最終話 僕は生きた
「あははははははははは!!」
「でやああああっ!!」
僕とペーシスは音速を超える速さで剣と剣を打ち付けあった。
剣と剣がぶつかりあった後、遅れてガキンッという打ち鳴らされる音と周囲の大気が真空を補完しようとする乱流が発生する。
パワーやスピードは僕のほうが一枚上手。
だがペーシスの技の多彩さと老獪さに舌を巻く。
捉えた、と思った攻撃がスルリと重さを失って空を切り、無防備な状態に迫る一撃を強引に外す。
戦況は一進一退……いや、やや分が悪いか。
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【◆助兵衛】
『さすがに強え……パワーアップしたホムホムが手玉に取られてやがる』
【◆マリオ】
『残り1分と18秒!』
【◆リュシアン】
『空回りもいいところだ。
性根は腐っておるがペーシスの技は何千年という時間をかけて磨き上げられたもの。
身に余る力を得た程度で生まれて二年も経たぬお前が優位と思っている事自体が傲慢よ』
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リュシアンの言葉にハッとさせられる。
そうだ。これまでの戦いで僕が優位に立てる戦いがいくつあった。
ブレイドもエステリアもイスカリオスもベルグリンダも、僕は自分よりはるかに強い者たちと戦ってここまで生き残ってきた。
僕は弱い。だから考えろ。集中しろ!
百に一つ、いや万に一つの勝利をかすめ取るために!!
思考を針のように研ぎ澄ませ、体の中にある力を全て引きずり出す。
次第にペーシスの剣筋が微かにだが読めるようになってきた。
逆にリュシアンの力が馴染み、重さと鋭さの深まる僕の剣にペーシスが対応できなくなっていく。
「ハハっ! これならどうよっ!?」
ペーシスは僕から離れ、谷の壁を走りながら背中から無数の光線を発射する。
光線は直進せず、屈折し全方向から僕に向かって襲いかかってくる。
「【ライト・バースト・ビット!】」
左腕から光の槍をありったけ錬成し、ヤツの光線の軌道を読んでぶつけて相殺する。
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【◆助兵衛】
『足を止めるな! 的になるぞ!』
【◆マリオ】
『あと、42秒!』
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超高速で地面を駆けながら、魔力を蓄積する。
技や魔術の競い合いでは勝てない。
ならば、強引に力と速さで圧倒する。
後のことなんて考える必要ない。
今、この瞬間に最高の一撃を!
「【ライト・キャリバあああああ!】」
左手に光の剣を出現させ、それを強化、さらに強化。
天を突く程に伸びた光条を壁を走るペーシスめがけて薙ぎ払う。
光条は大地を砕きながらペーシスを飲み込み、爆発した。
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【転生しても名無し】
『やったか!?』
【転生しても名無し】
『↑やめろ!』
【◆リュシアン】
『いや、手応えがない! 詰めろ!』
【◆助兵衛】
『ちゃんと切り札仕込んでからな』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
分かった。
立ち込める煙の中に自ら飛び込み、ペーシスを探すが、見当たらない……
ならばーー
「『ライトニング・テンペスト!』」
僕の体を中心に全方向に向かって何百もの光線を放つ。
すると、僕の背後で「ゴフッ!」と吐血する音がした。
振り返ると透明化の魔術が解除され、胴体が穴だらけになったペーシスの姿が現れた。
ライト・キャリバーの直撃を受けて皮は剥げ筋肉がむき出しになっている。
「そこか!」
頭部に目掛けて剣を振り下ろす。
かろうじて受け止められるが、そこで終わらない。
蹴りで首を跳ね上げて怯ませ、出来たスキに再度剣を叩き込む。
剣は肩口からヤツの腹のあたりまで進むが、刃を手で掴まれて止まる。
「ハハハ……!
