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第91話 僕は帝都に舞い戻る

最終章突入です。

 ハイムと配下のホムンクルスと戦っていた3人はかなりの傷を負い消耗していた。

 フローシアの治癒魔術で治療をしつつ、僕はカレルレンの研究室で観たもののことを全て説明した。


「状況は把握した。儂が陛下に避難命令を出すようにお願い申し上げる」

「お願いではダメだ。

 必ず全ての人間を避難させるようにしてくれ」


 僕に言葉を訂正されたイスカリオスは鼻を鳴らして、「分かった」とうなずいた。


「だが、イデアの部屋は放っておけねえ。

 優男と妖怪ジジイが頭だとは思うがそれに次ぐ立場の奴らもいるだろう。

 アイツらがくたばったと知れば、逃亡してまた悪さするに違いねえぞ」


 ブレイドの言葉はもっともだ。

 カレルレンは学院の生徒たちに対してもカリスマを以って従えていた。

 ヤツの意思を継ぐ者がいないと考える方が難しい。


「じゃあ、アタシとブレイドくんでお掃除しよっか。

 で、将軍とクルスくんとおばあちゃんは帝国に向かう。

 人間どもを殺すなって言われたけど、この場合は仕方ないよね」


 エステリアは笑顔を振りまいてそう提案するが、


「何勝手に妾を引き離そうとしているんじゃ。

 妾はお前のお目付け役じゃぞ。

 必要以上に暴れないか見張る役目が妾にはある。

 じゃろ?」


 フローシアに言われてイスカリオスは首を縦に振る。


「チッ、どさくさに紛れてトンズラしようと思っていたのに」


 エステリアはほおを膨らませてひとりごちる。

 ブレイドはよしっ、と声を出して立ち上がる。


「じゃあ決まりだ!

 ババアのおかげで回復もある程度できたし、こっからは掃討戦だ!

 クルス、一旦お別れだが達者でやれよ。

 イデアの部屋を始末した後のサンタモニアの処遇や今後の魔王軍への対策。

 テメエにゃまだまだ働いてもらわないとな」


 ブレイドは僕の胸に拳を突き当てた。

 すると、イスカリオスが、


「クルスは我が帝国の騎士だ。

 何をしてもらうかは陛下のご意思によってのみ決められる」

「へっ、俺たちの友情に妬いて国家権力を引っ張ってきやがった。

 男に嫉妬する前に女を知れよ、童貞将軍」

「貴様……ここで死にたいか?」


 イスカリオスがほおを震わせてブレイドに向かって怒りを向ける。


「ショーグン、ショーグン。

 お相手いないならアタシなんてどう?

 多分、最強の生物が誕生すると思うよ」


 エステリアがイスカリオスの胸板にしなだれ掛かる。

 今更だがエステリアは治療用の魔術繊維で局所をなんとか隠せているような状態でほとんど全裸だ。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『●REC』


