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第87話 振り返らずに僕は走る

 オーベルマイン学院を襲撃すると決めた僕たちは学院の近くの森にテントを立てた簡易的な基地を作った。

 基地の周囲はフローシアの結界によって囲み、外敵や第三者の接近を許さない作りとなっている。

 ブレイドの指示していたオーベルマイン学院の調査はたった数日とは思えないほど進んでおり、敷地内の見取り図はもちろん、各建物の内覧図、教職員の名簿から食堂の献立表まで抑えていた。

 エステリアが言っていたカレルレンという名前も生徒の名簿の中に確認できた。

 だが、カレルレンは出席予定の授業にも現れず、学生寮の彼の部屋を張り込んでも見つけることができなかった。

 もう少し時間があればもっと詰めた情報が得られるとは思うが、とブレイドは唸っていた。

 死なず月はどんどん大きくなっている。

 もしかすると、既に帝都には何らかの災害が発生しているかもしれない。

 猶予はなかった。


 強硬策だがカレルレン以外の学院内の人間でイデアの部屋に繋がりがある者を炙り出すこととした。



 フローシアの変身の魔術を使ってエステリアを学院長に扮装させてすり替える。

 食堂の周りにはフローシアが結界を張り、ネズミ一匹逃げられないようにしたところでエステリアが正体を現して生徒たちを恐怖のどん底に叩き落とす。

 イデアの部屋との繋がりが深い人間ならばエステリアがイデアの部屋と共闘関係にあることを知っているから他の生徒達とは違った反応を見せるはず……

 そいつを追跡対象とする。

 追跡対象を確定した瞬間、イスカリオスが切り込んで場内を混乱させる。

 そうすれば追跡対象は逃亡し、イデアの部屋のアジトもしくは関係者の元に逃げ込む可能性が高い。

 その後は状況に応じて臨機応変に対応し、死なず月と大災厄の因果関係の有無を吐き出させ、神の通り道を占拠し帝都に帰還し、大災厄の危機を皇帝に伝え避難命令を出させる。



 ここまでが、オーベルマイン学院襲撃計画の概要だ。

 僕が主となって計画の最終確認を他の4人にする。

 フローシアとイスカリオスは異議なしとあっさり了承したが、ブレイドは面倒くさい、と言いたげな面持ちで唸っている。


「なんか強硬策の割りに凝りすぎじゃね。

 イデアの部屋の関係者を探すなら炙り出すんじゃなく、エステリアが呼びかけてみてもいい。

 それに、泳がせるのも面倒だ。

 怪しいやつは片っ端からぶん殴って吐かせれば手間がかからねえぜ」

「そうそう。拷問道具もアタシの虚構収納ベクタに仕舞ってあるし。

 まだ人間に試したことないからどうなるか分からないけど」


 物騒なことを言い出すブレイドとエステリアに対して僕は首を横に振る。


「イデアの部屋は魔王軍を基本的に信用していない。

 エステリアの持っている情報がツヴァイの持っている情報と大差なかったことからも伺える。

 呼びかけたところで正体を明かすマネはしないだろう。

 拷問のたぐいもなしだ。

 無理やり吐き出させた情報が正確かわからない。

 ブラフを掴まされたら致命的な時間のロスになりかねない」

「だが、怪しいやつって言うけどよ。

 生徒だけで100人いるんだぜ。

 そいつらの微妙な表情の動きとかをこれだけの人数で観察するって無理じゃねえか」


 ブレイドの懸念はもっともだが、


「問題ない。キチンと整列さえしてくれれば僕一人で事足りる」


 と、断言した。

 するとブレイドは顔を緩めて、


「ま、お前がそう言うなら大丈夫なんだろうな。

 よし、じゃあ腹括るか!」


 と、作戦を了承してくれた。



 そこからの行動は早かった。

 夜のうちに学院長の身柄を拘束し、変身したエステリアにすりかえて、フローシアは結界の下準備を終える。

 翌朝、学院長に扮したエステリアは生徒たちの集まる食堂にて正体を現し彼らを確保した。

 そして、生徒たちが整列するタイミングで僕は彼女の横に並び立つ。

 足元にはテーブルが無造作に山のように積み重なっており、100人の生徒たちを俯瞰して見下ろすことができる高さだ。

