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第92話 最悪の敵によって僕の嘘は暴かれる

このお話を含めて残り7話!

最期までお付き合いください。




 空には巨大な死なず月が人々の恐怖や混乱を眺めるように浮かんでいる。

 絶対的な強者である邪悪な竜は脆弱な人々をあざ笑うように頭上を旋回し、絶望しおののく人々の悲鳴を楽しんでいた。

 竜は知っているのだ。

 人々の悲鳴は良い味付けとなり、下等な生物の血肉ですらも自らの舌を満足させるに足るものにすることを。


 頃合いか、と竜はよだれをのみこみ、鋼をも噛み砕く強靭で暴虐的な顎を開いて人々の群れに襲いかかった。

 弱き人々は為す術無く、生き餌となることを覚悟、いや諦めてまぶたを閉じた。


 しかし、竜の牙は届かない。


 恐る恐るまぶたを開けた人々の目に飛び込んできたのは竜と対峙する美しき騎士の姿。

 その騎士は夜空のように美しい髪を南の海のような色の布で束ねている。

 横顔は神話に描かれる天使のように整っているが、闘志を秘めるその瞳の炎は竜の息吹よりも滾っている。


 騎士は山のように巨大な竜を相手に一歩も引かず、黒曜の光を放つ剣でその鱗を斬りつける。

 竜とは自らを絶対的な強者と疑うことがなかった。

 ゆえに自分を狩る者の出現など想像すらしえなかった。

 いつしか竜にとっての食事は命がけの戦いにと姿を変えていた。


「見よ! あれは近衛騎士のクルス様!

 かの常勝将軍イスカリオスをも打倒した超越者であらせられるぞ!」


 どこからともなく上がる声に、大衆はハッとする。


「クルス様ならば竜であろうと斬り伏せられる!

 助かった! 助かったんだ!」


 天から御使いもかくやという救世主の出現に恐怖に染まった人々の心に希望の火が灯った。

 だが、そう容易く人々を安堵させないのは性悪な神の仕業か。

 身を翻した竜はその顎から、この世の全てを消滅させるであろう黄金の火を放つ。

 騎士はひらりと身をかわすが、その火は街を囲む堅牢な城塞を瞬時に灰にして大きな穴を開けた。

 超常の力を目にした人々は言葉を失う。

 再び凝り固まりそうな人々の心に、騎士は平手打ちを浴びせるがごとく強き言葉を放つ。


「必ずこの竜は倒す!!

 だが、そなたらがいては剣が鈍る!

 逃げよ! この都の外まで!」


 騎士は竜の背にしがみつき、剣を突き立てる。

 悲鳴を上げ、自らの背に乗るものを振り落とそうと竜は風よりも速く、北の空へと飛んでいく。

 取り残された人々はしばし呆然としていたが、


「逃げるんだ! クルス様の言うとおり!

 クルス様の戦いの邪魔をしないことこそが私達にできる戦いだ!」

「そうだ! みんなで逃げよう!

 竜の開けた穴を通って都の北にあるライツァルベッセまで!」


 かくして恐怖に囚われていた人々はそれぞれの戦いを始める。

 心を合わせて北の都、ライツァルベッセに向かうのだ。





 ………………と、いう筋書きの一芝居を僕たちは打った。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆アニー】

『役者がいいと芝居が締まるね!

 ファルカス様すげーわ!

 一人で声音を使い分けてモブの役を全部こなしてしまうんだから』


【転生しても名無し】

『声がデカイし通るし説得力あるし。

 最強のアジテーターだなあ』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 人が多ければ多いほど感情が伝播する。