【転生しても名無し】

『おい、童貞将軍。そこ代われ』


【◆江口男爵】

『ホムホム、そこの童貞に女の抱き方教えてやれ。

 きっと喜んでもらえるぞ』


【◆オジギソウ】

『恋敵にそんなん言われたら私なら絞め殺すわ』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



「人類の敵と通じ合うつもりはない。

 抱いて欲しければ魔王の首でも持って来い」


 にべもなくイスカリオスは言い放った。

 その様子を見て、ククッ、とフローシアが笑う。


「帝国の将軍、ソーエンのヤクザ、魔界の魔王にサンタモニアのホムンクルス……

 今更ながらここまでバラバラのパーティも珍しいのう。

 じゃが、それがいい。

 種族も育ちも違うさまざまな生物を抱えるだけの度量がこの世界にはある。

 いがみ合いながらでも、すれ違いながらでも、この世界で互いの存在を認め共存していけるようになること。

 ……進化とは、そういうものであってほしいの」


 しんみりと呟くフローシアの言葉に僕は同意する。


「きっと、そんな世界を待ち望んでいる人は沢山いる。

 メリアもそうだ。

 そして僕も……」


 この世界にとって害を及ぼす異物だと言われようとも、命をこの世界で全うしたい。

 そう思えるくらいに大切だったり、好きなものができた。


「ま、そんなお優しい世界になるのはしばらく先だろうがな」


 ブレイドはそう言って剣を肩に担ぎ、僕に耳打ちをしてきた。


「今度、お前に会わせたい奴がいるんだ。

 半年後……くらいかな。

 その頃には生まれていると思う」

「生まれて……」


 僕は向き直ってブレイドの顔を見た。

 いつもつり上がっている目尻が下がって、穏やかな笑みを浮かべている。


「当然だが、母親はククリだ。

 きっと強え子になるだろうぜ」


 そう言って僕の背に腕を回して抱きしめた。


「ありがとうよ。お前のおかげでなんとか生き延びられた」

「そんなの……僕だってそう、いつもそうだった」


 未熟だった僕を鍛え、守り、導いてくれた。

 そして、肩を並べて戦えるようになった今もブレイドは僕にとって掛け替えのない存在だ。

 もちろんククリも。

 その二人の血を受け継いだ子供が生まれる。

 二人に愛され、鍛えられ、しつけられ……成長していく新しい命。

 そして作られていく家族の時間。

 想像するだけで、僕は居心地の良さを感じて仕方がない。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『おめでとう! ブレイドニキいいいい〜』


【転生しても名無し】

『やったね! ブレちゃん!

 家族が増えるよ!』


【◆バース】

『これはワイの出番やないか?

 診察しにいかなあかんのとちゃうか?』


【◆江口男爵】

『そうだな! 妊婦健診は重要だな!』


【◆アニー】

『お前は頭を診てもらいな』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



「おめでとう、ブレイド。

 その命に会える日を楽しみにしている」


 僕はブレイドと拳を打ち合わせた。




 ブレイドたちと別れ、イデアの部屋の工房の中にある神の通り道を抜けた僕とイスカリオスはイフェスティオ山の断崖絶壁に突き出した小さな岩場にある洞窟に転移した。

 洞窟はの入り口は周りからは影になって見えない上、そう簡単には登ってこれない崖が下方にそびえている。


「なるほど……これでは1000年の間、迷い込む者がいないのも当然か」


 イスカリオスは呟くと、斜面に足をかけて降り始めた。

 僕もその後を追う。

 谷底に着地した僕たちは全速力で走り、帝都に向かう。


「イスカリオス、ニルス村には向かえるか?」

「ああ、少し寄り道すれば……なぜだ?」

「火山が噴火して、溶岩が帝都に流れ込んでくるとすれば、位置的に考えて先に飲み込まれるのはニルス村だ。

 住民が逃げられるよう仕向けたい」

「気持ちは分かるが、それで帝都の避難が間に合わなくては元も子もない。

 それに勅命でもない我々の言葉で民が暮らしを捨てて逃げ出すとは思えん」


 イスカリオスの予想は真っ当なものだろう。

 だが、


「あの村の人々の多くはついこないだ家族や友人を失った。

 見捨てるわけにはいかない。

 それに、帝都の民を避難させる為にも、あの村に行く必要がある」


 僕の言葉にイスカリオスは走りながら思案し、


「よかろう。手早く済ませよ」


 と言った。




 それから僕たちはニルス村でやるべきことを済ませ、再び帝都に向かって飛ぶように走り、王宮の玉座の間にて皇帝に謁見した。


「つまり……帝都を捨てて逃げ果せと、そういうのだな」

「然り。理由は先程申し上げた通り。

 一刻の猶予もございません!

 どうぞ、御勅命を!」


 イスカリオスは膝をつき、皇帝に深々と頭を下げる。

 だが、皇帝が口を開く前にその場にいる重鎮たちが、


「乱心されたかイスカリオス将軍!

