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第七十幕 不健康姫登場

「見事なまでに林檎だ。旨そうだ」

そう言って隣に座るリクは笑いをかみ殺しながら頬を撫でてくる。その手が酷く憎らしい。

馬車の振動や馬の蹄の音なんて気にならないぐらいまでに、私の胸が暴れまくってしまっている。

私だけリクに翻弄され余裕がないのが癪に触るので、私はただ「暑いだけだ」という意味合いを持つようにとすぐ傍にある車内の窓を開けた。すると一吹きの風が車内へと吹き抜けていく。


水上橋を渡っているせいか、冷たい風。

それがまた火照った肌をくすぐり丁度よく、私の緊張がほどけた。

きらきらと光を受け輝き広がっている水面の他に、左手に城壁、右側に城下町なんかが見える。

ここまでくれば、もうすぐラッシュアド城だ。


この道中いろいろあった。ありすぎた。

たった数刻の間に、絵物語の本何冊分ですか? というぐらい、馬車の中で甘い蜜月――


お仕事モードになれないから駄目だって言ったのに、この我が儘王子様は!!

しかも車内が二人という事を良い事にあんなに甘い言葉を囁きまくり、その上――……うっ、思い出すの止めよう。また血圧あがりそう。


「この段階でこれだと、これ以上進むとどうなるんだろうな」

人の気も知らないで、リクはまるで鼻歌でも歌っているかのように弾む声を上げた。


どうなるもこうなるもそんな事、容易く想像出来るでしょうが!!

私は無言で立ちあがりもう反対側にある窓を開けた。これだと外から丸見えなので何も出来まい。

さすがにこれ以上は無理。

おそらくほんの数分で城までたどり着くはずだから。


「なぁ、お前はどんな表情を見せるんだろうな。いろいろ楽しみだ」

席に座った私の手をリクが触れ、左肘を窓際につき頬付えをつくような格好で目を細め眺めている。


「ちょっと!! 窓開けているんだけどっ!?」

「たしかに外からは見えるが、車内の隅々までは見ることは不可能だ。

だからキスは出来ないが、こうしてまた触れる事は出来るだろ」

「!?」

しまった!! そういう方向にいってしまうのか!!

あぁ……もうすぐ城に着いてしまうって言うのに、こんな風じゃ顔が作れないわ……


「駄目か?」

「……ずるい」

そんな事言われても首を振れない。

好きな人には触れたいし、触れて欲しい。

でも、お仕事中。私、メイド失格だわ……


「……手、繋ぐだけだからね。その代わりあっちに着いたら絶対に恋人同士みたいな事は一切禁止。

私はメイドに徹しますから」

「相変わらずお前は真面目だな。その件はお前のために了承しよう。だが、言っておくがあまり俺を妬かせるなという前提があるぞ。お前は人に好かれやすいからな。俺はお前の事に関すると世界一器が小さくなるんだ」

「それ、大きいの間違いじゃ……?」

「いや、小さいであっている。お前は妙に人に好意を持たれやすいからな。町を歩けばすぐ男に声かけられ、囲まれてるじゃないか。いいか、気を引き締めてろよ」

「大丈夫。ちゃんとギルアのメイドに名を恥じないように気を引き締めてお仕事するから!」

「いや、そうじゃ――」

「あっ」

リクの言葉は突然あげた私の声で遮られる。

馬車の振動がぴたりと止まり、ふと窓の外を見れば何度か尋ねた事があるラッシュアド城。

どうやらたどり着いたようだ。


「しばらく我慢か」

リクはゆっくりと手を離すと、ふぅっと息を吐き出す。

なんだか離された手が寂しい。

私はただ空になった手を見つめた。予定ではほんの2、3日の滞在だけなのに。

一度与えられたこの温もりを私は離す事はできるのだろうか――

なんでこんなに感傷的な気分になるのかな?

しっかりしなきゃ。お仕事、お仕事。

私は気を引き締めるため、目を閉じ、一度だけ深呼吸をした。


「お待ちください!!」

「え?」

突如として外が騒然とせわしなくなり、私とリクはお互い顔を見合わせ眉を顰める。

初老の男性、それから従者の声やまだ若い男性の声……いろいろな声が耳に届く。


「なんだ?」

「わかんない」

一体、何が……?

リクが扉に手をかけようとした瞬間、不思議な事に自動的に開いてしまう。

そして「リノアっ!!」と私を呼ぶ声が車内へと響く。


え? この声――

その声の主を私の目が認識したため、私は彼女の名を咄嗟に叫んだ。


「カシノっ!?」

それは白衣を身に付けた少女の姿。走ってきたのか、息が上がっている。

カシノは私を見ると、「よかったわ」と呟きその場に崩れ落ちた。


「カシノ、大丈夫!?」

「えぇ、平気よ。ただ、久しぶりに太陽の下を歩いた上に、数日ぶりに走ったから……ちょっと……」

深呼吸しながら、カシノはこちらを見て無理やり笑みを浮かべた。


「姫様っ!!」

「カシノ姫っ!!」

さきほど聞いた声の人達と思われる人達が慌ててやってきて、カシノのすぐ傍でしゃがんだ。

そして脈を測ってたり、タオルで汗を拭いたりと介抱している。

どうやら身につけている衣服から高位の人達みたい。


「ほら言わん事ない。不健康姫なんですから徐々に外に出て下さいと言ったじゃないですか!

しかも走るなんて!!」

「そうでございますよ。これをきっかけにたまには研究室ラボから出て下さいませ。そして

不健康姫という汚名を返上を。爺のお願いでございます」

ふ、不健康姫……

カシノ、そんな風に呼ばれているの?

たしかにカシノ、一旦研究室に入るとなかなか出て来ないけどさ……

だからアカデミーに居た頃は、無理やり外に出していたけど。


「へー。これが噂のカシノ姫か?」

リクは物珍しいものでもみるように、まじまじとその光景を見ていた。




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