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第18話 戦闘モードに移行。戦力比は1対30。

 船室の扉を蹴破り、甲板に出た。

 大きな篝火が複数焚かれ、船全体が照らされていた。

 そして、武装した男たちが僕らを大きく囲むようにして待ち構えていた。

 その数、およそ30人。

 僕から数歩遅れるようにして、メリアがついてきた。

 メリアは周囲を囲む男たちを見て、明らかに竦んでいる。


「ほほう。本当にいい腕をしているな。

 下っ端とは言えウチの若い衆を蹴散らしてくるとは。

 アイツら異国の女ごときと油断していたかな」


 やはりというべきか、声の主はバットだ。

 船首楼の上から僕達を見降ろしている。


「何の真似だコラァ……ブ、ブレイドのアニキに断り入れてのことかぁ……アアン…・・?」


 メリアの声は震えており、波の音に消え入りそうなほど小さかった。

 だが、バットにはしっかりと聞こえていたらしく、


「ククク。貴様らなんぞもののついでに過ぎん。

 目障りな小僧を始末する計画のな」


 僕はメリアを庇うように前に出て、バットに問う。


「ブレイドは強い。

 頭数揃えたくらいでどうにかなるような相手か」


 ブレイドと剣を交えていて気づいたことだが、ブレイドはどちらかというと多数を相手取るのに重点を置いた技量の持ち主だ。

 一対一で使うには長過ぎる大太刀。

 アレは本来、複数の敵を一気に斬るために作られたもののはず。

 それに周りを囲んでいる男たちはブレイドはおろか、サザンカにいたブレイドの部下である紅月団と比べても個体の能力は見劣りする。

 ブレイドさえ出てくればこの状況は突破できるはず――


「グハハハハハハハハハ!! 

 たしかに絶好調の小僧を殺すには100の兵でも足りんだろうな。

 だがな、船酔いをしてボロボロの小僧を殺すのならば、この人数で十分だ。

 アイツの船嫌いは筋金入りらしいからな。

 調べたところ、ここ5年間で船に乗った回数は1回。

 ソーエン国内の沿岸の揺れが少ない海を進む船で三日三晩吐き続けて、帰りは無理やり陸路で山越えして帰ってきたらしいぞ」


 バットは脂の詰まった自分の腹を抱えて大笑いしている。

 僕は昼間の青白い顔面をしたブレイドの姿を思い出した。

 まさか、そこまで重症だったとは……


「貴様らには感謝しているよ。

 どうやってあの小僧を一人で海上に引っ張り出すか考えていたところに、国外出奔なんていう誘いをかけてくれるなんて、まるで運命の女神様たちだ」


 バットの顔に歪んだ笑みが浮かぶ。


「だが、この策も特に必要なかったかもしれんな。

 あの武芸と荒事にしか興味のない小僧がワシの娘に骨抜きにされるのは予想外だったよ。

 今日も酔い止めの薬と称して眠り薬を呑まされていたらしいぞ。

 愛しい女の手で安らかな死をくれてやるのはせめてもの情けだな」

「やっぱり……!

 テメエ! 自分のガキを暗殺の道具にしやがったな!!」


 メリアが激高する。

 はじめて、メリアのソーエン語の口調と感情が一致した気がする。


「ガキを道具に使って何が悪い!!

 子はなあ親のために尽くすもんだ!

 それに、あのブレイド・サザンを手玉に取って、その寝首を掻けるだなんて名誉なことじゃないか。

 『素晴らしい機会を与えていただいて、ありがとうございます、父上』

 とか言われても良いんじゃないか?

 ああ、楽しみだなあ。

 ククリが小僧の首を掻き切ってワシの前に持ってくる瞬間が!」


 バットのその言い草にメリアは憤り、歯を食いしばりながらナイフを鞘から抜いた。

 無茶だ。メリアの力では此処にいる男たちから身を守ることすらできない。


「怖い目だ。やはりオシオキが必要なようだな。

 お前ら、その金髪のガキは好きにしていいぞ。

 壊さねえ程度に可愛がってやれ」


 バットのその一言で、男たちの視線がメリアに寄せられる。

 濁った汚い感情が表情に染み出している。

 男たちはじわりじわりと距離を詰めてきて……一人の男が僕達の後ろ側からナイフを持って飛びかかってきた。


▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『ほむほむーーー!後ろ!!』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△


 わかっている。


 僕は振り向きざまに剣を縦に振るった。

 男の頭頂部から股間にかけて僕の剣は走った。

 大量の血を甲板にぶちまけて男は絶命した。

 僕は返り血が付いた顔でバットを睨んだ。

 すると奴は、顔を強張らせ後ろに3歩後退した。


「ふ……ふん!

