第93話 僕は涙を知る
本日はもう一話投稿します。
最初は余計な説明を省くためだった。
ホムンクルスの情報は世の中にはほとんど流れておらず、サンタモニアの軍事関係者でもなければその存在を知ることはない。
今思えば情報の流出を避けようとする僕の中に残っていた制約が働いていたのかもしれない。
他国の少女に必要以上の情報を持たせる理由はなかった。
だが、旅を続けていく中で僕は人間を模してはいるが人間とは明らかに異質な存在なのだと気づいてしまった。
その頃すでに僕は人間たちの中で生きて、生かされていた。
僕がホムンクルスだと知られることはその関係性の瓦解を招く恐れがあり、メリットのないことであるから口外しなかった……
いや、違う。
メリアは僕を優しい人間だと言ってくれた。
僕を人間として扱い続けてくれた。
そのことが心地よく、手放したくなかった。
やがて、僕は彼女に特別な感情を懐き始める。
その感情が兵器にとっては許されないものであると、僕は知っていた。
だが、そのことを認めたくなかった。
言葉にしなければ、知られなければ、僕はメリアの思う僕のままでいられる。
僕はメリアの心の中にある僕を壊したくなくて、そのことをずっと恐れていた。
「人間……じゃない?」
言葉の意味が理解できないのか、ペーシスの言葉を繰り返すメリア。
ペーシスは口角を上げて、上機嫌で言葉を続ける。
「そうなんだよ。
サンタモニアで作られた人型の戦闘兵器ホムンクルス。
驚くだろう、ここまで精巧な人形が存在することに。
君も言われなければ分からないだろう。
アイゼンブルグにも配備されていたはずだが、その時も君は気づいていなかった。
身を犠牲にして死にゆく兵士の死に様に涙を流したのかもしれないが、それは無駄な涙だ。
数打ちの剣が折れて泣く奴なんていないだろ」
メリアは痛みを忘れたかのような無表情で、
「クルスさんが……ホムンクルス?」
僕の顔を見た。
今、メリアの目に僕はどう映っているのだろうか?
「信じられない、いや、信じたくないのかな。
じゃあ、これならどうだ」
ペーシスが虚空から取り出したものが地面に落ちる。
それを目の当たりにしたメリアは体を震わせて嘔吐し始めた。
「あははははは!
どうして気持ちが悪いんだい?
君が愛している男の頭だろう!?
しかも4つもある!
フフフ、アイゼンブルグからちゃっかりくすねてきたのさ」
アイゼンブルグで破壊された僕と同型のエルガイアモデルのホムンクルスの頭部。
その顔の作りも髪の長さも全く僕と同じだ。
量産の人工物であることを示す証拠としてこれ以上のものはない。
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【◆与作】
『ホムホムと同じ顔した生首とか……ゴメン、見れない』
【◆バース】
『どこまで腐っとんねん! この外道!!
付き合うなホムホム! こんな奴を一ミリも喜ばしたらアカン!』
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いいや……今まで逃げ続けてきた罰というやつなのだろう。
僕がいつしか目を背けていた事実。
どれだけ人間のような心を得ようとも、僕はホムンクルスで人間にはなれない。
人間であるメリアに愛されるような存在ではないのだ。
それを知っていたから……
「そう。そのことをずっと彼は隠していた。
その方が人間である君に取り入りやすかったからね。
しかし、予想外のことが起きた。
彼は異常に感情が育ちすぎてしまった。
ただ、利用するためだけの存在の君を守りたいと思い、それを自分の存在理由にまでしてしまった。
だから君に嫌われたくない。
嘘をつき続けた。
君に愛されていることを知りながら君を騙し続けた。
ハハ……挙句の果てに彼は君の純潔すらも奪ったのだろう。
性欲もなければ生殖能力もない。
ただ君の感情を繋ぎ止めるだけに人間、いや生物ですらない身でありながら君と交わった!