 恐怖のようなネガティブな感情が伝播するならば希望というポジティブなものだって。

 人々を恐怖や焦りで追い立てるだけの僕の策にファルカスが希望という追加要素を与えてくれたおかげで、生きるために自発的に動き出した。

 人は希望がないと生きられないということか。


『キャハハハ! クルスくん千両役者でマジウケる!』

「すまない。ギャオス。

 あなたに邪悪な竜だなんていう汚名を着せてしまって」

『気にすんなし。楽しかったしこれはこれでオッケー。

 名誉挽回はそのうちさせてもらうね〜』


 僕はギャオスの背に乗り、ニルス村の方角に向かっている。

 リムルはファルカスとレクシーに預けた。

 早速約束を破ってしまったが、リムルは文句一つ言わず了承してくれた。

 後はメリアを見つけるだけだ。


 上空からニルス村に向かう山道を見下ろす。

 ところどころに地震の影響による土砂崩れの跡が見られる。

 メリアが巻き込まれていなければいいんだが……


 メリアの身を案じた瞬間、僕の魔力感知が突如反応し始める。

 だが、それは通常の反応とは違い、直線距離にしても数キロは離れているだろう場所を指している。

 感知した魔力の特徴は……僕と同じ波長の魔力だ。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『すげえな……ついにメリアちゃん探知レーダーまで搭載したか……』


【◆マリオ】

『言ってみれば今のメリアちゃんはホムホムの分身みたいなもんだしね。

 それにアーサーの腕取り付けてパワーアップしたことも関係しているのかも』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 理由はどうでもいいが、結果的にありがたい。


「ギャオス。僕の指示通りに飛んでくれ」

『かしこまりー!』



 ギャオスの背に乗せられて山中に進む。

 その途中、違和感を覚えた。

 メリアの進むスピードが速すぎる。

 リムルの記憶が確かならばせいぜい山道の手前くらいにいればいいところなのに。

 しかも感知が指し示す場所はニルス村よりも遥かに奥地だ。

 いったいこんな何もない場所にどういう理由があって向かったというんだ。


 そんな僕の思案を遮るかのように、山頂から大きな爆発音が響いた。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『おいおい、そろそろマズイぞ!

 噴火口から見てこっちは帝都側だ!

 この辺にいるのならば火砕流に飲み込まれちまう!』


【◆与作】

『急げ! ホムホム!』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 分かっている!


 ギャオスは山肌に沿うように低空飛行を続ける。

 やがて両側を崖で挟まれた渓谷にたどり着く。

 ここは……イデアの部屋の工房に繋がる神の通り道の手前だ。

 ものの見事に入れ違いになっていたということか。


 落胆を押し殺し、目を凝らして谷底を見やると、倒れている人影を見つけた。


「メリア!」


 僕はろくに確認しないままギャオスの背から飛び降りた。

 谷底に流れる小川に着水することで衝撃を殺し、倒れているその身体に駆け寄る。

 やはり、メリアだった。

 モンスターの巣食う山中に向かうには軽装過ぎるシャツと半ズボンの出で立ちでマントすらしていない。

 パッと見た感じでは傷を受けた様子はないが、治癒魔術が発動した可能性もある。

 だが、呼吸は安定しており、無事であると判断した。


「メリア! 起きろ!」


 僕が肩を揺すると、んっ……と息を漏らしてゆっくりとまぶたを開けた。

 僕と目が合った瞬間、彼女はまず最初に驚き、すぐに安堵し、そして申し訳なさそうに目を伏せた。


「ごめんなさい……クルスさん」

「何に対しての謝罪かわからないが、今はそんなことを言っている暇はない。

 すぐにここを脱出する」


 とりあえず、ギャオスに乗ってライツァルベッセに向かおう。

 帝都崩壊の影響がどれくらいのものかは想像がつかない。

 だが、何があっても僕は守りたいものをすべて守ってみせる。


「ギャオス!」

『おっけー!

 すぐ降りるから待ってて!』


 ギャオスは翼をはためかせ、ゆっくりと僕らのもとに降下してくる……その瞬間。

 一陣の風が渓谷を通り抜けたようにしか見えなかった。

 しかし、何かがギャオスを襲った。


 ……ギャオスの首が胴体から離れ、地響きを上げながら地面に叩きつけられた。


「い……イヤアアアアアア!!

