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第七十九幕 精霊王の涙

私がハイヤードに帰国し、早くて三か月半が経過している。

部屋も以前の私室を使わせて貰っているけど、その部屋はもうすっかりあの頃とは変わっていた。

なんだか以前と同じ部屋というよりは別室。

壁紙も寝具も机も全て私好みのインテリア。


アカデミーの卒業間近に私が帰国すると思って、ラズリ達が準備してくれていたんだって。

なのでありがたく使わせて貰っている。


最初はなかなか姫生活には慣れなかった。

だってメイドにやって貰うより、つい自分で動いてしまうし。

でもラズリに「メイドの仕事取ってはいけませんよ」と言われて、今はお茶とかでもちゃんとお願いしている。

私付のメイドはラズリが厳選して選んだ人達ばかりみたい。

だからなのか、私を見ても何事もないようにしてくれているのが嬉しい。


生活は今の所問題ないんだけど、ただ、気味が悪いのは神殿側だ。

何も言ってこない。

あれだけ私の事を忌み嫌っていたのに――


一体、あの連中は何を考えているのだろうか?

静まり返った平穏が今は怖い……


「――姉上?」

「え?」

その声を合図にぷつりと映像が切れたように、頭の中で考えていた事が一瞬にして消えた。

弾かれたようにそちらへ顔を上げれば、眉を下げた弟――ラズリの姿があった。

手にはナイフとフォークを持ち、その前には湯気が立っている魚のムニエルやパン、それからサラダなどの数種類の料理が並んでいる。


あぁ、そうだった。昼食中だったっけ――


「お姉様……?」

思考の世界から現実に戻されたため視野が広がり、ラズリの隣に座るその妻・ユリシアも見えた。

ユリシアは、女の子の欲しい物を全て集めたような可憐で可愛い。

ギルアに次ぐ大国のお姫様で、誘拐されかかった所を私とシド達が助けたのが縁でラズリと出会ったの。

なんだか絵物語のような出会い方で運命的でいいな~って思う。


「どうしたのじゃ?」

「シルク、大丈夫?」

と今度は左側から声をかけてきたのは、私の隣に座る母様――ラピス様。

そしてそれらを全て視界に入れる事が出来る長方形のテーブルの一番奥へと座っているバーズ様。

みんなラズリと同じように心配そうな顔をしている。


「ううん。なんでもないの」

ここで正直に話してしまえば、きっと不安にさせてしまう。

こんな感情は私だけで十分だ。みんなにまで広げる事はないのだから。

そうだ、きっとこのまま過ごせるはず。心配する必要はない。


「ねぇ、それより精霊王の婚姻承認の儀式って日取り決まった?」

咄嗟に話を逸らし、彼らの興味をそちらに惹く。

今回の帰国は私達家族が一緒に過ごすためであること、それから各種儀式のためなんだけど、

実はその肝心の儀式が白紙のままなの。


バーズ様に伺っても「ちょっと今忙しい」とはぐらかされてしまい、なかなか予定通りには行ってない。

一応念のためにラズリに聞いたら、いろいろとイベントが立て込んでいて日取りがなかなか決められないと。吉日選ばなければならないし、調整が難しいんだって。


「申し訳ございません、姉上。まだです。僕も姉上の憂いを払って差し上げたいのですが、こればかりは……」

「そっか。やっぱり予定不透明かぁ。リクが迎えに来てくれるまで間に合いそうにないね……」

「そうですね、もしかしたら間に合わないかもしれません。ですが、大丈夫ですよ。姉上。本当に姉上の事が好きなら、他の女性に目もくれずに何年も待っていてくれますから」

優しいラズリの微笑むに頷きかけた瞬間、幾つもの金属音がメロディを奏でた。


――カチャン、ガシャン、ガンッ


「ええっ!?」

私は目を見開きそれらを視界に入れる。

それは私とラズリ以外がナイフやらフォークやらを皿や床に落とした音だった。

みんな引き攣った顔で、ただラズリを凝視。

そんな様子を控えているメイド達は怪訝そうな顔で見ているし、護衛の騎士達に関しては目をひん剥いているし。


「ラ、ラズリ様……? 何かそんなに機嫌が良くなるような事があったのでしょうか?」

「いいえ。いたって普通ですよ?」

「でもラズリ。貴方の言動は可笑しいわよ。異常よ。奇怪な事だわ」

ユリシアに次いで、ラピス様の言葉。


