第90話 僕は祖先との戦いに臨む
僕は吹き飛ばされたカレルレンから目を離し、倒れ込んでいるフローシアを抱き起こした。
「フローシア! 無事か?」
「無事に見えるか……アホウ……
じゃが……そこに転がっているのよりは幾分マシじゃな。
若作りして学生生活を送っているかと思いきや、えらく虚無的な思想に取り憑かれたものじゃ……
挙げ句、その諦観を選ばれし者の責務などとのたまうとはアホウの極みじゃ」
フローシアは僕の左腕に取り付けられたガルムの槍に縋り付くようにして立ち上がる。
「しかし……世界というのはやはりよくできておる。
観測者を気取る老人に対抗すべく、破壊者を名乗る子供をこの世にもたらしてくれたのじゃから。
クルスよ、そなたが生きていること……
それこそがイデアの部屋……いや、目の前の男にとって最悪の災難なのだ」
「あなたは分かるように話してくれるか」
ククっと笑って、笑顔を見せるフローシア。
「当然。こんな三流の研究者と一緒にしてくれるな。
まず、このアカシアの目について教えてやろう」
カレルレンが不快そうに目を細めるが、おかまいなしにフローシアは続ける。
「アカシアの目は全知の神と呼ばれるアカシアの端末じゃ。
もっとも神なんていうのは人間が超常の存在を自分たちの物差しで解釈できるよう擬人化した概念に過ぎん。
が、それには目をつぶって、アカシアは神としておいてやろう。
その神は世界で起こったこと、これから起こることを全て知っている。
それは予測や予知などと言った低次元のものではない。
可能性やもしもが挿しはさまる余地のない完璧に確定した未来をその目に映す。
いわば、この世界の始まりから終わりまでの全てが書かれた台本を持っているようなもの。
世界に住まう生きとし生けるものの活動はもちろん自然現象すらも全てその台本通りに動いている。
この空間に浮かぶ窓はその台本に描かれた光景を映し出しておるんじゃな」
「ならばそれは間違いだ。
先程まで見せられていた過去の光景に現実に起こったことなど一つもなかった」
フローシアはフッと口元を緩める。
「その通りじゃ。
理屈はわからんがそなたはその台本に縛られることない特異点とも呼べる存在。
そなたの関わった人々は台本の登場人物の役割を外れ事象を変化させてきた。
その特異点をも計測の対象にすることができれば、狂ったアカシアの観測結果を修正することができるとヤツは考えたのじゃろう」
カレルレンは舌打ちをして、僕たちを睨みつける。
「そこまで分かっておきながら……
何故あなたはそのホムンクルスを恐れない!?
ソレは世界の外の理を持ち込んだのだぞ!
お陰でアカシアの目がどうなったかーー」
「フフン、いい気味じゃわい。
詳しい中身は知らんが、どうせ貴様らがなぞったシナリオなど妾の好みではなかろう。
クルス、そなたもそうじゃろう」
僕はうなずく。
メリアもバルザックも、ブレイドも、ククリも、教会の人々も、ファルカス一座も帝国の人々も……
彼らが死に絶えることが定められた台本など破り捨てる意外にない。
「しかし、そなたが一体なんなのかというのは妾も思うところじゃ。
絶対不変の事象を書き換えられる仕組みなど想像もつかん。
貴様は本当にサンタモニアで作られたホムンクルスか?」
……僕が特異な個体であることは自覚している。
だが、まさか世界などという大きなカテゴリで見ても異端の存在であるとは思わなかった。
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【転生しても名無し】
『ホムホムすげえ!!
世界の破壊者とか特異点とかダークヒーローっぽくね!?」
【転生しても名無し】
『僕は最初からホムホムはデキる子だって思ってましたよ』
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…………間違いなくその原因はお前らだろう。
これまで戦いの中でも暮らしの中でも僕に語りかけ、行動や感情に干渉してきた。
そもそもの発端はお前らが「生きろ」と目的を定めてくれたことだ。
僕が生きてきたことがアカシアの目に映し出された光景とは異なる光景を世界に生み出した。
最初に話しかけてきた時、お前らは違う世界から僕の目を通してこの世界を観測していると言っていたな。
異なる世界、観測と干渉、書き換えられたシナリオ……
関係ないと考える方が不自然だ。
量産品の僕が他の個体と異なる点などお前らの有無くらいだからな。
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【転生しても名無し】
『オプション品みたいな言い方するなよ」
【◆野豚】
『まー、心当たりが無いわけでもない。
この世界において俺たちの存在ってのは異物でしかない。
演劇的に例えるならば、観客が舞台に上がって芝居に参加するようなものかな?
