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間幕 願わくば、これから彼女の世界が 後編

「俺に何をした?」

「別にただ衣装チェンジさせただけ。可愛いよー。ほら」

リザーがパチンと指を鳴らすと、俺の目の前に姿見が出現する。

長方形の俺の背丈ほどあるそれに映し出されたのは、ありえない格好をした俺だった。

もしこの姿で人前に出ることになったら、自分の地位が危ぶまれてしまうだろう。

仮にそこまでいかないとしても、変な噂が広まるのは確実だ。


「なんて事をしてくれたんだ!!」

その姿にたまらず鏡の両端を持ち、元凶に向けてぶん投げてしまいそうになってしまった。

だが、そんな衝動にかられるのはいたしかたない事。


――こんな恰好させられたんだぞ?当然だろ!!


俺の今の格好は、シルクが着用している服と同じ。つまり、世に言うメイド服というやつ。

そして、なぜか頭上にはイヌ耳が生えている。


「王子、似合う似合う」

「似合うわけないだろうが」

「いいじゃん、別に。ねー」

リザーがシルクに同意を求めると、あいつも「ねー」と言いながら少し首を傾げリザーに微笑んでいる。

おい、何が「ねー」なんだよ。俺がやっても可愛くないだろうが。


「戻せ」

猫の盗賊はシルクから一瞬俺へと視線を移すが、すぐに元に戻すと口を開いた。


「ねぇ、ハイヤードの姫。約束は?」

「そうね、たしかにおもしろいものだわ。わかった。でも、私が居ない間に

絶対リクを元に戻しちゃ駄目だよ?まだ笑い足りないから」

俺の着用しているメイド服の袖を掴みながら、シルクはリザーに注文を付ける。


可能な限りシルクの願いはききたいが、さすがにその件に関しては却下。

こんな無様な格好よりによってシルクに見られるなんて……

あまり心が折れるという事は日常ではないが、これにはさすがに折れた。

もうパキッと音を立てて。


「なんでだよ。戻せよ」

「え?駄目。だって、まだ少ししか見てないもん。いいじゃん、似合っているんだし」

「俺にメイド服が似合うわけがないだろうが!!」

「とにかくまだ駄目なの。絶対に着替えないで。いい?絶対に駄目。まだイヌ耳触ってないんだから」

シルクは、俺の両腕を掴み念を押すと俺達の横を駆けだしていく。

そうして彼女は扉を開けて、シルクの姿が室内から消した。


「お前、なんてことしてくれたんだ!!しかも、よりによってシルクの前で!!」

「――ハイヤードの姫の前だからだよ」

リザーは微笑みを消し去り、さっきとは打って変わり棘を含んだ声でそう言うと俺の手を振り払う。

それの豹変に対し、俺は体の力が一瞬抜けてしまった感覚に襲われた。


「お前、もしかして……」

室内の空気が一気に零下まで下がったように感じ、リザーの笑みはどこかに引っ込んでしまっている。

まるでこの張り詰めた空間と同じような表情だ。


「全く、バルト国王も余計なマネをしてくれたよね。人の傷口を抉るような真似をしてくれてさ。

王子も王子だよ。君が傍についてながら、それを許すなんて」

「すまない」

あの一件以来、親父まで凹んでいる。

スレイアに「本当に貴方はどうしてそう余計な事ばかりするんですか?シルクの過去についてご存知ですよね?まさか、平気だと思いに?」などとかなり責められ、まだ立ち直れていないのだ。

