第六十四幕 このパターンってやっぱ
「――……ん」
クリアになっていく視界と引き換えに襲ってきた鈍い痛み。
その攻撃により私はだんだんと目が覚めてくる。
うぅ……酷く頭が痛い。
まるで頭の中に何か重しのようなものがあるみたいだ。
その上、胃と腸がむかむかとする。
この感覚は数回ほど味わった事があった。あぁ、完全にこれは二日酔いだ。
――なんで私、ここに?
目だけ動かし辺りを見回せば、どうやらここは私達が宿泊するために借りた宿のよう。
ふかふかのベッド上に寝ているということは、どうやら自分は意識が目覚めるまで体を休息させていたのだと理解できる。
ただ、それが自分の意思によるものなのかが甚だ怪しいものだが。
あれ? 私、たしかゼンダ王子とロイと一緒に一階の食堂で呑んでそれで……――
あぁ、駄目だ。思いだせない。リクの事でやけ酒呑んだのは覚えているけど。
頭が重く考えるのがおっくうになってしまっている。
はぁ……こんな風になるまで飲むなんてありえない。
いつもは仕事に支障のないように飲むため、休みの日でも加減して飲んでいるのに。
とりあえず、薬を飲もう。と体を起こそうとしたが、何かに引っ張られたせいで私はベッドから起き上がる事が出来なかった。
何かと思いそこへ視線を落としてみれば、どこかの誰かの腕。
私の腰に回されしっかりと固定されている。
背中にぴったりと感じる他人の温もり。
あぁ、またリクか。
この犯人に私は目星がついていた。
「ちょっと、リク。また人のベッドに。いい加減に自分の……って、え?」
そこまで言ってはたりと気づく。
あれ? ちょっと待って。私、リクを追ってきたのよね?
ここはマカデ国のとある宿。そう。リクがいるラッシュアド国ではない。
従って彼のはずがないのだ。
段々目が覚めてきた私は、どっと襲ってきた違和感にさーっと血の気が引いた。
まずリクとは体温も皮膚を伝う感覚も違う。第一、皮膚がリクの色とは大きく異なる。
こちらはきっちりと日焼けされ、こんがり。
――だ、誰っ!?
てっきり人のベッドに寝ているからリクだと思っていた。
ここ数日間と言ってもギルアに居るときの話だ。
リクは私の部屋に侵入し、寝ている私のベッドに潜り込んでいたの。
「自分の部屋で寝れば?」って言っても、「執務で疲れた俺を癒せ」とかなんとかわけのわからない屁理屈を並べて意地でも一緒に寝ようとする。
その攻防が幾度か続き、私が折れる形で結局私達は一緒に眠る事になる羽目に。
メイド部屋だと、布団薄いしベッドは堅い。おまけにシングル。
リクのベッドの方が、ふかふかだし広いしで、よく休めると思うんだけどね。
最初忍び込まれた時、真っ暗でリクだってわかんなかった。
だから部屋にこそっと忍び込まれた時、マギアをリクの首もとまで持ってきて戦闘態勢。
そしたら「夜這いに来たのに刃物で出迎えとは色気ないな。まぁ、お前らしいけど」と呆れられた。
そんな事言われても私は今までの経験上、寝るときも武器と共に。
何者かの襲来に備えていなければ、日頃生活出来ないから。
まぁでもだんだんとリクの気配がなじんで来て、最終的にはマギアは抜かないようになったけどね。
それでも人が部屋に入れば目が覚める。
だからてっきりこんな事するのはリクだと思ったの。
もしかして、ロイ? いや、でも手の形も色も……
確かめようにも、見るのが怖い。
そんなときだった。その男の寝息に混じり、彼が何かを呟いたのは。
ちょっと待って。まさかこの声ってっ!?
聞き覚えのある声に、私は再び凍りついた。思考も体も全て。
「…カ……シノ」
そう弱々しく呟かれたのは、ゼンダ王子の声。
一緒に呑んだのは覚えている。でも一緒に寝ている記憶がない。
「なんでっ!?」
もう二日酔いが一気に吹っ飛んでいった。
だってこんな場面、誰かに見られたら誤解されちゃう!!
慌ててゼンダ王子の腕をほどこうにも、力が強すぎてなかなか上手くいかない。
「ちょっと。起きてよ~」
腕を揺らそうにも彼は酒が残っているのか、なかなか目覚めない。
むしろ「カシノ、激しすぎるぞ」と呟いては暢気にクスクスと笑いを漏らしている。
「リクと離れていて良かった……」
彼は今ラッシュアドに居てくれてこんなに助かる事はない。
私とゼンダ王子の間に何もなくても、きっと勘違いされるのは目に見えているから。
……何もないわよね?
一応自分の着衣の乱れなどは確認済み。もちろんゼンダ王子も服は着ている。だから大丈夫のはずだ。
そう言えば、一番まっとうなあの男が居ない。
この部屋には他に人の気配が感じられないが、もしかしたらいるかもしれないと思い呼んでみた。
「ロイ?」
室内は静まり返り、私の声が虚しく響く。
どこ行ったのだろうか? この状況がわかるならば説明して欲しいのに。
それにこの拘束を早く解いて欲しい。
寝返りもうてないぐらいにギチギチ。きっとカシノの夢でも見てるのだろう。
もう一回眠ろうかな。……なんて現実逃避めいた事を考えていた時だった。
やけに扉付近が騒がしくざわざわしているのに気がついたのは。
嘘っ。今手元に武器なんてない。
侵入者ならば圧倒的に私は不利に陥ってしまう。
何してんのよ、私。
ぬるま湯に入って平和ボケしていましたじゃ済まされない話なのに!!
ドアノブがガチャガチャと嫌な音を立てている。
鍵がかかっているため、蹴り破ったりしない限り開かないはず。
……あれ? そもそも鍵って誰が持っているわけ?
「ちょっとお待ちください! そんなに回すとドアノブ壊れちゃいますよ。今、鍵開けますから」
それはロイの声だった。
あぁ、なんだかこのパターンあまり私のいい方向には進まない気がする。
いや、もうだってこれって――
「さっさと開けろ。そもそもなぜリノアが来ているんだ? まさかあの件がバレたのか?」
あぁ、やっぱりそうだ。
ロイに続いてきた声は決定的な証拠。それは私に止めを刺した。
やばい。さすがにマズイ。
「開けないで!!今着替えているのっ!!」
以外と嘘ってすぐ口に出るものらしい。
私は咄嗟にそう叫んでいた。
それが耳に届いていたのか、ドアノブが音を立てる事はなくなり一安心。
だが、そう上手くはいかないようだ。
それは私が悲鳴を上げてしまったから。
「ちょっと!何処触っているのよ!?」
なんの前触れもなく胸を鷲づかみにされ、私は枕を手に犯人に振り落とした。
どうやらあいつの変態行為により、私の体は自由になったみたい。
「最低。最悪。変質者っ!!」
そう叫べドアの方より破壊音が耳に入る。
「……あ」
気づいた時にはもう遅かった。
そこにはドアを蹴り破ったリクが眉を吊り上げ仁王立ちになっていたのだから。