俺の見てきた長い歴史においても初めての出来事だったぜ。
モノが人を愛し、出来もしない子作りの真似事に取り組んだのは!」
メリアはじっと僕の目を見つめている。
見ないでくれ……僕を見るなメリア……
悪いことだと分かっていた。
気づかないふりをしていた。
本当はメリアのためにはならないと思っていた。
メリアのためだと責任を押し付けた。
守りたかった。メリアをメリアの世界を……
違う。僕の心地良い日々を……
僕は……間違っていた…………
「はぁっ……! 美味いなあ……
極上の甘露だぜクルスくん、君の感情の味は。
人間と違い短い期間で熟成された君の感情はこの世界のどの生き物とも違う格別の美味だ。
これほど食らうのを待ち遠しいと思っていた感情は他にない……
アッハハハハハ! 君の愚行と弱さとメリアちゃんの出会いに感謝するぜ!」
高笑いを上げるペーシス。
メリアはうつむいて僕から視線を外した。
すかさずペーシスはメリアの胸ぐらを掴み、大声で問いかける。
「さあ! また同じ質問だ!
メリアちゃん、君はこんなクルスくんを愛しているとーー」
パァーーン……
乾いた音が谷間に響いた。
何が起こったのか分からなかった。
だが、ペーシスの顔の向き、メリアの振り切った手の位置、そして瞳に宿る怒りからメリアがペーシスを平手打ちしたのだと分かった。
「え……?」
あまりのことにペーシスは呆然としていた。
続けてメリアは腕を振りかぶり、
「【ライト……すてぃんがああああああああ】!!」
光を放つ拳でペーシスの顔面を殴りつけた。
「い……ギャアアアアアアアアっ!!」
渾身のライトスティンガーが右目に直撃したことでペーシスは絶叫しながら後方に飛び退った。
その瞬間、僕の体にのしかかっていた重力が解け、口がきけるようになった。
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【◆マリオ】
『ナイスパンチ』
【◆オジギソウ】
『メリアちゃんGJ!』
【◆助兵衛】
『ふむ。当たれば効くのか』
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「め…り……」
僕が名前を呼ぼうとするその前に、僕の頭はメリアによって抱きしめられていた。
「私……今までの人生で一番怒っています!
焼けるくらいに胸が熱くなって、血が燃えそうなくらい!」
耳に当たるメリアの胸から心臓の鼓動が聞こえる。
激しく叩かれる心拍と荒く熱い息がその怒りを物語っている。
「すまない……僕は臆病で卑劣だ。
怒られて、憎まれて、当然の愚か者ーー」
パチン! と僕は頬を打たれた。
「バカッ!」
パチン! とさらにもう片方の手で。
「バカ! バカ!
クルスさんのバカぁっ!!」
パチンパチンと何度も繰り返し打たれた。
そして、メリアは僕の頬を掴んで、
「私が何に怒っているのか、そんなことも分からないんですか!?
私は……あなたの心を踏みにじって傷つけたアイツが憎くて怒っているんです!!