 野蛮な異人め、あの小僧が気に入るわけだな。

 忌々しい目をしやがる」


 バットは手を開いて前方に掲げ、


「あの小娘は四肢の腱を切ってやれ!

 殺すんじゃねえぞ!

 身動きできなくしてワシ自ら嬲ってくれるわ!!」


 下卑た笑みを浮かべるバット。

 どうも、僕は悪党の欲望の対象になりやすいようだ。

 アマルチアでもそうだったし。


 それよりもだ。

 先程、襲ってきた男を斬る時、まったくセーフティが働かなかった。

 おそらく、自分やメリアの身を守る場合に限り、『人を殺さない』という基本原則を破ることができるようになったみたいだ。

 つくづく、ホムンクルスから離れた何かになってしまったものだ。


 とはいえ、多勢に無勢だ。

 メリアを守りながらでなくても、ソーエンの戦士を30人相手取って勝てる見込みはない。

 その上此処は海上、逃げ場もない。

 どうすればいい……


▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『とりあえずバットをやっちまえ!

 頭を潰せば交渉の余地が開けるかもしれん』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 同様の内容の文字列が続く。

 結局それしかないか……


 僕は足に力を込めて一足飛びにバットに飛びかかる。

 同時に男たちが僕にめがけて突進してくる――と思ったが、男たちは動かない。

 予想外だが、それならば遠慮なくバットに剣を叩き込むだけだ。

 剣を両手で握りしめ、上段に振りかぶり叩き下ろした。

 が、バットの傍にいた男が瞬時に僕の前に立ちはだかり、僕の剣を自らの剣で受け止めた。

 鍔競り合いの状態になり、僕は全身の力を使って押しきろうとするが、相手はピクリとも動かない。

 しかも、相手は片手で剣を握っており、平然とした顔でいる。


「ワシの側近を舐めるなよ。

 この男はな、5年前まではソーエン国最強の戦闘部隊である金龍隊に籍をおいていたのだぞ」


 勝ち誇ったように言い放つバット。

 確かに、目の前の男は……強い!


 僕は剣を引き、右手に魔力を充填する。

 先程、船室内で試したように広範囲の攻撃を、後ろにいるバット諸共食らわせてやる。


「薙ぎ払え!【ライト――」

「キェェェェェェイィッ!!」


 僕の魔術が発動する直前、側近の男による目にも留まらぬ斬撃が僕の体に襲いかかった。

 一撃目は僕の右肩に。二撃目は左腕の二の腕に。三撃目、四撃目、五撃目は僕の胸元を切りつけた。

 切りつけられた箇所から血が吹き出す。

 僕は咄嗟に後ろに飛び下がった。

 力の加減ができず、勢い良く飛びすぎたせいで転がるようにしてメリアの傍に戻ってきてしまった。


「クルスさん!!」


 メリアが膝をついた僕に駆け寄るが、僕の血を見て青ざめる。

 深手ではない。

 少しすれば自然治癒できるレベルの損傷だ。

 だが、先の一合で僕と側近の男との戦力差が明らかになってしまった。

 僕には勝てない。

 これまで自分が成長した分を加味してもだ。


 バットは僕達の追い詰められた様子に満足しているのかニヤニヤと笑みを浮かべて舌なめずりをして、言い放つ。


「やれ」


 その言葉が引き金になって男たちは武器を持って突進してきた。


▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

「うわあああああああああ!! ホムホムぅ~――!!」


【転生しても名無し】

「逃げてくれえええええ!!」

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△


 妖精たちの文字も阿鼻叫喚となっている。

 だが、どうすることもできない。

 せめて、魔力を全解放して少しでも道連れに――


「根性見せろや。クルス」


 声は僕の真下から聞こえてきた。

 そして、次の瞬間、床板が爆発するようにはじけ飛んだ。


 予想外の出来事に突進してきた男たちの足は止まり、一様に退いた。

 僕の目の前の床には大穴が開いている。

 数瞬の沈黙の後、その穴からヒョイッと飛び出してきた影は僕の目の前に仁王立ちした。


「破れかぶれになるのはもうちょい追い詰められてからにしな。

 勝敗なんてのはちょっとしたことでどっちにでも転びうるんだからな」


 彼は極めて穏やかな表情で僕にそう言った。

 一方、バットは遠目で見て分かるほどに取り乱し始めた。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『キ、キ、キ、キターーーーーーーーーーーーーーーー!!』


