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第七十八幕 お別れと約束

馬車の窓からは見慣れた町がだんだんと遠ざかっていく。

ササラさん達と一緒に呑み会をしたお店や、リクと一緒に買い物をしたお店……

ギルアに来て数ヶ月。とても1日では回れないぐらいに広い城下町。

訪れる度に観光気分だったのに、いつの間にか生活の一部となっていた。


「寂しいですか?」

「……うん。でもみんな最後に見送りに来てくれたし、また会えると思うから」

私は反対側に座っているラズリを見ること無く答えた。

ゆらゆらと揺られ、馬車は賑やかな人通りを駆け抜けていく。


三日間はあっという間に過ぎ、私はつい数刻前ササラさん達やバルト様、それからお爺ちゃん達が見送ってもらいハイヤードへと出発した。

ギルアではいろいろあったけど、人に恵まれたなってつくづく思う。

仕事も学ぶ事が多々出来た。メイド長は怖かったけど、その分自分の力がついたし。

やっぱりメイドというのは奥が深い。出来る事ならもう少し働きたかった。


お別れも言ったし、お土産も買った。

それなのに私の中で心残りがある。


それはリクのことだ――


リクは私の見送りに来てくれなかった。前日には見送りに来てくれるって言っていたのに。

もしかしたら時間を間違えたのかもしれない。

でも、お別れを惜しむ時間が長すぎて予定より時間が押してしまっていたので、呼びに行くことも出来ずにそのままお別れに。


最後に一目でも会いたかったな……

だってしばらく顔を見る事が出来ないんだよ? 


「ほんとリクのバカ……」

ぽつりと本音を漏らした時だった。

馬の鳴き声と従者の悲鳴と共に車内が大きく揺れ動き、私はバランスを崩し正面に座っているラズリへと倒れ込んでしまう。幸いな事にラズリが受け止めてくれたので痛みも何もない。


「何事!?」

もしかして神殿側の連中が……と頭をよぎり、顔を上げラズリから体を離す。

それから同じ座席に置いていたマギアに手を伸ばせば、「チッ」と舌打ちのようなものが耳に届いた。


――あれ?

 

今何か舌打ちのようなものが聞こえたような……気のせいだよね。だって車中は私とラズリだけだし。

品性方向なラズリが舌打ちなんてするわけないもん。

私は頭を切り換え、気を引き締めマギアの布を解いた。


「姉上。申し訳ありませんが、ここで待っていて下さい。僕が始末してきますから」

「私も戦えるよ。だから…――って、あれ?」

これは都合の良い幻聴なんだろうか。耳に馴染むとある人の声が聞こえる。

叫ぶように呼ぶ私の名。


――今、シルクって。


念のためにマギアを手中に収め、私は扉を開けて外へと飛び出した。

途中ラズリの強い制止を背に受けたけど、私は構わなかった。

これが幻聴なのか、現実なのかを確かめなければならない。もしかして追いかけてくれたのかもという淡い期待が沸いて出たから。


「本当に居るし!」

私達が乗っている馬車の前方に、通路を邪魔するように白馬に乗った王子様が居た。

どうやらそれで馬が驚き騒ぎ、馬車にあんなに振動が走ったのだろう。

幸いな事に従者も馬も無事だ。ただちょっと馬が興奮しているらしく、従者が落ち着かせているみたい。


「お前は俺に会わずにさっさと自国へと帰るのか!」

リクは私を見るやいなや端正な顔を歪ませ、強い口調で私に対して言葉を放った。

その上から目線に私はコメカミが引くつく。


「どうして私が責められなきゃならないの!? リクが見送りの時間を間違えたのが悪いんじゃん!」

「俺が時間を間違えるはずないだろうが。三時と俺は聞いていたんだ。お前の弟にな! 予定より二時間も早いじゃないか!」

「え? そうなの? なら伝言ミスかなぁ」

「お前の脳味噌はどうなっている!? 明らかに作為的だろうが!」

リクは怒鳴りながら馬を降りると、私の元へと足を進めてくる。

一歩、二歩、三歩と彼が近づくにつれ、私の心臓が高鳴っていく。

険しい顔で近づくので、なんだか逃げ出したくなった。


「あの~?」

なんでそんなに怒っているの? と尋ねようとすれば「黙れ」と一喝され、

がしっと後頭部に手を回された後に唇を塞がれた。

呼吸ごと飲み込まれ意識が遠くなっていくが、「貴様っ!」と言うラズリの怒号にぶつかり、

私は意識を呼び起こす事ができた。


――な、なんて事を!! また人前でキスをしてしまった!


