第五十五幕 彼女の正体を知る時は
今自分が見ている光景は一体なんなのだろうか。
こうなるまでの過程を把握するには、私には難しいのかも知れない。
それほどまでに私の花壇は変貌していたのだから。
「なんで……」
もうすぐ咲きそうだったヒマワリの花が地に落ちていただけじゃない。
他の花も全て綺麗に並べて植えていたのに、地面から抜かれてまるで投げ捨てられたゴミ
のように見えている。
無残に花を散らしているものや、水分が失われぐったりとしているものがあった。
「――あの女か」
重苦しい中、ぽつりと呟かれたリクの吐き捨てた言葉に私は体がびくつく。
すっと冷えていく体に降りかかるその現実は、少しばかり辛くて悲しい。
これを引き起こしたのが人為的だということが。
今まで自分で否定してきたのに、リクが肯定してしまったのだ。
「誰がこんな事を……」
落ちているヒマワリの花を拾い切り口を見る。
斜めに鋭利な刃物で切られたのか、切り口は綺麗。
長さもバラバラで適当にハサミか何かで切ったことが推測された。
「決まってるだろ。あの研修生だ」
「リサさん……?まさか。リサさんは寝る間も惜しんで勉強頑張ってるような子よ?
こんな事するわけないわ」
「女の妬みは怖いからな」
「妬みってまさか――」
リクの事?
思い当たるのは、それだった。
でもまさかリサさんがこんな事をするなんて。
研修期間ずっと一緒だったけど、本当に良い子だったの。
すごく慕ってくれて、二人で勉強会もしたのよ?
だからこんなことするわけない……
「――メル」
「え?」
いろんな気持ちが頭の中をぐるぐる回る中、リクのせいで思考が停止。
それはそうだろう。いきなりここにはいない人の名を呼んだのだから。
そのせいで、現実の世界に再び呼び戻されてしまう。
私が弾かれるようにリクに意識を向けた時には、彼はもうすでに体を後ろ向きにして渡り廊下の方を見ていた所
だった。
彼の視線が固定されているのは左から五・六本めの大理石で出来た真っ白い柱。
そこにすっと影が差したかと思うと、メイド服を着た人が音も無く柱の裏から出てきて、こちらを見ると忌々しそうにリクを見ている。
メルさん……?
気配を読むことには慣れているつもだったけど、これには全く気づかなかったわ。
何故かしら?普段なら気づくはずなのに。
「――あんたに気づかれるなんて私も終わったわね」
近づいてきたメルさんがリクに言ったその台詞に、私は耳を疑った。
だって、メルさんがリクの事を『あんた』呼ばわりしてるんだもの。
「鍛錬不足か鈍ったんじゃないか」
「……それ誰に言ってるの?そんな口聞けないようにしてやるわよ」
腕を組みながらメルさんはリクを睨んだ。
さっきの事だけなら聞き間違いかなって思うけど、私の傍で話をしている二人を見ると
これが普通なんだと理解する事が出来てしまう。
一体、この二人は……?
「そんな事よりリノアを部屋まで連れて行け。ロイとスレイアをやるからそれまでお前が付いてろ」
「あんたはどうすんのよ?」
「いいから黙って行け。書類上の主は俺だ」
「えぇ。わかりましたわ、リクイヤード様。でもわかってますわよね?この状況を引き起こしたのはご自分だということに」
メルさんは腕を下ろすとリクに対しにっこりと微笑んだ。
なぜかその笑顔が無性に怖かった。
剣先を首もとをに当てられているような、ぞわっと背中から突き抜ける感覚に陥ってしまうのは何故?
「……貴方は何者ですか?」
気づいたらそう口にしていた。
これは私の知っているメルさんなのだろうか。
それともただ私が知らないだけなのだろうか。
ただ、感覚的に彼女がただのメイドじゃないような気がする。
こんな全身が鳥肌立つような空気を纏うなんて。
「私が誰かリノアには知られたくないな。もしリノアがそれを知る時が来るとしたら、
それは貴女の身に危険が及ぶ時だから――」