第19話 反撃開始。超越者同士の戦いを観察する。
ブレイドに威圧された男たちは皆、後退りをしている。
「誰から殺して欲しい?」といわんばかりのブレイドの眼光は凶器の一つだ。
不甲斐ない自分の部下たちに苛立つバットは、感情を叩きつけるように怒鳴り散らした。
「黙れ!! 糞ガキが!!
船にまともに乗ることすらできない半端者が偉そうな口を叩くんじゃねえぞ!!」
バットは後ろに下がりながら手を薙ぎ払うようにして命令を放つ。
「殺せ!! 娘どもも小僧もククリも皆殺しにしてしまえ!!」
バットの手下たちは戸惑いながらも武器を構えた。
まず、口火を切ったのは4人の槍を構えた男たちだ。
一斉にブレイドに向かって槍を突き立てようとするが、ブレイドは踊るように全ての攻撃を躱し、太刀を振るう。
すると、全ての男たちの両手首は槍を持ったまま床に転がった。
「ば、バカな……! 貴様船酔いは」
「あぁん? それどこ情報だよ?
まさか、俺がククリに吹き込んだホラ話じゃねえだろうな」
バットは口をつぐむ。
どうやら図星だったらしい。
「兄貴にはガキの頃からいろいろ教えてもらっていたが、一番タメになったのは「情報を制する奴が戦場を制する」ってやつだな。
もっとも、それを当の兄貴が出来ていないってのはお笑い草だが」
ブレイドは剣を振るって付着した血を払う。
そして、切っ先をバットの側近の男に向ける。
「元金龍隊序列23位。旋毛風のダグ。
酒に酔って市民を殴り殺し、除隊だったか?
兄貴のところに再就職するなんて、酔いが醒めてないんじゃないのかい?」
ダグと呼ばれた男は口を歪め、剣を持っていなかった方の手にも短めの剣を持つ。
二刀流というやつか。
「クルス。いい機会だからじっくり観察しておけ。
超越者同士の戦いってやつをよ」
そう言ってブレイドはゆっくりとダグに向かって歩いていく。
ダグは片足を軽く宙に浮かせ、跳ねるようにして間合いを詰める。
じわりじわり、と二人の距離は短くなり、ブレイドの太刀の間合いに入った。
しかし、ブレイドは剣を振るわない。
更に距離は詰まり、ダグの短い剣の間合いにあと一歩で入るといった時にお互いに動きを止めた。
周りのバットの手下たちも緊張の面持ちで沈黙している。
その時、高波を受けて船が傾いた。
ブレイドが軽くのけぞった瞬間、ダグは、
「キエエエエエエエエエエエエ!!」
甲高い雄叫びを上げながら超高速の剣技をブレイドに向かって放った。
ブレイドはその全てを鍔の近くの刃で弾く。
間髪容れず、ダグは滑り込むようにブレイドの側面にまわり、脇腹に目掛けて突きを放つ。
ブレイドはゆらりと体を揺らしながら避けて、距離を取ろうとするが、ダグの追撃は終わらない。
やはり、あの大太刀は近距離の戦闘において不利だ。
僕は加勢するべく、剣を床に突きながら立ち上がるが、ククリに制される。
「一対一の立会いに横槍を入れることはご法度です。
そのような真似をすれば私が貴方を斬る」
「この戦い……ブレイドが不利だぞ」
「心配ございません」
ククリは断言する。
ブレイドは相変わらず防戦一方だ。
ダグの高速で力強い剣技を受け止めるだけでーー
受け止め……きっている?
よく見ると、ダグの剣がブレイドの剣に衝突する瞬間、ダグの剣は壁に当たったかのように跳ね上がるが、ブレイドの剣は微動だにしない。
回数が増えるほどにダグの弾かれた剣はフラフラと宙を惑うようになってくる。
「握りが甘いぜ。
酒が切れて手が震えちまってるのかい?」
ブレイドの挑発にダグは
「バケモノめ……」
と吐き捨てる。
剣撃を受け止めて微動だにしないブレイドの剣を見て、ぞっとする。
全身を使って放っているダグの攻撃を腕力だけで跳ね返している。
ダグはまるで岩の壁に向かって剣を打ち込んでいるように感じているだろう。
剣と剣がぶつかった時の衝撃が剣を持つ手に走っているはずだ。
「やっぱ金龍隊と言えども、末席近くはこんなもんか。
イフェスティオではもう少しまともな相手と出会いたいもんだ」
ブレイドはそう言いながら右手で持った剣の刃を左脇に通すように構え、
「【刃は凶器に非ず……ただ己が身の狂気を映す鏡となりて、刹那の静寂に懸る】」
呪文詠唱?
いや、魔力は検知されない。
だが、ブレイドから発せられる圧力のようなものが強まっていくのを感じる。
それを察知したのか、ダグは再び全力での一撃を放とうと、ブレイドの間合いに飛び込んだ。
ダグの突きがブレイドの首元に届こうとした、その瞬間、ブレイドは上半身を巻き込むように捻った。
僕が認識したのはそれだけである。
なのに、ダグの体はピクリとも動かなくなった。
「【蒼炎古流奥義――懸り刹那】」
ブレイドがそう呟いたと同時に、ダグの体は肩口から反対側の腰にかけて切れ込みが入り、血が噴出した。
すでに目に光はなく、糸が切れたようにその場に落ちた。
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【転生しても名無し】
『うおおおおおおおお! ブレイド超TUEEEEEEEEE!!』
【転生しても名無し】
『詠唱してからの必殺技とか中二心くすぐりすぎてヤバすぎなんですけど!