 そのような得体の知れない予言を信じるなどと!」

「仮にそなたの見聞きしたことが正しかったとしてもだ!

 何故、財を持ち出すことを禁じる!?

 着の身着のまま逃げ出して命ながらえようと、財を失えば国は滅ぶ!

 貴殿はこの国を滅ぼすおつもりか!?」


 当然の如く、猛反発する。

 無理もない。

 命と引き換えに四肢を切り落とすような提案だ。

 皇帝の命を受けて、遷都の準備を進めてはいるだろうがまだまだ準備段階。

 アカシアの目などという人智を超越した存在による観測結果など眉唾ものもいいところだ。

 そんな信用できないもののために全てを捨てて避難しろなどと言っても聞くはずがない。

 だが、災厄が起きるのは今このときかもしれないんだ。

 悠長に支度していて間に合わなかったでは話にならない。


 皇帝がすっと手をかざし、重鎮たちの言葉を抑える。


「イスカリオス。その進言を却下するといえばどうする」


 イスカリオスはキッと皇帝の目を見据え、


「御首を頂きます。

 この場にいる重鎮たちの首も。

 私は乱心し、暴れに暴れて、その恐怖によって帝都の民を帝都から追い払います」


 イスカリオスの言葉に重鎮たちはどよめき怒りを露わにする。

 謀反だと、国家反逆罪だと口々に罵るが一切怯みはしない。


「我が命は帝国に捧げしもの!

 この言葉を罪と問うのであれば然る後に我が首を臣民の前に晒しましょう!

 たとえ、帝国史上最悪の奸物と後世に罵られようとも私は考えを変えません!

 どうか、御決断を!」


 咆哮のような請願にその場にいる者は皆言葉を失う。

 もはやこれは皇帝に対する脅迫だ。

 仮に災厄の被害を出さずに済んだとしても罪に問われることは間違いない。

 イスカリオスはそれすら覚悟の上で言葉にしたのだ。


 場に緊張が走り、沈黙が続く。

 少しの間をおいて、口を開いたのは皇后だ。


「陛下。話は変わりますが、ここ数日、地震や霊山の小規模な噴火が頻発しております。

 900年前の大災厄もこのような前兆があったと伝承にもあります。

 そして、空を覆う死なず月……

 妾はこれが凶兆のように思えてなりません」


 皇帝は顎に手の甲をあて、思案し、口を開く。


「奸物の言葉など聞こえん。

 余の耳にイスカリオスの言葉は何も届いておらん」

「陛下!!」


 イスカリオスが声を上げる。

 皇帝は押し止めるように手のひらを突き出し、


「だが、皇后の懸念に余は動かされた。

 悪妻に誑かされた史上最悪の暗君の名を余が背負おう。

 皆に告ぐ、今より帝都を……放棄する!

 この言葉に異論を挟む者は帝国に叛旗を翻したとみなす!

 王族であろうと例外ではない!

 全ての民を……帝都から追い出せ!」


 ザワっ、と一瞬がどよめいたが皇太子であるエヴァンスが、


「陛下のお気持ちを考えられよ!

 国と歴史を一身に背負うお立場でこのような決断をされることがどれほどお辛い事か!

 身を引き裂かれた方が遥かに易しいだろう!