当然、他の役者たちは台本通りとは行かず、アドリブで対応せざるを得なくなる。
結果、台本にあるシーンが変わったり、飛ばされたりして、結末にも影響を与えてしまったんだろうね』
【転生しても名無し】
『で、でも悪いことしたわけじゃないから……イイよね!?』
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……そうだな。本当にそうだ。
「ああ……さらに侵食が……」
カレルレンは宙に浮かんだ窓を見て、家族を失ったかのような悲痛な表情を浮かべている。
フローシアは二マリと笑って、
「当然じゃ。プライドの高い神が自身の間違いを突きつけられて平静でいられるものか。
自分が記した台本とは異なる現実を突きつけられるだけでも屈辱だろうのに、確定した過去までも間違っていると否定されて、挙句台本を書き換えられる瞬間をまざまざと見せられて筆を折ったのじゃろう。
こうなると謙虚さのない神など脆いものじゃな」
部屋の中の窓がどんどん真っ黒に染まり割れていく。
悲痛な声を上げてうろたえるカレルレン。
崩壊が収まり、カレルレンは荒い息をしながら僕に語りかけてきた。
「アセンション計画は成功するはずだった……
サンタモニアとイフェスティオ帝国を分断し、魔王軍を招き入れ潰し合わせる。
帝都で総力戦を行う両軍をイフェスティオ山で発生する噴火と震災でまとめて皆殺しにし、我々は帝国の難民を使って人類のシフトアップまで悠々とたどり着けるはずだった。
それが……全て貴様のせいで!!」
「それは僕のせい……だけじゃない」
僕はカレルレンに反論する。
「イスカリオスがメリアをサンタモニアに送り込み、お前たちの存在を明るみに出す情報を持ち帰った。
バルザックは僕たちが海を渡るのを助けてくれた。
ブレイドの力と前向きな姿勢は僕を鍛え、旅の困難から守ってくれた。
バースの誕生は僕に命の尊さを感じさせてくれた。
ファルカスは僕に芝居を教えてくれて、帝都での厄介事にはいつも力を貸してくれた。
皇后もビクトールもリムルもガルムも……誰か一人としていなければ僕はここに立っていない。
未来を作るのは書き終えた台本を眺めて満足している神なんかじゃない!
この世界を必死で生きている者たちの軌跡がやがて未来になるんだ!」
「黙れ! 人間のような不確定なモノに未来を預けられるわけなかろう!