 生徒たちの配置も前後左右の距離も等間隔に開いており、列を乱す者もいない。

 さすがは名門学院の生徒ということか。


 この作戦の肝はイデアの部屋の関係者を如何にして捕捉するかということだ。

 仮にもっと時間や人手を割ければ他の手段も取れたのかもしれないが、帝都に大災厄が近づいているのならば現段階でできるだけのことをやるしかない。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆オジギソウ】

『人手が足りないのは大変だよねえ』


【◆まっつん】

『でも妖精の手は足りてるんだな!

 これが!』


【転生しても名無し】

『みんな暇人ばっかwww』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 そういうことだ。


「じゃあ、お話をはじめようか。

 まず、アタシがここに来た理由だけど知っている人いるかな?」


 エステリアが生徒たちに呼びかける。

 僕はそれをゆったりと眺める。

 100人の生徒たちが視界に収まるように。

 こうすると僕は彼らの表情の動きまでは分からない。

 だが、それでいい。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『7番異常なし』


【転生しても名無し】

『23番異常なし』


【◆ダイソン】

『34番、首を傾げてるけど普通の反応』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 僕の視界に映る者は妖精たちにも見える。

 それを有効活用させてもらう。

 僕の脳内には数え切れないほどの妖精が居座っている。

 彼らが僕の代わりに100人の生徒を分担して、一人ひとりの顔の表情や仕草を徹底的に見張る。

 生徒一人に付き何体もの妖精が鋭く目を光らせている。


「ふーん。

 じゃあ、次のしつもんっ!

 魔王軍に占領されていたアイゼンブルグがついこないだ陥落したというコト知っている人は!?」


 生徒たちは動揺しているようで、キッチリ並んでいた列が微妙に動いている。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『18番、隣の19番と目配せ』


【転生しても名無し】

『89番、口を抑えて驚きを隠している。

 まあ、通常の反応』


【転生しても名無し】

『54番、ガッツポーズ。

 まあ、通常?』


【転生しても名無し】

『39番、ニヤニヤしてる。

 ちょっと気になる』


【転生しても名無し】

『同じく39番、まあ通常の反応のうちかなあ』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 お前ら頼むぞ。

 これが失敗したらかなりの時間のロスになる。

 最悪、ブレイドやエステリアの言うように一人ひとり拷問にかけるのもやむなしだ。


「ホント信じられないよねえ。

 このアタシが直々に守っていたのにとんだ赤っ恥だよ。

 でもダイジョーブ!

 撤退したと見せかけて、援軍と合流してすぐに取り返す予定だから!

 みんなの暮らしは何も変わらない!

 良かった良かった!」


 調子よくエステリアが声を弾ませている。

 演技というよりも素が出ているんだろう。


 それはさておき、再び生徒たちの様子が変わる。

 アイゼンブルグ攻略の朗報がぬか喜びに終わり落胆に変わった。

 誰もががっかりした様子なのだろうか。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『46番、なんかがっかりしすぎている気がしないでもない。

 演技か?』


【転生しても名無し】

『78番、強く舌打ち。

 通常のうち?』


【転生しても名無し】

『90番なんだけど、なんか様子がおかしい?』


【転生しても名無し】

『同じく90番。コイツ笑ってる?』


【転生しても名無し】

『いやいや、笑う要素どこにあるよ!?