 私はその勇気ある決断に一人の臣として、息子として最大の敬意を払いまする!」


 エヴァンスは涙を流しながら額を床にこすりつけた。

 重鎮の中でも一番年齢を重ねていると思われる痩せた老人が、


「逃げるならばライツァルベッセが良いでしょう。

 あの街は高台にあり900年前の大災厄の影響を受けなかったことが地質から分かっております。

 それにミルスタイン伯爵は忠義に厚く、善政を敷いている名君。

 焼け出された我々や民を無下にはしますまい」


 と進言すると、次々に重鎮たちは意見を発する。


「火山の噴火と言っても民たちにはピンと来ないでしょう。

 魔王軍……いや、魔神級のモンスターが襲来したとでも言っておきましょうか」

「イスカリオス将軍は王家の護衛に付き、民たちの前には出られるな。

 貴殿がいると民の危機感が失われよう」

「あと、狼藉を働く輩はその場で処断するよう伝えましょう。

 平民であれ貴族であれ……ね」

「小生は早馬で一足先にライツァルベッセに。

 ミルスタイン卿とは祖父の代からの付き合いがあります。

 受け入れの準備を申し入れましょう」

「出来うる限り、国宝や機密書類は地下の倉庫に運び入れます。

 ほとぼりが冷めた後に掘り返しましょう」



 キビキビと彼らは自らの役目を果たす。

 その姿を見て戦場に出てはいなくとも、彼らもまた帝国で戦ってきた者たちなのだと思った。


 やがて、重鎮たちはそれぞれの持場につくために玉座の間を離れて、いつぞやのように王族とイスカリオスと僕だけがその場に残された。



「無茶しすぎだ、イスカリオス」

「うだうだと考えこんでも打てる手が少なくなっていくだけだ。

 貴様や赤毛猿の無鉄砲なまでの単純さを見習ってみたまでのこと」


 イスカリオスは口元に微かに笑みを浮かべた。

 皇帝は表情をほころばせてイスカリオスに話しかける。


「またひとつ、大きな男になったな」

「陛下……敬意も感謝も言葉に尽くすことはできませぬ」

「よい。そなたがいなければどの道この国に未来などない。

 死ぬまで帝国に仕えよ。

 イスカリオス・フォン・カルハリアス。

 そして、クルス・ツー・シルヴィウスよ」


 皇帝がイスカリオスと僕の名を呼んだ。


「そなたらはサンタモニアの賊を討滅し帝国の危機を救った。

 それに応じて褒美を取らせる。

 イスカリオス。

 そなたには王家に連なる一門に加わることを許す。

 孫娘の中で気に入ったものを妻とするが良い」


 イスカリオスは目を大きく見開いて狼狽する。


「つ、妻ですと!?

 それはあまりに恐れ多くーー」

「良いではないか。

 うちのレイチェルなどどうだ?

 私に似て器量よしだぞ」


 エヴァンス皇太子が乗ってくる。


「しかし、あの方は私よりも一回り近く歳下で……」

「可愛い娘を軟弱な若者に嫁がせられるか。

 イース。そなたならば国が滅ぼうともあの子を守ってくれるだろう?」


 エヴァンスがイスカリオスの肩を叩くが、唖然とした顔をしている。

 その顔を見て皇后がクックッと不敵に笑った。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『なんで美少女の幼妻もらえるのにそんなに暗い顔してんだよ!』


【◆ミッチー】

『そりゃあ皇族の娘を嫁にするとかプレッシャーでかいでしょ。

 エヴァンスの娘ってことはダリルのお姉ちゃんで……

 あら、ダリルのお義兄さんになってしまうのか!?』


【◆オジギソウ】

『いいじゃんお見合い結婚も。

 誰かさんにゾッコンなメリアちゃんに横恋慕してるのもアレだし、いいと思うけど』


【転生しても名無し】

『熱烈にアピールしていたエステリアちゃんのことを忘れないでください』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 僕からは何も言えない。


「そして、クルスよ。

 そなたには男爵位を与える。

 本来なら伯爵位を与えても構わんくらいだが、独断でイスカリオスに帯同したこと罰を差し引かせてもらう。

 もっとも、男爵位でもそなたの望むことは一通り事足りるだろうがな」



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『ホムホム大出世じゃん!

 よっ! 男爵!』


【転生しても名無し】

『男爵になるとどう違うの?