往年の大魔王の再来とまではいかないが大したものだぜ。
脆弱なその身で俺を圧倒するとは……」
『貴様は殺す。
我の望む世界に貴様はいらぬ』
「お前を殺して、僕は全てを守る」
僕はさらに剣に込めた力を強める、ジワジワと剣は動き、
「やああああああっ!!」
叫び声を上げて、剣に蓄積された魔力を解放。
膨大な魔力は全てを消滅させる刃となり、ペーシスの体を両断した。
2つに分かたれたペーシスの体がそれぞれ地に落ちた。
その瞬間、勝利を確信してしまい、刹那、気が緩んだ。
「かかったな!!」
「しまっーー!?」
ペーシスの上半身が僕の右肩に噛み付いてきた。
リュシアンの魔力で強化されているはずなのにその牙は僕の体を貫き、顎一面に剣山のように生え揃った何百もの牙が僕の肩を砕いていく。
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【◆オジギソウ】
『いやああああああ! ホムホム!!
逃げてええええ!!』
【◆マリオ】
『あと、15秒! 剣を離すな!』
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ダメージが大きすぎる……
腕の神経系が……死んだ……
それと同時に持っている剣ごと右腕を食いちぎられた。
剣を手放したことで、リュシアンの魔力が急速に拡散していく。
「もったいない! 陛下!
最後まで味合わせてくれ!!」
ペーシスは大口を開けて、僕の頭部に食らいつこうと身を乗り出してきた。
その口の中は牙がぎっしりと詰まるように生えている。
僕の眼前に迫る顎に左腕を差し出し、そちらに食らいつかせる。
が、一噛みでアーサーから引き継いだ腕を噛み砕いた。
頭部に噛みつかれれば、一噛みで僕の頭部は破壊されるだろう。
ペーシスの顔は既に目も鼻も失っており、大きな口だけが残っている。
暴食の魔神、とリュシアンは言っていたがその食欲に必要な口だけが残っているということに僕はヤツのおぞましい執念を見た。
「化物め……」
「君もな。人間を模した愚かで愛らしい化物。
俺の欲と空腹を満たしてくれたこと、感謝するぜ……」
ガパッ……と、よだれを垂らしながら大口を開けて再び僕の頭部に迫りーー
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【転生しても名無し】
【◆マリオ】
『ラスト3秒! 最後のチャンスだ!』
【◆助兵衛】
『これで終わりだ!!
やれえ!! ホムホム!!』
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僕は魔術回路を稼働させ、仕込んでいた罠を作動させる。
先程、ライトニング・テンペストを放った直後、一本だけ光の槍を生成し、隠すように瓦礫の中に忍ばせた。
切り札の一つとして、僕が追いつめられた時の逆転の一手として使うために。
僕の意思に応じて、光の槍は音も立てず引き寄せられ、側面からペーシスの首を貫いた!
「は……はぁっ!?」
突然のダメージに狼狽えるペーシス。
そして、次が……最後の一手。
「あああああああああっ!!」
魔術回路をフル稼働させる。
壊すことを前提とした限界突破。
発生した魔力は稲妻となって僕の体を中から突き破り、崩壊させていく。
そうやって生じた魔力全てをつぎ込んで、右腕を再生させる。
通常の魔力運用では不可能な超回復を成し遂げた右腕には僕の残りすべての魔力とリュシアンの剣から流れ込む魔力が過剰蓄積されている。
剣を取る間もーー惜しい!
僕は握り込んだ右拳をペーシスの口の中に叩き込み、
「【ライト……スティンガアアアアアアアっ!!】」
全ての魔力を放出する。
青い光はペーシスの体を内側から灼いて崩壊させていく。
「あ……あ……もう……クエ……ネ……」
一所に集中しすぎた膨大な魔力が制御を失い、爆発する。
ペーシスの体は微塵となり、爆炎に呑まれていった。
僕の体もはるか高く打ち上げられる。
体が……軽い。
まるで宙を舞う羽のようだと思って自分の体を見てみると、足先が光の粒になって消え始めている。
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【◆マリオ】
『タイム……オーバーだ……』
【◆リュシアン】
『クククク……上出来だ。
依代……いや、ホムホムよ。
弱者の身からこの我が力を宿すまで成長し続けた貴様の生き様がもたらした勝利だ。
良いものを見せてもらった。
礼として我の願いを横取りしたことを不問とする。
よくやった、我は一足先に逝く……』
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リュシアンの魔力の残滓が完全に消えるのを感じた。
その時、地面の底から世界が崩壊するような恐ろしい轟音が鳴り響く。
視界の端にあるイフェスティオ山の火口から橙色の溶岩が上空に打ち上げられるのが見えた。
噴火が始まったんだ。
ドシャッ! と地面に背中から叩きつけられた僕は空を仰いだ。
死なず月が天蓋のように空を覆い、それを撫でるように火山が吐き出した黒い噴煙が立ち込めていく。
まもなく、火口から噴出した溶岩がこの場を飲み込むだろう。
大魔王の魂である剣も飲み込まれ地中に封印される。
イデアの部屋の工房とここを繋ぐ神の通り道もおそらく……
だが、僕の体はこの世界に残ること無く光となって消えるだろう。
既に太ももの辺りまで消失してしまった。
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【◆まっつん】
『ホムホム……お前凄いよ……
超頑張ってた!