人類が救済される結末が描かれた台本をご破算にして、その罪の重さが如何ばかりのものか分かっているのか!?」
人類の救済、アセンション計画の果てに全ての兵が超越者となれば魔王軍ですら恐るるに足らない。
だが……
「戦いに勝利した人類のその後は……どのような光景が広がっていた」
僕の言葉にカレルレンは虚を突かれたように黙り込む。
「人をモノにし尽くした世界……
そこに住むのは人じゃない。
役目を終えたモノが打ち捨てられる荒野だ。
それを救済と呼ぶのなら、もはや僕とお前との間に交わす言葉は存在しない」
僕は剣の柄に手をかける。
カレルレンは肩を落とし、落胆したように見えた。
「ああ、戦うことしかできない哀れな人形にこれ以上の薫陶は不要だ」
カレルレンは僕に向かって左手をかざすと、紫色の魔力が絡みつくように発光しだした。
嫌な予感がして、僕は抜刀するーーが、鞘から剣を抜ききる前に体が硬直した。
手も足も動かず、体のバランスも取ることができないまま、僕はバタン、と顔から床に倒れる。
「何をした……」
口や目は正常に動くようだ。
だが、首を回すことすら出来ず、真っ暗な床を見つめながら僕はカレルレンに問う。
「ホムンクルスの魔術回路を設計したのはそこにいるフローシア嬢だが、その魔術回路を最も深く研究したのはマスターハイムだ。
当然、その魔術回路を操る術も確立済みということ。
貴様の運動機能を停止させてもらった。
反応が無くてはつまらないので首から上は残して……やっているぞっ!!」
カレルレンは僕に歩み寄って、顔面を蹴り上げた。
抵抗のできない僕は仰け反るようにして宙を舞う。
僕はその蹴りの威力の高さに驚いた。
流れるような重心の移動、的確な狙い、振り切った脚の速度……
魔術研究者が放てる蹴りではない。
「その体……生身じゃないな」
「フフ、察しが良いな。
表面的な肉体の老化など錬金術を駆使すればいくらでも逃れようがある。
だが、運動機能の老化は止めるには代償が大きい。
いくら若々しくあっても病と共に生きるのであれば、それは老人となんら変わらん。
私はもともと体を動かすのは不得手だがね」
自嘲気味に笑うカレルレン。
奴の言葉から推測される結論はーー
「肉体を……ホムンクルスと交換したのか!?」
「首から上は人間のままだがね。
脳の老化は避けられないが、緩やかであればそれも醍醐味という奴だ」
カレルレンは自らの上半身の衣服を剥ぎ取った。
露わになった肉体は恐ろしい程に均整の取れた肉体だった。
広い肩幅に分厚い胸板、引き締められた腹部の筋肉は引き締まりながらも山脈のように凹凸を作っており、四肢は槍のように長く、献上品の宝石のように研ぎ澄まされている。
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【転生しても名無し】
『ウホッ! 敵ながら見事な細マッチョ!』
【転生しても名無し】
『黄金律そのままみたいな身体だな……
当方男だが抱かれてみたい』
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また何をくだらないことを……
妖精の無駄話を聞き流して、状況の打破を頼もうとフローシアに視線を送るが、彼女の瞳はカレルレンの体を見つめたまま瞬きひとつしていない。
「フローシア……趣味に走っている場合では」
「アーサー!? その身体はアーサーのものか!!」
前のめりになり詰問するフローシア……アーサー、だと?
まさか、ホムンクルスの祖である最初の個体、アーサーを意味しているのか?
「おや? 30年間、この身体が忘れられませんでしたか?
残念ながら私にその記憶は無いですが」
こめかみを指で叩きながらカレルレンは続ける。
「マスターハイムは恨めしげに貴方をこう評していましたよ。
『寝食をともにする知的なワシに関心を示さず、自分で作った人形を愛でる倒錯者』とね。
彼が魅力的な男性でないのは同感ですが、愛妾を作るために魔術の髄を注ぎ込んだのは確かに倒錯だ。
どのような顔で喘いでいたのか興味深いですね」
手の指をうねらせながら舌なめずりするカレルレンに対し、フローシアは怒りで顔を真っ赤に染める。
「下品な物言いはまさにクソジジイそのものじゃな……
妾の……妾のアーサーの身体を返せっ……!」
フローシアは腕を振るい魔術繊維の糸を床に這わせ瞬時に魔法陣を作成する。
「【飛翔せよ、炎の鳥ーーメキド・フェネクス!】」
魔法陣が真っ赤に染まり、鳥の形をした炎が浮かび上がる。
炎の鳥は羽ばたくごとに熱風を撒き散らし、カレルレンに向かって飛んでいく。
が、落ち着いて様子で左手を前に突き出し、
「【ライトニング・バースト】」
僕のライトスティンガーと似た光の槍が十本以上、束になってカレルレンの手から放たれた。
青光の槍は次々に炎の鳥に突き刺さり、その身体を霧消させた。
「魔術回路を損耗しているあなたの魔力では私には届きませんよ」
余裕ぶった笑みを浮かべるカレルレンに対して、フローシアの口元からは吐血の兆しが見える。
「どういうことだ……
アーサーの身体とはいえ、30年も昔のホムンクルスがこれほどの性能を持つなど……」
僕は思わず疑問を口にする。
先程のカレルレンの魔術は僕やアスラーダに搭載されているものよりも高度なものだ。
「当然さ。アーサーの魔術回路はフローシア嬢が丹念に作り上げた一品物の生きた魔術回路。
さらにホムンクルス開発の試験体として、長年イデアの部屋の研究により進化させられてきた。
量産品よりも性能が高いのは当然のことだろう」
カレルレンは一足飛びに間合いを詰めて、フローシアの胸を殴りつける。
メキメキと胸骨が潰れる音がした。
「これで詠唱もできないでしょう」
ニヤリと笑って、拳でフローシアを痛めつけていくカレルレン。
その拳には大して力を入れていない。
嬲り殺しにするつもりか。
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【転生しても名無し】
『うわあああああ!!
