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第六十七幕 契約的結婚の条件

誰かの隣にいるのが怖かった。

誰かと家族になるのが嫌だった。

私と関わり合いになると不幸になるから。

だからいつでも逃げられるようにと、クローゼットには最低限の旅支度が整われている鞄がしまわれている。万が一迷惑をかけてしまった時のために。

そんな私が誰かに恋をし、あまつさえ相手も自分を想ってくれるなんて今では信じられない。

夢のような出来事だ――



部屋の隅っこにどんと存在する真っ白い塊。

それからは腕がにょきっとのび、それのすぐ傍に座っている私の左手を握りしめていた。

その腕が身を包んでいる衣装は、厚めの生地に見るからに手の込んだ細工が施されている。


「笑うな」

真っ白い塊こと、布団を頭から被ったリクからはくぐもった声が耳に届く。

いつもとは少し調子が違い、今は掠れた声。

「笑ってないよ」

「いや、絶対笑っているだろ」

「疑り深いなぁ」

とか言いつつも、私は笑いを一生懸命かみ殺している所だった。

それがリクにもわかったのか、「やっぱり笑ってたな!」と怒号が耳に届く。

なんだか怒られているのにすごく満ち足りている気持ちだ。


「ねぇ、いつまでそうしているの? ロイ戻って来ちゃうよ?」

「お前のせいだろうが。お前のせいで感極まって……」

「そうなるのかな。ねぇ、アレを聞いてリクはどう思ったの?」

「俺がどう思ったか、お前は聞かないとわからないのかっ!?」

がばっと布団を捲り、リクはムッとした様子でこちらを睨み付けている。

布団を被っていたので、髪は寝起きのようにボサボサ。

そして目がほんのりと赤く、その上瞳が潤んでいた。


「わかってるよ。言葉にしなくても伝わったから」

リクはあの後、泣いた。

一滴だけリクの頬を伝った涙に、私は最初ゴミでも目に入ったのかなって思ってしまった。

それぐらい私には想像も出来ないような出来事だったのだ。

「本当か?」という疑問の言葉と共にリクは静かに大粒の涙をいっぱい流した。


それがとても綺麗で、リクが泣いているという状況なのについ口をぽかんと開けて見とれてしまったんだけど、その視線に気づいたリクが突如「見るな!」と布団を被ってしまったの。

でもすぐに片手だけを布団から生やし、こちらに向かって手の平を握ったり開いたりし始めた。

「何をしろと?」と首を傾げつつ、私はリクの手の平に自分の手を重ねれば優しく握り締められてしまったのだ。


「――……あの~。この状況は?」

ふと室内に遠慮がちに言葉が割って入ってきた。

それは扉の当たりから私達に掛けられたようだ。

それにはがさっと音をたて、再度リクがまた布団を被ってしまう。

どうやら泣き顔を見られたくないようだ。


それを見てロイはますます入りにくくなったのか、室内に一歩踏み入れていた足を、

再度また元に戻し始めてしまった。

なので、私は手招きをしてこちらへと迎えた。


「ゼンダ王子は?」

「カシノに玉砕覚悟でぶつかってくると花屋に」

「第一関門はカシノに会う事だね。カシノ、研究が煮詰まっていると、研究所ラボから出て来ないし、誰も建物内に入れないから。会えると良いんだけど……」

「あー、そうだよな。俺はリクイヤード様呼びに行きすぐに戻ってきたから、カシノと会ってないし」

そこで私はハッと気づく。

ありあまる幸福感によって、私はすっかりそれを削がれてしまっていた。

肝心の核心を聞いていないわ!


「リク、カシノの件は?」

「……知っているのか?」

握り締めていた掌に力が込められていく。

じわりと汗ばみ、わずかに震えている。


「うん。あのね、リクはギルアの王子様だから政治によっては、いろんな人を妃にしなければ

ならない時もあると思う。それは王族に課せられたモノ。でも、もしカシノを迎えるのが私の

せいとかなら辞めてほしいの」

「……どこまで知っているんだ?」

「わからないよ。リクがカシノと結婚するという事しか。だからみんなに相談したの。

そしたら二つの予想が出たんだ。一つはリクがカシノの事を好きになって、私とカ――」

突然「ふざけるな」と地面に響くぐらいの大声が私の口を塞ぐ。

リクは布団を放り投げ、私の両肩を掴んだ。


「俺がお前以外を好きになるはずないだろ!! お前はさっきのでわからなかったのか!!

ガキの頃から泣いた事がないのに、お前の言葉に俺は――」

「そうだね。だからもう一つのササラさんの想像の方かなって思った。カシノを表に立たせ、私から視線を外す。城や外交関係は全部カシノに。私は警備の行きとどいた郊外の屋敷で心身の安全を守る。

私に危害を加えようとしている奴から身を守るために」

「俺はお前に傷ついて欲しくない。だから今回の件を内密に進めたんだ。

カシノ姫はお前の友人。それもあって、あちらの条件を飲めばこちらの契約を結ぶと踏んでいた。

だが、この契約はすぐに解除されるだろう」

「どうして?」

「リノアが俺の事を好きだからだ。カシノ姫は条件の一つに『シルクが俺の事を好きではない事』

それを挙げているからな。リノアが俺の事を好きならば、カシノ姫との結婚はリノアを酷く

傷つける。だからそれはのめないと。まさかリノアが俺を好きだとは……」

リクは私を抱き寄せると、首筋に顔を埋めた。


「カシノとの契約条件、他にはなんだったのですか?」

ロイが布団を畳みながらリクへ訊いてきた。

私もリクの髪を梳きながらそれを耳に入れる。


「第一に、シルクに自由に会わせろ。第二に寝室は別。必要以上に触るな。話しかけるな。第三には、ギルアにカシノ姫の研究所を建設する事、それから研究資金として年・五千ループルの資金提供約束しろだそうだ。それから研究には口を挟むな」

「ご、五千ループルって、俺の生涯年収……さらっと出すとはさすがギルア……」

「カシノ姫の研究が国レベルではなく、世界レベルだからな。国々を繋ぐ新しい交通手段を作る。

しかも馬車よりも早く、魔術師が転移魔法を使うかの如く簡単に。それぐらいの支出は必要だろう。

だがそれが実現すれば生活が劇的に変化をする。契約を破棄するかわりに、カシノ姫に資金援助は個人的に行おう。迷惑をかけた詫びだ」

リクの言葉に私は安堵の息を漏らす。

良かった。カシノの研究が続けられそうで……

それに心の中にくすぶっていたリクとカシノの件が抹消されたから。







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