俺も俺でもっと早くシルクの様子に気づいてやるべきだった。

そうすれば、途中で話を止めることだって出来たはず。


「……とにかく、彼女が笑ってくれて良かった」

「その件に関しては礼を言う、猫の盗賊」

こんな姿になったのは、アレだが……

塞ぎこんでしまったシルクの事を猫の盗賊が彼なりに励ましてくれたおかげで、

シルクが笑ってくれるのならこんな恰好もいたしかたないと思うし、少し救われる気がする。


「いいよ、別に。僕は彼女に笑っていて欲しいだけだから。あんな作った笑顔じゃなく、周りを温かく包んでくれるような笑顔で。キミも好きでしょ?姫の笑顔」

「あぁ」

仕事で疲れた時とか、あいつの顔が見たくなる。

ふと目が会うと、穏やかに笑うしぐさに癒されるんだ。

それを見たくて呼ぶが、「他の人がメイド室に待機しているでしょうが!!」と、いつも怒鳴られるのが日常。


「それに無理してでも前を向いて歩いている姫には、もう痛い思いをして欲しくないからね」

「たしかに、それは同感だ」

もし叶うなら、シルクにはもう傷ついて欲しくない。

俺があいつの傍で支えて守ってやりたいんだ。

これからのシルクの未来が、曇ることのないようにずっとそう切に願う。


「さてと、僕はもうそろそろ行こうかな。姫も大丈夫みたいだし」

「茶はどうするんだよ?」

「ん?姫、今こっちに戻ってきているから大丈夫。なんか、ウサ耳だったこと忘れてたみたいだね」

あいつそんな重要な事を忘れるほど、俺の恰好がおもしろかったのか……

これで、なおさら人に見られるわけにはいかなくなった。


「あ、そうそう!!忘れる所だったよ。手を出して?」

「なんだ?」

俺が言われるまま手を差し出すと、リザーは窓辺に置いてあったグレーの色をした巾着を取り、

その中に手を入れ、何かを取り出すと俺の手の上へとのせた。


「押し花……?」

それを目にし、俺は口を開く。

薄い黄色台紙と透明なフィルムとの間には、花が挟まれていた。

一本の茎が途中から二叉に分かれ、白い小さい花を咲かせるそれは、花屋などで売られているもの

ではなく、その辺の道端に生えてそうなちっぽけな花という印象を受ける。


「それ、ハイヤードのお土産。恋のお守りなんだって。裏に好きな子の名前と自分の名前を書いて、

肌身離さず持ち歩いていると両想いになれるって言われているらしいよー。君にあげるね。

必要っぽいじゃん。だってあの姫とじゃ、中々上手くいかなそうだしぃ~」

「おい」

中々とか言うな。

たしかに難しそうだが、他人に言われるのと自分で言うのは違うだろ。


あいつ人の色恋沙汰には敏感だが、自分の事には鈍いのか、人の気持ちなんてまったく気づかない。

だから、どんなにアプローチしてもスルーへと変わっていく。

おそらくそれは、俺の女関係にあまり良い噂がないこともかなり関係していると思われる。


「ねぇ、良い事教えてあげようか?ハイヤードの姫がなんで自分の恋愛には疎いのか」

「お前、魔術で人の心を読むなよ……」

「どんな魔法使ったら人の心が読めるの?彼女のあれを見て、疑問に思うのは当然じゃん。だからだよ。

あの容姿だったら、今頃王子の想いに気づいていると思わない?」

「それなんだよ。あいつ、あんなだから結構好かれるだろ?高嶺の花すぎるらしく、滅多に告白とか

されない。だが、それでもなんとなく周りの男達の空気でわかるはずだよな?あんなにちやほやされてんだから」

「あれねー、世に聖人君子として名高いラズリ王子の仕業だよ。刷り込まれているんだよ、

あのシスコン腹黒男に」

「はぁ!?」

「だから、姫には長期的に挑まないとね。自分がいかに姫を愛しているのかを理解してもらわないと。

姫は自分に言い寄ってくる相手が本気じゃないと思っているから。あの王子の刷り込みでね。

でもさ~、キミってば、親子揃って女好きとして名高いじゃん。

愛が無くても女性と関係持ってたし~。しかも、複数と。それ姫にも知られていることだから、余計

恋愛面では信用されないよね~。うっわー、自業自得ぅ~。かわいそー」

「お前、さっさと帰れ」

今ほど、この猫の盗賊をうっとおしく思ったことはない。

語尾を伸ばし、わざとらしく棒読みな話し方。

これがうっとおしくないわけがない。

そう思いながらも、俺はリザーに貰ったそのお守りをしっかりと大事にしまいこんだ。







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