第七十六幕 どこぞの馬の骨ごときが
「リノア、本当に姫なの!?」
「ヒメって名前じゃなくて?」
「なんで姫がメイドなんてやっているわけっ!?」
四方八方よりササラさん達に囲まれているため、次から次へと放たれた矢のように質問が飛んでくる。
まるで囲み取材を受けているかのように。
「え、え~と……」
たしかにみんなの言うように私は姫っぽくない。だから今までバレなかったんだろう。
もっと着飾れと言われても、衣服はシンプルな素材とデザインのものを身に纏っているし、露店ではみんなと同じように普通に値切って買い物をしていたもんね。その上、お給料も一部は貯蓄に回していたし。
もうね、地が姫じゃないのかもしれない。
姫生活なんて幽閉される前だけだし、解放後はアカデミーへ入学。
アカデミーではどんな身分でもバイトしてお金稼ぐというのか、アカデミーの方針。
そのためだから、私は一般庶民と同じ感覚。
「リノアは偽名でして、本当はハイヤード公国第一王女・シルクと申します。黙っていて申し訳まりませんでした……」
「ちょっと~。何誤ってるのよ? リノアが謝る必要なんてないでしょうが」
「そうよ。あんたの事だから、何かワケなんでしょ?」
私はその問いに首を縦に振った。
たしかに私が銀の悪魔とバレると問題が多々ある。だから私の正体は黙っていた。
でも、心は晴れない。みんなはそう言ってくれているけど、気にしてしまう――
「ならいいじゃん。ね? あんただって、逆の立場なら同じでしょ。悲しいとか怒るとか、そんな心情になる? 事情があったのだから仕方ないって思うでしょ?」
「はい……」
「だったら、そんなじめじめとした話は終わり~」
正面に居たササラさんはパンパンと拍手をするように手を叩くと、にっこりとほほ笑んでくれた。
「そうそう。じめじめしたのは終了ーっ!! でもさ、これで一安心じゃん。
みんな、リノアとリクイヤード様の身分差結構気になってたんだよ。ね~」
「うん。ほら、なんか煩い貴族とか言ってきそうだし。でも、リノアが姫なら問題ないじゃんか」
「一応身分的に問題は」と返事をしようとしたら、それよりも先に「いいえ」というラズリの否定が耳に入ってきたため、私の視線がラズリへと向かう。
いや、私だけじゃない。見ればササラさん達やリクまでもラズリへと集中させていた。
「姉上の結婚は大問題です。むしろ、問題しかありません」
「どうして? ラズリ」
うちは政略結婚とは無縁だ。そのため、バーズ様もラズリも恋愛結婚。
それに一夫多妻制ではないため、側室などもいない。
国の規模はギルアの方が遥かに大きいし発達しているけど、うちだって精霊の加護を受けようと
昔から他国より縁談が多数あるわ。……ま、私はゼロですけど。
「姉上。僕は姉上の事が何よりも大切なんです。どこぞのわけのわからぬ馬の骨に、そうやすやすと渡すわけには参りません」
にっこりとほほ笑むラズリに、ササラさん達が「え」と呟いたのが聞こえた。
「馬の骨だと……?」
リクはその言葉を受けコメカミに青筋を立てながら、目を細めラズリを睨んで捕えた。
でもそれはラズリの身を強張らせ震え上がらせるほどの威力は所持しておらず、
ラズリは口角を上げ応戦。
「えぇ。貴方の事ですが? ご理解いただけましたか?」
「俺はどっからどう見ても優良物件だろうがっ!!」
唸るリクをラズリは鼻で笑うと優しい笑みを浮かべた。
それは誰もが見惚れるぐらいに天使の笑顔。
あぁ、やっぱりラズリは笑顔が一番素敵ね。なんだか、ほっとするわ。
なぜか騎士達はラズリの笑顔が怖いらしいけど……
「まさか、たかがギルアの王子風情がこの僕の姉上と結婚出来ると? 傍ら痛し。僕の姉上の隣に並べると思っている時点で重度の妄想者です。姉上の隣に並べるような人間なんてこの世にいません。伺いますが、女神の隣に人間の王子が対等に並ぶことが可能ですか?」
「ラ、ラズリっ!?」
さすがに私は戸惑った。焦った。
だって、その例えだと私が女神じゃん。そんなのハードルが高すぎる!!
ラズリってば私の事慕ってくれるのはうれしいけど、時々私が世界中で一番優れた人間みたいに言うのよね。きっと弟だから、色眼鏡でそういう風に思ってくれているのかもしれないけど。
「このシスコンがっ!」
「えぇ、僕はシスコンです。こんなにお綺麗で聡明で知的な姉上がいるならシスコンになるのも必然。
それが何か?」
「何がじゃねぇ! お前、結婚しているんだろ? だったら妻を大事にしろよ。さっさと姉離れしろ!
