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第六十六幕 その証に口づけを

人前でなんて事をっ! ゼンダ王子やロイも居たのにーっ!

あぁ……穴があったら入りたいわ……

だがここは宿屋の一室。

そのため生憎と穴はないので、私は布団を頭から被り室内の隅っこにて後悔の嵐にさいなまれている。


みんな一旦部屋から出て欲しい。もしくはさっきの記憶を即座に抹消して。

これが結婚式で誓いのキスをなら人前でも別に構わないわ。

でもそうでもないのにわざわざ人前でする嗜好なんて持ってない。


――不幸中の幸いな事に未遂で助かったわ。


「まさかリノアに手を出してたのかっ!!」

ゼンダ王子の絶叫に近い声。

それは布団というベールに包まれた私でさえ、眉を顰めるぐらいのボリュームだった。

「だったらなんだ。お前には関係ないだろうが」

なんだか空気がどんどんと悪い方向に流れてしまっているようだ。

リクとゼンダ王子の口論が聞こえてくるが、感情的なゼンダ王子とは違いリクが妙に大人しい。

というか、淡々としている。寧ろそれが怖い。

キス止められた時、思いっきり舌打ちして忌々しそうにゼンダ王子睨んでいたし。

布団を被っているから見えないけど、もしかしたら結構なお怒りなのかもしれない。


「噂に聞く通り、女にだらしない。本当に最低な男だな、ギルアの王子は」

「それはお前だろ。リノアの胸を触りやがって。しかも俺より先に触るとは! 

必ずこの償いはさせるからな。大体寝ぼけて許されるならば俺だって……――」

待って、リク。その続きは何!? 俺だって何!?


「ロイ。こいつをさっさと追い返せ」

「あ、あの~。一応、ゼンダ王子の話も――……いえ、なんでもありません」

後半のロイはもう声が震え言葉尻が弱々しい。

でも拾う事だけはかろうじて出来た。


私もここから立ち去りたい。あーあ。なんで一番奥の壁に来てしまったのだろうか。

扉方向ならば、そのまますぐにフェードアウト出来たのに……

そんな事を考えていたら、ギシッと床を踏みつけてくる音が耳に届く。

それは確実に私がいる方向へと近づいてきていた。


「リノア」

その声にびくりと体が跳ねた。

「邪魔者はロイが追い出すから出て来い。続きをしよう」

「無理。当分無理……」

この衝撃をどうやって乗り越えろと?

唯一の救いは未遂という事だけ。

キスって普通に出来ないのかな。別に絵物語のようなロマンチックなムードでとは望んでない。

最初のキスだって人前で不意打ちだったし。


「しばらく一人にして」

「……わかった」

リクは予想外に言う事を聞いてくれるらしい。彼はそうぽつりと漏らした。

良かった。諦めてくれた。私はほっと胸をなで下ろした。


だってゼンダ王子を追い出してもロイが戻ってくるもん。

だから続きなんて言ったって、また人に見られちゃう。

それに少しメンタルを立て直したいしね。なんて思ったのもつかの間。

布団が勝手にめくれ、木々の隙間から漏れる木漏れ日のように、薄暗かった視界に明かりが差し込んできた。


「ちょっと何っ!?」

「お前が布団から出て来ないから来てやったんだ」

「そんな事頼んでないんですけどっ!!」

リクは手で捲っていた布団をさらに大きく捲ると潜り込んできた。

布団を頭から被り座っていただけなので、入ろうと思えれば誰でも入れる状況。

そのため進入する事は容易い。


布団というテリトリーは、範囲が極端に狭くそれに距離が近い。

そのためリクが布団に潜り、私を捕らえるのは簡単すぎる。

逃げようにも、ものの数秒ほどであっさり掴まり私はリクの腕の中にいた。


「この抱き心地も匂いも久しぶりだ。離れている間、お前の事を恋しく思うあまり何度夢に見たと思う?」

「へ、変態!」

「変態とは何だ。正常だろ」

「変態だよ。そんな事言うなんて!」

第一、匂いって何? 私、香水とか付けてないのに。


――あ、もしかして酒臭い事……?


「離れて! 今すぐ離れて!」

私は両腕に力を込め、リクをなんとか引き離そうと頑張った。

だが、なかなか私の思うようにはいかない。

嫌だ……

こんな事になるのがわかってたなら、あんなに呑まなかったのに……


ほのかに石鹸の香りがするならばいいが、生憎と二日酔いのためお酒の匂い。

好きな人の前では可愛くいたいのにーっ!!

久しぶりにあったというのに、醜態をさらしてしまっている。


「ねぇ、リク。しばらく距離を置こうよ」

お酒が抜けるまで。

「それはどういう意味だ」

私としては何の事はない台詞だった。ただお酒臭いのが嫌だったから。

それなのにリクの口から零れたのは、重苦しいものだった。


「お前、まさかあいつが好きなのか!?」

「はぁ?」

あいつって誰……?


「そうなのか。そういう事なのか」

えーと、どうしたのよ。急に。

なんだかリクの思考が一人でおかしな所へ行ってしまっているようだ。


「俺の居ない事をいいことに、あの蜂蜜王子目当てにここまでやってきたのか?

わざわざ長旅という危険を冒し、その上護衛をロイだけにして内密に動くとは。そうなんだろ!?」

「あの~。ありえない事なんですが……」

だってゼンダ王子の好きなのはカシノだし、私が好きなのはリク。

なのになぜ急に妄想しているの? しかも暴走しすぎ。


「なんでゼンダ王子なの? あるわけないわ。忘れたの? 私、ついさっき『どうせリノアじゃん』って言われたばかりなんですけど」

「ならロイと逃避行……」

「今度はロイですか。なんだか私を無理矢理誰かとくっつけたいみたいね。リクとカシノの婚約を知って追ってきたとかかんがえないわけ?」

「それはないだろ。お前、俺の事好きじゃないしな」

「え? 私、リクの事嫌いって言った事あるっけ?」

「いや、言ってないが」

「でしょ。嫌いじゃないもん」

「だが、好きでもないだろ?」

「好きだよ」

「……」

さすがにここまではっきり言えば察してくれるだろう。

そのため私はこれから返ってくるであろうリクの反応に心臓が忙しなかった。


「まぁ、嫌いじゃないなら好きだよな。だが俺は、お前に俺の事を好きになって欲しいんだ」

「え? だから好きだよ」

「お前が言っているのは人間としてだろ? 俺は男として言って欲しいんだよ」

「あぁ、そうか」

「そうだ」

リクはそっちにとっているのか。

私としては、最初からそう言っているつもりだったんだけどなぁ……

私は布団を剥がし、久々に外の空気を吸った。

急激に視界が明るくなってしまったせいで瞼を細めるが、徐々にだけ正常に戻り始めている。


リク、指輪付けているかな?

ギルアでは薬指に指輪を付けていたんだけど――

リクの指元に視線を向ければ、どうやらつけているようだ。

私のウエディングリングには大きな宝石がついているけど、リクのはシンプルなプラチナリング。

裏に何か掘っているらしいけど、私には見せてくれないんだよね。


「左手出して」

「なんだ、急に?」

「いいからいいから」

そう急かせばリクは眉を顰めながら、左手を差し出してくれた。


「私、シルク=ハイヤードは生涯の愛を貴方に捧げる事を誓います」

私は彼の手を取り、光り輝くそれに口づけを一つ落とした。









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