第五十一幕 一度ならず二度までも
換気のために開け放っている扉から心地よい風が室内に流れてきてるため、
それが澱んだ空気を浄化してくれていた。
だがその空気も私とリクの間で起こっている微妙な空気をとっぱらってはくれなかったようだ。
私達メイドが借りている部屋がゆうに三つは入るであろう室内のちょうど真ん中あたりに私とリクはいる
んだけど、なんとも言えぬ空気が醸し出されている。
ちょうど私の近くには埃よけのダークブラウンのカバーの掛けられたベッドや、サイドテーブルの上に
のっている花の生けられてない花瓶などから、この部屋の使用頻度がうかがえていた。
埃をかぶり色が部分的に灰色になっている。
「……あのさ、メイド長怒るのってかなり怖いんだけど」
そう私の後方にいる人に告げると、その人ははぁっと深いため息を吐き出した。
それは疲れから出るため息ではなく、呆れからくるため息らしくどこか鼻で笑っているように感じる。
「お前もう少し空気読んだらどうだ。この状況でなんでメイド長なんだよ?ムードないな」
後ろから手を伸ばし私の肩に手をのせるような形でクロスさせ、私のちょうど右肩部分から顔を出すような
形で抱きしめているその男がそう自分勝手な台詞を口にしたため、癪にさわり私のこめかみが勝手に痙攣し始めてしまう。
「この状況だからメイド長なんだってばっ!!」
そう私の叫び声が四角い箱の中に響きわたり、壁へとぶつかるとそのまま吸いこまれていく。
だが、残念な事におそらくこのボリュームのせいで隣の部屋はおろか隣の隣まで吸収されて筒抜けだろう。
「リク見て!!私掃除中なんだってば」
私は右肩付近に持っている箒の柄を移動させ、彼の前へと移した。
こんなことしなくても、さっきこの部屋を箒で掃いている時に来たから私が掃除中だって知っているはず。
それなのになんでいきなり後ろから抱きつかれなきゃならないのよ?
もー。掃除終わんないじゃんか……
「あぁ、知ってる」
「知ってるなら邪魔しないで。いい?あと空き部屋五室おわさないと行けないの。
その後はリネン室にタオル運ばなきゃならないし。時間通りに終わさないと、メイド長のお叱りが待ってるんだからね」
「メイド長には俺から言っておく。掃除より俺の方が優先だ」
きっぱりとはっきりと言ってのけたリクの言葉に、私は唖然としてしまう。
「何、その傍若無人さ」
「俺はこの国の王子だからな。それより、お前に渡すものがあったんだ」
リクはそう言うと私から離れたため、ほんの少しだけの違和感を残し肩にあった重みは消えていく。
ふわりと楽になっ肩を少し動かし、私は後ろを振り返るとリクを見つめたんだけど、
そこには思わず思考を停止させるような光景が広がっていた。
私の動きを停止させた原因それは、リクが右手に乗せ私に差し出しているそれのせい。
銀色のリボンの掛けられた紺色のベルベッドタイプの小箱……って、あれしか考えられないんですけど!!
「ちょっと待って。それ指輪じゃないよね?」
「このサイズでこの箱は指輪だろ。籍は入れてたが指輪はまだだったからな」
「リク、バーズ様が言った事忘れたのっ!?」
私は数日前のサーザ国での出来事を頭に浮かべていた。
あの時は本当にいろんな事が起きてたわ。
バーズ様にお会いしたかと思うと、リザーは呼んでもいないのに来るし、
バルト様はとばっちりくらって呼び出しくらったりで……
あの日バーズ様は条件付きで、私がハイヤードに戻る事を承認したの。
それまでは散々だったわ。「絶対に馬の骨の所には返さないから!!」と大叫び。
私、お仕事しているから急に辞めれないからなんとか宥めた結果が条件付きでの許可。
それはリクが私をハイヤードの姫として接するのを禁止するという事項。
私がギルアに居る時は、リノアとして生きるから身分は姫ではない。
そのため、リクと行われたシルクとしての結婚は無効というなんか意味がわからない話だった。
私は一人しかいないんですけど?
だから、私は今はメイドのリノアなので、リクと結婚してないってことらしい。
あくまで結婚したのは、ハイヤード国の一の姫・シルクなんだって。
……まぁ、その姫としての結婚もバーズ様なんとかぶち壊すって言ってたけど。
「――って、リク。人の話聞いてるっ!?」
リクは私の左手を取ると、薬指に何かをはめ始めてしまっている。
冷たいひんやりとしたそれは、指をほんのわずかだが圧迫される感覚が指を伝ってきた。
「外すなよ?」
「ちょっと待って!!」
リクの指が視界から消え、私の指とそれだけが見えた瞬間私はついそう叫んでしまった。
だってそれはあまりにも私が想像していた指輪と違っていたから。
「これ無理無理。無くしたらやばいって!!」
薬指に嵌められた指輪。
それは、「ダイヤを並べてリングにしたの?」というぐらい全体がダイヤ。
中央には虹色の輝く爪ぐらいはあるだろうと言うぐらい大粒な虹色に輝く石があった。
「これ虹の石じゃん!!これ値段つけれないんだよ!?」
世界中を探してもあまり発掘されない非常に稀な石。
これは無くしたら弁償出来る額じゃないわよっ!!
「無くさなきゃいいだろ。万が一無くしたとしても、新しいの買ってやるから」
「はぁ!?新しいの買う?これいくらすると思ってるの!?私のお給料何年……いや、何十年分よ!?」
「とにかくつけてろ。男避けだ」
「これ窃盗団とか来るって!!」
「来ない。それに他の奴らもつけてるし、もっと粒の大きいやつつけている人だっているだろうが。
万が一指輪を狙われる事があるとしても、お前には見張りを付けているから何かあったら対処するので気にする必要はない」
「……見張り?」
ぴくりと体に力が入る。
今、すっごくひっかかったんですけど。
「とにかく、外すな。あと、俺は明日から一か月ばかり留守にする。だから――」
リクの言葉が中途半端に途絶え、ふと二の腕を掴まれたかと思った瞬間、唇に触れたのはまたあの感触。
それは数日前のサーザでのあの時を思い出すもの。
「――っ」
何が起きているのか鈍る頭がやっと理解し始めたため咄嗟に引き離そうとしたけど、リクの方が早かった。
素早く私から離れ、喉で笑うと「だからその間大人しくしてろよ?」と言って立ち去ってしまう。
バタンと閉じられた扉に私は「リクのバカーっ」とぶつけるのがやっと。
一度ならず二度までも!!
なんで私って学習能力ないのっ!?