 給料が上がるの?』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 ああ、色々と違ってくる。

 たしかにこれからのことを考えるならば、これ以上を望めないくらいありがたい褒美だ。


「身に余る光栄にございます。

 皇帝陛下」


 僕は深々と頭を下げた。


「陛下。手短にお済ませください。

 クルス、そなたには他にやるべきことがあるのだろう」


 ニヤニヤしながら皇后はそう言うので、ハイと応えた。


「クルスよ。そなたは妾のお気に入りだ。

 荒野に焼け出された後も妾に仕えてもらうぞ」

「仰せのままに。我が主よ」


 皇后に敬礼をし、僕は玉座の間を退出した。



 王宮を出て、僕は走って自分の家に向かう。

 頭上には空を覆い尽くすような巨大な死なず月が出ており、辺りは薄暗い。

 一部の人々は空に浮かぶ月を不安げに見上げたりはしているが、普段と変わらない日常を過ごしている。

 店の前で威勢よく客を呼び込もうとする店主。

 赤ん坊を抱きながら買い物する母親。

 路地を風のように駆け抜ける子どもたち。

 帝都の日々の中で繰り返し見られたごく普通の人々の営み。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『避難命令が出たらこの光景も失われるんだな……』


【転生しても名無し】

『俺さあ、子供の頃に震災を経験しているんだよ。

 あの時は本当辛かったよ。

 海岸沿いの街だったから津波が来るからって家も荷物も全部放って逃げ出してさ。

 正直、この後見るの辛いわ』


【転生しても名無し】

『俺も被災経験アリ。命からがら助かった後も避難所とか狭いし臭いしみんな暗い顔してるし。

 知り合いや親族が死んだなんて報告がひっきりなしに飛んできてその度に家族で泣いてさ。

 どうしてこんな理不尽な思いをしなきゃいけないのかって、神様とか世の中とかいろんなものを恨んだよ』


【転生しても名無し】

『暗い気分になるのはわかるけどよ、今はそんなことホムホムに聞かせてる場合じゃないだろ!

 お前らの時は震災が来るかなんて分からなくて、何もできなかっただろうけど、今回は分かっているんだぜ。

 言ってみたらリベンジだ!

 今度は理不尽な運命から一人でも多くの命を救ってやろうじゃん!

 頼むぜ、ホムホム!』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 ああ。この災厄で一人の人間も死なせはしない。

 アカシアの目が示した惨劇の光景は僕が破壊する。



 自分の家にたどり着くとノックもなしに扉を開いた。

 家の中ではリムルが椅子に座って本を読んでいた。


「く、クルス様!? お戻りになられたんですね!」


 驚きのあまりリムルは本を取り落とした。


「ああ。詳しい説明は後だ。

 メリアはどこにいる?」

「アルメリア様なら、お勤めの関係でニルス村に向かわれると、家を出られましたが……」


 思わず歯噛みした。

 まさか、こんなタイミングですれ違うとは。


「リムル。メリアが家を出たのはいつ頃だ?」

「ふたつ前の時報の鐘がなる直前くらいでした。

 まっすぐ向かわれたならば、もう街の外に出られたかとーーん?」


 机の上に置かれた皿の上のティーカップが小刻みに震えたかと思った、次の瞬間。

 ブワッと床や壁がしなるように大きく揺れて、その揺れはどんどん大きくなっていった。


「キャアアアッ!!」

「リムル! 来い!」


 僕はリムルを抱きかかえて家の外に飛び出した。


 往来には袋から小豆が漏れ出すように人々が家の中から飛び出してきた。

 誰も彼も突然の地震にあわてふためいている。


「く、クルス様!?」

「リムル。これは火山の噴火の前兆だ。

 荷物をまとめたりはしなくていい。

 急いでライツァルベッセに向かえ。

 あの街はファルディーンの実家が統治している。

 彼と僕の名前を出せば、悪いようにはされないはずだ」


 早口でまくしたてるようにリムルに説明する。

 リムルは不安そうな顔で、


「クルス様は?」

「僕はメリアを探して一緒に避難する。

 心配するな、あとで落ち合おう」


 踵を返して市場に向かって走ろうとしたが、リムルに服の裾を引っ張られた。


「本当に……大丈夫なのですよね?

 この間みたいにいきなりいなくなりませんよね?