 みんな怒ったり落胆したりしてるぞ!』


【転生しても名無し】

『パッと40番代見渡したけど笑ってるやつはいない』


【転生しても名無し】

『50番代、上に同じ』


【転生しても名無し】

『89番、90番の様子に気づいて眉をひそめている。

 やっぱり90番怪しいよ!』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 90番……一番後ろから2列目の右端の生徒か。


 僕はその生徒に意識を集中させる。

 たしかに笑みを浮かべている。

 エステリアが魔王軍の再来を予言しているにもかかわらず。

 そして、何よりも異常なのが落ち着き払っていることだ。

 他の生徒達はたいてい動揺が表情や脚の震えに出ているのに、彼にはそれが一切ない。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆助兵衛】

『100人中1人か。

 思ったより少ないが、ホムホム。

 あれを追跡対象とするってことでおk?』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 ああ。一人しかいないのならば逆に追いやすい。

 僕は軽くエステリアに目配せする。

 エステリアは横目でフードの中の僕の表情を読み取り、かすかに頷いた。



 その後、イスカリオスの乱入により発生した混乱に乗じ逃げ出した追跡対象を僕はこっそりと追った。

 彼は彼の隣に立っていた生徒とともに使われていない学生寮の古井戸に入っていった。

 ちょうどそのタイミングでこちらも全員が合流した。


「使われていない学生寮の古井戸ねえ……

 時間があれば見つけられただろうが」


 ブレイドは頭を掻いて悔しがっている。


「どうする。ここから先は尾行は難しいぞ。

 隠れるところがない」

「ヘッ、たしかにオッサンの図体じゃあな」


 バレるにしてもできる限り後がいい。

 このすぐ先にイデアの部屋のアジトや帝国への神の通り道があるとは限らない。

 核心にたどり着けなくては関係者を捕まえたところで意味がない。


「おあつらえ向きの道具があるよ」


 とエステリアが手を振りかざす。

 が、何も持っていない。


「フザケてんのか? テメエ?」

「フザケてないよ!

 これは光の御簾(ウルネイト)っていう道具でこれをかざした生き物を隠す効果があるの!

 ほら!」


 エステリアの言うとおり、かざされたブレイドの姿が見えなくなった。

 ベルグリンダが使っていた魔術と同様の効果を持つのか。

 エステリアが突然消えて瞬間移動したように見えたのもこの道具のせいか。


「で、どういう欠陥があるんじゃ?」

「おばあちゃん……アタシの道具を何だと思ってるの……

 まあ、ちょっと魔力消費がヤバイってのはたしかだけど。

 常時展開しておくとなるとアタシでも3分が限界かな……」

「やっぱ欠陥品じゃねえか」


 落胆するブレイドの横を通り抜けてフローシアが光の御簾(ウルネイト)を掴む。


「まったく。こんなもんがあるならば最初から出せと言うに」


 フローシアはそういって、魔術繊維で光の御簾(ウルネイト)と自身の手首を括り付けた。


「魔力消費が高いのは伝達した魔力を垂れ流しておるからじゃ。

 使用者の魔術回路とつなげて循環させてやればちっとはマシになる」

「あ、なるほどー」

「これならば妾の魔力でも十分使える。

 さて、小僧どもを見失わないうちに追うぞ」



 そうやって生徒たちを尾行した僕たちはついにイデアの部屋の魔術工房にたどり着いた。

 カレルレンと呼ばれる男が生徒たちを出迎えると、同時に僕たちの方を見た。

 それはまるで全てを見通すような目で、


「――だが……後ろの連中とはあまり関わり合いたくないね

 まさか、ここを嗅ぎつけられるとはね。

 まあ、学院長がすり替わっていた時点で嫌な予感はしていたが」


 マズイ、気づかれている。


「フローシア! 接続を――」


 僕の言葉が届くよりも前に、光の御簾(ウルネイト)は分解されてしまった。


「君たちには驚かされる。

 まさか本当にここまでたどり着けるとは。

 賞賛の意味を込めて再びお迎えしよう……

 ようこそ! イデアの部屋へ!」


 カレルレンは演劇の役者のような大げさな素振りで僕たちを出迎えた。





「今まで散々コソコソ隠れまわって何がようこそだ。

 テメエらの企みもここで終わりだよ、大根役者」


 ブレイドが腰の剣に手をかける。


「野蛮だな。私を殺して君たちの目的が達成されるのかい?

