第五十三幕 それぞれの絡まる想い
誰でも最初は初めて。
最初から上手に出来る人なんて居るわけないから、みんな何度も試行錯誤繰り返して、
自分の形にアレンジしてやっていく。そうしてみんな一人前になる。
――だからお願いだから泣かないでーっ!!
目の前で顔を手の平で覆っている少女を前にし、私はこれからどうしていいか途方にくれていた。
あいにくとこの状況をなんとかしてくれる人は誰もいない。
ゲストルームには、私と彼女の姿しか見えないから。
どうしよう。人に教えるのって難しいわ……
しくしくと彼女の嗚咽のたび、ボブカットされた彼女のピンクの髪で隠れていた耳が見え隠れしている。
一応弁解しておくけど、私が泣かせたわけではない。
彼女が泣いている原因は、後ろにあるベッドだ。
正確にいえば、そのベッドに張られているシーツが問題なの。
紺色のノリの効いたそれは、誰が見てもおそらく使用済みだってぐらいに乱雑であり、今すぐ新しいのに張り替えが必要だって思う。
でもこれ、実はこれ新しく張ったばかり。
それでその張り替えをしてくれたのが、泣いているリサさん。
年は私と同じで十七歳。元々は司書だったんだって。
今は手の平で隠れているけど、丸みを帯びた輪郭や、エメラルドのような瞳とちょっと丸みを帯びた鼻。
それから、リップが必要ないというぐらい血色の良い艶のある唇ですごく可愛い人なんだ。
彼女が着用しているのは、私と違い灰色のメイド服姿。
右腕には赤い腕章をしているけど、これはギルアの見習いメイドの証。
つい三週間前このギルア城にメイド見習いが二十人入ったために、この東棟にも六人新入りが来たんだけど、
その内の一人がリサさん。
私は彼女の研修担当になり、いろいろ教えてきたの。
「気にする事ないんですよ。みんな何度も練習して出来るようになるんですから」
「でも他の研修生はもうシーツ張りが完璧です!!それなのに、私は……」
「リサさん、時間かけるとちゃんとシーツ綺麗に張れるようになりましたよ。
今は試験通り五分以内っていう制限付きだから……」
基本的に人というのは覚えるペースが全然違うから、早い人もいれば遅い人もいる。
それに得意分野とか苦手分野もあるし。
今まで見てきてわかったんだけど、リサさんはお茶入れとか時間をかけるものは得意らしく、
シーツ張りのような素早さが必要なものが苦手みたい。
このシーツ張り出来ないと困るのよね。
一日何枚シーツ張り替えるんだ!?ってぐらい張り替えるからさ。
「慣れるまで自分のペースでやっていいよ」って言ってあげたいけど、試験があるためそうは言ってられない。
ギルアのメイドって結構厳しくて、筆記・実技・面接に合格しないとメイドとして城で働く事が出来ないの。
もちろん中途の私も受けたわ。
そのためお仕事を覚え、尚且つ、試験対策もしておく必要がある。
だから苦手とか言っている場合じゃない。
「……うぅ。私がメイドに向いていないのわかっています。でも、どうしてもギルアのメイドになりたいんです……そうすれば、少しでもあの方のお傍にいれるから……」
「あの方……?」
私は首を傾げながら、リサさんに尋ねた。
「もしかしてリサさん、好きな人いるの?」
「はい……そのお方は、私なんかじゃとても触れる事が出来ないぐらい高貴で素敵なお人なんです。町に住んでいる私のような身分じゃ、滅多にお目にかけれる事はありません。ですが、メイドになればきっと……」
リサさんが顔を上げたため、潤んだ赤い瞳と目があう。
「そっか。じゃあ、受かる様に練習頑張ろうね。城務めの人だと会えるチャンスあると思うし」
「はい」
「じゃあ、さっそく苦手なシーツのはりか……――」
再度シーツの張り方をと思った矢先、廊下をドタバタと走る音が響き私は意識をそちらに引き寄せられてしまう。
――なに?
その音はぴたりと私達の部屋の前で止まったかと思うと、バンッと緑色の扉は開け放たれた。
それは息を切らせたササラさんによって。
彼女は立っているのもしんどいのか、扉にもたれかかりながら息を切らしている。
もしかして緊急の用事かしら?
こんなに急いで来るっていうのは、滅多にないため私は眉を顰めた。
「リノア!!」
「はいっ!?」
「お出迎え。リクイヤード様が戻られたの!!早く行きなさい!!」
「あれ?予定では明日の夕刻では?」
「そうなんだけど、帰って来ちゃったのよ。私はその子と他の人達に伝達行くから、あんただけ先に行きなさい」
「ですが、私も伝達した方が早いのでは?」
東棟って言ってもかなり広いし、みんなに声かけるなら二人より三人の方がいいと思うし。
「何のためにリクイヤード様が早く帰って来たと思ってんの!?あんたに会いたいからでしょうが。
ほら、早く行きなさい!!これは先輩命令っ!!」
「は、はい」
私はササラさんに会釈をすると、彼女の横をすり抜けて先に行こうとしたけど出来なかった。
それは、リサさんに腕を掴まれたからだ。
体全体で私の右腕にしがみ付き、まるですがりつくような。
「待って下さい。どうしてリクイヤード様がリノアさんに会いたいんですか。まさか――」
彼女の視線が、私の左手の薬指へと注がれ釘付けになっていた。
私の腕を拘束している彼女の手に力が込められたせいか、爪が食い込んで剥き出しの肌に突き刺さるり、
顔が歪むのが自分でもわかる。
もしかしてリサさんの好きな人ってリク……?
「あの、リサさん――」
「リノア。行きなさいって言ったでしょ?」
「え?」
ササラさんの堅い声に私は顔を上げ、彼女を見た。
すると彼女は私を掴んでいるリサさんを無理やり引きはがすと、私を扉の前へと押し出す。
躊躇いながら振り返ると、俯くリサさんとこちらに向かっ手で私を追い払うようなしぐさをして見せている
ササラさんが目に飛び込んでくる。
「ここは私に任せて貴方は行きなさい」
「ですが……」
「なんとなく事情はわかったわ。あんたはとにかくお出迎えしなさい。じゃないとあの方こっちまで乗り込んでくるから」
「……はい。リサさん、後でまた続きを」
そう彼女に告げるが、彼女はこちらを見ず俯いたまま。
それが酷く気がかりで私はいつまでも頭から離れなかった。