 アルメリア様はお見送りをされたらしいですけど私には何もなしだったじゃないですか……

 私、本当に不安で……クルス様が戻られなければ……私は……」


 いつになく感情をあらわにするリムルを見つめて、もう家族を失いたくない、と言っていたことを思い出す。

 秘密の作戦に対する詮索を避けるためとはいえ、別れをちゃんと告げずに出ていったことを後悔した。

 それはあくまで僕の都合でリムルのことを考えての行動ではなかった。


「大丈夫だ。

 僕たちは家族だ。

 また、3人で食卓を囲もう」


 ゆっくりと言い聞かせて、僕はリムルの肩に手を乗せる。


「それに、今度はちゃんと家族になれる。

 陛下に男爵位を授かった」

「おめでとうございます……

 ですが、それと家族にどういう関係が?」

「これまで騎士身分ではあったが、あくまで他国からの在留者という身分だった。

 だが男爵家になれば正式に帝国貴族家の仲間入りすることになる。

 ちゃんと帝国の民として籍を置けたということだ。

 跡継ぎのために養子を取る権利だって行使できる」


 目を大きく見開いて、薄っすらと口を開けたリムルの頭を撫でる。


「いつぞやの舞踏会で場を取り繕うために言った言葉だが、現実になったな。

 君も奴隷という身分から正式な市民になれる。

 男爵家の娘ならば宮仕えをしていて後ろ指を差されることもないだろう。

 君にとっての利点もたくさんあるから」


 リムルの身分についてはずっと考えていた。

 孤児院の出で頼る者もおらず、奴隷商に捕まったリムルは帝国の民として最低限の保護を受けられなかった。

 皇后や王子に気に入られているとはいえ、彼女たちの目の届かないところに置かれた時に彼女を守るものはなく、またこれから先の人生の足かせになることは目に見えていたからだ。

 ファルカスや皇后に相談したところ、一番シンプルな解決策は僕が出世し、リムルを自分の子供にすることで彼女の身分を洗い直すことだった。


「リムル、僕の娘になってくれるか?」


 泡が割れるようにリムルは泣き出した。

 大粒の涙をこぼして、息を荒くして、幼い子供のように。


「私……奴隷ですよ……

 貴族の家の養子ともなればちゃんと身元が明らかなものでないと……」

「大丈夫だ。その辺りの法律はちゃんと調べ上げているが、どうとでもなる。

 僕が家族になりたいと思った人間を家族にすることに文句を言う者はいない」


 泣きじゃくるリムルの背中と膝を抱えて抱き上げる。


「リムル。僕の娘よ。

 君も僕にとって守りたい人間の一人だ。

 今度は一緒に行こう」


 リムルは僕の首に手を回し、顔を埋めて、


「はい……分かりました、父様」


 と呟いた。




 リムルを抱えて僕は喧騒の渦巻く街を屋根の上から見下ろしながら走った。


「魔神級モンスターが帝都に接近中!

 ライツァルベッセに避難せよ!」

「手荷物以外は持つな!

 盗みや暴行を行ったものは問答無用で切り捨てる!