昔のアニメならテロップ出るやつだ!』
【転生しても名無し】
『ブレイド、アンタがナンバー1や……』
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妖精たちはブレイドの活躍に興奮冷めやらぬ様子。
たしかに見ていて爽快なほどの圧倒的な力だ。
場を沈黙が支配し、船体に打ち寄せる波の音が耳を打つ。
その沈黙を破ったのはブレイドだ。
「さて、お目当ての相手とはもう切り結んじまったし、兄貴達にはもう用がねえ」
ブレイドはパチン、と指を弾いた。
「殺せ」
その言葉と同時にバットの手下たちは同士討ち? をはじめた。
正確には仲間を躊躇いなく殺す者と不意を突かれて殺される者に分かれた。
バットは何が起こっているのかわからないといったふうに立ち尽くしていると、一方的な惨殺はすぐに終わった。
ブレイドは両目を掌で覆いながら、呟く。
「兄貴が俺のことを疎んじているのは知っていたさ。
でも、ガキの頃からの恩や仁義もあるからさ、何もしてこないつもりなら見過ごしておこうと思ってた」
「ブ、ブレイド……ゆるーー」
バットが命乞いをしようと手を床につけようとした、その時ブレイドの口角がぐいっと上がる。
「だけど、絶対何かするに決まってるんだよなああ。
だから、兄貴の手下に俺の息のかかったやつを紛れ込ませてたんだよ。
相手を蹴落とすことに躍起になって、周りの人間を軽んじたアンタの落ち度だ」
ブレイドの部下たちはバットを縛り上げる。
縛り上げられたバットの姿を見て、ククリはナイフを握りしめ走り出した。
が、ブレイドの腕に止められてしまう。
「お放しくださいませ! アイツの首は私が――」
腕を振りほどこうとするククリをブレイドが抱き寄せて、口を口で塞いだ。
ナイフを持ち上げていたククリの腕は震えながら下がっていき、ナイフを手放した。
口を離したブレイドはククリの頭を掌で包む。
「おまえのものは全部俺のものだ。
だからその復讐心も俺がもらっておいてやる」
バットはブレイドの手下の手によって船の端に連れて行かれる。
「すぐ捨てちまうけどな」
ブレイドの手下はバットを船から叩き落とした。
断末魔の悲鳴を上げながらバットは海に投げ出される。
縛られて身動きの取れないまま、バットは高波にさらわれ消えていった。
ブレイドの手下によって、バットの手下の死体や血で濡れた床が片付けられていく。
僕とメリアは甲板の隅に座り込んで空を眺めていた。
空は青白みはじめており、夜明けが近いことを察する。
「いやあ、お前らのお陰で面倒事が一気に片付けられたぜ」
ブレイドは笑みを浮かべながら僕達に近づいてきた。
傍には当然のようにククリが付き従っている。
「頭領はもちろん下の連中からもバットを始末してほしいと言われててな。
闇組織の人間のくせに欲出して国の方にまで取り入ろうとしたり、意にそぐわない人間を闇に葬ったりやりたい放題してやがったからな。
出奔前の置き土産として格好が付く形になったぜ」
ご機嫌なブレイドにメリアは冷たい視線で問う。
「ブレイドの兄貴……もしかすっと、ハナからアッシらを助けようと思えば助けられたんじゃねーだろうな、コラァ……」
ブレイドはクククと笑いを堪えて答える。
「ちっと、お前らを鍛えてやろうと思ってな。
人間同士の殺し合いはお前ら経験少なそうだし、特にお嬢ちゃんは血や臓物を見たり嗅いだりすることに慣れておかないとな」
「……慣れませんよ、あんなの」
イフェスティオ語でボソリと呟くメリア。
実際、戦闘が終わってから、メリアは頻繁に海に向かって胃の中のものを吐き出してしまっていた。
「うっ……」
メリアがよろよろと立ち上がり、船の手すりにもたれる。
僕は再び、メリアの背中をさすってやる。
ブレイドは悪い人間ではない。
だが、血の気が濃いし、戦いを楽しみたがりすぎる。
ククリもブレイドが右を向けといえば右を向くだろうし、こんな4人で旅なんてできるのだろうか。
吐き出し終えて、涙目になりながら顔を上げたメリアは、
「あ」
と小さく声を上げた。
メリアの視線の先を見てみると、日の出を背に一隻の船が近づいてくる。
よく見慣れた船だ。
「ブレイドの旦那ーーー! クルスーーー! メリアーーー!」
聞き慣れた野太い男の声が聞こえてきた。
「バルザック船長の船だ……」
メリアのつぶやきにブレイドが答える。
「俺の部下もこの船も全部サザンファミリーの持ち物だ。
出奔する俺が使うのは道理に反する。
というわけで、俺達が乗り込む船はアレだ」
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【転生しても名無し】
『バルザック船長リターーンズ!』
【転生しても名無し】
『やっぱ勝手知ったる船がいいよね!』
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頭の中の妖精はバルザックとの再会を歓迎している。
船首から手を振っているバルザックも笑みを浮かべている。
メリアもどこか安堵した表情だ。
そして、僕も少しだけだけど「よかった」と思っている気がする。