 いや、そうじゃない。

 君たちは私の頭の中にあることを知りたくてここに来た。

 そうだろう?」


 こめかみを指で押さえるカレルレン。

 ブレイドは舌打ちをして唾を吐き捨てる。


「そのとおりだ。

 貴様らがやってきたこと、やろうとしていること。

 それらは人類を害する行為だ。

 人類の叡智とも呼べる魔術研究を極めんとする者が何故、そのような結論に至ったのか……

 聞かせてもらおうか」


 イスカリオスはカレルレンを威圧するが、柳に風といった様子で動じないカレルレンは涼やかな笑みを浮かべる。


「ジョルジュ、アスラン。

 悪いが、少し待っていてくれ。

 彼らの歓待を先に済ませねばならんのでな」


 不安そうに見つめる生徒たちをあやすように語りかけるカレルレン。

 生徒たちは戸惑いながらもゆっくり頷いた。



 カレルレンに連れられて僕たちは工房の奥にある扉から、さらにこの施設の奥にと誘われる。


「いったいどこまで連れて行くつもり?

 魔王に地を歩かせるなんて不敬だよ」

「もう魔王とは呼ばないだろう。

 ユークリッド族の抹殺、アイゼンブルグの防衛。

 君は失敗続きだ。

 ペーシス卿が許すわけがない」


 エステリアは口をへの字に曲げながら、


「もうコイツ、ヤっちゃわない?」


 と、小声で呼びかけてきたが無視する。


「言葉で聞かせるよりも実際に見てもらったほうが分かり良いからな。

 高尚な思想というものは言の葉に乗せるのではなく、自ら手を動かして作り上げたもので語るからこそ真足り得るのだ」

「そいつはぜひ見せていただきたいね。

 同族殺しを正当化する高尚な思想の産物とやらを」


 陶酔気味のカレルレンに対してブレイドは冷水を浴びせるかのように皮肉めいた口調になる。

 他の皆が口々に喋っている間、僕は周囲の警戒をしている。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【◆マリオ】

『絶対に気を緩めちゃダメだ。

 そのカレルレンとかいうヤツ胡散臭すぎる』


【◆オジギソウ】

『顔は素晴らしく良いけど信用しちゃいけない顔をしているね。

 魔王や将軍みたいな強者に囲まれているのに余裕ぶっているのも気に食わない』


【◆アニー】

『まー、罠に誘い込もうとしてるんだろうね。

 ミエミエだけど』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 だが乗るしかない。

 この作戦の失敗は帝国の終焉に直結しかねない。

 分の悪い賭けでも、テーブルにつける機会があるなら逃げ出すわけにはいかないんだ。



 今までくぐってきたものよりも頑丈そうな扉の前に僕たちはたどり着いた。

 扉には魔法陣が何重にも描かれており、施錠や耐久性の強化の役目を果たしているのだと思う。

 カレルレンはその魔法陣に手をやって長い詠唱を紡ぐ。


 扉が開いた。

 その場所は約100メートル四方の広さと20メートル近い高さのある広大な空間だった。

 何も置かれておらず、誰もいない。

 空き箱の中に放り込まれた印象を受ける。

 その部屋の中腹にたどり着いたところでカレルレンは足を止める。


「あちらの扉の向こうに私の見せたいものはある。

 だが、これは他国には知られたくない代物でね。

 フローシア嬢と……そこのホムンクルス。

 それ以外は立ち入らないでいただきたい」


 カレルレンの言葉にブレイドは眉を吊り上げる。


「無駄歩きさせるのがテメエなりの歓待か?」

「まさか。ちゃんと君たちをもてなす用意もできているよ」


 カレルレンが指を弾くと、天井に大きな穴ができて、そこからたくさんの人影が降り注いできた。

 かなりの高度だと言うのに人影は落下死すること無く着陸していく。

 そして、僕たちを取り囲んだ。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『敵数……175体!』


【転生しても名無し】

『相変わらずすげえな! 野鳥の会!』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 敵……か。そうなんだろうな。