 これは皇帝の勅命であるぞ!」


 兵士たちが大声を上げて、避難の指示と火事場泥棒に対する取り締まりを行っている。

 民たちに動揺が広がっているが、腰は重い。

 今、危機が迫っているのを感じられていないからだろう。


 妖精たちによると火山の噴火によって火口から流れ出る火砕流の速度は早馬の速度をも上回り、建物を飲み込んで直進してくるという。

 噴火が見えてから慌てて逃げ出しても遅い。

 先程の地震が前兆であるならば、いつ噴火が始まってもおかしくないんだ。


 僕は山を見る。

 まだ、噴煙は上がっていないーーあ。


「どうされたのですか?」

「ああ。願いを聞き入れてもらえたようだ」


 山を見つめる僕の視界に赤い点のようなものが映り、それは高速でこちらに向かってきた。


「あれは……ギャオス様」


 僕はニルス村に立ち寄った際、祭壇にいるギャオスに頼み事をした。

 その内容は「人々に牙を剥き、火山の影響範囲の外に追い出してほしい」というものだ。

 ギャオスは咆哮を上げながら帝都の上空を飛び回る。

 その様子を見た民は恐怖におののきながら声を上げる。


「ドラゴンだ! しかもとてつもなく巨大で禍々しい!!」

「兵士が言ってた魔神級モンスターの襲来ってこれか!?」

「逃げろ逃げろ! あんなの軍ですら歯がたたないぞ!」


 ギャオスの出現に人々は恐怖を煽られ、前の者を押しのけ、我先にと避難を開始し始めた。


「年寄りや女子供は道の端に寄れ!

 慌てずに各自、ライツァルベッセを目指せ!

 南門、西門、北門は閉鎖されているぞ!」

「前の者を押すな!

 倒れでもすればその分逃げるのが遅くなるぞ!」


 たしかに人々に危機感を植え付けることが出来た。

 だが、次は恐怖と焦りに囚われて利己的な行動を取る者が現れだした。

 逆に恐怖に竦んで動けなくなる者もいる。

 なかなか上手くいかないものだ。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆野豚】

『別に悪く回っているわけじゃない。

 まだ災害が発生する前だと言うのにこれだけ避難ができているんだから』


【◆ミッチー】

『アカシアの目がもっと正確な時間をはじき出してくれていればな……

 あの山の距離から考えて噴火が始まったら30分も経たずに帝都が飲み込まれるんじゃないか。

 街を脱出しても火砕流の影響のない範囲がどこらへんからかはまだわからないんだ』


【◆助兵衛】

『堅牢な街の護りもこうなっては檻みたいなもんだな。

 混乱が広まれば逃げるのはどんどん遅れていくぞ』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 足元の屋根がビリビリと震える。

 これは、また来るか。


 僕は屋上のある建物に飛び移り、衝撃に備えた。

 再び発生する余震。

 往来の人々は悲鳴を上げて立ちすくんだり、うずくまったりする者もいれば、焦りのあまり前の人間を押し倒し、ドミノのように転倒する者も続出する。


「ヒッ……!」


 リムルが僕にしがみつく力を強める。

 スラム街を彷徨い魔物の襲撃を経験しているリムルでさえ恐怖している。

 まして、平和な帝都で暮らし続けてきた人々にとってはこの状況は酷に過ぎる。

 どうすれば……


 悩みながら、往来の人々を見下ろしていると、妖精の一人が、



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『ホムホム! ストップ!

 今、ファルカスがいたぞ!』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 言葉に反応して、視線を戻すとたしかにファルカスが道の端で膝をついている。

 目の前にはレクシーがいる。

 僕が呼びかけると、ファルカスが気づいて見返してきた。



 ファルカスとレクシーを建物の屋上に引き上げ、事情を説明した。


「そういうことですか。

 たしかにそれは何が何でも避難させねばなりませんね」

「ハッ! やり方が強引すぎますわ!

 帝都の昼間人口は10万を超えると言われてますのよ!

 人が多ければ多いほど恐怖も焦りも相乗的に拡大してしまいます!

 ずさんなこと極まりない!」


 レクシーに罵られ、僕は反省する。

 ギャオスによって危機感を煽ることは出来たがそれが効きすぎた。

 このままでは災厄が訪れる前に死人が出かねない。


「人の心はままならないものです。

 だからこそ芝居は難しく、舞台は面白く、芸術は奥が深い」


 ファルカスが歌うように僕に語りかける。


「芸術論を聞いている暇はーー」


 ファルカスは僕の唇を止めるように指を当てる。


「あなたは騎士ですが、同時にファルカス一座の一員でもあると思っています。

 見せてあげようではないですか。

 恐怖に染まった人々の心に希望を灯す一世一代の大芝居を」


 両手を広げ、ファルカスは僕に笑いかけた。

完結までエピローグ含めて残り7話です。

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