第11話 ソーエン国の領土に到達。ブレイド・サザンを捜索する。
アマルチアを出港して16日目の明け方、船はソーエン国の首都ダーリスから10キロ程離れた海岸に接近した。
バルザックは手下たちに沖合で船を待機させるように指示を出し、小型のボートで僕とメリア、そして荷物持ちの手下を二人引き連れて上陸した。
バルザックの船は正規の交易船ではない。
つまり、今から行うことは不法入国。
偽造した入国登録証であるバッジを付けてはいるが、「金鷹の目」と呼ばれるソーエンの治安維持機関に見つかれば、すぐに照会され逮捕されてしまう。
よって、ダーリスから離れた上陸地点から鬱蒼と木々の茂った山の獣道を通り、街に向かう。
道は険しく、高低差がかなりある難所であったが、日が暮れる前にダーリスの町外れにたどり着いた。
ダーリスの町並みは石造りの建物が多いサンタモニアとは異なり、木造の家ばかりで2階部分のないものばかりであった。
だが、みすぼらしいというわけではない。
材料の木々はそれぞれ寸法を合わせて加工しているようで、継ぎ目に隙間はないし、窓のガラスも僕らがアマルチアで宿泊した宿などとは比べ物にならないほど濁りがなく、透明である。
街路の幅は大小あれど曲がらず、直線で整備され、道と道が垂直に交差することで街全体を区分けしている。
非常に几帳面な作りだ。
「なんだか、想像していたのとは違いますね。
戦闘民族というわりに建築技術や整備技術はサンタモニアよりも進んでいますよ」
「ソーエン国の連中は凝り性だからなあ。
衣服や飾り物の技術なんかもすごいぞ。
100年以上前に作られたソーエン国製の着物なんてのは一着で豪邸が買えるような値段で取引されているしな」
「そんな国が他国と友誼を結ばずに孤立しているというのはもったいない気がしますね」
「まあ……そこはこの国の国民性ってやつもあるだろう」
メリアがバルザックとそんな会話をしていると、通りの向こうから家族と見られる集団が歩いてきた。
中年の母親と見られる女性と、10歳前後の男の子どもと女の子ども。
3人は荷物を詰めた布袋を抱え、談笑しながら歩いている。
3人共赤い髪をしており、ソーエンのものと思われる民族衣装を纏っている。
母親は薄手のガウンに似た、裾がくるぶしまである服を正面で重ね、腰布を締めている。
子どもたちの着ている物は膝丈までの長さだ。
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【転生しても名無し】
『和服風の衣装だね。
なんだか日本に似ているなあ』
【転生しても名無し】
『チョンマゲは流石に結ってないが……
あんなもんぶら下げて歩いてるのは昔の日本に似ているかも』
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アマルチアでも見かけられるような平凡な光景に、なぜかメリアは眉を顰めていた。
「なんで、あんな子どもが武器を持って歩いているのですか?」
確かに。
母親は背中に十字槍を背負っているし、男の子は剣、女の子も斧を腰に下げている。
「あまりジロジロ見るなよ。
ガチで殺し合いになるぜ」
「いや……ここ街中ですよ。
しかも、彼女は家族連れで……」
バルザックは腰を曲げ目線をメリアに合わせて、話しはじめる。
「昔、とある若い海賊がソーエンを訪れた時のことだ。
街中で追いかけっこをしているガキたちがいてな。
その一人がその海賊にぶつかっちまった。
すると血気盛んなその海賊はそのガキを蹴飛ばして、首根っこを掴んで軽く脅してやったんだ。
海賊は別にガキに本気で何かしようと思ったわけじゃねえ。
からかい半分だったんだ。
そうしたら、次の瞬間追いかけっこをしていたガキどもは自らの武器を手にとって海賊に襲い掛かってきた!
