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間幕 だって私達は優秀なメイドですから 中編

城のメイド達の部屋は基本的に二人一組の相部屋だ。

ベッドや棚などの収納家具類を各自分分用意してあるためか狭く感じところがあった。

そのためシルクに部屋を移動するか?と尋ねた事がある。

だがシルク曰く、「雨風しのげるし、窓もあって新鮮な空気も入れ換えれるし十分。みんなとお茶とかおしゃべりしたかったら共用ルーム行けばいいし」と。


普通のメイドならいいかもしれないが、シルクは仮にも一国の姫。

いくら田舎の小国とはいえ、ハイヤード公国といえば精霊に加護されし国として有名でディル派の代表だ。

それなのにあいつは店にいけば値切るし、お祭り大好きだったりと全体的に庶民的過ぎる。


そういう部分だけじゃない。あいつの庶民的なのは所有している物に関してもだ。

服や鞄も自分が気に入った物をこまめに手入れして長く使用している。

安かろが高かろうが全てあいつの気に入ったものばかり。つまりはシルクの大事な物。


それがこんな形になってしまうなんて――


俺の前に広がるのは、救いようのない光景だった。

それは誰が見ても完全に修復不可能な事を表していて、言わずとも他のメイド達も俺と同じように思っているだろう。この光景をシルクが見てしまったらと。


シルク達の部屋に入ると、正面中央にベッドがありその奥には窓と机。

そして右壁には棚とタンスが設置されてあった。

ここまでは以前と変わらず問題ない。


だがたった一つ違うのは、無数の布切れだ――


ベッドや床の上に雪のように乱雑に何かの布切れが散らばっている。

それだけじゃない。タンスからは、無造作に金具や取っ手が壊され切り裂かれた鞄が顔を覗かせ、

机上にはバラバラに散らばりビーズが砂粒のように地面に転がっていた。

テグスが床に落ちていることから、これは何かビーズのアクセサリーだったのだろう。

それとは対照的にメルの方は何事も無いように変化していない。

シルクだけだ。


「なんだよこれ……」

室内に入り俺の目に飛び込んできたそれらに、叫ばずには居られなかった。

それと同時に、どこかわずかな隙間にあいつがここに居なくて良かったという安堵感が浮いていた。


シルクは今元老院にいる。しばらく荷物を多少移動させているが、全てを持って行ったわけではない。

おそらくこれらの布の残骸は、その残されたものだろう。しかもあるもの全て。

あいつが寒い時に羽織っていた赤いカーディガンなど数点見たことがあるような代物があった。


……シルクには知られるわけにはいかない。


「説明しろ、マーサ」

そんな俺の問いに、ベッドとベッドの間に佇んでいた一人中年の女はゆっくりと下げていた頭を上げた。

髪をきっちりと一つに結び、相変わらず無表情のままこちらを見ている。

こいつはいつもこの鉄仮面顔だ。表情筋が動いていないのでないかというぐらい同じまま。


その女は襟元や袖がかっちりとしたクリーム色のブラウスにくすんだワイン色のワンピースを重ね着、さらにその上には白いエプロンを着用している。

エプロンもフリルが一切施されていないシンプルなタイプだ。

ヘッドドレスのような飾りは一切つけず、腕に紺地にギルアの国花が刺繍された腕章を付けていた。


この服を着る権利があるのは城で唯一。

全てのメイドを統括するメイド長だけに許されている。


「メルが部屋に戻ったらこの状況だったそうです。犯人は現在不明。目撃者は今探しておりますが、この時間帯なので夜勤の者は寝ておりますのでおそらく見つからないかと」

「犯人なんて決まってるだろ。どうせあの女だろうが」

迂闊だった。花壇だけじゃなく、部屋までも……

次はリノア本人だと予想してたが、まさかこっちとは。

元老院の警備が厳重だったからか?あそこはあの女は敷地内すら立ち入り禁止にされているはずだからな。


「あの女を連れてこい」

「申し訳ございません。証拠がないため動くことは不可能かと……」

マーサの返事に俺はこれ以上ないと言うぐらい顔の筋肉を引きつり酷使した。

今すぐあの女に罰則を心と同じように顔も歪んでいるだろう。

思うように感情をコントロール出来ず、思考すら全て徐々に黒いものに浸食されていく。


「証拠がない?なら、作ればいい。いいか?これらは全てあいつが大切にしていたものだ。

それをこんな風にして許すわけない」

地味だろうが安かろうが、あいつにとっては価値あるものに変わりがなくもう二度とこの世に存在しないんだ。

価値ある宝石とここにあるものは、シルクの中では同等。

それをこんなに切り刻みやがって。


「落ち着いて下さいませ。お怒りはごもっともですわ。ですが、リサだという証拠がありません」

「お前はこの状況でもリノアよりあの女を庇うのか?」

「私は立場上、みな公平・平等に扱っております」

