第四十七幕 わかってるけど、言葉で安心を。
私には反抗期というものが無かった。
なんせ、薄暗い地下室幽閉生活中。
明日の事を考えるより、今これから数秒後の世界の保証が無かったようなものだったから。
だからどんなものかは、人づてに聞いた話でしかわからない。
シドやロイに話を聞くと、共通しているのが親や周りに対してうっとおしくなるらしい。
「へ~。そんな事あったんだ」って言ってたけど、今ならわかるかもしれないわ。
だって、私も今その道を通っているのかもしれないもの――
鳥のさえずりに暖かな室内。
溢れんばかりの植物の中、私はなんだかいまいち理解出来ない状況になっていた。
「シルクちゃん!!一体どういうことなの?パパ聞いてないよ!?どうしてこうなっちゃった!?なんで!?」
「あのですね……」
「どうしよう!?パパ意味がわかんない!!なんなの!?」
「すいません、こちらがどうしようなのですが……」
バーズ様、私の事ちゃん付けなんてした事ありませんよね?
しかも、自分の事なんかパパなんて呼んでますし。
なんだがバーズ様がうっとおしくてしょうがない。
これがいわゆる反抗期ってやつかしら?
どうでもいいけど、とりあえずこの揺れる視界だけはなんとかして欲しいわ。
三半規管いかれそう。
私の視界はぐらぐらと揺れている。
それは両肩に置かれたバーズ様の手により、体が前後に動かされているせいだ。
せっかくの親子再会だというのに、なぜ「久しぶりだね。元気だった?」とかの挨拶もなしに、いきなり問い詰められなければならないのだろうか。
しかも、眉を下げて涙目を浮かべながらの懇願に近い訴え。
一国の王がこのようになるほど、一体何があったというのだろうか?
その件について、今の私は一切わからない。
情報が全くないのだから。
だからバーズ様のお話をちゃんと伺わなければならないのだけれども、この状況じゃ無理。
――だって、バーズ様ってば私の話全然聞いてくれないのですもの。
しかし、ココルデ王子も状況は飲み込めないようだけど、空気読んで退出してくれて助かったわ。
その上わざわざ人払いして下さったし。
こんなバーズ様今まで見たことないけど、本当にどうなさったのかしら?
私よりは、連れの騎士達の方がバーズ様と一緒にいるから理解出来るはずだけど、
肝心の彼らは頼りにならないみたいだし。
なぜかって?だって、今にも倒れそうな顔色なんだもの。
バーズ様と一緒に来た騎士は、うちの副騎士団長・フェンネルと中堅騎士ラガ。
他国に行くのに護衛が二人って事ないから、おそらく何処かにあと数人の騎士はいるはず。
今日は誰が来ているかわかんないけど、たぶんどこか別の部屋にいるのかも。
うちって精霊が使役出来るためなのか、専属の護衛騎士とかいないんだ。
でも、一応国外に出る時は見た目重視も相成って、騎士を数人連れ行くの。
もちろん、母様――ラピス様や義理妹ユリシアには、国から連れてきた騎士だったりの専属騎士がいるわ。
「――バーズ国王。ご無沙汰しております」
「ご無沙汰じゃないよ!!」
あれ?リクの言葉には反応するんですか?
私の言葉には反応してくれなかったのに、リクの言葉には反応したよう。
ぴたりと体の動きを止めると、バーズ様は顔をリクの方へと向けた。
「リクイヤードくん。これ、どういうこと!?なんでうちのシルクちゃんのことを抱きしめちゃってたの!?」
「夫が妻を抱きしめるのに、理由はいらないはずですが……?」
「夫じゃないでしょ!?うちの子に手ださないで。うちの子ピュアなの!!」
「まだ手は出してませんが、これから出します。俺とシルクは婚姻関係を結んでいますから、なんら問題はありません。その件に関しましては、バーズ国王も承認されているはずですよね。婚姻書にサインしましたから」
「問題ありでしょ!?だって君達の結婚はぎそ――」
話の途中なのに、バーズ様の言葉はそこでぴたりと止まってしまった。
それは何かが落ちるような鈍い音が耳に届いてきたからだ。
――なにかしら?
