第五十七幕 マニアですか?
花壇の件、それから数日前に室内が荒らされた件の犯人はリサさんだった。
「罰は与えないで」そうリクに言ったけど、罪は罪。見逃すわけにはいかないと。
彼女はメイド長より城内に出這入り禁止命令及び、メイド候補権の剥奪をされたそう。
もう城にはおらず、処分が決定するまで男爵様の御屋敷で監視付きで生活をしているみたい。
親しかった人に裏切られるのは初めてじゃない。
いや、親しいと思っていたのは自分だけだった。だからいつもこんな結末なんだろう。
リエール――私の乳母の時だってそうだ。
純真無垢な温室栽培の私が、初めて殺されそうになったあの日。
忘れもしない。あれは私が地下牢に幽閉されしばらく経った出来ごと。
綺麗な服に美味しい食事。安眠出来る寝具……それらがある光の世界から奈落の世界に落とされたけど、
私はまだ絶望をしてなかった。
父様も母様もなかなか来て下さらなかったけど、リエールだけは毎日来てくれたの。
彼女のおかげで、私の精神はなんとか保てていたと言っても過言ではなかったわ。
隠れてお菓子も差し入れしてくれて、私にはまだ笑える余裕があった。
誰かに嘆く余裕があった。
彼女は何度も助けを求める私に優しく微笑むと、「大丈夫です。もうすぐですから」と言って幼き頃のように頭を撫でてくれたんだ。
その意味がなんなのか知らずに、私はただ彼女を信じ解放されるのを待っていた。
事が露わになるのは、それから半年ぐらい後の事。
ある日突然、私が吐血をし倒れた。
焼け付くような喉や食道の痛み、薄れゆく意識――
たまたま父様が来て下さっていた時だったから、処置が早く私は助けられた。
後日話を聞けば症状が植物系の毒物反応だったため、植物学者として名高い父様にはすぐにわかったらしい。
その後、父様の調べにより私が所持していた菓子に毒物が混ざっていた事がわかった。
いつもなら全て食べているんだけど、その日はたまたま残して隠して置いたの。
「見つかると怒られますので、内緒ですよ」という乳母の言葉に、なんの疑いもなかったから。
それを父様が見つけられ検査した所、毒物が検出されたそう。
どうやら菓子には致死量まではいかないが、長期的に摂取するのは危険なレベルの毒物が混入
されていたそうだ。
私はそれを知らず少量ずつ毒を体に蓄積していたらしい。
あの時は無条件で私が悪い。昔はそう自分を責めていた。
だってあんなに暖かい愛情で包んでいてくれた乳母が……
彼女が変わってしまったのは、きっと精霊が居ないからだ。私は本当に不必要な人間なんだと。
だからこの薄暗い地下牢に幽閉されるのも、乳母が私の事を殺そうと思ったのも私のせいと責めていた。
でも、シドが私を助けてくれてそんな意識を奪っていってくれたの。
「お前は悪くない」って、心の底から言ってほしかった言葉をくれて嬉しかったわ。
それでも尚、まだ胸にくすぶっているものは完全には消えない。
何度これを経験すれば、強くなれるのだろうか。
「――おい、眉間に皺集まってるぞ?」
「え?」
トントンと眉間を叩かれたせいで、真っ白い霧が晴れたかのようにさーっと景色がクリアになっていく。
すると目の前には、海色の瞳を持った青年の姿が映し出された。
やけに整いすぎた顔立ちの彼は、少し前に屈み込みながら私の顔を覗き込んでいる。
……あれ? リク?
「お前、ぼけっとしすぎだ。俺が目の前に立っても気づかないなんて危ないだろ。
襲われたらどうすんだよ」
「あ……」
言われてみればそうだ。
気配に気付かずにいたなんて我ながら情けない。
考え事をしていたとはいえ、何かあったらどうするというのだ。
命を狙われている人間が無防備に、「どうぞ」と言っているようなものじゃんか。
――しかも、仕事中じゃん!!
私はついさっきまで掃除中だった。空き部屋が並ぶ東棟・四階廊下。
元老院のメイド生活が終わって、一発目の東棟でのお仕事。
それなのに、つい考え事しちゃってそれを放棄してしまっていた。
一体、何分ロスしてんの!?
