第2話 方針決定。脱出経路を探索する。
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【◆バース】
『とりあえず、この街から脱出せんと生きるもクソもないで』
【◆野豚】
『そうだね。とりあえず、ホムホム。
君の状態を教えてくれる?』
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頭部損傷。おそらく内部装置にも影響あり。
全身可動部及び装甲に損傷多数。
現在の出力はノーマルの人間の平均値とほぼ差異なし。
携行武器喪失。外部装甲喪失。
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【◆ヘロー】
『オワタwwwwwww』
【転生しても名無し】
『うーん、詰んでるね』
【転生しても名無し】
『一回でもエンカウントしたら即ゲームオーバーとかクソゲーだろ』
【◆ダイソン】
『おいおい。ホムホムが聞いてるだろ。やめてやれよ』
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ところどころ分からない言葉もあるが、僕の作戦領域からの脱出が困難であることを示唆しているらしい。
同感である。
今は運良く敵の目から逃れられているが、それもいつまでもつか分からない。
やがて夜が明ければ夜目の利かないモンスターたち、特に鳥型のモンスターが僕たちを探し始める。
そうなれば終わりだ。
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【◆野豚】
『タイムリミットは夜明けまで、か。
外に出る門はすでに警備体制が敷かれているだろうし、正面突破は難しいだろう』
【転生しても名無し】
『なんかアイデアないのー? 変装してモンスターの目をごまかすとか、荷物に紛れて抜け出すとか』
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変装は無理だろう。変身魔術なんて高位の魔術、僕には使えない。
荷物に紛れるのも不可だ。
事前情報で敵軍はこの都市を支配してから一度も外界との接触を行っていない。
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【転生しても名無し】
『マジレスきたw』
【転生しても名無し】
『俺、そろそろ眠いから落ちるわ』
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どうする?何か方法は?
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【◆助兵衛】
『下水道とかないのか?』
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下水道?
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【◆助兵衛】
『この世界の文明レベルが如何ほどのものかは知らんけど、城塞都市作るくらいならありそうなもんだろ。
実際、紀元前数千年前に作られてるんだし』
【転生しても名無し】
『たしかに。う〇こを消すために魔法使ってるとは思えないし』
【転生しても名無し】
『下水道なら外の川か何かに繋がってるだろうし、上手く脱出できるかも!
助兵衛のことを今後、軍師助兵衛と呼ぶことにする』
【転生しても名無し】
『ホムホム! わかる? 下水道!
水の流れているところで、下に潜れそうな穴とかないか?』
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僕はゆっくりと茂みから頭を出し、周りを見渡す。
敵兵やモンスターの姿はない。
音を立てないようコソコソと歩き、壁や物陰に隠れながら進む。
やがて、開けた通りに出ると、通りの向かい側に側溝が見えた。
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【転生しても名無し】
『よしよし! いいぞ!』
【転生しても名無し】
『見つからないように側溝の中に!』
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気配がないのを確認し、10Mほどの通りを横断、側溝に近寄り、覗き込んだ。
最初に目に入ったのは腐食が進んだ人間の死体だった。
それが至る所に散らばっている。
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【転生しても名無し】
『グロっ!!』
【転生しても名無し】
『オエー!』
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魔王軍が侵攻してきた時に殺害された兵士だろう。
皆、武装している。
魔族やモンスターに死体を燃やす習慣はない。
整備された都市では死体も土に還らず、邪魔だったから見えない場所に投げ捨てているのだろう。
側溝は思った以上に広く、横幅も深さも1M程ある。
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【◆助兵衛】
『なら死体が転がっていても通れるな。
敵に見つからないよう這いつくばって移動し、近寄ってきたら死体のふりして
やり過ごすんだ』
【転生しても名無し】
『助兵衛、お前自分がやらないと思って無茶苦茶言ってね?』
【転生しても名無し】
『鬼や、鬼がおる』
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言われた通り僕は這いつくばるようにして側溝の中を進んだ。