 ギャオス様ぁ!!」


 メリアが甲高い悲鳴を上げてギャオスに駆け寄ろうとする。

 僕は抱きかかえて動きを制する。

 少し遅れて、胴体の方も地面に叩きつけられた。


『グルルルァアアアアア!!』


 首だけになったギャオスは人語に変換されない断末魔の悲鳴を上げる。


『め……めいよばんか……できなく……なった』


 ギャオスの瞳から生気がなくなった。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『嘘……死んじゃったの……?』


【転生しても名無し】

『うわああああああああ!!

 ギャオスちゃん! 起きて!!』


【◆助兵衛】

『ホムホム、警戒しろ。

 何かいるぞ。

 とんでもなくヤバイ何かが』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 ギャオスを瞬殺できる……何かだと?


 ありえない。ギャオスの首は恐ろしく硬い竜の鱗で守られている。

 特攻属性のある滅龍魔術ならまだしも、魔力の残滓も見当たらない。

 あの切り口は剣による斬撃。

 イスカリオスだって、ブレイドだってあんな真似はできはしない。


「ギャオス様……クルスさん……

 ごめんなさい、ごめんなさい……

 私なんか助けに来なければ……」


 メリアは顔を泣きはらしながら僕に赦しを乞うてくる。

 恐怖と悲しみに染まったその顔を見てどうしようもなく胸が苦しくなる。

 その苦しみから逃れるようにメリアの身体を抱きしめた。


「僕は死にはしない。

 メリアを守り続けるって、いつも言ってるだろう」


 両腕があることはありがたい。

 こういう時にメリアを抱きしめられる。

 僕の胸の中で息を整えていくメリアを感じながら、努めて冷静に周囲の警戒を行う。


 考えろ。

 いかに早い斬撃とはいえ、十分に距離があるこの位置からその身体すら全く見えないものだろうか。

 見えなかったのは他に理由が……


「【ライト・ミスト】」


 イスカリオスの魔力放射の要領で魔力を僕の周り半径10メートルあたりに散布する。

 薄紫の霧があたりに立ち込め、そしてその霧に染まらない箇所を見出した。


「【ライトニング・ブレイズ】!」


 メリアを左腕で抱えたまま、右腕で魔術を放った。

 紫色の稲妻が絡みつくように何かを捉えた。


「ハハ……ハハハハハハハッ!!

 お見事! 良い判断力だ!」


 楽しげな笑い声とともに僕の魔術が弾き飛ばされた。

 何もなかったはずの空間からゆらりとそれは現れた。


 真っ白な肌と髪に真紅の三白眼をした黒い貴族風の装束を纏ったその男は魔族と思われる。

 体躯もその特徴も人間とほとんど変わらない。

 だが、魔術を発動していないのにもかかわらず、漂う莫大な魔力の片鱗は今まで感じたこともないほどに大きく荒々しい。


「魔王……か?」

「そうだよ。はじめましてだな。

 クルスくん。

 いや、エルガイアモデルの9E079と言ったほうが正しいか」


 背中に悪寒が走る。

 この男は僕のことを知っている。

 しかも帝国騎士としての僕ではなく、ホムンクルスとしての僕のことを。


「怖い顔もできるんだ。

 そりゃあそうかあ。

 最愛のメリアちゃんをこんな危険にさらされちゃあな」

「お前がメリアをさらったのか」

「そういうこと。

 もっとも君がこんなに早くこっちに戻ってくるとは思っていなかったぜ。

 大口を叩いていたくせにカレルレンも存外情けない。

 おかげですれ違いになってしまった」


 カレルレンの名前が出てきた上に、僕の行動をつぶさに監視している……

 ギャオスを瞬時に殺すだけの戦闘力を持っているくせに傍観者めいた余裕ぶった態度。


「黒死のペーシス……」

「ご明答。俺に対する畏怖が感じられる良い名付けだよな」


 柏手を打ち僕を指差してきた。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『ヤバイ相手だと思ったら噂の魔王かよ!』


【◆ミッチー】

『おいおい……あのベルグリンダを使いパシリ扱いするくらい強いんだろ?

