第六十幕 恋バナ
ギルア城で働いているメイド達には、共有スペースというものがある。
メイドの部屋は二人部屋のため、ゆっくりとくつろげるスペースは自分のベッドの上だけ。
そのためみんなで使用出来る部屋が各棟ごと用意されているの。
そこだとお湯も沸かせるからお茶も飲めるし、図書館ほどではないけど本棚もあるため、
みんな自分の部屋よりもそこへと自然に足が集まってくるんだ。
今日もいつものように寝る前に共有スペースでお茶を飲みながら窓辺の一人掛けソファで読書でもと室内へ入った瞬間、中央に配置されているテーブルへとミミさん達に連れて来られてしまった。
それは一本の木で作られたテーブルで、かなり大きい。
人が十五~二十人ぐらい座っていても余裕だ。
「で? どうなのよ? リクイヤード様とは」
「あ、先に言っておくけど何もないなんて言わせないわよー。なんせ極上に甘いキスしてんでしょ?」
いつもなら皆、他にあるテーブルに座り雑談をしたりお菓子を食べたり、月を見たりと自由気ままにくつろいでいるんだけど、今日に限っては一部分にミミさん達お仕事仲間ががひしめき合っていた。
皆、じーっと表情の動きすら見逃す事をしないようにと私へと視線を集中させている。
「あの~。ですから先ほどから言ってますが、そんな風に何かを期待されても私とリクには何もありませんってば。リクのあの発言は、その……きっと何か勘違いを……」
「リクっ!?」
「あ」
ついうっかりしゃべってしまった。
しどろもどろになっていたせいか、いつもの呼び方になってしまっていたらしい。
「誰もいない時、リクイヤード様の事リクって愛称で呼んでいるの?」
「……はい」
そう返事をすれば、黄色い声が耳を割れんばかりに室内に木霊する。
すみません。夜ですので、声を抑えて下さいませんか……
苦情が来てしまうのが心配で、内心ヒャヒャしながらもこれが早く終わるのを祈った。
だが、そんなに早くこの追及が終わるはずない。
女子の恋バナの終わりはないのだ。
「んで? 極上で甘いキスについて聞きたいんだけど?」
「げほっ」
口に含んだ紅茶を噴き出す手前で呑みこんでしまったせいで、気管に入っていってしまう。
そのため私はげほげほと咳込んでしまった。
な、なんでそんな事をっ!?
「これ以上は全て黙秘します!!」
「えー。リクイヤード様がリノアの前だとどんなのか知りたいのに~」
「そうよ。気になるじゃない。リクイヤード様って甘えるわけ? それともリノアが甘えるの?」
その質問には、私は眉を顰める。
どっちと問われても、どっちでもない。
「普通の恋人同士って、甘え合ったりするんですか?」
私がそう口にすると、みんな首を振った。
「そんなの人によって違うわよ。さばさばしたカップルも居れば、甘々なカップルもいるでしょ?」
「そうですか……」
「そうよ。ササラの所を見てみなさい。スウイ様の悲鳴イコールいちゃついている時でしょ。
逆にスウイ様の悲鳴が聞こえて来ないと不安だわ。上手くいってないのかって」
「それだけ聞くと、私がただのSキャラみたいじゃないの。うちは余所様より鞭が多いだけ。
ちゃんと五十回に一回は飴を入れているわよ」
「とまぁ、ササラ達みたいにいろんなカップルが居ていいの。リノアも甘えたかったら甘えればいいし。もしかしたらリクイヤード様が甘えてくるかもしれないじゃない」
「もしリクが甘えるのならば、きっと私ではなく別の人だと思います」
カシノとか……
「はぁ? あるわけないじゃん。いい? リクイヤード様の好きな人はリノアなのよ。あんたが階段から落ちて意識が戻らなかった時、食事もとらずにずっとあんたの傍で目が覚めるのを待っていたんだから! だから、私達はその時気付いたわけ。あの女の子大好きな乱れた王子が恋をしたと。まぁ、当の王子はあの時自覚なかったみたいだけどさ」
「そうそう。だからそれって恋ですよってわざわざ恋愛物語の本をリクイヤード様に貸していたわけ」
あの本、そんな意味があったんですか。
私は一時期リクの執務室に大量に積み上げられていた恋愛物語を思い出していた。
「というか、一体どうしてそんな事思ったわけ?」
「それは……――」
私が口を開きかけた時、何やら廊下が騒がしくなった。
大きな音を立てながら地面を踏みしめている音と、男女の声がだんだんと近づいてきたのだ。
それに対しみんな眉を顰めたがその一人ササラさんが確認のため立ちあがった瞬間、共有スペースの扉が音を立てて開け放たれた。
「メルさん……?」
あとそれから――
「スレイア様にロイ様っ!!」
そう叫びながらみんな一斉に立ち上がり、彼らにくぎ付け。
それもそうだろう。
メルさんの腕に引きずられるようにして連れてこられたのだから。