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【転生しても名無し】
『あー抵抗ないのね』
【転生しても名無し】
『頑丈というか鈍感というか』
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むせかえるような血の匂いと腐った肉の放つ酸っぱい匂いが鼻腔を侵す。
人間ほど繊細ではないが、体への影響を警告するように不快感で胸がこみ上げる。
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【転生しても名無し】
『あ、やっぱきついのね』
【◆助兵衛】
『正直スマンかった』
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這いつくばりながらしばらくの時間進むと、うっすらと空が明るくなってきた。
と同時に、この側溝が建物の下を潜っているのが見えた。
それは完全な暗闇で、大蛇が獲物を飲み込もうと口を開けているようにも見えた。
僕らホムンクルスには人間と同じように暗闇や高所、異臭などに生理的に危機感を覚えるように設計されている。
だから、その入り口に入ることには抵抗を覚えるが、どのみち進まなければ殺されるのだ。
意を決して僕は暗闇の通路を這いつくばりながら進む。
天井はどんどん低くなり、這いつくばる頭や背中を掠める高さになっていく。
ズリズリ、ズリズリと進んでいると、突然地面についていた腕が空を切った。
通路のように進んでいた地面がなくなり虚ろな穴が開いている。
入り口から大分離れている。
おそらく見つからないだろうと判断し、僕は指先に意識を集中する。
「【光あれ】」
指先に種火のような光が点る。
光属性の初級魔術である。
松明の代わりにとハルモニアで開発された新興魔術である。
ルークスの明かりで前方を照らしてみると、前方は壁で下の穴にはルークスの明かりでは届かない闇がたたずんでいる。
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【転生しても名無し】
『底が見えない穴って怖いね。でも行くしかないのか』
【転生しても名無し】
『そもそもその穴って入って大丈夫なん?
猫とかが地下水路に迷い込んで出られなくなるって聞いたことあるよ』
【転生しても名無し】
『高度があったら叩きつけられてゲームオーバーだよ』
【転生しても名無し】
『じゃあ、今から引き返せっていうのかよ!?』
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脳内がちょっと騒がしい。
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【転生しても名無し】
『『『『サーセン』』』』
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いや、助けてもらっているんだから謝られることはない。
どのみち、手をこまねいていても仕方ないんだ。
僕は頭を腕で庇うようにして、穴に飛び込んだ。
ふわっと体が宙に投げ出されるのを感じて、体を丸め、足を下に向ける。
2秒程、その状態が続いたが、
バシャン!
と水しぶきの音がして体が水上に叩きつけられた。
水深は浅く、僕の膝あたりも無い。
再びルークスを使ってあたりを照らす。
壁も天井も人の手が入っていない岩盤で出来ている。
足元の水は川のように流れをもっている。
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【◆助兵衛】
『地下洞窟か……もしかするとやばいかもしれない。
てっきり下水は外の川に繋がっているものだと思っていたが、
地下水脈に流しているとなると、地底湖に繋がっている恐れがある。
つまり、その洞窟には出口がない可能性が高い』
【転生しても名無し】
『オイイイイイイイイイイイイイイイ! 何無責任なこと言ってるんだよ!』
【転生しても名無し】
『そうだよ! このままじゃホムホムが!!』
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まあ、慌てることじゃない。
とりあえず、敵の追っ手に殺される可能性は低くなったんだ。
これで少し休める。
僕は壁に背中を預けて、一息ついた。
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【転生しても名無し】
『ホムホム、タフだなあ』
【転生しても名無し】
『なんで安全なところにいる俺たちが取り乱して、ホムホムは冷静なんだよ。
ちゃんとしないとな。俺たち』
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タフというか設定されていないからだろう。
緊急的な危険以外に対する恐怖を。
戦闘において危険を察知し回避するために必要な恐怖や臆病さは設定されているが、逆に戦闘の効率を鈍らせる可能性があるものは設定されていない。
ホムンクルスは死を恐れてはならない。戦果を上げられないことを恐れなければならない。
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【転生しても名無し】
『ひどい設計思想だ。ブラックどころの騒ぎじゃない』
【転生しても名無し】
『まー軍事国家っていうのはこれを人間に対して強要してるからねえ。
まして、魔王軍とかいう人類絶対殺す軍団に襲われてちゃ仕方ないでしょ』
【転生しても名無し】
『ねー、ホムホム。
ぶっちゃけ魔王軍との戦争ってどうなん?
