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第八十一幕 神殿

――……駄目だわ。これにも載ってない。


パタンと手にしていた本を畳むと、私はすぐに目の前の棚へと戻した。

そこに並んでいるのは、ちょっと古ぼけた装丁の本。

それはぎっしりと壁の端から端まで収納されている。


ここにもないとすれば、後はどこかしら?

と、辺りを見回し次なる本を探しはじめた。

どこもかしこも本ばかり。

それもそのはずここは書庫だから。……と言っても城のではない。

ハイヤード城と目と鼻の先――神殿にある、王族以外立ち入る事が出来ない特別な場所。

別に神聖な書庫というわけではなく、精霊を媒介にして鍵が開く仕組みらしく私達以外は入室不可なため、王族というか、精霊の加護を受けてない者は入れないの。


「ねぇ、落ちた精霊関係の書ってやっぱりないかな?」

私は振り返って尋ねた。


あの異変は、西の祠――落ちた精霊・イザラを封じている場所で起こっていた。

ラズリが騎士を引き連れ見に行ったけど、やはり完全には壊されていなかったみたい。

ただ、誰かが封印を解こうとした形跡はあったと。

誰が何のためにわざわざそんな事をしようとしているのか、それを探るため私はイザラが載っている文献を探しにここへやってきたというわけ。


……なんだけど、全く見つからない。


『申し訳ございません。落ちた精霊は、ハイヤードの闇。故に表に出る事は……』

少しだけ下がった所でクリスタルの床に跪いている長い神官服のような衣装を身に纏った女性。

彼女――この神殿を司る精霊は、そう告げると弱弱しく首を横に振る。

体が透けている分、なんだか儚げな印象。

この精霊により、私はこの書庫に入る事が可能になっていた。

ルチル様が眠るこの廟を守護する・リームによって。


「そうだよね。やっぱり、バーズ様の華ノ記解読に任せるしかないのか」

『シルク様。イザラが仮にこの世に復活しても、恐らく力はあまり使えないかもしれません』

「どうして?」

『私達精霊には二通りいるのはご存じですよね? 自然界に生きる者、そして主と契約しその力を媒介にする者』

「うん」

ハイネ達のような魔術師は、自分の魔力以上の魔法を発動させることが出来ない。

その上魔力が底を付いたらそこで終わりで魔法が使えなくなってしまう。

それと同じように、私達も器がありそれに合わせた精霊により術式が組めるの。

ラズリがすごいと言われているのは、同時に二体を使役しているので、それだけでも力が強いということ。つまり器の底知らず。


『闇の精霊イザラはその二通り以外の部類に入ります』

「他?」

『はい。先の大戦……つまり1800年前のあの精霊界と人間界を巻き込んだ忌まわしい戦は、元々の火種は我が主・精霊王と人間の王女との恋でした。ツェルドラード様に恋心を抱いていたイザラが妬み、人間の心の闇に付け込んで戦を起こしたのです』

「それは私も絵物語で知っているわ」

『私達が見える人間は、精霊の血を受け継ぐ加護を受けし者だけ。でもあの戦で人間を指揮し戦を起こしたのはイザラです。どうして人間に彼女が見えたのか。それは彼女が人間だったからなのですよ』