世界で一番頑張ってた!』
【◆バース】
『お前の生き様は殿堂入りや。
命の可能性ってのをこんなに感じさせられたのはホンマ初めてや……」
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ああ。頑張った。
人間の一生に比べれば短い時間だったけど、僕はできる限りのことをした。
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【◆アニー】
『ホムホム。本当にいろんな事があったね。
旅もした。冒険もした。芝居もした。恋もした。
楽しかったよね』
【◆ダイソン】
『古参の俺はずっとそれを見続けてこれたのが自慢だよ。
本当に楽しかった』
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ああ。楽しかった。
楽しいことばかりじゃなかったけど……それでも楽しかった。
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【◆助兵衛】
『無茶振りばっかしたけど、ホムホムはちゃんと応えてくれたな。
こんな口だけ野郎の言うことに』
【◆マリオ】
『できることならそっちに行きたかった。
もっと直接ホムホムを助けてやりたかった』
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お前らがいなければ、とっくの昔に死んでいたよ。
僕が強くなれたのはお前らのおかげだ。
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【◆オジギソウ】
『ごめん。泣いてる。
見せられないのが悔しいくらい泣いてる。
ごめん。もっと言いたいことあるのに』
【◆江口男爵】
『すまん。普段余計なことばっか言ってるのにこんな時に出てくる言葉がないんだ』
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お前らが賑やかだったから、僕も余計なことをたくさん覚えた。
でも、その余計なものが僕にとって必要なものだったんだろう。
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【◆与作】
『本当にホムホム大好きだよ。
俺たちはみんなそうだから』
【◆野豚】
『俺たちは君のことを絶対に忘れないだろう。
きっとその世界で君に出会った人たちだって。
そうやって誰かの心の中に息づいて……
それが生きるってことなんだろうな。
俺は君に教えてもらった』
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ああ……お前らに今まで言えてなかった言葉があった。
ありがとう、って。
きっと、アカシアの書いたシナリオでは僕はアイゼンブルグの街で任務に失敗して破壊されるという役回りだったんだろう。
だけど、呆然と空を見上げている時にお前らが脳内で騒ぎ始めて……そこから僕の命は始まったんだ。
ただ壊れるのを待つだけだったモノを涙を流して、笑って、人を愛して……そんな生き物にしてくれたのはお前らだった。
ありがとう。何も返せるものはないけど……
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【転生しても名無し】
『こっちこそありがとうだよ!』
【転生しても名無し】
『めちゃくちゃホムホムには色んな物もらったし、教わったよ!
ありがとう!』
【転生しても名無し】
『ホムホムぅ……もっと一緒にいたいよ……』
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妖精たちの言葉で脳内が埋め尽くされていく。
もうすぐ僕は消えてしまうけど、怖くなんてない。
だけど……もし……
その時、僕の体がフッと浮かぶように抱き起こされた。
その感触に後悔と嬉しさが心の中で弾けてしまう。
そうあってほしくなかった。
噴火した火山の猛威は間もなくこの場所も飲み込むだろう。
残り僅かな僕の心残りのためにあなたを危険に晒すなんて……
でも、そうあってほしかった。
一秒でも、刹那でも、あなたと一緒にいたかったから。
僕が最後に見るものはあなたの顔であってほしかったから
「メリア……」
メリアは僕を抱き起こしながら泣いていた。
涙をボロボロこぼして、顔を紅くして、肩を震わせて、声を引きつらせて。
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【◆与作】
『みんな。二人にしてあげよう』
【◆野豚】
『そうだね。
みんなを代表して……
さようなら。ホムホム』
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妖精たちの声がピタリと止んだ。
だが、どうせ覗いているのだろう。いつものように。
別にお前らに見られることくらい、全然かまわないんだが。
「メリア、勝ったよ」
「はい……見ていました」
残った右腕でメリアの涙を拭う。
なのに涙が次から次へと溢れて止められない。
「泣かないで、メリア」
「無理……そんなことできない!
