第12話 戦闘における勝率を計測…………計測結果0%。
僕はフローシアから預かった魔導書を取り出した。
するとブレイドの右側に立っていた男が近づいてきて、僕から魔導書を受取り、ブレイドに渡した。
推察するにブレイドの隣の者たちは彼のお付きのものといったところか。
魔導書を開き、パラパラと書いていることを読んだブレイドは肩を震わせ、そして豪快に破顔した。
「ハーッハッハッハ!! あのババア、やればできるじゃねえか。
イケる。コイツはソーエンの歴史を変える一冊になるぞ!
ジョエン、早速コイツを量産しろ。
可能な限りコストは抑えろよ。
この本は多くの人間の手に行き渡ることに意味があるんだからな!」
「御意」
右側の男は本を受取り、僕達の横を通り抜けて部屋から出ていった。
一瞬、静寂が訪れ、ブレイドは息をついて立ち上がる。
「メリア、クルス。ご苦労だった。
報酬については後で話すとして、その前にだ」
ブレイドはバルザックに目を向ける。
バルザックはビクリとして、背筋を伸ばし直す。
「隣に立っているのはどこの馬の骨だ?
紹介状にそいつの事は書かれていなかったぞ」
ブレイドは左に座っているお付きのものから剣を受け取る。
ブレイドの身の丈ほどの長さがある槍のような長剣である。
「ハッ! アッシはサンタモニア国のアマルチアで海賊稼業をやっておりやすバルザックと申します。
以後お見知りおきを……」
「海賊ねえ……
で、お前はこの娘達とどういう関係よ?」
「ははあ、善意の協力者ってやつでさあ。
御存知の通り、ソーエンとサンタモニアを行き来する船は殆ど無い上、最近じゃ魔王軍の侵攻も進んで自由に船旅もできやしない。
そこでアッシが一肌脱がせてもらおうと」
「それを恩に着せて、南一家とお近づきになろうと思ったわけか。
いかにも田舎ヤクザの考えそうなことだな。
で、ノコノコとオレの前にツラを出してるってワケか」
ブレイドはゆらりゆらりと酔っているかのように体の軸が揺れる歩き方で僕らに近づいてくる。
その動きに僕はすっかり油断しきっていたのだが、バルザックは違った。
冷や汗を垂らしながら、弁解に走ろうとする。
「いや、確かに打算がなかったわけじゃありやせんが、食い物にしてやろうとかそんなことはこれっぽっちも!
アッシはただブレイド様と商売を――」
ゆらりと蝋燭の火が風に揺れて消えるように、ブレイドの姿が消えた。
そして、気づいたときにはバルザックの間合いに入り込んでおり、剣の柄でバルザックの鳩尾を突いた。
バルザックは苦悶の表情を浮かべ、膝をつく。
すかさず、ブレイドはバルザックの後頭部を踏みつけ、床に顔面を叩きつける。
「野心を持つのは結構だ。
そうじゃないと海賊稼業なんてやってられん。
打算的なのも結構だ。
木っ端な連中であっても長というのはそうであるべきだ。
だが、それが許されるのはオレの目の前以外での話だ。
オッサン、あんたは二つ禁を犯した。
一つは招待もされてないくせに断りもなくズケズケオレの部屋に入ってきたこと。
もう一つはオレの客人をテメエの野心のダシに使おうとしたことだ。
よって、貴様はオレが裁く」
ブレイドは鞘から剣を抜き放った。
剣は特殊な形状をしており、調理用のナイフのように刃が半分しかない。
だが、その刀身は危険な光を放っている。
ブレイドは剣を逆手に持ち、振り上げて、
「死ね」
と、言いバルザックの延髄目掛けて振り下ろした。
ガキィィィン!!
金属と金属がぶつかりあう甲高い音が部屋に響き渡った。
ブレイドの剣がバルザックの延髄に触れる刹那、僕が鞘走りさせて抜き放った剣がぶつかり、剣の軌道がそらされた。
ブレイドの剣はバルザックの首元を掠めて床に突き刺さっていた。
ブレイドはぎょろりと目を開けて僕の顔を覗き込んだ。
「客人、どういうつもりだい?」
「バルザックを殺すのはおかしい。
理にかなっていない」
「あん?」
「まずあなたは招待されていないくせに部屋に上がり込んだことを罪と断じた。
これはそもそも、招待されている僕らの同行者というだけで、謁見の機会を与えたあなたの配下の不手際だ」
ブレイドは「ふむ」と自分の薄い顎髭をなでた。
「第二に僕達をバルザックは自身の利益のために利用したことを責めたが、これは事実誤認だ。
僕たちはバルザックに利用なんかされていない。
むしろ僕たちがバルザックを利用した。
彼はあなたに引き合わせてもらいたいがために、僕達の船賃と食費を全部賄った。
あなたの方こそ、彼を切る理由を見繕うために僕達をダシにしている」
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【転生しても名無し】
『何このホムホム。切れ者感マシマシでカッコイイんですけど』
【◆バース】
『でもあかんねん! その人は理屈で通用するタイプちゃうねん!
