間幕 だって私達は優秀なメイドですから 後編
「ご機嫌よう、お兄様。どうしてずぶぬれなのかについてはあえてお聞き致しませんわ。
どうせこの野蛮なメイドのせいでしょうから」
なぜかここにやってきた妹のフリージアは、手にしていた扇子を広げ口元を隠すと目を細め俺越しにササラを睨んでいる。相変わらず影のごとくエールが控えているが、あいつはあいつで会釈していた。
「そもそもお前はなぜここにいるんだ?」
城内に住んでいるのでこれまで何度もばったり出会う事はあった。
だが、ここで会うことは絶対にない。
なぜならこのメイド部屋が溜まる居住スペースに、あの山……いや、空ほど高いプライドを持つフリージアがわざわざ足を進めるはずがないのだ。
なんせ、「なぜ私がたかが使用人の話を聞かねばならないの?」と平気で言うような性格の悪さだからな。
それを許してしまう身分がこいつにはあるため、さらに我儘とやたらと人を見下す所という短所が加速していた。
……まぁ、それもこいつのコンプレックスの裏返しだが。
両親が端正な顔立ちなのに、自分は似てない。
そのため様々な悪意の噂により、こいつがさらに歪んでしまった結果がメイドいびり。
それが原因でうちのメイド不足に拍車をかけた張本人の一人だ。
だが唯一自分を慕うエールとヘルプに入ったシルクが怪我をしてしまった一件により、
大分大人しくなったはず。現にメイドが定着してフリージアはエールの他にもメイドがいる。
「私とて好き好んで来たくありませんわ。こんな場所」
「ならばなぜ?」
「……。」
言いたくないのか、フリージアは腕を組み口を真一文字に結んでそっぽを向いた。
「それは私が少しばかりお願い事をしたからです。でもまさか、フリージア様がわざわざこちらにご足労下さるなんて思ってもおりませんでしたわ。言って下されば取りに伺いましたのに」
ササラは「おほほ」とわざとらしい笑い声をあげ、ゆっくりとフリージアの方へ足を進めた。
「何をしらじらしい。この私をこきつかっておいてその台詞を吐くなんて!!」
「まぁ……フリージア様を扱き使うだなんて!!そんな恐れ多いことをするはずないですわ。何か双方に行き違いがありますわねぇ……私はただお願いをしたまでですもの」
「あれがお願いですって?脅迫の間違いでしょ。貴方が言った言葉を要約すると『散々こっちに迷惑かけた上に、リノア怪我させたわよね?ほんとこっちはただでさえ忙しいのにとんだとばっちり食ったわ。まぁ、世の中持ちつ持たれずだから許してやる。だから今回お前が協力しろ。まさかやれないって言わないだろうな?』って言っていたのと同じですわよっ!!」
その時の情景を思い出し始めたのか、フリージアは扇子を畳んでは開くという行為を何度も何度も繰り返す。
そのたびにパチンという音がわずかに気に障るが、それもすぐに病む。
それはブチギレたフリージアが扇子を折ってしまったからだ。
あいつ、以外と力あるんだな。
ササラに水をぶっかけられたせいか、俺の頭はどうやらクールダウンに成功したらしい。
こうして目の前の事に対し、そう思うほど余裕が出て来たのだから。
「まぁ!!そのような言葉使いを一介のメイドごときの私がするはずありませんわ。何か勘違いをなさってるのでは……?」
「何が勘違いよ!!ほんと白々しい茶番だこと。エール、あれをこの女に渡しなさい」
フリージアは後ろに控えているエールに対し、半分となった扇子でササラを指した。
それを受けて彼女は手にしていた封筒のようなものを渡す。
――なんだあれは?