泣いたってクルスさんが喜ばないって分かってるのに!
私は……私は……自分が辛いからって泣いてしまうんです!」
僕はこの時が来ることをずっと恐れていた。
僕の死がメリアの心に深い傷をつけることを。
メリアをこの世界に置き去りにしてしまうことを。
それでも……
「それでも……僕はメリアに会いたかったよ」
と、呟く。
メリアは大きく瞳を開けて僕を見つめるから、僕はその瞳に吸い込まれそうな気分になる。
いっそ、本当にメリアの一部になることができればいいのにな、と思う。
身体を重ねても心を通わせても僕たちは一つにはなれない。
だから、こうやって会えることがとても嬉しくて、離れてしまうことが切ない。
「最期まで……一緒にいさせてください」
メリアはフぅ、息を吐いて僕を胸に抱きかかえた。
下半身がすでに消えてしまっている僕は赤ん坊のようにメリアの胸に抱かれている。
僕の体は光の粒となって散り、メリアの身体に流れ込んでいるようにも見えた。
あと、何秒生きていられるのだろうか。
その間に僕はどんな言葉をメリアに伝えようか。
時間がほしい。
あと1時間があれば、メリアを安全な場所に逃がすことだってできる。
あと1日あれば、メリアをライツァルベッセに連れていくことだってできる。
僕の望むまま、彼女が求めるまま、最後に体を重ね合うことだって。
あと1月あれば、メリアと穏やかな日常を過ごすことができる。
この災厄の影響は免れないけど、それでも平和で暖かな時間を。
皇帝に仕事を命じられても無視だ。
僕はメリアとの時間を優先する。
あと1年あれば、メリアとまた旅に出ることだってできる。
今度の旅は命を危険に晒すことのない旅を。
楽しいことを、心地よいことを、心に残る思い出を一緒につくろう。
きっとメリアは人がいいから困っている人を助けようとしたり、余計なことに首を突っ込んだりして騒動に巻き込まれてしまうんだろう。
それも一興だ。
リムルも連れて行こう。
彼女は僕にとって娘だから。
バルザックに船を出してもらおう。
彼と船上で景色を見ながらお酒を飲もう。
フローシアの家に遊びに行こう。
きっとたっぷりともてなしてくれるだろう。
ファルカスの公演を見に行こう。
もしかしたら僕も舞台に上がるかもしれない。
ブレイドとククリの子供を見に行こう。
幸せそうな友の顔を見たい……
もっと時間がほしい……
メリアと一緒にいる時間が……
「もっと……メリアと一緒に生きたかった……」
僕は思わず口にしてしまった。
その言葉を聞いたメリアはまぶたを閉じて肩を震わせる。
そうじゃない。
僕はメリアを悲しませたいんじゃない。
僕は……
頬からも光の粒子が立ち上り始める。
もう、時間がない。
「メ……ア…………て」
声が上手く出ない。
発声する器官が消えかけているのか。
「聞こえていますよ!
クルスさん! クルスさん!」
ほとんど光になってしまった僕を抱きしめながらメリアが叫ぶ。
どうか、最期に一言だけ……
「メ……リア……いきて……」
もう、声は出ない。
耳も聞こえない。
微かに残った視界も光に覆われてどんどん消えていく。
だけど、僕が消え去るその間際に僕の目にはたしかにーー
「はい。わかりました」
と言って涙を流しながらも微笑むメリアが映った。
ありがとう、メリア。
おかげで僕ははっきりと確信する。
僕は生きた。
明日、エピローグを投稿してこの物語は完結します。