あまつさえそれを悦びあざ笑うなんて……殺してやりたいっ!!」
予想外の答えにとまどう僕の目をメリアはじっと見つめる。
「あなたを傷つけるヤツは誰だって許さない……
たとえ魔王だって、神様だって!」
なんて人だ……
世界を終わらせかねない力を持つ魔王に対して牙をむく理由が、僕を傷つけられたからだって。
僕はきっと、どこまで成長してもメリアの考えることを全て理解できる日は来ないだろう。
息を弾ませながらもメリアは静かに言葉を紡ぐ。
「ずっと、隠してきたんですね」
「ああ……ずっと騙してきた」
僕はうつむいて目をそらすが、頬を両手で持ち上げられてしまう。
「私もでしたよ。イフェスティオの諜報員だということを隠して、あなたを利用していました。
だから……おあいこです」
「おあいこ……いや、僕のほうが罪が重い。
メリアは自分以外の人々のために嘘をついた。
僕は僕だけのために嘘をつき続けてきたんだ……
しかも、人間のフリをするなんて愚かなことをーー」
「でも、それは私のためになりましたよ」
メリアは額を僕の額に当ててまぶたを閉じる。
「あなたが私を守ってくれたこと。愛してくれたこと。
そのことに私がどれだけ救われたことか、想像もできないでしょう。
だからどれだけの痛みを与えられても、私は自分の気持ちに嘘はつけませんでした。
でも、もっと早く言ってくれてもよかったのに」
「すまない……
でも、ホムンクルスだなんて……
人間じゃないって分かったら……メリアは僕の元から離れてしまうって」
「バカ言わないでください」
メリアは叱るように言って額をぶつけた。
「私はクルスさんが嘘つきでも悪魔でも構わないんです。
あなたの行動が心が私を守り、慈しんでくれた。
それ以外に必要なものなんてないんです」
僕に穏やかな笑みを浮かべて、さらに言葉を紡ぐ。
「自信を持ってください。
あなたは私に世界で一番愛されているんだって。
今の私があなたによって作られたように、今のあなたもわたしによって作られているんですから。
そんなあなたがただのモノなんてワケがないでしょう」
……ああ、ダメだ。
心が押し止められない。
「ああ……ああ……っ!」
僕はメリアの首に腕を回して抱きついた。
「う……ああぁぁぁぁぁっ……!!」
言葉にならない声があふれるように出てくる。
心と連動して体が震える。
目に何か熱いものが生まれ、それがメリアの肩を濡らす。
ついに涙まで出るようになってしまった。
僕は本当にどうしようもない。
不完全で脆く、自分勝手で間違いを犯し続ける。
まるで人間みたいだ……
メリアは僕の背中をやさしく撫でてくれる。
僕はきっとこの世界の何よりも幸せだ。
「素晴らしい……素晴らしいよ、君たち!」
水を差すようなペーシスの声を聞いて、僕は立ち上がり、メリアも続く。
「最高だ……!
人と人ならざるものの結びつきあう感情がここまで美味だなんて!
傷つけられた怒りも忘れて貪り食ってしまったよ!」
顔を火照らせて至福と言わんばかりの表情で僕たちを絶賛しているペーシス。
その右目はえぐられ、赤い血を流している。
「だが、ここまでだ。
これ以上は甘すぎる感情を食らわせられると胸焼けをしてしまうからな。
感謝の印に幸せの余韻が残るうちに、痛みも感じないまま、二人同時に殺してやろう。
あの世で幸せに暮らすと良いぜ」
そう言って剣を手に取るペーシス。
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【◆江口男爵】
『幸せに当てられたってのは俺も同感。
だけど、こんなところで終わりだなんてナシだろう! ホムホム!』
【◆まっつん】
『がんばれ! 頼む頑張ってくれ!!
ホムホム!!』
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……僕はペーシスに問う。
「お前はこれから起こるであろう災厄のことも知っているのか」
「ああ。直接アカシアの目で見たわけではないが、イデアの部屋の連中の行動や考えは全部把握していたからな。
君の頑張りによって帝都の人間は避難させられ、またしてもシナリオは書き換えられてしまったようだが……」
ペーシスは不敵に笑う。
「君という特異点のおかげでこの世界のあり方は非常に不安定なものになっている。
だから特異点に干渉した俺もシナリオを書き換えるだけの権限を手にできているはずだ。
試してみようか?
たとえば……火口の形を変えて、溶岩がライツァルベッセ方面に流れ込むようにしてみるとか」
ペーシスが腕を振るうと、片側の谷が大爆発を起こして崩れ落ち、地形が変わってしまった。
「山から押し寄せる燃えたぎる炎の津波に飲み込まれていく人々……
ベタではあるが規模がデカイし、デザートとしては悪くない感情の宝庫だ」
冗談でもハッタリでもない。
コイツならそれだけのことをやってのける力がある。
剣を見つめる。
僕の力ではどうあがいてもペーシスを倒すことは出来ない。
だけど、たった一つ……可能性があるとすればーー
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【◆助兵衛】
『俺はおすすめはしないぞ。
責任取りきれん』
【◆マリオ】
『野犬を狩るのにクマを解き放つようなもんだろ!