ササラはそれを受け取ると、すぐに封を開け中身を引っ張り出し確認中。
どうやらパッと見ていると、何かの書類だとわかる。
それをさっと捲りながら視線で追い、ササラは「たしかに」と言うと口角を上げてニヤリと笑った。
「これで借りは返しましたわよ?」
「また何かありましたらよろしくお願いしますわ」
「二度とやるもんですか!!」
フリージアはそう叫ぶと体を半回転させ、ドレスの裾をひるがえし察そうと元の道を戻っていく。
折れた扇子を廊下に残しながら。
*
*
*
「――……リサがログナルド男爵の娘っ!?」
その声は俺だけじゃなく、傍にいた他のメイド達の声も合わさっていた。
室内は相変わらず布が散乱しまくり何一つ変わってない。
本当なら全て片づけてしまいたいが、下手にいじると証拠物が消えてしまうからと手が付けられない状態。
「えぇ。内密に他国に囲っている妾との間に出来た娘ですわ」
ササラは手にしていた書類を、壁際にいるマーサへと託しながら答えた。
「よく男爵との接点に気付いたな」
「良くわかったな」
「メイド長よりリサがログナルド男爵による縁故と聞き引っかかったんです。だっておかしいと思いませんか?
メイドは一般公募なのに……侍女なら縁故もありますが、よりにもよってメイド」
「別にメイドだっていいだろ」
そう言った俺に対し、ササラは首を振った。
「いいえ、リクイヤード様。うちのメイド採用条件って、鬼かってぐらい厳しいんですわ。そうですわねぇ……騎士団の入団試験並みに厳しいと思います。それを皆知っているため、縁故なんかまずありません。もし城働き希望なら、他の仕事を紹介して貰えばいいんです。その方か確実ですし」
「あー。たしかにアレはきついよね。私、途中から自分がなんの試験しているのかわかんなくなっちゃったわ。とりあえずアレで忍耐力は付いたわよ。今ではどんな厭味でも笑顔で聞き流せるもの」
他のメイド達はササラの言葉に首を縦に振りながらそれぞれ同意している。
そんな光景を見て、メイドの仕事を舐めていた事に罪悪感を覚えた。
こいつらそんな厳しい中、わざわざこの仕事を選んでくれたのか。
いつも茶菓子片手にお茶しながら、城のゴシップ話に花を咲かせている奴らだと思ってたのに……
「書類によるとリサの母方の祖母が魔力を所持していたそうですわ。ですからこの犯行がリサと仮定するのならば、立証出来ますわ。多少なりと魔力を受け継いでいるならば指紋の如く痕跡が残ります。今それを調べるために、ルナが薬の調合中のはずですわ。なんでも魔力に反応する薬があるとか」
「は?ルナ?」
なんであいつが出て来るんだ?
薬なら薬師に呼べば良いはずだ。ルナはシルクと同じ仕事仲間……つまりメイドだからな。
「お忘れですか?ルナの実家は薬屋です。よく風邪のひき始めとかに薬貰ってましたわよね?」
「あぁ、あれ効くよな」
「あれ全てルナが調合したものですわ。『良薬から毒薬まで何でもござれ』ってよくルナが言ってますでしょ?薬に詳しい者がリクイヤード様の近くに居れば、貴方様の身に何かあった場合に即対処出来ます。毒物の種類によっては、薬師を呼ぶ時間すらない場合もありますからね。これもメイドの選考基準が厳しい理由の一つなんですよ。何かあればすぐに対処出来る人間をって」
「では、何かしら皆特技があるのか?」
「もちろん。中には自分の長所に気づいてない人もいますが……。あ、一応言っておきますけどちゃんとメイドの合格スキルを越えなければ採用されませんのであしからず。ですわよね?メイド長様」
ササラはにっこり微笑んでマーサを見るが、マーサは相変わらず表情筋が動いていない。
両手を腹の部分で添えるようにし姿勢よく立っている。
「そうです。いかなる時も冷静に動き、主を助ける事。それがギルアのメイド。
そのための人選です。どうやら貴方とルナをはじめとする一部のメイドには伝わっていたようですね。
思った以上によく調べ動いていました。ですが、今後あまり無茶をしないように。
まさかフリージア様に調べさせるとは……失礼極まりありませんよ」
「あー。その件は……」
さっきまであんなに頼れる存在は何処へやら、ササラは目を泳がせ体を縮こませている。
どうやら俺は気付かぬうちにいろんな奴らに守られていたようだ。
おそらくこの事がなければずっと知ることはなっただろう。
少しばかり優秀なメイド達に頼ってみようか。
苦笑いを浮かべ、俺は犯人特定を一任する旨をあいつらに伝えた。