 ホムホムひとりじゃ勝ち目ないぞ!』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 ああ……現状この世界において最強最悪の存在だ。

 エステリアの話だと積極的に人類への侵攻をしているわけではないという話だったがーー


「なぜ怠け者の俺がここにいるのか?

 とでも聞きたそうだな。

 答えは簡単。君に会いに来たのさ」

「僕に?」

「そうそう。俺は見た目よりもかなり永く生きていてね。

 その間に一通りの経験はこなしてきた。

 善行も悪行も快楽も悲嘆も勝利も敗北も、何千年という月日の中で好き嫌いなく味わって、そうしていくうちに自分の中にある感情の移り変わりだけでは生きている実感を得られなくなってしまったんだ。

 自身という存在は軽く、他者に対する興味を楔にすることによって生かされている……

 有り体に言えば他人が大好きなんだ」


 手のひらの上でコロコロと転がされているようにしか感じられない鷹揚な態度と人を食った話し方。

 カレルレンのように見下すわけでもなく、自分をひけらかすわけでもない。


「退屈を持て余しているという意味では彼と俺は似ていたのかもな。

 だからアカシアに惹きつけられた」


 また、僕の感情を読むかのように言葉を紡いできた。

 アカシアの事も知っているのか。


「アカシアの目を人間の手の届くところに放置したのは俺だからな。

 明日の天気や晩飯を予測する程度の使い方をしていれば人間としては幸せでいれたのに、何を勘違いしたのか自分を選ばれし者などと錯覚してしまうんだもんなあ。

 まあ、その滑稽さも自分の見出した神に対する敬虔さも愛でるに値する感情だったぜ」

「アカシアの目のことまで……

 どうやら僕の頭の中にあることは一通りお見通しのようだな」

「全能者を気取るつもりはないぜ。

 興味があることは調べるし、顔色をみて考えていることを当てるくらいのことはできるってだけだ。

 たとえば君……クルスくん、と言ったほうが良いんだよな。

 人間らしい良い名前だよな、メリアちゃん」


 声をかけられたメリアはビクッと肩をすくませて震えている。

 僕が睨みつけるとペーシスはフフンと鼻を鳴らす。


「声をかけただけで怯えられてはな。

 やはり第一印象が悪すぎたか」

「メリアに何をした!?」


 言葉に怒気がこもる。


「大したことはしていないぜ。

 背中にえらく深く刻まれた魔術刻印があるからどういうものか見てみたくなってな。

 それを開いただけさ。

 ハハ、たしかに発狂しないのが不思議なくらいな痛みだったろうが傷一つつけていないぜ」

「!!」


 魔術刻印の開放には多大な苦痛を伴う。

 それを遊び半分で開いたなど……許せるわけがない。


 僕はメリアを抱えていた手を離し、剣をとってペーシスに向かって飛び、切りつけた。


「おっと」


 ペーシスは体を捻って僕の攻撃をかわす。

 続けざまに攻撃を繰り返すが、当たるどころか受け止めさせることすらできない。


「無駄無駄。

 俺の動体視力からすれば君の剣など止まって見える。

 よく鍛え上げたものだが、俺の脅威にはなりえない」


 そう言うと、ペーシスの姿が煙のように消え失せた。

 ベルグリンダが使っていた類の魔術か?


「ベルグリンダの出来損ないのトリックや、エステリアのおもちゃと一緒にしないでくれ」


 背後から聞こえた声に僕は弾かれるように振り返ると、ペーシスはメリアの背後に立ち、その顎を掴んでいた。


「メリアに触るな!」

「うーーん。良い感情だ。

 すばらしく混じり気のない幼子のような純粋な怒りとドロリと濁ったオスの独占欲。

 クルスくん、君の育んだ感情の味は人間のそれとはまた趣が違う。

 やはり俺の目の付け所は間違っていなかったようだ」


 メリアは怯え、身体をこわばらせている。

 戦闘力には絶対的な開きがあり、メリアを手元に置かれては手の打ちようがない。

 命乞いをするか? いや、ダメだ。

 同情を期待できる相手ではないし、ヤツにメリットのある条件を提示することは出来ない。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『助兵衛! マリオ!