合理的には程遠い!』
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オーベルマイン学院に攻め込む前、僕はこの剣に関するとんでもない事実を告げられている。
「この剣……メッチャヤバイ代物じゃなあい?
おばあちゃん?」
僕の剣をマジマジと見つめるエステリアの問いかけにフローシアは口笛を吹きながらそっぽを向く。
「ごまかさないでよ! アタシの陰陽が反応しないのもおかしいし、ショーグンの全力の魔法剣を発動させても傷一つ付いていないんでしょ!
このサイズの剣に複雑な魔術阻害式や超強度を仕込めるわけ無いじゃん!」
「あ〜〜煩いわ。家を飛び出した後、一度も顔を見せなかったくせに今度は質問攻めか?
後ろめたい気持ちはないのかのう」
「フローシア、僕も聞きたい。
この剣はなんだ?
次の作戦は失敗すれば後はない。
情報不足では支障がある」
僕の言葉にフローシアはやれやれと両手を持ち上げる。
「大魔王」
……は?
「1000年以上前、今行われているのとは別の魔王戦争があった。
その時の魔界の最高権力者、大魔王リュシアンじゃよ。
もっとも代替わりに失敗して、そやつの後の大魔王と部下がやらかして魔王軍は敗北したがな。
再生の魔女のおとぎ話などは帝国にも伝承されておるだろう」
「いやいやいやいや!
でも、剣じゃん!
若干小ぶりな剣じゃん!」
「想像力を働かせよ、バカ娘。
今よりも遥かに奇跡と混沌に溢れたいにしえの魔族を束ねし大魔王じゃぞ。
自らの魂の物質化程度の魔法が使えないと思うか?
リュシアンは自らの肉体の死期を悟り、魂を物質化してこの剣となった。
そりゃあ人間の扱う魔力やバカ娘の魔道具とは比べ物にならんわい」
「そんなとんでもない物を行きずりのホムンクルスに与えちゃうおばあちゃんこそ想像力も常識もなくしちゃっているでしょーが!!」
がなりたてるエステリアを横目に、僕はゾッとした。
自分が手にしているもののあまりの危険さに。
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【転生しても名無し】
『俺らも鳥肌やべえよ!!
なに!? 俺たちの間でプギャーソード(笑)って呼んでたソレ!
大魔王だったの!?』
【◆マリオ】
『俺、めっちゃその剣イジメまくってたぞ……』
【◆ダイソン】
『じゃあ、最初にその剣持った時に俺らにレスしてきてたのって大魔王だったんだ……』
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「心配せんでもおとぎ話のように刃が折れたら大魔王復活なんてこと、起こりはせんよ。
大魔王の肉体はすでに滅んでおる。
その剣の使い手に取り憑いて顕現するくらいのことはできるかもしれんが、それに見合う使い手などこの世におらん。
脳内に介入してくる大魔王の意識に食いつぶされるのがオチじゃ。
感情を持たんホムンクルスならばあるいはーー
と、試してみたが魔術回路が先に崩壊しそうじゃったからの。
慌てて引っ剥がしたわい」
「それって……もしかして、僕に渡した時」
「オホン、オホン!
ともかく、そいつはちょっと頑丈なだけの剣じゃ。
クルスは引き続き使ってもいいぞ」
フローシアはごまかすようにそう言って、話は終わった。
そして、フローシアによってアーサーの腕を取り付けられている時……
僕は再びこの剣についての話を切り出した。
「アーサーの腕が繋げられた僕ならば、この剣を使いこなせるか」
僕の問いにフローシアは首を横に振る。
「無理じゃな。先程の戦いぶりを見る限り、貴様の体と思考回路では3段階が限界。
4段階以降は体か頭のどちらかがやられる」
そうか、と僕はため息を吐いた。
今でも十分に過ぎた武器だ。
これ以上の力を求める必要もない。
よほどのことがない限りはーー
「じゃが……使いこなすことは出来なくとも、術の補助さえあれば大魔王の顕現はできるかもしれん」
フローシアは重苦しく呟く。
「先ほどのカレルレンとのやり取り……
どうやら貴様は世界の外にある何かと繋がってしまっているらしい。
それが聖なるものか邪なるものか、見当もつかんがのう」
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【◆江口男爵】
『性なるものに決まっているだろう!