エプロンの左ポケットを漁ると、堅い無機質な感触を手の平に感じた。
丸い冷たいそれを握りしめ取りだすと、秒針の音が耳に届く。
それはシルバーの懐中時計。
これはギルアのメイドになると必ず全員が貰えるの。
まぁ、時間を守れって言う無言の圧力なんだろうね。
「……最悪。見なきゃ良かったわ」
メイド長に怒られるどころの話じゃないし。
どうやらかれこれ三十分ほど私はぼけっとしていたらしい。
予定ならもうとっくに次の仕事に取りかかっているはずだ。
手にしていた時計をもう一度ポケットへと潜り込ませると、片手に所持していた箒を再度しっかり両手で握りしめ、「頑張れ!」と自分に激を飛ばした。
「お前な、どうせリサの事考えてたんだろ? もう忘れろ、あんなやつの事」
「……忘れるって出来るわけないじゃない」
箒を左右に動かしながら、私は絨毯に視線を落とした。
人ごとだからそうやって気軽に言えるのよ。
私の中ではリサさんは笑顔でしか登場しない。
それなのに……
「なぁ、俺が忘れさせてやるよ」
「どうやって?」
私が顔を上げると、箒が地面を走るのをぴたりと辞めた。
リクはそんな箒を奪うと、地面へと置き始めたのを見て私は肩を落とす。
……聞かなきゃ良かった。
だってこれ以上タイムロス出来ないのに、なんか碌でもないことを考えてそうだもん。
あぁ~。メイド長への言い訳なんてしょうかな。
いつもなんだよね……仕事だって言っているのにさ……
邪魔しないでって言っても「いいだろ」って。
そりゃあリクは王子だからいいけど、私はメイドだから終了させておかないとメイド長に怒られるんだってば!
もちろん、リクの名前は使わせて貰うけど。
それでも軽いがお咎めはあるわ。「それぐらいさっとあしらいなさい」って。
「短時間で済ませて」
「……お前って、ほんと冷めてるよな。普通ならば俺が忘れさせてやるって言ったら、もっと違う反応するだろうが」
リクは両腕を組みながら、私を見つめると嘆息を吐き出す。
「あいつ、アンジェラ姫なんて全然参考になんねぇじゃんか……」
「アンジェラ姫?それって、あの騎士と姫物語の?」
騎士と姫物語っていうのは、今流行の恋愛小説。
姫と騎士との熱愛ロマンなの。
温室栽培のような姫は、ずっと騎士を物陰から見つめていた。
でも姫に政略結婚の話が出てしまい、他国に嫁いでしまい騎士と離ればなれになってしまった。
姫の夫となった王子は最初は冷たかったけど、姫の事を次第に好きになりだしてしまう。
そして騎士を忘れられない姫に対し「騎士を忘れさせてやるよ」と言って姫にアプローチ中なのが今出ている巻。
「あぁ」
「……っていうか、リク読んでんだ。アレ」
「女心を学ぶに何かいいのないかってササラに聞いたら、貸された。以外と読んでみれば面白いな。なんであいつら両想いなのに気付かないんだ?すれ違いすぎだろ」
「そういうのがいいんじゃない?あのさ、そもそもキャラが違う」
「だよな。お前ってキスしても瞳を潤ませるどころか、顔を桃色にすらしなかったし」
「あのね、あの時は驚きで頭が真っ白だったの!!それに人がいたし、急だったし。
顔が赤らむどころが青ざめるってば!!みんな昔から知っている騎士ばかりなのよ?」
「ふーん」
リクは顎に手を添え、何か考えるとニタリとちょっと気色の悪い笑みを浮かべた。
「――じゃあ、今キスするって言ったら?」
「いっ、今っ!?」
その台詞を聞いてぶわっとアルコールを摂取したかのように頬が熱くなった。
本当にするわけ?
リクを伺えば、なんか近づいて来てるし!!
彼は私の前に立つと腕を伸ばした。
「今なら誰もいないぞ?」
「ちょっ!!私、仕事中!ほら、メイド服も箒も見えるでしょ?」
「思うんだが、メイド服って良いな」
「はぁ!?」
「なんかお前で目覚めた。ご主人様か……。なぁ、試しに言ってみてくれないか?絶対可愛いぞ」
「な、何言ってんのっ!?」
キャラが変なんですけど。
もしかしてメイド服マニアとかっ!?