その動きはおおよそ人間の子どものものじゃねえ。
小型の肉食猫のような俊敏さと、鍛錬の末に習得したであろう武術をそいつらは持っていた。
海賊は恐怖を感じて逃げ出したが一緒にいた手下のうち、一人は片目を抉られ、一人は肩から下をバッサリもっていかれ、一人は恐怖で髪の毛が全部抜け落ちた。
分かるか。アイツラは伊達で武器を持っているんじゃねえ。
牙や爪を持った獣が習性で狩りをするように、アイツラが武器を提げているのは敵を殺す習性の表れなんだ」
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【転生しても名無し】
『どう考えても戦闘民族です。ありがとうございました』
【転生しても名無し】
『バルザックさん顔が青ざめてるよ。
もしかして、とある若い海賊って……おっと誰か来たようだ』
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僕らは彼らと目を合わさないように道の反対側に寄って通り過ぎようとしたが、
「あんたら異国の人かい?」
十字槍を担いだ母親が僕達を呼び止めた。
「お、おう! も、文句あんのか、コラァ!」
と、返したのはメリア。
覚えたてのソーエン語はかなりぎこちない。
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【転生しても名無し】
『メリアちゃん……教材が悪かったんや』
【転生しても名無し】
『ソーエン語を使う時のメリアちゃんは言葉遣いが悪くなります。
これマメな』
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「なんのためにこの国に来たのかは知らないけど、命が惜しければおとなしくしているんだね。
この国はよそ者に対して厳しいからね」
親切な忠告のようにも聞こえるが、その実、脅しである。
証拠にその女性の右手はいつのまにか荷物から離れ、背中の十字槍を抜き放てる位置にあった。
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【転生しても名無し】
「こえーよ!! このオバちゃん!!」
【転生しても名無し】
「平凡なオバちゃんでこれって、軍人や冒険者はどうなるんだ、この国」
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緊張感が高まり、メリアは口ごもる。
そこで僕が代わりに答える。
「人に会いに来た。ブレイド・サザンという人に」
「バカッ!!」
僕がそう伝えると、バルザックは僕の口を慌てて押さえ込んだ。
女性の右手はすでに十字槍の柄を握っている。
「アンタら、あのブレイドの知り合いかい?」
僕はバルザックの手を振りほどく。
「知り合いの知り合いだ。
紹介状ももらっている。
渡したいものがあるから、彼を探しているんだ」
女性は僕達の顔を見渡した後、十字槍にかけた手を離した。
「この道を30分ほど歩けば繁華街に出る。
そこの「サザンカ」という酒場に行けば会えるはずさ。
せいぜい上手くやんな」
そう言い残して女性は子どもたちと歩いていった。
僕はバルザックに拳骨を食らわされた。
「お前なああああああ!!
あんだけソーエンの人間は危険だと言ったろうが!!
しかもブレイド・サザンの名前まで出しやがって!!」
バルザックはつばを飛ばしながら僕に説教する。
「あなただって彼の居所を知らなかったんだろう。
この国が危険地帯ならなおのこと早急に任務を完了すべきだ」
「だからといって、二度とこんな真似をするな!!
俺が良いと言うまで余計なことは一切するな!!」
バルザックはつばを飛ばしながら僕に怒鳴りつけてくる。
僕はメリアを見やると、彼女は顔を引きつらしている。
「今のはクルスさんが悪いです」
「わかった」
僕はバルザックの指示に従うことにした。
女性の言うとおり、30分も歩くと繁華街にたどり着いた。
すでにあたりは夕闇に包まれており、酒を扱う店からは笑い声が響き渡る。
すれ違う人々は僕達をジロジロ見てきたが、僕らはうつむき加減でやり過ごす。
そうやって探索していると「サザンカ」と書かれた看板を見つけた。
その看板には矢印が描かれており、地下へと続く階段を指し示している。
バルザックは手下の二人をここに待機させることにし、3人で階段を降りた。
階段を降りきると、扉があったがその前には門番らしき男が立っていた。
裾の太いズボンを穿いているが、上半身は裸である。
身長は僕とそう変わらないが引き締まった体躯の持ち主である。
彼に限らず、この国の人々は全体的に小柄だが、姿勢が良く、引き締まった体の持ち主が多い。
男にフローシアから預かった紹介状を渡すと、その紹介状は扉の向こうに届けられた。
僕たちはこの場でしばらく待つように言われた。
メリアは訝しげな目でバルザックに尋ねる。
「あのー、いい加減、ブレイド・サザンさんがどういう人なのか教えてくれませんか?