バカにすんな!』
【◆ダイソン】
『一生ROMってろ、変態』
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「……そんな大層なものではない……と思う」
「自覚はないか。
まあ、それで構わん。
与太話程度に聞いてくれ」
手先を動かして、僕の施術を行いながらフローシアの解説は続く。
「一度物質化された魂を再び開放するのは理論上不可能じゃ。
魂という高位の存在が物質界に形を為した時点で、低位の存在と成り下がってしまう。
上から下には下れるが逆はない。
よって、魂を再び開放するには同じ物質界にて依代を見出さなくてはいけないが、これが厄介。
物質化された魂を展開するためには依代にそれを受け止め切るだけの器が求められる。
すなわち、大魔王の依代になるためには大魔王以上の存在になれるだけの可能性を秘めていなくてはならない。
精神的にも、肉体的にも。
そなたの肉体ではアーサーの腕を取り付けたところでその域には達せない。
じゃが、精神は別じゃ。
世界の外から干渉を受けているということは、お前はそれと繋がる糸を持っている。
世界の外に大魔王の精神を逃がす領域を作ることができれば、不完全ながらそなたに大魔王の魂が顕現するかもしれん」
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【◆野豚】
『圧縮されたzipファイルを展開するにはマシンの空き領域が足りていないから、インターネット回線を通じて外部のクラウドに流し込んだ上で必要なファイルだけをマシンに置くってことか。
この世界で唯一オンラインの存在であるホムホムだけができる技だな』
【転生しても名無し】
『分かりやすい!
さすが、良識派筆頭』
【◆野豚】
『さんきゅ。
じゃあ、俺仕事あるから一旦落ちるわ。
みんな頑張ってー』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
「つまり……大魔王の魂を宿すことで僕は強くなれる?」
「たわけ。生贄になれるというだけじゃわい。
顕現した魔王は貴様の意思との共存など許すわけがない。
瞬時に乗っ取られるのがオチじゃ。
それにアーサーの腕をつけて強化されたそなたであっても、その顕現に肉体が耐えうるのはごく限られた時間じゃ。
だが、その一瞬のような時の中でリュシアンは己の欲望を満たすために全力で行動するじゃろう。
人類を恐怖に陥れた大魔王が地上に出た蝉のように限られた時間で生き急いでやることなど、妾には想像もつかんが……まあ、ろくな事にはならんだろうな」
フローシアはため息を吐いて、手を止める。
「じゃが……もしそなたが自分と世界を賭けてでも成し遂げたいことがあるというのならば、大魔王の気まぐれに賭けるのも一つの選択じゃ。
顕現のための詠唱を教えておこう」
「いいのか?」
フローシアはニヤリと笑う。
「散々世界を破壊したヤツが何を遠慮する?
それに、奇跡という非合理を求めるのは弱き者の権利じゃ」
ろくなことにはならない……
これ以上にか?
僕は剣にかけられた糸に手をかける。
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【◆助兵衛】
『やめろって言ってんだろ!』
【◆バース】
『大魔王が気さくなあんちゃんの可能性に賭けるんか!?
ヤケクソにも程があるわ!!』
【◆与作】
『メリアちゃんもそばにいるんだぞ!
大魔王とかが出てくれば真っ先に標的にされるのは彼女だ!』
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だが、これしかない。
このままだと僕もメリアも、帝国の人間も死に絶える。
ペーシスは危険過ぎる。
イフェスティオ帝国が滅び、人類が劣勢に回ったら他人に食い尽くされる前にと積極的に人類に害を及ぼすだろう。
それに……大魔王を御し切る算段がある。
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【◆アニー】
『マジで? でもフローシアさんの話じゃ、瞬時に精神を乗っ取られるって』
【◆まっつん】
『気合でいつでも解決できるわけじゃないんだぞ!』
【◆オジギソウ】
『みんな、落ち着いて。
一旦聞こう』
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大魔王を顕現させれば、僕自身の意識は消えるかもしれない。
初めてこの剣を持ったときのように。
だけど、あの時お前らは大丈夫だったんだろう。
ならば、大魔王が顕現したとしてもお前らの言葉は届けられるはずだ。
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【◆江口男爵】
『俺たちに大魔王と交渉させる気……?』
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ああ。
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【◆ミッチー】
『いやいやいやいや!