ホムホム! フローシアさんを助けて!!』
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分かっている!
だが、この状態では指一本動かせない。
何か使える手はーー
思考回路をフル稼働させて、僕は一つの手段を思いつく。
成功する可能性は限りなく低いが……やるしかない!
おい、妖精たちよ。
知恵を貸してくれ。
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【◆まっつん】
『任せろ! と、いってもあんま自信ないけど……』
【◆江口男爵】
『助兵衛やマリオみたいなキレ者揃いというわけじゃないからな……
やはり黙っておいたほうが……』
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……いや、むしろ奴らよりも冴えた案を出せるかもしれないぞ。
特に江口男爵とか。
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【◆江口男爵】
『マジで? ここに来て俺の活躍の場面!?
任しとけ! 俺の全力でサポートするぜ!!』
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………………よし、分かった。
妖精たちからもらった言葉をそのまま、僕はカレルレンに投げかける。
「動けないババアを嬲るのは楽しいか?
この不能(イ○ポ)野郎」
ピクリ、とカレルレンは耳を立てて僕の方を向く。
「あれれ〜、図星突かれて顔真っ赤にしてやんの。
いくら若々しい身体を手に入れてもソッチの方は使いものにならないのかあ。
イデアの部屋の研究とやらも大したことないなあ」
使い慣れない言葉ばかりが出てくるが、なんとか声の抑揚や表情を取り繕う。
ヤツの殺意を僕に向けるために。
「汚い言葉を学習したものだな。
低俗な人間と過ごしたのが見て取れる」
「ほーん。フラスコにモノを突っ込んでそうなムッツリジジイがよく言うわ。
アカシアの目はオカズの用意もしてくれんの?
ガキの頃に憧れていた姉ちゃんがあられもなく喘いでる様子とかさ」
「……生理的な欲求のコントロールなどとっくの昔に解決している」
至極真面目な顔で淡々と言葉を返すカレルレンだが不快さが隠し切れておらず、こめかみに微かに青筋が浮かんでいる。
後少しだ。
「何マジになってるの? え? そんなことやってたの?
ひくわ〜〜。親の顔が見てみたい。
アカシアに聞いてみてくれよ。
自分が作られた時、母親はどんな顔で悶え悦んでいたのかって!
相手の男が父親じゃなければ最高に笑えるところなんだがな!」
「モノの分際でゲスな詮索はやめろ!!
恋愛衝動など一過性の精神異常だ!
そんな原始的な欲求のくびきに囚われているからこそ人間は如何に高等な知能を持っていたとしても不完全で不安定な存在なのだ!!
そんなものにロマンチシズムを見出すこと自体が思考のエラーだ!」
「めっちゃ早口なんですけど……プークスクス」
口を尖らせて笑ってやると、カレルレンの額に血管が浮かび上がった。
「その薄汚い口を閉じろおおおっ!!」
「頭でっかちのモテない陰キャがイキって大物ぶってみても一皮剥ければそんなもんなんだね。
ダサっ」
「貴様ああああああ!!」
激昂し、僕の首を掴んで持ち上げるカレルレン。
「人真似をして偉そうな言葉をのたまうじゃないか!
