間幕 シスコンよりプレゼント
シルクが実家に帰って、数か月が経過した。
あいつがここへ来る前の生活に戻っただけなのに、不足感ばかりが日々募っていく。
仕事をしていても何をしていても、あいつの影を探してしまう。
今だってそうだ。執務に疲れ、お茶を持ってこさせるためにベルを鳴らしただけなのに、あいつの事を思い出してしまった。
最近やっと慣れてあいつの名前を呼ばなくなったというのに……
『言われるまでも無く重傷ですね』
『恋の病は私が処方した薬も効きません』
何度ササラ達にからかわれただろうか。
長い長すぎる。1年経てばあいつが手に入るのに、我慢出来るがわからない。
ハイヤードに行って掻っ攫いたいぐらいだ。
だが、あのシスコンがシルクと俺の結婚を考えると妥協するしかない。
「それにしてもあいつ、手紙の返事ぐらい寄越せっていうの……」
ベルを執務机上に放り投げると、俺は椅子に深く体を埋めた。
シルクの奴手紙を出すって言ったくせに、一つも寄越してこない。
その上、俺から手紙を周一で出しているのに一度も返事を寄越さない様だ。
手紙を出せないほど忙しいのかもしれないが、少しはこっちの事も思い出せって。
「……俺だって不安のなるだろうが」
嘆息すると瞳を閉じた。
恋愛ってこんな風になるのか。
今まで恋愛で嫉妬したり不安になったりしている連中を「他人如きのために……」と冷めた目で見ていたが、今なら全力でそいつらを励ます。そして俺も全力で励まして貰いたい。
シルクは可愛いから厄介なんだ。だからただでさえ他の男に狙われているから尚更な。
しかも自分がモテる事をわかってない! 仕事に関しては真面目なくせに、自分の事となるとからっきし抜けている。
あー、でもあの弟がいる限りそれは問題ないか。
きっとあらゆる手段で近づいている男達を蹴散らすだろう。
そう考えた時、ふと頭の中に過ぎった。あのシスコンの勝ち誇った顔が。
――……まさかあのシスコン、俺の手紙自分の所で止めてないだろうな?
「やりそうだな、あのシスコンなら」
あのシスコンがシルク宛ての手紙を検閲するかは知らないが、おそらく差出人は全て把握しているだろう。そして不必要な手紙はあっさりと処分。
仮にシルクが俺宛てに手紙を送ったら、あいつならどうする?
……絶対に燃やすな。跡形もなく。あのシスコン、氷と炎の精霊の加護受けているし。
それだけじゃない。それを利用し恐らく何か仕掛けてくる。俺にとって不利な状況を。
用心しなければならないなと、気を引き締めた所でノック音が耳に届いた。
誰だ? と思いながら俺は返事をし室内へと促す。
ありえない事に、ここでもまたシルクの事が頭に浮かんでしまう。
「リクイヤード。お前に荷物が届いているよ」
「なんだ、親父か……」
「ちょっと何だとは酷くないかい? せっかく持って来てあげたというのに」
と、入ってきたのはこの国の国王であり、俺の父親でもあるバルトだった。
荷物というのはおそらく手に所有しているものだろう。
それは人の子がすっぽりと入るぐらいの大きさの箱だ。
「どっからだ?」
「ハイヤード公国」
「シルクかっ!?」
慌てて椅子から身を起こせば、苦笑いをされた。
「いや。残念ながらラズリくんの方」
親父がそれをテーブルに置くのを、俺は引き攣った顔で見ていた。
あのシスコンから俺に贈り物だと?
絶対に碌なものではない。
「中身は?」
俺や親父宛ての荷物や手紙は大抵検閲が入る。万が一の時に備えてだ。
そのためもうすでに中身がわかっているということになる。
「花束だよ」
「花ぁ?」
「そう。キリグスっていう名前の花」
「そんな花聞いたことないな」
「そうだね。これは主に東の地方原産だから、ギルアでは聞き慣れないだろうね」
「随分詳しいな。まぁ、いいけど」
箱の中をのぞき込めば、たしかに花だった。しかも大量。
一瞬かすみ草か? と思うような形だが、花弁が薔薇の棘のように尖っている。
それらが黄色いリボンで結ばれ、花束になっていた。
ドライフラワーに加工されているせいか、生花とはまた違った深い香りが鼻を撫でつける。
こういうのは寝る時によさそうだな。シルクが使っていたラベンダーのサシェみたいに。
……またシルクを思い出してしまった。どうするんだよ、また会いたくなったじゃないか。
「それ香り袋にしてもいいんだよ。なんでも安眠効果あるとか。
それにハーブの一種だからお茶としても利用できるからいろいろ用途あるんだ」
「この花に詳しいのか?」
「あー……昔、君のような若い頃に――アカデミー在学中に色々な人に大量に送られたからね。
手紙と一緒に。その時、バーズがせっかく貰ったのに勿体ないと活用方法教えてくれたんだ。
ほら、バーズって植物学の専門家だったからいろいろ知識はあるんだよ」
「なんだ、なら普通に贈り物か」
あのシスコン弟の事だから何か裏があると思ったが……
「それがそうとも言えないんだよね……」
乾いた笑いを浮かべ、若干憂いを帯びている父親に俺は眉を顰めた。
「なんだよ、歯切れ悪い言い方するな」
「キリグスを乾燥させ、黄色いリボンで結び相手に渡す。それらの一連の行動に意味があるんだ」
「はっきり言ってくれ。まどろっこしい」
「……じゃあ言うよ? それ、精霊信仰派達の間で縁切りって呼ばれているやつ。つまり、それを送られた相手は差出人から縁を切りたいと思われているぐらいに嫌われているって事」
「これはあのシスコンの陰険な嫌がらせかっ!! ……というか、色々な奴から貰ったって親父は何をしたんだ!?」
「恋って移ろいゆくものだからこそ、儚くて愛しいものだよね」
「……女か」
「若かったんだ。あの頃は。それに君だって似たような者じゃないか。親子だね」
「一緒にするな! 俺はシルクだけだ!」
ポンと肩に置かれた手を払うと、テーブルの上に置かれた箱を親父に突き返した。
「でも気をつけなよ? 嫉妬の先が自分に向かうのは構わない。それが愛する女性に向かう
事もあるんだ。アゼリアのように」
アゼリア。その名前を久し振りに聞いた気がする。
俺の母上の名。
数年前より病気療養のため離れた屋敷で暮らしているが、それは名目上。
本当は逃げたのだ。この嫉妬渦巻く世界から――
「だったらもう少し母上を気遣って差し上げたらどうなんだ」
「仕方ないよ。性分なんだから。きっとこのままだろうね。アゼリアもそれがわかるから離れたんだよ。
それに楽しくあっちでやっているそうだ。今度一緒に行かないかい? シルクちゃんの事話さないと」
「そうだな」
「あぁ。でもまず嫁に来て貰う方が先か。こんなに大量の縁切り花プレゼントされるぐらいだし」
「……言うな」
あのシスコンめ! 離れてもこんな地味な嫌がらせするのか。
やっぱり絶対に何か仕掛けてくるぞ。用心しないとな。
――その一か月後。俺は警戒していたのに、「やっちゃいましたね」とササラ達に新聞片手に執務室へと押し寄せられる状況に追い込まれる事となる。