第四十五幕 こんな所に弟の影
「さすが、華の国ね」
馬車の窓から身を乗りだし、私は前方にそびえ立っているものを眺め感嘆の声を上げた。
それは私達を乗せた馬車が進んでいるちょうど一本道の先にある建物で、距離にしてあと五百メートルもないだろう。
そこが、私達の目指す目的地であり、この国の中心とも言える場所。サーザ城だ。
ギルア城の広大な敷地内には、城の他に塔や騎士公舎、それから議会堂などいくつもの施設が建て並んでいるんだけど、サーザ城では城壁だけの広さで見るかぎりあまり建物はないらしい。
その代わり、植物が多く存在しているみたいだわ。
白煉瓦で組まれた城門には赤い花を咲かせた植物の蔓が伸び建物を浸食しているし、城まで行く道路の両サイドには、花壇と垣根がある。
ギルア国と違い花や植物が多いせいか、城下町の時もそうだったけど良い香りでつつまれているの。
ほら町に出ると、匂いってするでしょ?
食堂から漂ってくる食欲をそそる香りとか。
さきほど通った城下町は、花の香りで包まれていたんだ。
「おい!!危ないからそういうのやめろ」
急にがしっと窓枠を押さえていた手を握られたかと思うと、今度は体に何かが巻き付くような感覚に襲われ、そのまま車内へと戻されてしまった。
「お前は興味があるものがあるとすぐこれだ。少しは落ち着いて周りを見ろ。それに馬車から身を乗り出すなんて、オリンズがここに居たら真似するだろうが」
頭上で聞こえて来たリクの言葉に、私は返す言葉がない。
これは完全にリクが言っていることが正しいわ。
私って、テンションが高くなるこうなっちゃうのよね……
幽閉生活が長かったためか、私はつい物珍しいものがあると、それ以外見えなくなってしまう傾向にある。
気をつけなきゃなぁ~とは頭ではわかっているんだけど、つい体が反応してしまう。
前にリクにお祭り連れて行って貰ったとき、珍しい屋台ばかりだったから、リク置いて一人で買いに走ったりしちゃったの。
いや~、あの時は怒られた。怒られた。
暴走しないようにって、手をまで繋がれちゃったからさ~。
「ごめんなさい」
「お前な~、本当に大丈夫なのか?今回は遊びで来ているんじゃないんだぞ?」
「はい」
「俺はギルアの王子で、お前は俺のパートナー。しかも、今回はお前の非公開の初お披露目なんだぞ。まぁ、今回はあいつだからそんなに肩肘張らなくてもいいが」
「ねぇ、その事なんだけどさ。本当に私で良かったの?パートナーが欲しいなら、他の貴族令嬢の方が適切だと思うわ。リクなら相手に困らないでしょ?」
だってお花は見たいけど、正直公の場なんて出た事ないもの。
もちろん、昔はそういう所に出ていたわ。
一応お姫様だし。でも、それも7歳までだけど。
私とは違いその点貴族のご令嬢なら幼い頃から慣れていると思うし、リクのエスコートしやすいかな~って思うのだけれども。
「まぁ、はっきり言って俺は相手には困らない。だが、俺はお前が良いんだ」
「なんで?」
「お前自分の恋愛関係に関しては本当に鈍いよな」
「ん~。正直言って、良くわかんないの。だって男の人って、好きでもないのに好きだよとか言うんでしょ?
可愛いって言われても社交辞令。話している時、顔が赤いのは赤面症なのかもしれない。私、それが好意を持ってくれているのか、そうじゃないのか区別がつかないから」
「……おい。お前、なんか変に曲がって物事見てるぞ。どうやったらそう歪んで見るんだよ?やっぱり、天然なのか?そこは素直に受けるだろうが」
リクは口元を引きつらせながら、眉を顰めた。
「曲がって見てる……?どういう事?それ、ちゃんとラズリに貰った本に書いてあるよ」
今残念なことに、それ手元にないけど。
その本には、それが好意なのか一旦立ち止まって考えよう的な事が書いてあるの。
アカデミーに入学する時、ラズリが「悪い狼が多いから、姉上がその毒牙にかからないように」ってくれたんだ。
すごく姉思いの優しい子で、「姉上が心配なので、必ずそういう事があったら全て相談して下さい」って。
「本!?お前のそれは、あのシスコン弟のせいかっ!?」
「ちょっ、危なっ!!――……って、あれ?」
馬車が揺れているのにリクが立ちあがってしまったため、それを止めようとしたら馬車が停止してしまう。
不思議に思い窓の外を眺めたら、噴水とそれの外側に城門それからここから城下町に続いている1本道が見えた。
あ、もしかしてちょうど着いちゃった?