ヤーさんと話し合いで問題解決できるなら警察いらんねん!』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
ブレイドは鼻で笑った。
「オレに対して眉一つ動かさずに異論を唱えるとは見上げた度胸だ。
じゃあお返しに、俺も貴様にソーエンの風習を一つ教えてやろう」
ブレイドは剣から手を離した。
「ソーエンではな、「自分の武器と他人の武器がぶつかりあった瞬間」を殺し合いの開始の合図と定めている」
ブレイドがそういい終わると、ブレイドの脚が揺れたように見えた。
次の瞬間、僕は後方に吹き飛んでいた。
ブレイドが左足を軸にして右足を上げている。
見えなかったが、蹴り飛ばされたようだ。
反射的に追撃の斬撃に備えて剣を斜めに構える。
だが、剣は飛んでこない。
その代わり、鋭い拳が僕の側頭部を殴打する。
僕の体は風車のようにまわりながら壁に叩きつけられた。
「剣を使えば一瞬で終わっちまうからな。
コイツはハンデさ」
そう言って、ブレイドは両腕をだらんと下げたまま、悠然と立っている。
僕は壁を蹴って、床スレスレを飛ぶ。
ブレイドが剣の間合いに入った瞬間、足元から頭に向かって切り上げる。
その一撃は難なく避けられた。
手を休めず剣を横から斜め上から、下から、上から手当たり次第に斬りつける。
だが、どの斬撃もブレイドには止まって見えているかのように紙一重でかわされる。
技量も身体機能も圧倒的に向こうが上だ。
僕の人間に対する攻撃抑制は一切かかっていない。
それは当然かもしれない。
僕はブレイドを人間だと思っていない。
人間を超越した別の生き物だと認識している。
即ち、それは僕が最大出力で戦闘できていることを意味する――
――筈なのに、僕の全力もブレイドにとっては子どもがじゃれついてきている程度にしか感じていないだろう。
薄っすら笑みを浮かべながら、ついに僕の剣の刃を親指と人差し指で掴み取った。
「ヒュー、良い剣だ。
こいつで切りつけられちゃただじゃ済まん。
だがなぁ!!」
ブレイドの脚が消える。
次の瞬間僕の右足首、右膝、右太もも、そして右の脇腹に衝撃が走る。
片足での四段連続蹴り。
軸足は床に突き刺さるように動かない。
体術の高等テクニックが完璧といえるレベルに磨き上げられている。
さらに、フゥと息を吐いたブレイドは軸足を浮かせ宙を舞う。
360度の回転軌道を描いて、鞭のようにしならせた右脚が僕の顔面を捉えた。
直撃する瞬間、衝撃の方向に合わせて自ら体を吹っ飛ばしたおかげで、威力を殺すことに成功した。
突風に吹かれた木の葉のように体は吹き飛び壁に叩きつけられるだけで済んだ。
もし、判断が遅れていたならば僕の首は吹き飛んでいてもおかしくない。
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【転生しても名無し】
『ヤバイ! ホムホムが殺されちまう!
このままじゃサンドバッグだ!』
【転生しても名無し】
『相手の攻撃に押されて、反撃できてないじゃん!
流れ変えないと……』
【◆助兵衛】
『良い作戦がある。
【ライトスティンガー】の要領で腕を魔力で纏って維持しろ。
相手は徒手空拳……
なら魔術攻撃に対して接触手段がないはず』
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無茶苦茶言ってくれる。
【ライトスティンガー】の魔力消費は瞬間的なものだから運用できる。
しかし、常時魔力を纏うとなると30秒ももたずに魔力は枯渇してしまう。
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【◆助兵衛】
『どのみちこのままじゃ30秒も保たない。
やれ』
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助兵衛……久しぶりに言う言葉が自滅覚悟の特攻を指示するものだとは……
だが、正論だ。
ブレイドはまっすぐ突っ込んできて掌底で僕の顔面を狙う。
おそらくこれは連続攻撃の布石。
受け止めたところで、強力な追撃が用意されているだろう。
ならば……【ライトスティンガー】!
魔力を纏った左手でブレイドの掌底を受け止める。
するとブレイドは顔を歪め、弾かれたように後ろに飛び下がる。
「クク……成る程。
そういや、サンタモニアは魔法王国だったな。
ソーエン暮らしが長すぎて、こういう魔術を組み込んだ戦術ってのは久しぶりに味わったぜ。
しかも、飛び道具じゃなく接近戦用の魔術とは意表を突かれるってもんよ」
僕の魔力を直で触ったブレイドは痛みを散らすように手首をブラブラとさせている。
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【◆助兵衛】
『休むな!! 畳み掛けろ!
受け手に回ったら一気に削られるぞ!』
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同感だ。彼が対策を立てられないうちに一気に攻める!
