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第六十五幕 君の事を思えば自然と

ゆっくりと、だが確実にこちらに足音が近づいてくる。

それはあまりに身近すぎて、彼だとわかるぐらい耳に染みついてしまったもの。

今まではそれが自分の方向へと来てくれているのならば花が咲いたようになっていたけど、

今はこれから氷山を登れと言われたかのようにキツイ。


な、なんでいるのよ~っ!?

足音よりも私の心臓が早く駆けだしていく。それはメイド長室に呼ばれた並。

やがてその原因はぴたりと止み、私が座っているベッドへと影が差し込んできた。


「『ちょっと!何処触っているの!?』という叫び声が廊下まで聞こえて来たが」

その言葉に私はびくりと体が一回飛び跳ねた後、強ばる。

リクの顔が見たいけど見れない。というか、今は見たくない。なので俯いたままだ。


「――ということは、つまりお前は触られたというわけか」

やけにドスの効いた声。

その声が私に雪のように降り注ぐ。いや、雪っていうより、毬栗。しかも鉄製。

それも剛速球でぶん投げられた。


辺りの空気はもう零下。私の身も心も震えさせるぐらい造作ないこと。

出来るならば、穏やかに出会いたかったのにっ!!


「しかもお前が叫ぶぐらいだから、余程変な場所触られたんだな?」

「でもゼンダ王子、寝ぼけていたし……」

「寝ぼけていたら、お前の事触っていいわけにならないだろうが。言え。何処触られた?」

「む、胸を少々……」

そう口にした瞬間だった。

私とゼンダ王子がいるベッドに激しい衝撃を感じたのは。

それから耳に届いたギシギシと鳴るスプリング音に、「ぐうぇ」という息の詰まるような声。


「リクっ!?」

さすがにこれには顔を上げた。そして視界に入った光景に頭を抱える。

「起きろ! よくもリノアの胸を触りやがって! 俺でさえまだ触れてないあの弾力のある柔らかそうな大きな胸を!」

「へ、変な事言わないで!」

リクは長い足を上げ、ゲシゲシとベッド上に転がっている彼の背を右足で何度も何度も踏みつけている。

さすがにそのせいで起きたゼンダ王子は、ゆっくりと瞼を開けると表情を歪めた。


「あー。駄目だ。頭痛いし気持ち悪い。リノア、水と二日酔いの薬」

どこまで暢気な人なのだろうか。この人は。

後ろ見て。後ろ。

そんな私の気持ちが顔に出ていたのかゼンダ王子は顔を顰め、寝返りを打つようにごろりと向きをかえた。かと思えば今度は飛び上がった。

そして指を指して、「あーっ!」と大声を上げる。

それはあまりにもでかくて、耳がキーンってなった。


耳が……

私は耳を押さえたまま、ベッドから下りると少し離れた場所へと移動した。

だってまた大声出されたら適わないから。


「お前は憎きリクイヤード王子!!」

「奇遇だな。俺もお前が憎い。さっさとここから消えろ」

「お前が出て行けよ!ここは……――どこだ?」

ゼンダ王子は辺りをキョロキョロと見回した後、首を傾げると後ろを振り返ってベットに座っている私に視線を移す。

やっぱり記憶がないんだね。

まぁ、あれだけ飲めば無理もないけど。


「ここは私とロイが借りた部屋。昨夜一緒に記憶がなくなるまで飲んだくれていたのは覚えているけど、どうしてゼンダ王子がここにいるのかまではわからないよ」

「あぁ、それは俺」

おずおずと名乗り出たのは、ロイ。

だが彼はなぜか元々ドアがあった場所から、顔を除かせこちらを伺っている。


「酔っ払ったリノアとゼンダ王子を一人ずつ運んだんだ。ゼンダ王子をソファへ、そしてリノアをベッドに。それから一足先にラッシュアドに向かい、リクイヤード様にリノアの事をお伝えし現在に至ると」

「え? という事は……――」

私達全員の視線がゼンダ王子へと突き刺さる。


「お前が移動してきたんじゃないか!」

「だから覚えてないって言っているだろ。別にいいじゃないかそんな事。たかが同衾ぐらいで」

「たかがだと?」

「たかがだよ。大体何をそんなに怒っているわけ? 一緒に寝たのどうせリノアじゃん」

「どうせ!?」

リクの裏返った声が、室内を彷徨う。

口をぽかんと開け目をひんむいているリクとは打って変わって、私はほんのすこしばかり心がやさぐれてしまっていた。


えぇ、たしかに私はカシノと違い可愛くもないわ……

でもたかがとかどうせとか言わなくてもいいじゃない。

勝手に寝ている所に忍び混まれ、その上寝ぼけているとはいえ胸まで揉まれこの仕打ち。

少し酷くない?


「……お前、正気か? いいかリノアだぞ、リノア。女神が嫉妬する可愛さを持つ女だぞ」

「やめてよ勝手にハードル上げないで!」

「いや、上げてない。これでも下げている方だ。お前な、少しは自分の事を客観的に見ろ」

「見ているわよ」

「見てない」

リクは大袈裟にため息を吐くと、足を進めると私の前で立ち止まった。


「世界中どこを探してもお前以上に凛々しく可憐な女はいるはずないだろうが」

「なっ……」

リクがあまりにもきっぱりと真顔で言うもんだから私は絶句した。

この男は私のハードル何処まであげれば気が済むのっ!?


「本当にお前は自分の事がわかってないな」

納得できない私に彼はそう言ってこちらへと腕を伸ばす。

それはやがて私の頬に触れ、彼の温かみを分けた。

「俺を虜にさせるぐらいお前は魅力的なんだ。いつでもどこでもお前の事が頭にある」

「そうやって女の人口説くの……?」

「口説くわけないだろ。そんな事言わなくてもあっちから寄ってくるんだから」

それには私の口元がひくっと痙攣した。


へー。それは大層な自慢ですね。

たしかに貴方は何もしなくてもそこにいるだけでモテます。えぇ、本当に無駄に。

メイドしているので、城のゴシップには多少は詳しいですからいろいろ聞いてますよ。

この間の夜会での事とか。

なんかいろいろ浮かんで来てすごくイライラする。

今ここに牛乳があったらものすごい勢いで飲んでいる事かもしれないわ。


「――だからお前ぐらいだ。俺にこんな事を言わせるのは」

「え?」

「お前だから絵物語で読めば砂吐きそうな台詞さえ、自然と口にしてしまうんだ。真実だからな」

「リク……」

じっとあの海色の瞳を見つめれば、彼は私の頬に触れていた手を滑らせ、私の顎をすくうように持ち上げた。


も、もしかしてこれって……? キ、キスするの!?


私はゆっくりと近づいてくる彼の気配に、心臓が暴れ出し始めているがなんとか押しとどめ瞳を閉じる。

ぶらりと下げていた手の平をぎゅっときつく握りしめた。

そのため体ががちがちとこわばり、自分が置物のよう。

だが私の唇には何も触れなかった。

それは突然乱入した「ちょっと待て!」という、ゼンダ王子のストップをかける声のせいによって。




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