 降りてきた人影は皆、同じ顔をしている。

 しかも、これと言った特徴がなく、また男か女かも区別がつきにくい。

 だが、全身を覆う鎧と手に携えた剣。

 これが兵士だということは分かる。



「いらっしゃい、実験体の諸君」


 しわがれた声に僕らの視線は引き寄せられる。

 一体のホムンクルスに小さな老人が背負われている。


「ハイム! 貴様、生きとったのか!」

「ええ。相変わらず愛らしいですな、フローシア殿。

 定命の身なれば貴方の若々しさは目に眩しすぎますわい」


 フローシアは驚いた様子でハイムという老人を見つめている。


「知り合いか?」

「ああ……30年ほど前にちょっとな」

「ちょっと? つれないですな。

 同じ工房で幾晩も寝泊まりしながら共に研究をした仲ではないですか」


 30年前……アーサー(ファースト・ワン)が誕生した時期……


「ホムンクルスの開発者か」


 僕の言葉にハイムは嬉しそうに手をたたき、床に降りる。


「壊れかけのポンコツのくせに思考回路は冴えておるの。

 記憶と現状を結びつける論理的解析。

 これを可能とするまでには並々ならぬ苦労があったものじゃよ」


 ハイムの言葉にブレイドが反応する。


「壊れかけのポンコツ?

 それはテメエの事を言ってるのか?

 それともそこの済ましヅラした大根役者のことか?

 ああ、そいつはとっくに壊れているんだっけか?」

「カカ……自身の侮辱に対して怒ってくれる友を持つほどに人間関係を構築するとは。

 想定外の結果じゃな。

 生みの親として子の成長は嬉しいものだのう」


 生みの親……か。

 間接的ではあるがこの老人とフローシアが僕の両親のようなものとなるのか。



▽*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:▽

【転生しても名無し】

『気持ち悪いこと言うな!

 それじゃあこの妖怪爺とフローシアさんが夫婦みたいになるじゃねえか!』


【転生しても名無し】

『研究室暮らしでフローシアさんと寝泊まり……

 裏山死刑だこの野郎』

△*+*+:*+*+:*+*+:*+*+:△



 軽口に軽口を被せられた。

 人間関係の構築どころか脳内で妖精たちとやり取りしていると知ったらこの老人はどんな反応をするのだろうか。


「あなたには聞きたいことが山ほどある。

 アセンション計画とは実在するのか?

 その遂行のために帝国の民を実験体にしようとしているのか?

 僕たちホムンクルスは……その過程に作られたのか!?」


 思わず語気が強くなってしまう。

 ホムンクルスは人類を守るために作られた、戦争を代行する兵器。

 そのことを悲観するつもりはない。

 きっかけはどうあれ生を受けることができたのは、その理念によるものだから。


 だが、多くの人類の命を贄とする計画のために作られたのであれば話は別だ。

 僕の育った感情はそれを良しとすることはできない。


「その3つの質問に対する答えは……大まかにそのとおりだと言っておこう。

 補足は我らが指導者カレルレン、貴殿に任せるよ」

「ええ、マスター・ハイム。

 さあ、行こうか。

 フローシア嬢、ホムンクルス。

 君たちには周りの連中は手を出さない。

 そのように設定している」


 カレルレンがホムンクルスの間を通って奥の扉に向かう。


「おもてなし、ということだが秒で平らげちまっても問題ねえだろ」


 ブレイドが剣を鞘から抜こうとする――が、一体のホムンクルスが瞬時にブレイドに飛びかかり、剣を振り下ろした。


「うおっ!?」


 かろうじて抜きかけの剣の刃で斬撃を受け止めるブレイド。

 舌打ちをして蹴り技で反撃するが、肘で止められる。


「なんだ!? このホムンクルス!?

 同胞を食らったっていう三人娘よりも遥かに強えじゃねえか!!」


 ブレイドの悲鳴のような叫び声にエステリアとイスカリオスも武器を構える。


「第10世代、アスラエルモデル。

 局地戦闘に最適化された最強の戦闘用ホムンクルスじゃ。

 エステリア卿、そなたの屍兵装ラザロにはいいインスピレーションを受けた。

 人工とはいえ生物であるホムンクルスを強化していくにはそのスペックを高める工夫を地道にしなければならないと思っていたが……」


 ハイムは肩を震わせて笑いをこらえながら言い放つ。


「なんてことはない!