【◆オジギソウ】

『ヤバイ……胸が高鳴りすぎて、控えめに言って死にそうなんですけど!!』


【◆バース】

『絶対的エースで頼れる主砲のご帰還や!!』


【転生しても名無し】

『勝ったな』


【転生しても名無し】

『↑ああ』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 彼は僕に背を向けてバットの方を向く。

 上半身に衣服を纏わず、むき出しになっている彼の背中には力強く牙を剥いたドラゴンの入れ墨が彫られている。

 そして愛用の長い大太刀を鞘から抜いて、声を上げる。


「ブレイド・サザン、只今参上!!

 この俺に喧嘩を売ってくれるだなんて、流石は兄貴。

 商売上手だねえ」

「ブ……ブレイド! 貴様、ど、どうして……」

「どうして生きているのかって?

 むしろオレが聞きたいね。

 なんでオレが死んでいると思ったのかなあ?」


 バットを挑発するようにブレイドが言うと、バットは血管を浮かび上がらせて地団駄を踏む。


「おのれ! ククリめ!

 殺り損ねおったかあ!!

 使えぬ娘が――」

「おっと、ククリはヤリ損ねてないぜ。

 むしろ、さっきまでヤリまくりだったぜ。

 お父さん」


 ケラケラと笑うブレイド。

 次の瞬間、穴からもう一つの影が飛び出してきた。

 長い赤い髪を巻き貝のような形に束ねたククリだ。

 彼女もブレイド同様、上半身に衣服を纏っていないが、胸元を白い布で巻いており、それぞれの手に大型のナイフを持っている。


▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『ククリさんもキターーーーーーー!!

 しかもサラシですか!! 超エロいんですけど!』


【転生しても名無し】

『胸の谷間に鎖骨に肩甲骨に!

 目のやり場に困っちゃう!!』


【◆江口男爵】

『サラシは本来胸を潰すために巻くものだが…・・

 それでも隠しきれない豊満なる双丘よ。

 まさに強者の風格だ』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 こんな時にもブレないな。

 いや、妖精たちがこんな軽口を言えるくらい状況は改善したということか。


「ククリ!! 小僧を殺せずじまいでよくワシの前に顔を出せたな!

 今すぐにでも殺れ!!」


 バットの怒声に対して、ククリは鼻でフッと笑って返した。


「父上様。

 本当にあなたは頑迷で蒙昧な方ですね。

 いったい、いつから私があなたの味方だと思っていたんですか?」

「どういうことだ……?」


 ククリはナイフを持った手で口元を隠しながら、言い放つ。


「私はあなたのことをずっと殺してやりたいと思ってきたのですよ。

 母を無理やり手篭めにして娶った挙句、接待相手や競争相手を籠絡させるために抱かせていましたよね。

 嫌がったり、泣いたりすれば暴力でやり込めて。

 母が死んだ時も悲しんだり悔やんだりしなかったですよね。

 代わりに私を使えば良いだけでしたから。

 ……妻や娘が汚い権力者共に汚されるのを見て興奮していましたか? 

 しょっちゅう隣の部屋から笑顔で覗き見をしていたド変態の父上様」


 周りの手下たちもバットに対して欺瞞の目を向ける。

 バットはうっ……と声を上げる。


「ウフフフ……でも父上様に感謝しなくてはいけないことが一つだけあります。

 それはブレイド様にあてがっていただいたこと。

 ブレイド様は私がどういう仕打ちを受けていたか全て知っておられました。

 にもかかわらず、まるで未通女おぼこを扱うように慈しみながら抱いてくださったのです。

 私ははじめて女としての悦びを知りました。

 その時から、私は全てをブレイド様に捧げることを決めたのです」


 ブレイドは腕で首元を引っ掛けるようにしてククリを自分の胸元に抱き寄せた。


「兄貴。ククリは形見代わりに頂いておく。

 心置きなくあの世に行ってくれ」


 そう言うと、ブレイドは目を見開き、口角を上げた。

 笑みの中に憤怒や殺意を押し込めた凄絶な表情で、周りの男達を圧倒した。

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