その声の方向に視線を向けて、私は思わず悲鳴じみた声を上げてしまう。
だってそこには、うちの副騎士団長のフェンネルが倒れていたのだもの。
「ちょっと!?フェンネル。大丈夫!?」
「ちょっと!!ずるいですよ、副団長っ!!自分ばっかり気絶して!!」
声を発したのは同時だったが、私とラガは全く対照的な台詞を口にしていた。
彼は倒れているフェンネルの傍にかがみ込みながら、なんとか起こそうと体を揺さぶっている。
「俺も気絶してー。知っちゃったからには、これなんとかしなきゃいけない義務が生じちゃたじゃないかよっ!!あー。どうすんだよこれ。あの鬼畜にバレたら、俺達の身が危ないのに……」
ラガひとしきり震えると、ふと顔を上げ土色の顔でバーズ様を見上げて口を開いた。
「バーズ様。どうなさるおつもりなんですか。こんな事あのエセ天使が許しませんよ」
弱々しい騎士らしからぬその声は、時折震えている。
「ラズリの事は言うでない。考えただけで恐ろしくなるではないか!!お前は忘れたのか!?あの入国禁止事件を!!」
「忘れるわけないじゃないですか。こっちは新婚だったんですよ!?それなのに、新妻と三ヶ月も会えななかったのですから。妻もラズリ王子の事を聖人君子だと崇拝している民の一人だから、頼まれた仕事断ったら俺が悪者だったし……」
「うむ。本当に民や貴族達は皆あやつに騙されておる。この間も新聞に、慈愛に満ちたお方みたいな事書かれていたが、わしにはあやつと慈愛という言葉が結ばない。むしろその対極に位置する非道という言葉の方が似合うとおもうのだがのぅ。あの鬼畜には」
「姫様を勝手に結婚させちゃって、バーズ様そうとうやばいですって。もう二度と勝手な事できないように、国王の座は確実に奪われますよ。そしてリクイヤード王子を全力で潰しにかかりますね」
「そんな不吉な事言うでないっ!!リアリティありすぎるではないかっ!!わし、まだまだ現役続行出来るというのに」
「まぁ、それだけで済めばいいですけどね……」
ダンデはそう言うと乾いた笑いを浮かべ、「俺の罰どうなるんだろ」と項垂れてしまった。
「あの~。なんか話の流れ的に、バーズ様達は誰かに怒られるから私が結婚していると困るのですか?」
鬼畜と呼ばれる人物がわからないが、大体話の内容でなんとなく理解出来たわ。
「そうではない!!わしは、シルクが嫁いで行ってしまったら寂しいのだ。シルクをあんた目にあわせておいて何が親かと思われるかもしれぬが、シルクはわしの自慢の娘じゃ。いつまでも手元に置いておきたいに決まっておるだろ。もし結婚するならば、国内の相手をと常々思っておったのじゃ。そうすれば、一緒に居られるからのぅ。だが、シルクの今の現状のために偽装結婚したら、こんな状況に。バルトの嘘つきめ」
「バーズ様……」
バーズ様の愛情は伝わっていたけど、いつもどこかで思っていた。
私はいらないんじゃないかって。
だって、こんなに迷惑しかかけてないもの。
今ではこんなにふっくらとしていらっしゃるバーズ様も、幽閉されていたときはお痩せになっていっていたの。
それが私がアカデミーに入学した頃から、体が戻られていった。
今では年々増量して、少し体が心配になるぐらい。
だから、私はバーズ様にとって頭を悩ませる種だって思ってたんだ。
「だから困るんじゃ。偽装結婚だからサインしたのに、本当の結婚されては」
「……ありがとうございます」
言葉にして聞いたからか、私は安心してぽつりと一粒の雫がこぼれ落ちた。
そんな私にバーズ様も眉を下げ、瞳が潤んでいる。
「シルク……」
ふと自分の名を呼ばれた後、リクに肩を抱き寄せられた。
泣き顔を見られたくない私は、そっとリクにもたれかかるようにしがみつく。
すると、バーズ様の「なんでそこで馬の骨っ!?ここはわしの出番でしょうが!!」という悲鳴じみたお声が室内に響きわたった。