性欲を持たなければ子を為すこともできぬ、生物たり得ないモノの分際で!!」
「性欲はないが、人を愛した。
子を為すことはできないが、悦ばせたくて人を抱いた。
それらを幸せなことだと僕は思っている。
お前と僕のどちらが出来損ないか冷静に考えてみろ」
僕は僕の言葉でカレルレンを罵った。
それがトドメになったのかヤツは両手で僕の首を締め上げて自らの頭上にまで持ち上げる。
万力で締め上げるようにジワジワと喉を圧迫されながらも僕はかろうじて、解放の呪文を呟く。
「【穿てーーガルム】」
僕の口から発された言葉に反応して僕の左腕の付け根に仕込まれた魔法陣が作動する。
学院に攻め入る前、僕の左腕にフローシアは一つの細工を施した。
【穿てーーガルム】の言葉に反応して爆風を発し、左腕に取り付けられたガルムの槍が発射される細工を。
これは全く僕の魔術回路に寄与していない独立した魔法陣。
こんな状況でも問題なく作動する!
ドンッ! と空気が爆ぜる音とともにガルムの槍が射出され、カレルレンの肩を貫き左腕を吹き飛ばした。
「なっ!? 貴様謀ったな!!」
カレルレンの身体から離れた左腕によって発動していた僕の魔術回路を縛る魔術は解消され、僕は身体の自由を取り戻す。
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【◆江口男爵】
『よっしゃ! 見たか、俺の煽りを!』
【◆オジギソウ】
『ゲスいこと言わせれば天下一品だねえ……
一応褒め言葉』
【◆江口男爵】
『おうよ。性的なことは人間のコンプレックスの宝庫だからな。
ちょいと突いてやれば何か出てくるもんよ』
【◆マリオ】
『できれば、脳天を一撃で貫ければ良かったんだが、まあ縛りは解けたし及第点かな』
【◆助兵衛】
『余計なことさせる前に一気に畳み掛けろ』
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そのつもりだ!
僕は拳でカレルレンの顎をかち上げ、続けて膝を腹部に突き刺す。
顔面へのダメージに比べて、身体への攻撃は反応が薄い。
やはり、アーサーの身体の痛覚はほとんど作用していないか。
サッと、床に転がっている剣を拾い、カレルレンの胴体を両断しようと横に薙ぐが、
「【ライト・キャリバー】!!」
左手から出現した光の剣で受け止められてしまう。
「小癪な真似をオオオ!!」
剣を通して感じるカレルレンの力の強さに焦燥する。
単純な腕力だけならばイスカリオスに匹敵するか。
最近、同世代や後進の連中との戦いが続いていたが、まさか祖先との戦いに臨むことになるとは。
「やはりホムンクルスは戦闘用の兵器ということか」
「分かりきったことを!」
さらに加えられる強い力によって押し切られる直前、手首を返し、剣をいなして僕は距離を取る。
出し惜しみはしていられない。
剣の柄に巻かれた封印を歯で噛みちぎり、封印を3段階まで外す。
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【◆剣】
『■■■■■■■■■■■』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
「くっ……!」
3段階目の封印のフィードバックは2段階目までとは比べ物にならないほどに強い。
妖精たちによって無効化することもできず思考回路を汚染しようと剣が声を上げ続ける。
剣の正体については襲撃前にフローシアから聞かされている。
どうりで、と納得する反面、とんでもないものを貸し出したものだとフローシアに毒づいたりもしたがーー
▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽
【転生しても名無し】
『気をたしかに! ホムホム!』
【◆剣】
『■■■■■■■■■■■』
【◆まっつん】
『カレルレンぶっ倒してメリアちゃん達を助けに行くんだろ!
ここで踏ん張らないでどーする!!』
【◆剣】
『■■■■■■■■■■■』
【転生しても名無し】
『ホムホム! がんばれえええええ!!』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
僕には脳内で声援を送ってくれる妖精たちがいる。
フローシアにすらこの事は教えていないが、彼らの言葉にすがることによってこの剣による阻害効果は抑えられている。
奇しくもこの剣を扱うことに関して僕のこの状態はどの生物よりも適していると言えるだろう。
「やあああああっ!!」
カレルレンの振るう光の剣ごと叩き切るイメージで全力で剣を振るう。
すると、剣は黒い魔力を渦巻かせ僕の右腕にまとわりつき、その剣速を加速させる。
先程までよりも数段速く力強い斬撃を受け止めたカレルレンの身体は大きく横によろける。
「グウウっ!! つ、次から次へと小癪な仕掛けを!!」
「当然だ! 僕たちは必死なんだ!!」
僕たちは一秒先の未来すら知ることができない。
どれだけ願っても、そのために力を弄してもかなわないことだってある。
だから、必死で生きる。
自らの持っている力、知識、信念、絆……
それらを全て費やしてこの世界で生き抜こうとする。
たとえ神によって定められた運命に外れるものだとしても、そのことが間違っているはずがない。
「お前の言う未来なんて僕は知らない。
だが、それでも世界を救ってみせる!」
「出来損ないの人間もどきが大それた事を!