 なんかねーのか!?』


【◆助兵衛】

『必死で考えている。

 だが、あまりに条件が悪すぎる』


【◆マリオ】

『この手の強キャラなら油断をつくのが定石なんだけど、ここまで差があるとどうしようもない。

 コイツは今まで相対してきた敵とは格が違いすぎる気がする。

 奇跡的な何かが起きてブレイドやイスカリオスが救援に駆けつけてくれても勝てる気がしない』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 だからといって諦められるか。

 勝てなくてもいい。

 僕が死んでもいい。

 せめてメリアだけでも救える手段をーー


「クルスくん。誰と話しているんだ?」


 突如投げかけられた質問に僕はビクリとし、固まってしまう。

 まさか、コイツ妖精の存在に気づいた!?


「通信……ではないな。

 別人格というわけでもない。

 ホムンクルス特有の思考回路であれば並列起動も可能なのか……?」



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『うわああああああ!

 やめろおおおお!

 さっきから人間とは違うとかホムンクルス特有とかホムホムの正体がメリアちゃんにバレちゃうじゃないか!?』


【◆ミッチー】

『そこ今気にするとこ!?

 でも、たしかにバレそうなことを……』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 この状況においては優先順位は低い。

 そんなことよりもーー



「おっ! 今揺れたね。

 なるほど……もしかして君はメリアちゃんに自分のことを何も話していないのか」


 ペーシスはメリアの顎を掴んで、無理やり自分の眼前に顔を引き寄せる。


「やめろっ!!」


 ペーシスに向かって飛びかかった。

 だが、突如全身にとてつもない重力がのしかかり、地面に叩きつけられてしまう。

 指一本動かすことが出来ない。


「取って食わないから安心しろよ。

 人間の肉なんてとうの昔に食い飽きているんだ。

 それよりも……メリアちゃん。

 君はクルスくんのことを愛しているのかい?」


 ペーシスの唐突な質問にメリアは目をパチクリさせる。


「間抜けな顔して……

 俺をナメてるのか?」


 ペーシスはエステリアのように虚空から剣を取り出して、僕の頬にあてる。


「やめてぇっ!!」

「じゃあ、質問に答えな。

 君は、クルスくんを、愛しているのかい?」


 メリアは唇を震わせながら言う。


「あ、愛して……います……」

「本当に?」


 ペーシスが聞き返した瞬間、メリアの背中が発光し弓のようにしなった。


「あああああああああっ!!」

「メリアっ!! やめろおっ!!」


 ペーシスは指で耳をふさぎながら、


「うるさいな。ちょっと黙っていろ」


 と、言って僕を睨みつけると、僕の声は出なくなる。

 同時にメリアの背中の光が消えた。


「ハアッ! ハァハァ……」

「さて、と。もう一度聞くよ。

 君はクルスくんのことを愛しているか?」


 同じ質問を繰り返すペーシスに息を荒げながらもメリアは、


「あ……愛しています」

「こんなことをされても?」


 再びメリアの背中に光が浮かぶ。


「うぐっ! あああああああああっ!

 いやああああああああっ!!」

「痛いだろう。怖いだろう。でも死なせない。

 君の生殺与奪は俺の手の中にある。

 違う答えを返してごらん。

 すぐ楽にしてあげるよ」


 激痛に声を上げるメリア。

 その瞳からは涙がこぼれている。

 ペーシスはメリアを痛めつけることに喜びを覚えていない。

 ヤツの言ったとおり、興味があるのは僕のようだ。


 やめろっ! やめてくれえっ!!