 所詮、人の殻をかぶった人形!

 死体と変わらぬ!

 生物的な維持装置や思考回路を限界まで取り払い、局地戦専用に限界まで戦闘効率を上げていけば超越者にも匹敵する戦闘力を備えられる!

 さすがは魔族、発想が悪魔的だ!」


 笑うハイムにエステリアが怒鳴り返す。


「ふざけるな! そんなものアタシの作品じゃないんだから!

 屍兵装ラザロだって元々は負傷で動かなくなったり、欠損した手足を使えるようにするための道具だったのに勝手に傀儡生成の道具に作り変えてぇっ!」

「結果、戦力にはなったじゃろ?

 無駄死にした死体も最新の魔術研究の実験体になれたならばあの世で笑っておるわい」


 ニマニマと気味の悪い笑みを浮かべるハイム。

 だが、それが目に入らなくなるほど僕は背後から物凄い殺気を感じて振り返る。


「無駄死に? それはソーエンの兵と……兄上のことを指しておるのか?」


 憤怒に顔をひきつらせるイスカリオス。

 魔力が全身から漏れ出し、業火のように体を包んでいる。


「無駄死にじゃろう。

 死地に飛び込んで何の成果もなさず命を散らし、あまつさえ敵に利用される。

 ワシのホムンクルスがそんなことになったら机を叩いて悔しがるわい」


 ハイムの煽るような言葉に、イスカリオスは大きく息を吸い込む。

 その様子を見たブレイドが慌てて声を発する。


「クルス! ババア!

 お前らはそこの大根役者について行け!」

「しかし……」

「最初の目的を優先しろ!!

 それがデキるくらい冷静なのはお前とババアだけなんだよ!!」


 ブレイドの言葉の意味を考える――たしかに。

 エステリアもブレイドもイスカリオスも怒りに燃えている。

 自分の研究、同胞、家族の尊厳を踏みにじられた怒りに。


 作戦目的の達成のためにも、無理に止めるより感情に任せて動いてもらったほうが効果的だ。


「兄上の死は無駄ではない!!

 我が剣に滑る怒りの炎となりて貴様らを焼き尽くす!!」


 吠えるイスカリオスは剣に魔力を込める。


「ハイム、アンタはアタシが殺すまでも値しない。

 ケド、アンタの理想も信念も魂も踏みにじってアゲル!

 全部失ってゴミ同然になって……死ネッ!!」


 エステリアは虚空から数多の武器を出現させる。


「ほらよっと!」


 ブレイドはアスラエルと呼ばれるホムンクルスを切り倒した。


「超越者レベルねえ……

 どうやらテメエらは人間の強さっていうのがどういうものか、根本的に分かっていねえみたいだな。

 来世ではソーエンに留学することをオススメするぜ!」


 魔族の中でも最上級の力を誇る魔王エステリア。

 人類最強の名高い常勝将軍イスカリオス。

 そして、彼らに匹敵する力を持つブレイド。


 この世界で最強とされる3人だ。

 何を危惧することがあるだろうか。


 僕はフローシアを抱き上げて、カレルレンを追う。


「おい! 年寄り扱いするな!

 自分の足で――」

「魔術回路を欠損しているだろう。

 無理はするな」


 光の御簾(ウルネイト)と直接接続していたフローシアの魔術回路はその破壊によってダメージが伝達されている。

 気取られないようにしていただろうが、僕の魔力感知の前ではごまかせはしない。


「デキた息子を持ったわい……」


 フローシアのつぶやきを飲み込むように僕の後方で戦いの始まりを告げる剣戟と叫び声が響き渡る。

 振り返らずに僕は走る。

 カレルレンの思想とやらの先にそびえるイデアの部屋の野望を打ち砕くために。

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