慌ててラズリに弁解をしようと後ろを向こうとしたが、その時に気づいた。

ここ、町中じゃん……

しかも外れとは言え、城下町。ギャラリーと化した市民や、旅人の視線が釘づけだ。

けれどもそんな事にはお構いなしと、私の体はリクにより彼の胸元へと強制的に押しつけられてしまう。


「リク! 人がいるの!」

「他の男なんて見るな」

「いや、違うってば。そうじゃなくて……人が」

「町に人が居ないでどうする?」

リクはそう言うと、雪の様に髪や頬、耳など口づけを降らせてくる。

やがて一通りやって気が済んだのか、髪を梳きながら視線を私の後方――つまり馬車側へと向けた。

そして「おい」と声をかけた。


「お前ら、そのままそいつを押さえつけておけ」

「お辞め下さいませ。これ以上うちの鬼畜シスコン王子を刺激し……――ギャーッ」

騎士達のカラスの鳴き声のような絶叫が地に響き、何か大きなものが次から次へと地面へと落ちる音が耳に届いてくる。

何か荷物でも地面へと落としているのかしら?


「なんだ。数秒しか持たないじゃないか。ハイヤードの騎士も大した事ないな」

「えっ!?」

緩んだ腕に慌てて後ろを振り返ると、剣を抜いたラズリが殺気を放っていたところだった。

そして騎士達はラズリの足元で地面へと伏せっている。

もしかしてさっきのは騎士達……?


「貴様。今、僕の姉上に何をした? あぁ?」

「ちょっと待って。誰!? 誰!? 誰っ!?」

ラズリの声音は今まで聞いたことのないぐらいに、暗く永久の闇のよう。

それに口調が違うんですけど!! 聖人君子が「あぁ?」とドスの聞いた声出さないわ。

しかも表情が!! その辺の盗賊を一人でばっさばっさと切っていっても違和感ない。

あんなに天使の笑顔の虫を殺せないような子なのにーっ。


「は、反抗期とか……?」

「何言っているんですか! 姫様!」

「え、だって……」

倒れ込んでいる騎士達が体を起こしながら怒鳴るので、私は肩を落とした。


「姫様。馬車へ戻られてください。ラズリ様を押し込めたらすぐに出発します。

でないと、怪我人…いえ、死人が出ます。いいですね?」

騎士の鬼気迫る迫力に、私は何度も首を縦に動かす。

なんだかよくわからないけど、ラズリがブチ切れているのは理解できる。

そしてその対象者がリクだという事も。


今のラズリは起き上がった騎士達が再度止めているため、身動きが取れないようだ。

剣を抜いた騎士達と打ち合いをしているため、刃と刃が激しくぶつかり合う音が空気を震わせている。

ラズリってば、昔は剣術さっぱりだったのに随分と上達したのね。関心するわ。


「姫様っ! どうせ剣術上達したな~って思っているのでしょうが、それどころじゃないんですよ!」

「あ、はい!」

物思いにふけっていたら、急かされてしまった。


「リク、もう行くね」

「あぁ。指輪しておけよ?」

「うん。リクもしててね。あと、あとね……う、浮気しないでよ」

そう言ったらリクがきょとんと眼を大きく見開いた。

そして喉で笑うと、私の薬指を触れそのまま手に取ると口づける。


「当たり前だ。お前も俺以外他の男を見るなよ?」

「うん。あっちで手紙書くね」

「あぁ、俺も出す」

「それから……」

話したいことがいっぱいある。でも「姫様ーーーーっ!」という切羽詰った騎士の声に、私は慌てて切り上げ「今行く!」と返事をした。

リクへと手を振り背を向けた瞬間、「シルク」とリクに呼び止められ振り返った。


「ん?」

「お前は俺の物だ。だから他の奴に傷なんか作らせるなよ? 俺が迎えに行くまで無事でいろ」

「もちろん! 約束する」

「絶対だぞ」

「うん」

声高く私は返事をし、私は今度こそリクとお別れをした。



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