「ちょっとラズリ。君、どうしちゃったの? あの馬の骨をフォローするなんて。明日、雪でも降るんじゃないの~」

新しいナイフを貰い、バーズ様が肉を切り口に含んだ。

さすが国王。このような明らかに周りの空気が可笑しい状況でも食事を出来る心の持ち主だとは。

やはりいろいろな物事を乗り越えているだけはあるわ。


「心外ですね、父上。僕の事をどんな風に思っていたのですか? リクイヤード王子は姉上を思っているから、希少価値のある虹の石を結婚指輪にされたんですよ」

「え!? ちょっと待って。もしかして君にはシルクがいつもつけている指輪が虹の石に見せるわけ?」

「そうですが。違いますか?」

「たしかに一見虹の石じゃが、よく見てみるが良い。石が波紋を広げるようにグラデーションになっている。これは『精霊王の涙』というハイヤードに縁がある石なんだよ。なんでも持ち主を一度だけ守るという伝説があるぐらいで守り石の一種だ。元々の由来は、かの精霊王が王妃の死を嘆いた時に流した涙。それが石になったとされておる。その石が砕け、五つの大陸に飛んでいったという伝説じゃ。その通りならば、希少価値は虹の石のレベルではないぞ」

「でも、リクは虹の石って……」

「知らなかったんじゃろう。何、まだまだどこの倅も子供よのぅ。わしにとってはひよこじゃひよこ!

しかし、まさかラズリまで見抜けなかったとはのぅ。国王になったらますます繁栄する予定の王子様も本当にたいした事ないではないか! このような事も咄嗟に判断できぬとは笑止。親をそうやすやすとなんて越えられるはずないのだ!」

バーズ様はラズリを見ると、鼻で笑う。

そしてなんだかよくわからないけど、気分がいいらしく鼻歌を歌いながらワインへと手を伸ばした。


――ちょっと言いすぎではないかしら?


私もわからなかったし、宝石鑑定するのが王子の仕事じゃない。

それなのに、バーズ様ったらどうしたのだろうか。

急に鬼の首とったような……


「貴方! 言いすぎですよ」

「何を言っておる、ラピス。それよりもどうだ? わしはまだまだラズリの負けておらぬぞ。

のぅ、お主今度からはちゃんとわしの下でよーく目を凝らしていろいろと吸収するのだ」

「貴方、それ口にした事必ず公開しますよ」

深い嘆息を漏らしたラピス様は頭を抱えた。

そしてなぜか騎士達も。




「遅いなー。バーズ様」

行儀悪く寝具へと転がり、私は重厚な扉を見つめていた。

自室と廊下を繋ぐたった一枚の板。

その扉が開くのをさっきから待っているんだけど、なかなか開かない。

約束の時間はとっくに過ぎているのに。


私の午後からの予定は、バーズ様と一緒に馬で湖まで遠出。

……なんだけど、バーズ様が来る気配がゼロ。

もしかしてお仕事忙しいのかしら?


「姫様。おそらく中止かと」

「俺もそう思う。あの食堂の一件からすれば、やっぱさぁ。姫様の前だとウサギだけど、実は狼どころか竜だし。今頃全力で後悔中だろうな、バーズ様」

私が転がっている場所から少し離れた場所にいる護衛の騎士は、そう口にするとなんとも言えない顔をした。

国に戻るとまず一つ約束させられた事がある。

それは必ず騎士に護衛させるという事。

私はマギアがあるから大丈夫って言ったんだけど……

そのため常時四人の騎士達が私を守ってくれていた。

今は室内に二人だけど、外にも二人控えているわ。


早く来ないかなーと、私がわくわくして待っていたその扉は開かれた。数分後に。

しかも入室してきたのは、バーズ様ではなかった。


「――申し訳ございません。準備に手間取りまして。お迎えに上がりました、姉上」

「あれ? 私、ラズリと約束していたっけ?」

現れたのは、弟のラズリだったのだ。


「いいえ。実は父上は仕事が多忙なため、急遽僕が代わりになったのです」

「そうなの? お仕事大変なのね。何か手伝える事があればいいのだけれども」

「あぁ、姉上はなんてお優しい。ですが大丈夫ですよ。なんせ優秀な父上なので」

優秀の部分を強めに主張されたのは何故だろうか。

いつものにこやかな笑みのままだから、別に意図はないのかもしれないけど……

なんだかもやもやとした気持ちになったが、私はそれを流す事にした。

ラズリが意地悪でそんな事言うわけないしね。






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