククリも手を口にやって笑いをこらえている。
「ブレイド、泳いで向こうの船に乗り移ろう。
ついてきて欲しい」
「へっ。ついてくるのはお前の方だ。
オレは泳ぎも一流だぜ」
と、僕とブレイドは敵の船に乗り込む算段を立てる。
「冗談じゃないですよ! ナメてんのかテメエら!!」
メリアはサンタモニア語とソーエン語を使い分けて叫ぶ。
「閃光石! 積み込んでくれているんでしょう!
アレであの船に攻撃するんです!」
メリアの叫びを聞いても、周りは笑い続けているが、僕はその言葉に耳を傾ける。
「メリア……アレ、どのくらいの距離を飛ばせる?」
「えーと、浮遊の加護を借りれば100メートルは。
でも、ちゃんと狙ったところに当てようと思えば80メートルといったところでしょうか」
メリアの発言に周囲の笑い声がピタリと止む。
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【転生しても名無し】
『メリアちゃんすげーーーー!
プロ級の肩の持ち主じゃねえか!』
【転生しても名無し】
『メリアちゃん、オレの推し球団に入団しない?
ちなヤク』
【◆バース】
『なかなかやるやんけ。
ちなワイは高校時代110メートルが最高記録や。
監督に嫌われとったからベンチ入りすらできんかったけどな』
【転生しても名無し】
『俺も遊びで投げたことあるけど90メートルくらいだったかな。
大学のスカウトがたまたまそれを見てて推薦で大学行けたわ』
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妖精たちよ、唐突な自分語りはよしてくれ。
バルザックはうーん、と唸りながら数秒考えて、
「まあ、やるだけやってみたらいいんじゃねえか。
メリアがこのタイミングでフカシこく理由もねえし」
「だな。上手く行けばもうけもん、ってことで」
バルザックとブレイドも同意した。
「面舵一杯!! 向かい風目掛けて方向転換だ!!」
バルザックの号令が響くと同時に、僕とメリアは船尾に向かった。
途中、僕は閃光石が詰まった背負い籠を船室から引っ張り出す。
籠を持って、船尾にたどり着くと、メリアは腕や足を伸ばして体をほぐしていた。
敵の船はかなり近づいてきており、もうすぐ100メートル圏内に入る。
僕は剣を抜き、メリアの近くに立つ。
もし、敵の矢が飛んできても叩き落とすためだ。
「ようやく、私も戦いに参加できますね」
メリアはそう言って、閃光石を取りあげて空紙を外す。
「メリアは戦いに向いていない」
僕は思ったまま口に出す。
「私もそう思います。
ですけど、そばにいる人を守りたいと思う気持ちはあります」
メリアは僕の目を見つめる。
「たまには私に守らせてください」
メリアは一瞬静かに微笑むと、口を一の字に結んで、敵の船を見据える。
その表情は怒りにも憎しみにもとらわれていないが真剣なものだ。
閃光石を胸のあたりまで持ち上げ、両手で包むようにして――
「【我が身は霊山より降りる風を受けても微動だにせず――
天空を横断する日輪の陽光を浴びて――】」
詠唱とともにメリアの手の中にある閃光石に淡い光が宿る。
そして石を持つ腕を高らかに頭上に持ち上げ、
「【輝かしき覇道、一片の歪みなし――】」
片足を持ち上げ、体を弓のように張り、
「【栄光の名を我らの手につかむため――舞え!!】
メリアの手から閃光石が放たれた。
山なりの軌道を描く石は決して速くはない。
それなのに風に乗る羽のように滞空している。
敵の船まで、40メートル、20メートル、10メートル……
ドっパーーーン!
と、爆発音と水しぶきが上がる音が同時に響いた。
メリアの投げた石は見事に船の左舷前方の側面に直撃した。
船は大きく揺れて、甲板の上にいたスケルトンが投げ出されるように倒れている。
「お見事」
と僕は素直に称賛した。
これだけの距離でよくもまあ船体に当てられるものだ。
僕には出来ない。
「ちょっと、外れちゃいましたね。
次は直撃させます」
といって、メリアは次の石を掴む。
再び詠唱を行い、投げる。
今回の弾道は先程より低いが、速度は若干早い。
石は、船の中心部分、船首の真上を通過して、メインマストの柱に直撃した。
閃光石の爆発によって、柱は欠け、その重みに耐えられなくなる。
木こりに切り倒された大樹のように、柱はバキバキッと乾いた音を立ててゆっくりと倒れた。
「やるじゃねえか、メリア!
よし、野郎ども一気に振り切れえええええ!」
バルザックの号令に応えるように船は速度を上げる。
一方、マストを破壊された敵の船は速度を急激に落とし、遠ざかっていった。