冷静になれよ!
俺たち凄腕ネゴシエーターでもカミソリ外交官でも無いんだよ!
冗談きついぜ!』
【転生しても名無し】
『お客様の中に大統領や国王と会談した経験のある方いらっしゃいませんか〜!?』
【◆バース】
『ワイらには荷が重すぎるで……
言っとくけどどいつもこいつも小市民や。
大魔王なんて何考えているかどえらいヤツを説得するなんてできるわけあらへん……』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
心のないホムンクルスをこんなにしてしまったのは誰だ?
もちろん、僕はメリアがその一番の役を買っていると思うけど……そもそものきっかけはお前らだろう。
お前らがいなければ僕はここまでたどり着けなかった。
僕は……神の描いたシナリオを破壊し尽くしてここに立っている。
だったら、いまさら大魔王が何だって言うんだ!
生きて生きて生き抜いて、その結末がこれでお前らは満足か!?
頼む……僕の命を賭けるだけじゃ足りないんだ。
僕は妖精たちに懇願する。
ずっと僕の生を見続け、支えてくれた仲間たちに。
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【◆野豚】
『ホムホム……俺は君に軽々しく生きろと命令した。
そして無責任に、生きる意味は自らで見出すように突き放した。
結果、君はたくさんの幸せと同時に悲しみや苦悩も背負うことになった。
それを俺はただ眺めているだけだった。
……俺はもう逃げないよ。
必ず君が望んだ結末にこの世界を導いてやる!』
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野豚の言葉に反応して、妖精たちが言葉を発し始める。
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【◆オジギソウ】
『うん……たまには私達がホムホムの言うとおり動かないとフェアじゃないよね』
【◆バース】
『大魔王がなんぼのもんじゃい!
バックスクリーン3連発で引きずり下ろしたるわ!』
【◆マリオ】
『クリアする方法があるのならバグ技でも辞さない、か』
【◆まっつん】
『気合い入れていくぞおおおおお!!』
【◆助兵衛】
『大魔王が理屈の通じる相手であることを願うぜ』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
ありがとう、お前ら。
そばに立つメリアに声を掛ける。
「メリア。ヤツはここで殺さなくちゃいけない。
ヤツを生かしておけば何十万という人が今日にでも殺されてしまう」
メリアは黙って頷く。
「ヤツに対抗できる手段が一つだけある。
だけど危険な手段だ。
君を……僕が……殺すことになるかもしれない……」
震える僕の手にそっとメリアの手が添えられる。
「あなたはいつだってどんなことをしてでも私を守ってくれる。
そのことを、もう疑ったりしません」
心は定まった。
「また妙な感情の動きをしていたなあ。
この世への置き土産に、その正体教えてはもらえないかい?」
「お前にくれてやるものなんて、何ひとつ……無い!」
剣の封印の糸を全て解く。
そして間髪入れずに詠唱を紡ぐ。
「【これは祈りであり契りとなるーー
汝は捨て去りしもの。我は拾いしもの。
檻は破られ汝は解き放たれる。
門を開けて我と溶け合わされる。
身は朽ち果てんとも、留められし魂魄に乞うーー】」
「この詠唱……それにその剣……
まさかーー!?」
剣の封印が解かれ押し寄せる重圧によって朦朧としていく意識の外でペーシスの声が聞こえた気がした。
だが、それはどうでもいいことだ。
「【咲け! 咲け! 咲け!
我が身を依り代に! 今一度、下天に狂い咲け!
降臨者!】」
一言一句違わずに、教えられた詠唱は詠み終えた……
同時に僕の意識は消えていく……
お前ら……後は……たのむーーーー