フローシアさんも知り合いとしか言わなかったし、バルザックさんも「会えば分かる」とか「楽しみにしておけ」ってごまかしていたし……
まあ、王侯貴族の類でないのはもうわかりますけど……」
メリアの言うとおり、僕たちはブレイド・サザンのことを知らない。
届け物を渡すだけであるなら対象の情報は必要ないと、僕も求めなかったが。
「そうさな。そろそろ教えてもいいだろう。
このあたりの海には何十という海賊組織が存在する。
俺たちもその一つだ。
海賊といっても、大昔のように略奪や殺しをする連中は今はそういねえ。
せいぜい、酒場でみかじめ料取ったり、女衒したり、後は国を通さない物資や人の輸出入……いわば密輸だな。
大手を振ってやっちゃいけないが、民衆が必要としている裏の商売を俺達が担っているってわけだ。
だが、タガが外れて一般国民に害をなしてでも甘い汁を吸いたいってバカはどんな時代のどんな環境にもいる。
そういう出過ぎた奴らに制裁を加えたり、一定の規律を守らせたりして、裏の商業圏をコントロールする奴が必要だ。
この辺の海でその役目を担っているのが、ソーエン国のダイリスにいる南一家。
構成員数は300を超える大一家で、ブレイド・サザンはそこのNo.3だ。
そして、紅月団と呼ばれる私兵組織の団長でもある。
言い換えれば、この海でもっとも強く危険な男というわけだ」
バルザックのその話を聞いて、メリアは来た階段を戻ろうとするがバルザックに止められた。
「聞いてません!! 聞いてませんよ!!」
「言ったらビビって来ねえだろうが」
「当たり前です!! そんな、超危険人物の住処に訪れて挙句、協力を仰ぐなんて!!
絶対カタにはめられて毛がなくなるまでむしられるに決まっています!!
クルスさん! 今すぐ引き返しましょう!!」
「そうは行くかよ! こっちだって慈善事業でお前ら連れてきたわけじゃねえんだ。
俺らみたいなサンタモニアの中でもちっぽけな組織が南一家の頭目の一人に接触できるチャンスなんて何年待っても巡ってくるとは思えねえ。
タダで船に乗って飯食ってた借りはキチンと返してもらうぜ」
「イヤアアアアアアア!!」
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【転生しても名無し】
「タダより高いものはないって勉強になったね」
【転生しても名無し】
「フローシアたん、とんでもないコネ持ってたんだなあ。
なんか、依頼料として助っ人で旅に同行してくれるとか言ってたけど」
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それは難しいだろう。
フローシアと最後に会ってからしばらく年月が経っているらしいし、まさかそこまで出世しているとはフローシアも思っていなかったんだろう。
と、なるとやはり僕とメリアだけでイフェスティオに向かうしかないのか。
魔王軍の勢力範囲をくぐり抜けて。
しばらくして、紹介状の確認が取れた僕らは扉の向こうに案内された。
店構えはおそらく酒場と思われるが、サンタモニアの酒場とは違い、椅子がなく、客は絨毯の敷かれた床に腰を下ろして酒を飲んでいる。
客層もバルザックの根城とは違い、粗暴な荒くれ者は少ない。
だが、どの客も背筋がピンと伸びており、酒を飲んでいるはずなのに僕らが通ると鋭い眼光を飛ばしてくる。
「ク、クルスさんなら大丈夫ですよね。
もし、ここの人たちが襲ってきても逃げられますよね」
メリアは上目遣いで僕にそう聞いてきたが、
「難しい。
ここにいる客の中で僕よりも弱いと思える人間はほとんどいない。
サンタモニアの人間とは種族が違うと言ってもいいくらいに、個体のレベルが高い。
町外れですれ違った武装していた家族は、ここの人間に比べれば平和な一般家庭でしか無いだろう」
メリアは、うなだれるようにして僕の腕にしがみついた。
バルザックも普段の豪放な態度はなりを潜めている。
僕らは案内されるまま、店の奥に向かうと、意匠を凝らした飾り扉にたどり着いた。
案内係の男が扉をノックして、開ける。
僕らは彼に続いて入室する。
扉の向こうは草の絨毯が敷き詰められた広い部屋だった。
先程、客が入っていたスペースと同じくらいの広さの部屋には3人の男だけが奥の方に並んで座っていた。
「ようこそ、イフェスティオに向かう旅人よ。
土産があると聞いているが」
そう言ったのは真ん中に座っていた男だ。
髪の毛は丸刈りで、はだけた着物から見える体にはドラゴンをモチーフにしていると思われるタトゥーがびっしりと彫られている。
痩身で体も大きくはない。
歳も20歳あたりだろう。
だが、僕は彼に睨まれた時、思考回路が危険を察知し、自動的に戦闘モードに移行した。
この男はとんでもなく強い。
あの森で遭遇した大蛇よりもはるかに。
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【転生しても名無し】
『アカン、これ完全にヤバイ人だ。
こっちでいうところのヤがつく名前の職業の人だ』
【転生しても名無し】
『メリアちゃんの言うとおり、逃げればよかったね……』
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