 身体は指一本動かず、叫ぼうとも声が出ない。


 僕のせいでメリアが痛めつけられているのになにもできない自分が許せない……

 これまで鍛え上げてきた剣も魔術もフローシアに託されたアーサーの腕も奴には通じない。

 悔しい……

 自分の力の無さが……


 それから何度も何度も僕の目の前で同じやり取りが繰り返される。

 メリアは死にたくて仕方がないほどの痛みを浴びせ続けられながらも、愛していると言葉を繰り返す。

 そのことが僕には歯がゆくて辛くて、どうしようもなかった。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆与作】

『ちくしょう!! なんとかできねえのか!!

 ホムホムに言葉を送る以外に俺たちにできることはねえのかよ!』


【◆野豚】

『できないんだよ!

 そもそもホムホムに言葉が届いている事自体が異常なんだ!

 俺たちはホムホムがなんとかしてくれるのを待つしか無いんだ!』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 なんとかしろだなんて、簡単に言ってくれるな。

 できるならやっている。

 今までだってそうだ。

 メリアを守るために僕は命を賭けてきた。

 僕にとってメリアは命よりも大事だから。

 命だけじゃない。心だって、今まで手に入れてきたすべてのものを投げ捨ててもいいくらいにメリアが大事だ。

 なのに、僕には何も出来ない。

 生きていることって……こんなに悔しいものだったのか?


「ハハハ……凄い。凄いなあ。

 死ぬよりも辛い苦痛をこれだけ浴びせられても心を折らないメリアちゃんも。

 その光景を見て絶望に打ちひしがれるクルスくんも。

 長い命の中でこれほど味わい深い他人の感情もそうそうなかった。

 生きていて良かった、って心底思うぜ」


 ペーシスは満足そうに笑みを浮かべた。


「でも、メリアちゃんはかわいそうだ。

 これほどまでに愛している相手に嘘をつき続けられているんだから」


 そういってメリアを投げ捨てるように手放した。

 メリアは這いずりながら地面に転がる僕に近寄り、手を伸ばす。


「く……クルスさん……」


 手が僕の手に届こうとしたその瞬間、ペーシスはメリアの手の甲を踏んだ。

 メキメキという音がして手の骨が折れる。


「アアッ……くぅっ!」

「先程までに比べれば軽い痛みだろう。

 でも自分の体が壊れるのは痛みとは別の恐怖があるだろうね。

 それが人間ってもんさ」


 ペーシスは僕に重力をかけたまま髪を掴んで頭を持ち上げる。


「メリアちゃんに本当のことを教えてあげよう。

 コイツがいかに姑息で残酷な嘘をつき続けてきたのか」


 そう言って僕とメリアに笑いかけるペーシスは今までで一番楽しそうな顔をしている。


「クルスさんが……嘘を……」


 痛みに苦悶しながら、僕を見つめるメリア。

 その瞳に咎められているような気がして僕は目を瞑りたくなるが、それすらも出来ない。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆与作】

『おい、やめろ!

 これ以上喋るな! クソ魔王!』


【◆オジギソウ】

『性格悪っ! 痛みで気持ちを曲げられなかったら今度は精神攻撃!?

 死ねっ! 100ぺん死ねっ!』


【◆野豚】

『いつか、ホムホムのことをメリアちゃんが知る時がやってくるかもしれないって考えていた。

 だけど、それはこんな形じゃない!

 こんな悪意に満ちた行動で暴露されるものじゃない!』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 妖精たちは激昂している。

 ペーシスは頭の中を完全に読めるわけじゃない。

 だが、感情を感じ取って、知っている情報を理論的に組み立てて思考を読んでくる。

 だから脳内で妖精たちの言葉に反応する僕なんかは幻聴を聞いているかのように見えるのだろう。

 訝しんだ目で僕をチラリと見やった後、メリアに向き直った。


「ああ……彼は嘘をついていた。

 知られれば君との関係が一瞬にして崩壊するレベルのものだ。

 そう、一言で言えば……クルスくんは人間じゃあない」


 ピシリ、とガラスが割れたような音が僕の脳内に響いた。




今後の投稿予定を発表します。


11/28 2話投稿

11/29 1話投稿

11/30 3話投稿(完結)



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