第四十四幕 すごいんだよ
やっぱ、まだ回復しないわよね……
少しだけ体を左斜めに傾け、私は隣に座るその人物に視線を移すと、自分の腕をまくら代わりに窓枠にもたれるよう、両腕に顔を埋めるリクの姿があった。
せっかくの澄んだ青空に、綺麗に輝くコバルトブルーの湖という絵を切り取った風景なのに、リクはそれを見ず、まるで徹夜したかのようにぐったりとしている。
「リク、大丈夫?」
そっとリクの肩に触れ声をかけると、ゆっくりと顔をあげ体を捻るとこちらを振り返った。
彼の顔には疲れが見られ、なんだが長時間の会議が終えたよう。
いつもなら温かいお茶を入れて上げられるんだけれども、今は馬車の中なので残念ながら出来ない。
「大丈夫じゃない……あいつら張り切りすぎだろ。これから窮屈な馬車移動をする人間に、三十分も熱弁するか?おかげでもうすっかり疲れが溜まってしまったじゃないか」
リクは疲れもストレスも全て吐き出してしまおうとするかのように深くため息を吐きだすと、今度は気だるそうに座席に深くもたれ掛かった。
「ササラさん達もお仕事だし、悪気はなかったんだけど……」
「悪気があるとかないとかの問題じゃないだろうが」
リクはあの後30分ぐらいササラさんたちに熱弁され、やっと解放されたの。
もう終わった後は、この通りすっかり意気消沈。
まぁ、でもササラさん達の言っている事もわかるわ。
見栄とプライドの世界。
姫生活は子供の頃で止まっているからよくわからないけれども、実地研修でメイドのお仕事をした時などそんな感じだったのよね。
そのため、アカデミーでは流行の授業というのもあるの。
姫付きや貴族令嬢に仕える人達なら、いろいろ研究していると思うわ。
私は今、リクのメイドだからそういうの勉強しなくていいけど。
「少し馬車止めて、どこかで休憩入れてもらう?」
「いや、構わない。それより、お前の……――」
リクの言葉は中途半端に不自然に止まってしまった。
どうしたのかしら?
そんな所で止められると気になってしまうのだけれども。
リクは口を紡ぐと、青い透き通るような瞳で私のことをじっと見つめてきた。
何か言いたそうと言う事はわかるが、その肝心のことが言ってくれないと理解出来ない。
「何?」
「別に……」
リクはそう言うと、ふいっと反対側にある窓枠に頬づえをつきながら、窓から見える景色をぼうっと見始める。
「ねぇ、言いたい事があるなら言ってよ?疲れたからマッサージして欲しいとか?」
「違う」
「じゃあ、何?」
「……。」
リクはこっちを向くと、自分の手の平を見せるように右手を差し出してくる。
手相でも見ろってわけじゃないわよね。何かしら?
じっとその手の平を観察するが、何か乗っているようには見えない。
「……手、繋がせろ」
「はぁ?」
私が思わずそう叫んでしまうのは、言うまでもない。
いや、だってこの状態で手を繋がせろ?なんですか、それは?
「手を繋いだら疲れ取れるの?」
「取れる」
「いやいや、取れないでしょ。――……って、リク~?」
リクは私の左手を自分の右手で掴むとリクの太ももの上へと置き、何事も無かったかのような顔をして、また視線を窓の外へと移した。
「私と手を繋いでも疲れなんて取れないよ?そんな事出来たら、すごい人みたいじゃん。私、治癒魔法なんて使えないわよ?精霊が見えるだけで、ラズリ達みたいに精霊の力を使う事は出来ないんだから」
「……みたいじゃなくて、すごい人なんだよ。俺にとっては」
「何、それ?」
「わからなくても構わない。それよりついでに肩貸せ。少し寝る」
リクはそう言うと返事を待たずに、私の左肩へと頭を乗せるようにしてもたれかかってくる。
その重みを感じながら、私は思わずクスクスと湧き出てくる笑いをこらえていた。
だって、なんだか甘えている子供みたいなんだもの。
そう言えば、リクって年下なんだっけ。
たしか、ラズリと年が一緒なのよね。
私はなんだか急にラズリが懐かしくなり、空を見上げ思いを馳せていた。
この空と同じ下にいるであろう弟のことを思って。
心優しいあの子のことだから、きっとあの天使のような笑顔でみんなを癒しているんだろうなぁ~。