人類側勝てそうなん?』
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そうだな。思考に浮かべるだけで良いのなら、僕の知っている魔王戦争の情勢を伝えよう。
魔王戦争の情勢はこの150年間、刻刻と移り変わってきた。
戦争が勃発して数年の間は人類は魔王領と接する国がそれぞれ分かれて迎撃していたが、戦闘力で勝る魔王軍にじわじわと侵略されていった。
危機感を募らせた世界中の人類は結託し、全人類がかりで魔王軍に対抗すべく同盟を結成した。
これは人類大同盟(大ハルモニア)と呼ばれている。
人類大同盟(大ハルモニア)が成立してからは人類側の戦線が安定し、魔王軍の侵攻は収まった。
開戦から5年、戦争は膠着状態となる。
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【転生しても名無し】
『人類スゲーな』
【転生しても名無し】
『開戦から5年で膠着って、案外形骸化された戦争だったの?』
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戦争の膠着期間をパクス・イスカーナと称している。
当時、大ハルモニアを指導していた帝国の皇帝にちなんでのことらしい。
だが、その膠着状態は10数年で崩れる。
大ハルモニアが内部分裂を起こしてしまったからだ。
原因は諸説あるが、魔族にそそのかされた同盟国の一部が、反旗を翻したそうだ。
結果、魔王戦争は人類対魔王軍の構図から人類対人類対魔王軍という終末的な局面に移行してしまう。
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【転生しても名無し】
『人類ひでーな』
【転生しても名無し】
『人間の敵は人間だって、アニメで言ってた』
【転生しても名無し】
『魔王軍笑いが止まらないだろうな』
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そんな悪夢のような状況が約100年続いた。
その間人類側の領地は2分の1に減り、戦死者は10億人を超えるとも言われている。
追い詰められた人類は再び全人類共闘同盟(新ハルモニア)を結成する。
だが、その頃には魔王軍も戦略や軍備という概念が定着し、侵攻はさらに苛烈なものになった。
そして、現在に至る。
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【転生しても名無し】
『やばくね? てか、これ詰んでね?』
【転生しても名無し】
『人類オワタ』
【◆バース】
『なんか勇者とか救世主とかおらんの? ご都合的に人類を救ってくれるようなやつ』
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僕らホムンクルスがそうなるべきなんだろう。
そもそも魔法王国サンタモニアは古代において、人類が魔物たちに対抗するために魔法を学術的に研究するために集まったことが起源となっている。
サンタモニアの作るホムンクルスは本来魔物を一掃するだけの戦闘力を求められている。
だが、アーサー誕生から、僕で9世代目となっても、ノーマルの人類に毛が生えた程度。
高位魔族や大型の魔物には歯が立たない。
だが、いずれ人類の叡智は魔族を凌駕する。
それが50年後か、100年後か、それより先かもしれない。
だが、その日まで人類を存続させるために僕たちホムンクルスは生み出されつづけている。
僕らは人類を守るための防波堤なんだ。
小休止を終えた僕は水の流れに沿って歩き始めた。
少し進むと、水のかからない地面が現れたのでそちらを進むことにした。
魔力消費を抑えるため【ルークス】の出力は絞っている。
転んだり、穴に落ちたりしないよう慎重に慎重に進むと――
視界に岩とは異なる影が見えた。
【ルークス】の出力を上げ、空間を照らす。
その影は地面に横たわっている人間の体だった。
死体がここまで流されてきたのか、と一瞬考えたが、小さく体が上下している。
この人間は呼吸をしている。
つまり、生きている。