貴様のやっていることは救われるはずだった人類から救済の道を奪うことだ!」
膨大な魔力出力を誇るカレルレンの光の剣は硬質化し、ガキンガキンと金属音を立てて僕の剣を弾く。
僕は全身を叩きつけるように跳躍しながら、強化された右腕の力で何度も剣を振るう。
「僕は知っている……
人類はお前が思うほど他人任せでも諦めが良いわけでもない!」
バキイィン! と甲高い音を立ててカレルレンの光の剣が叩き折られた。
舌打ちをしながら手のひらを僕の眼前に突きつけ、魔術を放とうとするがーー
「遅いっ!!」
一瞬速く、僕の剣がカレルレンの右腕を肩から切り落とした。
「うわあああああああっ!!
わ、私の腕がっ!?」
腕を切り落とされたことを自覚し、狼狽えるカレルレン。
ダメージ自体は少ない。
やはり、頭部を破壊するか切り離さなくてはならない。
すかさず一歩踏みこみ、これで決着をつけるーー
と、体を回転させるようにして、奴の首に剣を通そうとしたが、
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【◆剣】
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■』
【◆助兵衛】
『ホムホム! 剣を捨てろ!』
△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△
強烈な衝動を放つ剣によって意識を掌握されそうになる直前、僕は剣から手を離す。
カレルレンの首の半分くらいにまでしか剣は到達していなかった。
だが、即座に跳躍し体を翻すようにして奴の頭部にかかとを叩き込んだ。
大木が自重によって倒れる時のように、蹴りの圧力によって切り口は広げられ、頭部がちぎれ落ちる。
胴体と分かたれたカレルレンの頭が床をゴロゴロと転がった。
「私が……こんなところで潰えるはずが……
アカシア……そうだろう……
応えてーーーー」
うわ言のように呟きながらカレルレンの頭部は急速に老化しはじめ、最後には皮膚や肉がただれ落ちて絶命した。
「フ……フフ……上出来じゃわい。
歪んだ理想の元凶も妄執も叩き潰しての勝利……
見事じゃったよ。
あ、ババア呼ばわりは減点じゃがな」
声の方を向くと、フローシアが自身の胸部に魔法陣を描いて治療を行っていた。
喋れる程度まで回復したようだが、顔色も悪くとても戦える状態でないことが分かる。
もっとも、僕も万全の状態とは言えない。
剣のフィードバックにより、かなりのダメージと魔力消費がある上に、左腕のガルムの槍は爆発による射出の勢いに耐えられず、穂先が割れてしまっている。
だが、たとえ素手であろうがイフェスティオに一刻も早く向かわねばならない。
すぐそこに迫っている大災厄の危機を伝えるために。
「フローシア。悪いが介抱してやれる余裕がない。
すぐに、カレルレンの言っていた神の通り道を使ってイフェスティオに行かないと」
体を引きずるようにして部屋を出ようとする僕をフローシアは呼び止める。
「待てい。そこにたどり着くまでには最新型どもを蹴散らしていかねばならんじゃろうが。
あの性能に数……エステリア達と言えど、まだ片付けきれてはおらんじゃろう。
ハイムのジジイも奥の手を持っている可能性が高いからのう」
ふらつきながらフローシアは僕の右手首を握る。
「想定外じゃが、致し方あるまい。
クルスよ……そなたへの賭金、もう少し上積みさせてもらうぞ」
と言って、口角を上げて彼女は笑ったが、その目はどこか悲しげだった。