僕はたまり切ったダメージを無視して、全速力でブレイドに斬りかかる。
ただ、太刀筋は完全に見切られている。
攻撃パターンに変化をつけなくては。
「【ライトスティンガー】!」
僕は【ライトスティンガー】で彼の腰下を薙ぎ払う。
常時出力状態である【ライトスティンガー】は魔術の槍というよりも魔術の鞭だ。
触れることの出来ない魔術の鞭の攻撃から逃れるために、ブレイドは後ろに下がって避けた。
予測通りの動きに対して、僕は剣を投げるかのようにして思い切り、前に突く。
ブレイドは【ライトスティンガー】に触れることを警戒して腕を後ろに下げてしまっている。
防げない、当たる――
と、思った次の瞬間、ブレイドは上半身を後ろに倒すようにしてその一撃を避けた。
これでも当たらないのか!?
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【◆まっつん】
『あきらめんな! かすりでもすれば逆転あるぞ!』
【転生しても名無し】
『いっけええええええ! ホムホムっっ!!』
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そうだ、あきらめない。
あきらめなかったから僕はあの街からの脱出も、大蛇との戦いも、宿屋での夜襲も切り抜けることが出来た。
たとえ、相手がとんでもなく強くても――
ブレイドは上半身を起こし、ニヤリと笑った。
「お前の敗因、それは――」
ブレイドは僕の足の先を踏んだ。
それが何だ、と【ライトスティンガー】を放とうとしたが、腕が上がらない。
体の力が地面に流れていくようだ。
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【◆助兵衛】
『こいつ合気も使いこなせるのか!?』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
「俺が相手だってことだな」
ブレイドは握り拳に手をかぶせ、僕の頭目掛けて振り下ろした。
僕は顔面から床に叩きつけられ、倒れ込んだ。
草の絨毯が敷かれていたおかげでいくらかダメージが和らいだが、戦闘継続は困難。
それどころか、立ち上がることすらできそうにない。
「今ので死なないとか、お前頑丈だな。
腕はまだまだだったが、度胸と根性は及第点だった。
次、人生やり直すことがあったらまた遊ぼうぜ」
ブレイドはそう言って脚を持ち上げた。
僕の頭部を踏み潰すとか、そういうつもりだろう。
……僕は壊されるのか。
……………
ブレイドの脚は振り下ろされない。
その代わり僕の肩に小さな手のひらが乗せられたのを感じた。
「メリア……」
首を動かすと、涙目でブレイドを見上げているメリアの顔が見えた。
メリアは震える唇で、
「いいかげんにしろや……チョーシこいてんちゃうぞ……コラァ……」
不慣れなソーエン語でブレイドに呼びかける。
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【転生しても名無し】
『メリアちゃーん! 言葉遣い! 口の利き方!』
【転生しても名無し】
『もう許して下さい。これ以上やったら死んでしまいます。
と、言いたいんだろうな……
おい、誰だ。メリアちゃんにソーエン語教えたヤツ』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
「もうケリはついたやろ。カンベンしてくれや……
ワビ入れるならいくらでもやったるから……」
メリアは手と頭を床にこすりつける。
「このとおりや! クルスさんを殺さんといてくれや!」
弱った小動物のように体を震わせて土下座するメリア。
ブレイドはメリアをキョトンとした顔で見ていた、その時だった。
キィン!
コインを弾く音がした。
ブレイドは自分の後頭部に手をかざし、握り込む。
手を開けるとサンタモニアのコインがこぼれ落ちた。
ブレイドの後ろにはバルザックがフラつきながらも立ち上がっている。
「娘っ子見下ろして、偉そうにしてるんじゃねえぞ。小僧……
オレだってなあ、元々は港町で敵なしの喧嘩少年だったんだぜ。
拳の勝負なら……大好物よ!!」
バルザックは拳を振り上げてブレイドに襲いかかるが、パコン、とあっさり顎を叩き上げられ大の字に倒されてしまう。
ブレイドは再び、メリアに目をやった。
その目には戦っていた時の獣のような光は宿っていない。
やや目を細め、目尻が下がっている。
「まさか、ボロボロ泣いている異国の娘に啖呵切られるとは予想もしていなかったぜ。
だが、悪くねえ」
ブレイドは柏手を打った。
「お前らの根性と娘の啖呵に免じて、全部水に流してやる。
いや、むしろお前ら気に入ったよ。
久しぶりに汗が冷たくなるような喧嘩も出来たしな」
ブレイドはそう言って、その場に座り込む。
「メリアとか言ったな。
頑張ったご褒美にお願い事を聞いてやる。
言ってみろ」
メリアは頭を上げ、不安そうな目で僕を見つめる。
僕は目配せで「言ってみろ」と伝えた。
メリアは涙を袖で拭って、懇願する。
「私達とつるんでイフェスティオまでぶっちぎろうぜ!コラぁ!」
しばしの沈黙の後、ブレイドは豪快に笑った。