第五十四幕 壊れたモノ
気が重い。重すぎてこの扉を体が拒絶している。
そのため私はドアノブを握ったまましばし、そのまま。
――やっぱ、怒られるのかなぁ……?
はぁっと私はため息を吐くと、目線を少し上にあげて扉に張られているプレートを見あげた。
そこにはメイド長室の文字が。
いたって普通に彫られているなんの細工もない加工なんだけど、私が見るとメイド長の幻影がこのプレートから飛び出して見えるぐらいこの文字には威力がある。
私何したっけ?
この部屋に来るのは、メイドお仕事初日の挨拶以来。
出来ればここには来たくなかった。
だってここに人が呼ばれるのは、怒られる時。しかも、余程のこと。
普通に怒られるなら、その場や次の日に朝会でだから。
とにかく行くしかないよね。呼び出されてすっぽかしたら、ますますヤバくなるし。
私は覚悟を決めて扉をノックした。
*
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「おいしい。やはりメイド長の腕は素晴らしいですわ。このお茶上手に入れられる人はなかなかいません。
それなのに、こんなに浸透するかのように広がる深い味を出せるなんて」
私はティーカップを見つめながら感嘆の声をあげた。
届いてくる紅茶の香りと、口の中に広がっている旨み。
それらはとても私では出せない代物だ。
これはスレートアっていう古代の女神の名を受けた紅茶。
ブレンドされている花が貴重なため、この紅茶は高値で取引されているの。
しかもとても繊細な調合がなされているからか、これ普通に入れると味が変。
飲めなくはないんだけどさ。
蒸らし時間や茶葉の料などで調整はするんだけど、なかなか旨くいかない。
それをこんな風な味を出せるなんて。さすがメイド長だわ。
何かコツとかあるのかしら?
おいしい紅茶を飲み浮かれ気分の私とは違い、メイド長はシビア。
私の座るソファとはテーブルを挟んで反対側にあるソファに座っているんだけど、真顔。
いつものように仮面の如く、怒る時以外感情を見せてはくれない。
「そんなに褒めても何も出ませんよ」
「……はい」
さっきまでテンションがあがっていたが、底の見えない圧迫により私は思わず身を固くする。
それは条件反射のようなものだろう。
私だけじゃなく、ミミさん達もおそらく同じ反応すると思うわ。
だって、メイド長ってお仕事の鬼だもん。
「リノア。このたび貴女を呼んだのは他でもありません。リサの研修担当を外れて貰います」
「……え」
落雷のようなメイド長のその申出に、私は一瞬言語が理解出来なかった。
それはまるで異国の言葉のように、私の頭を真っ白に変え世界を反転させるぐらいの威力を持っている。
「理由はあの事ですか……」
酷く口の中が渇き、言葉がしゃべりづらい。それでも私は口を開き尋ねた。
思い当ることがある。それはついさっき起きた出来事。
リサさんに私とリクの仲が知られたことだ。
「えぇ、ササラより報告を受けてます。実はその件に関してリサよりさきほど担当変更の申出がありました」
「リサさんがですか……?」
「リノア。これは貴方が悪いわけではありません。こちら側のミスです。
まさか、リサがリクイヤード様に好意を寄せているなんて――」
メイド長が手に持っていた書類をテーブルの上へと置いたため、それが視界に入ってくる。
それにリサさんの写真が添えられているのから察するに、どうやらリサさんに関するものらしい。
「貴女は研修中頑張っていたわ」
「いいえ、私は……リサさんの方が頑張っています。寝る間を惜しんで勉強してましたから」
「貴女もそれに付き合っていたではないですか。試験対策の書類や要点を纏めたりして、面倒を見てました。
貴女に研修担当を任せて私は良かったと思いましたよ」
「ありがとうございます」
なんだか嬉しかった。
自分のやった事が評価されるなんて。
「今回貴女を呼んだのは、さきほどお話したリサの担当だけではありません。
実は、元老院よりメイドを一人ばかり貸して欲しいとの要望があったのです」
「メイドですか?」
「えぇ。なんでも里帰りする人の代わりだそうよ。それを貴女にお願いしたくて。
リノアなら、あちらの方達とも交流がありますし。期間は二か月。部屋もあちらで用意して下さるそうよ。
どうかしら?」
「はい。私でよければ」
研修生とメイドは部屋が別だけど、棟が同じため朝会とかで必ず合う事になるからすこしだけ気まずい。
だから今回のこの要望は私にとってはとても助かることだ。
タイミングよかったわ。ほんとうに。
話をしようにも避けられているみたいだし……
ササラさん達は距離を置きなさいっていうけど、でも私は元のように仲良くなりたい。
でもきっとリサさんは私の顔なんて見たくないと思うけど……
「そう。貴女が引き受けてくれてよかったわ。では、さっそくだけど明日からで大丈夫かしら?」
「はい」
「では、今日はもうこれで上がっていいわ。荷造りもあるでしょうから」
「はい。では、明日より元老院側の手伝いを」
私は立ちあがるとメイド長に頭を下げ、扉の方へと足を進めた。
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*
「――……ちょっと待て!!俺はそんな話聞いてないぞ」
「聞いてないって言われても知らないわ。私は、さっきメイド長からそう言われただけだもん」
目の前に立ち塞がるようにしているリクの横をすり抜けるようにして、渡り廊下へと進んでいく。
手に持っているジョウロから波打つ音が聞こえてくるなか、私はそれをこぼさないように廊下から庭へと出た。
目的のリクから誕生日プレゼントとして頂いた花壇に向かって。
「お前、それ受けたわけじゃないだろうな?」
「受けたわよ」
「受けるな!!いいか?元老院では俺は自由に出来ないんだぞ!?お前に会う事すら叶わなくなるんだ」
「リク、大袈裟ー。元老院の建物はこの城内にあるのよ?ほんのすぐそこじゃないの。別にハイヤードに帰るって言っているわけじゃないんだから、気軽に会える距離じゃん」
ついてくるリクが妙に慌てているのを怪訝に思いながらも、私は足を進めていく。
「ねぇ、リク。それより、ヒマワリって見たことある?」
先週お花の入れ替えしたので、この先にある花壇の花は一新。
まだ蕾のやつもあるけど、きっと来週かさ来週の頭には咲くはず。
今回は名前も聞いた事ないお花や、図鑑でしか見た事ない花ばかりだから楽しみなの~。
ギルアは大国だからいろんな国の花が集まっているし、華の国・サーザが近いため花の種類が豊富。
お花屋さんでいっぱい買って来ちゃったのよね~。
「ヒマワリ?あるがどうした?」
「あのね、いま蕾でもうすぐ咲きそうなんだ。だから、リクにみせ……――えっ?」
ふと視界に入った風景に違和感を感じため、言葉を止めそこに向かって走った。