シルクには俺がいるんだからな」
「姉離れなんて言葉、僕の中には存在してません。それにユリシア……妻も姉上と同等に大切にしています。愛していますから。あぁ、言っておきますけど。ユリシアも姉上の事を慕っていますのでこれも問題ありませんよ。最初僕と結婚してくれると言った時、姉上狙いかと思ったぐらいでして」
「シスコンはもう一人いるのか……」
「というわけで、姉上との結婚は諦めなさい。もし実力行使ならば、受けて立ちます。
えぇ、二度と姉上に近づけないぐらいに叩き潰しますよ。全力で。ですから、姉上ご安心を」
いえ、ラズリ。安心って、安心する要素一つもないよ? これ。
なんで結婚するって話なのに、なんだか不穏な方向に向かっているわけ?
私が嫌がるならともかく、嫌がってないし。
「ラズリ、あのね。私、リクの事が好きだからそんなに心配してくれなくても大丈夫。
それにもう籍は入っているし……」
私のこの発言にササラさん達の「はぁ!?」という悲鳴に近い声が耳をつんざき、びくりと私の体が大きく動いた。
「そういう事だ。本人も了承しているし何の問題がある?」
「な、何をバカな。ハイヤードでは王族の婚姻には国王の承認が……」
少し顔色の悪いラズリは、何か思い当たったのか顔を歪めた。
そして舌打ちをすると、「本当に碌な事をしない人だ!」と忌々しそうに吐き出した。
それは誰に向けた言葉なのかわからないけど、ラズリの舌打ちは初めて聞いたわ。
しかもいつもにこにこしているイメージなのに、今日はすごく感情的ね。
離れている間にラズリもいろいろ経験して大人になったのかしら?
「いい加減諦めろ。シルクはもう俺のだ」
「……わかりました。ですが、一度姉上をハイヤードへ戻して下さい。父上に事実確認を
取る必要もありますし」
「断る。やったら二度とギルアへ戻さないつもりだろ。冗談じゃない」
「貴方は姉上とハイヤードを侮辱するのですか?」
「なんだよ、急に?」
「うちにはうちの仕来りがあるんです。ハイヤードでは嫁入りが決まったら、
精霊王より婚姻の祝福を受けるんですよ。姉上もご存じですよね?」
ラズリの視線を受け、私は頷く。
たしかにラズリの言う通り、ハイヤードでは嫁入りに関して精霊王よりの祝福が
なされないと結婚してはならないという決まりがある。
神殿にて祈りを捧げて精霊王により祝福を受けるんだけど、その祝福が様々。
見たこともない鳥だったり、朝起きると部屋中が花で埋め尽くされていたり……いろいろな怪現象が起こるらしい。
「それに貴方は女性遍歴では悪名高いギルアの第一王子。姉上離れている間に、他の女性に
心変わりするということも考えられますので」
「それは以前の事だ! 余計な事掘り起こすな!」
リクはちらちらとこっちを見ているけど、私が働いている間の女性遍歴は全て知っている。
なぜならゴシップはメイドのお茶の御供だから。
「でしたら、半年。いいえ、1年だけ姉上をハイヤードへ戻して下さい。
おそらくこの件は母上はご存じありませんし。母上も姉上の嫁入り準備をいろいろとお手伝いしたいかと……それに精霊王の祝福を受けねば。そして何より僕達は家族として過ごした
時間があまりに短い。願わくば、姉上の婚姻準備期間だけでも一緒に過ごしたいのです」
「ラズリ……そうだね、一緒に居られたのほとんどなかった……」
「えぇ。幸い今はこちらでの執務に携わってないようですし、やるなら今のうちに」
どうしよう……私が帰国すると、神殿側は煩いはず。ある程度は身を守れるけど……
でも、儀式はしないと……
「駄目だ! 1年なんて長すぎる。半年でも長いというのに」
「あぁ、自身がないんですか。姉上と1年も離れていると、姉上以外の人に目が行ってしまうと?」
「ふざけるな! 俺がシルク以外の女となんてありえない。俺の心も体もシルクだけのものだ。他の誰にもやらない。言うまでもなく、シルクは俺のだ」
リクは私の元へ来ると、私を抱きしめた。
「――だったら貴方が本気だというのを見せて下さい。姉上と離れても想っているという証拠を。
そしたら貴方と姉上の件考えてやってもいい」