「扱ってないだろ!!なんでお前はそんなに冷静なんだ!?もういい」

顔色一つ変えないマーサに対しただ苛立ちだけが降り積もっていき、俺は直接あの女と直接対決することにした。

一度ならず二度までも。同じめ――いや、それ以上に遭わせてやるからな。


「お待ち下さい!!リクイヤード様!!」

体を半回転させ室内から扉に視線を移すと、マーサの制止声を背に受けた。

だが、そんなのはどうでもいい。端に映る不安そうに瞳を揺らせるミミ達の姿さえも。


もっと早くあの女を追い出すべきだった。

これは俺の判断不足だ。もう証拠なんてどうでもいい――


早々にけりをつけるべきだったと後悔に苛まれながら部屋と廊下の境目に一歩足を踏み出した瞬間、勢いよく左側からぶっ飛んできた何かにより足を……いや、思考も止められてしまう。


「――……は?」

ちょっと待て。今何が起こったんだ?

足下を見れば、髪や顔から伝うぽたりぽたりとした雫が床に引き寄せられ水たまりに波紋を広げていっている。

濡れた顔を手で拭きその攻撃があった場所に顔を向ければ、ブリキのバケツを片手に持ったササラがいた。

あいつの足下にはもう一つのバケツがあり、その中の液体を見れば透明なもの。

それが水だと判断したとき、俺はササラに向かって怒鳴った。


「お前いきなり何すんだ!?」

「あーら?まだ頭がカッカしてますねぇ。カルシウム不足ですわよ?」

「ふざけんな!!」

「ふざけてませんわ。それよりこんな事程度で一々騒ぎ立てないで下さいません?」

「こんな事だと……?お前もあの女のみ……――」

喉が痛むほど叫ぶ声がだんだんと弱っていき、最後には完全に消えてしまっていく。

その理由はつい数秒前と同じ。また水をぶっかけられたのだ。


「またかよ!!」

「いいですか?人間どんな時も頭を冷静にしなければいけません。

クールダウンは必要ですわ。じゃないと、森で熊とばったり危機的遭遇した時に対処出来ませんわよ?」

ササラはにっこりと微笑むと、バケツを床に放り投げ足を数歩こちらにすすめ俺の前に立った。

間に人が一人入るか入らないかの距離感は、俺にとっては近く煩わしい。

まるで自分の領域無断で進入されたかのようだ。


そのためすぐさま離れようとしたがぐいっと胸ぐらを掴まれてしまい逃げられず、あの笑顔がドアップでまっ正面に来るというなんともありえない展開へとなってしまった。


「お前俺の事誰だかわかってんのか!?」

「えぇ貴方様のことはよく存じてますわ。なんせ子供の頃からの長い付き合いですもの。

ですから、昔からの馴染みの者として……いえ、年上の姉もどきとしてお教え致します。

もっと大人になれ。このガキが」

「おまっ!!」

仮にも貴族令嬢のくせに!!人の――この俺の胸ぐらを掴みやがって!!

っうか、ガキ呼ばわりすんな!!たかが、五つ違うだけのくせに。


「リクイヤード様、私達の前でリノアを守ると誓ってましたわよね?メイド室で」

「あぁ、それがどうしたんだよ!?だから今……」

「こんなんで守れるとでも?貴方が今やるべき事は、証拠をでっち上げてリサを責め立てる事ですか?

違いますわよね。身分もなにもないリノアが大国のギルアに嫁いでくれば、こんな状態幾度も迎える可能性が多々あるんですよ。こんなことならまだいいです。いつかリノア本人に被害が来る場合だってありますわ。だから頭を冷やしなさいって言ったんです。守るべきものを守りぬくため冷静になり、リクイヤード様が今何をするべきか考えて下さいませ」

「……。」

「それから私達の事も頼って下さいませ。たしかに私達はごらんの通り役に立たないか弱い娘達です。

ですが、信用して貰えるだけの仕事をしているつもりですわ」

ササラに言われ、俺は何も言葉がでなかった。

役に立たないなどとは俺は決して思って無い。

城内のゴシップ収集だけじゃなく、仕事もちゃんとやっているのを知っている。


それもこれもシルクと接するうちに、メイドの仕事を見て来たからだ。

あいつがいなければ俺はこいつらの事をしることなんてなかったはずだし、こいつらも俺に対しむやみやたらおせっかいをやいて来なかっただろう。


今にして思えば、これも良くも悪くも全てシルクが繋げた縁なのかもしれないなと思っていると、

ふいに後方から「何がか弱い娘達よ」と冷めた声が投げられ廊下に響く。

その声の持ち主に俺は幻聴だと思った。それほどまでにあいつがここに来る事はゼロに近い事だからだ。


気位が高く、それでいて我が儘が当たり前な奴。

ドレスを着てこんなメイド部屋が集まる場所になど来るはずなんてない。


「――メイド如きのくせに、この私をこき使っておいてどの口が物を言うのかしら?エールと違って相変わらず図々しい上に白々しいわね。ここのメイド達は」







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