「え? ちょっと待って。どういうこと?」

イザラは闇の精霊のはず。

それなのに人間って……


たしかにハイヤードの王族は精霊が見える。

それは精霊王と私達の祖先――つまりルチル様が結ばれた事によってだ。

その以前の王族達は加護を受けてないので、見るはずがない。

ルチル様が精霊の姿を視る事が出来るのは、精霊王に貰った指輪によるものだし。


『イザラは人間――死者の体に憑依したのです』

「死者……」

『はい。私は先の大戦で王の傍で戦いました。ですから、しかとこの目で。

イザラが狙ったのは、最初はルチル様の体だったのです。愚かな事に、ルチル様を殺害しその体を乗っ取り我が主の愛を乞おうと』

「もしかして、それって神殿に眠るルチル様の遺体と関係ある?」

この神殿は元々廟だ。

精霊王に愛されし王女・ルチル様が眠っている。

神殿を形成するクリスタルと同じ物質に包まれ、まるで眠っているかのように――


『あの頃はまだ火葬では無かったので、万が一イザラが復活しルチル様のお体を利用される事を懸念した主により、クリスタルに覆われ誰にも害されないようになされたのです』

「そう。ありがとう。書籍は見つからなかったけど、リームにお話しを聞けてよかったわ。早速バーズ様とラズリにお伝えするね」

収穫ゼロかと思ったけど、これは重要な情報になるはず。

私はほっと一安心したけど、再度気を引き締めた。

だってここ敵地。神殿は私にとって鬼門。


『いいえ。御身お気をつけ下さい』

「うん。気をつけるわ。またね、リーム」

私は手を振り、扉を開け書庫を出たところすぐに声をかけられてしまった。


「収穫無しか?」

それはシドだった。すぐ真正面の壁に背を預けている。

その周辺には、大勢の騎士達が。

正確な人数はわからないが、15~20人ぐらいはいるだろう。

私に敵意むき出しの神官達がいる領域に、さすがに少人数の護衛で向かうのは心もとない。

本来なら訪れることなどしたくなかったが、緊急事態なので致し方なかった。


「ううん。でもリームにお話し聞けたから収穫ありよ」

「そうか、良かったな」

こちらに来ると、シドは私の頭を撫でた。


「どれ。ならさっさと帰るぞ」

「うん」

シドは私の返事を聞くと、他の騎士達に目配せた。

その後すぐに彼らは私達を囲むように配置に付くと神殿の出口へと誘導していく。

これから書庫がある部屋から右へ進み何か所か部屋を越え、ルチル様が眠る神殿の丁度中央。そこをめざす。

そこからだと出口はすぐ傍だ。


長ったらしい廊下を歩き、私達がそこへ向かっていると正面から誰かがこちらに駆け寄ってくるのが見えた。

真っ白い神官服を目に捕え、私はとっさに腰に下げていたマギアへと手が伸びかけたが、

シドにその手を押さえられ「大丈夫だ」と告げられてしまう。


「あれは、ニィルだ」

「ニィル? ……あ、本当だ」

よく見れば、たしかにそうだった。

丸眼鏡に若草色の髪を揺らした見知った顔。


「良かった。終わったのですね。もうすぐ大神官様達がこちらに戻ってきますので、お伝えに向かう所だったんですよ」

息を切らせながら脇腹に手を当てている神官。

彼はニィルと言って、ラズリに絶大なる信頼を寄せている青年の一人。


私がハイヤードに居なかった数年間で、神殿も変化を遂げていたらしい。

話を聞けば、派閥争いが起こっていたんだって。

大神官達が率いる一派と、そのやり方に反発する一派。


精霊信仰国の神官と言っても、内部は黒く独裁的らしい。

大神官達一部だけで全てを執り行い、他の者達は意見を聞いて貰えないそうだ。

てっきり全員敵かと思っていたら、私の幽閉話も反対者が多数居たんだって。

でもその意見は大神官達に消された。

そういう事もあって元々不満を持っていた者達は、力関係を変えるチャンスを伺って活動していたらしい。

それに手を貸しているのが、ラズリ。

そのため今回の件もラズリが橋渡しをしてくれたから協力的なんだ。


ニィルを始め、「ラズリ様のお願いなら必ず」「ラズリ様の大切な方は僕らにとっても大切な方」等とみんな私にも良くしてくれている。

その様子を見た騎士達が、「……絶対あの鬼畜王子に騙されている」「最初はあのカリスマ性で崇拝しちゃうんだよな。最初は」とか色々言っていたけど。







「――……え? 来客?」

城へと戻ると、メイドより来客を告げる知らせがあった。

今はラピス様が対応して下さっているそう。お話を伺えば、どうやらラピス様の古いご友人なんだって。

その方がなぜ私に会いに来たのか、さっぱり。

待たせるわけにはいかないと、急いでドレスに着替えメイクをして貰い応接の間へと向かった。


赤い2枚開きの扉。

その扉を守るように槍を持っている警護の騎士達に挨拶をすれば彼らが扉をノックをしてくれた。

そして「シルク様がいらっしゃいました」と告げてくれた。

中からラピス様の「どうぞ」と言う入室許可を頂き、私は開けて貰った扉の中へと足を進める。


「私にお客様と伺ったのですが……?」

中にはラピス様と対面するように座っている女性が見えた。

この方以外他に人が見当たらないので来客はこの方なのだろう。

でも、全然知らない人なんだよね。


年はラピス様と一緒ぐらいの品の良さそうなご婦人。

だけど、なんだか線が細く儚さも含んでいる。

なんだか、風が吹いたら消えてしまいそうな危うさ。


「貴方がシルク様?」

こちらにゆっくりと足を進めてきた来客に私は礼を取り、顔を上げて心臓が一度だけ大きく飛んだ。

だってその方の瞳が、今ゴシップ記事を騒がせているどっかの誰かさんと一緒だったから――









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