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間幕 願わくば、これから彼女の世界が 前編

シルク=ハイヤードは、あんな過去があるのに飄々としている。

過去の幽閉の事を語っても、「それがどうしたの?」とでも言うような感じで、あっさりと話をしてしまうぐらいに。


そんなシルクを見て、何度怒鳴りたくなった事か。

だってそうだろ?

あいつは何も悪くないのに、あんな目にあったんだぞ?

普通なら、恨みごとの一つや二つ言いたくなるはずだ。


それなのに、あいつはそういった負の感情を一切見せない。

最初は、もしかしたらこいつ楽天的なのか?とも思った。


だが、それも表面だけ。

ただそういった感情を、心の深くに閉じ込めて、周りに悟られないようにしていただけだったんだ。

いや、もしかしたらそうやって自分を守っていたのかもしれない。


あんな事がなければ、俺はそんなシルクの奥底に閉じ込めていた感情に気づかずにいた。

それはつい先日の出来ごと。


シルクのために作った花壇の前で、親父の口から語られるシルクの父上・バーズ国王の娘への親の愛情が詰まった話。

その話を聞いている最中シルクの様子が急変したんだ。

シルクは顔は青ざめるとを通り越して土色になり、苦悶の表情を見せ、耐えるように唇を噛みしめていた。


手にグローブが装着されてなければ、きっと今頃自分の爪で傷を作っていただろう。

皮の軋む音が何度か耳に届いてきたから。

シルクは両手でこぶしを作り、それぐらい強く握りしめていたんだ。

すぐに様子がおかしい事に気づき、慌てた親父が何度も謝罪をするが、あいつは無理やりの笑みを浮かべるだけ。

俺はあの時、表に出たあいつの深い傷を見た。





あいつ、大丈夫だろうか……


俺は羽根ペンを止め、書類から視線を離した。

これで何度目だろうか。

仕事を中断するぐらい、シルクの事が頭から離れない。


今現在シルクは何事もなかったように、メイドの仕事をしている。

少し休ませようと考えたが、働いている方が気がまぎれるかもしれないと思い、シルクの意思のまま働かせていた。

空元気なのは周りが見てもすぐにわかるから、痛々しい。


正直どうすればいいのかわからない。

シルクにかける言葉が浮かばず、俺は励ますことも出来ないでいた。

無力で役立たずな自分。

それが酷く苛立たせる。


「様子見に行ってみるか」

そう思い椅子から立ち上がろうとした瞬間、ものすごい音と共に執務室と廊下をつなぐ扉が開かれた。

乱暴に開けられたため、扉が跳ね返り、半分だけ閉められた状態となっている。

それを元老院の爺さん達は、その半分だけ開かれた扉を杖で殴るようにして開け、ドガドガと足音を立て、我が物顏で部屋へと入ってきてしまう。

それはいつもの事だが、構わない。

ただ、いつもと違い、他に連れがいたようだ。

それに続くように、「失礼いたします」とメイド長とメイド達が入室してきた。



「おい、若造!!」

「リクイヤード様!!お話があります!!」

執務室の机の前には、腕み仁王立ちになっている爺さん達。

そしてその後ろには、メイド長を筆頭にしたメイド達。


はっきり言って、この二つのグループを相手にする余裕は今の俺にはない。

ただでさえめんどくさいのに、ダブルだぞ?

せめて一組ずつ来てくれ。


「……リノアの事だろ?」

「そうじゃ!!若造、貴様一体何をしたんだ!?誰が見ても様子がおかしいぞ!!」

「俺は何もしてない」

「もしかして、リノアが花壇のメッセージにお気付きになられたのですか?」

シルクのメイド仲間のミミが呟いた『花壇』という言葉に体が反応する。

もしかして、こいつら事情を知って――

だが、ミミの口から出た言葉に俺の想像は外れた。


「おい、花壇のメッセージとはなんじゃ?」

「実はリクイヤード様がリノアと同じ名前のお花をお取り寄せして、花壇に植えたんです。私達もお手伝いさせて頂いたのですが、その時にリノアの花をハート型に植えたんですわ。リノアの花がハート型。つまり、リノアラブって。それできっと気づいたのですわ。リクイヤード様のリノアに対する身分違いの恋を。それを思ってリノアは心を痛めて……」

「お前ら、どさくさにまぎれて何やってんだ!!」

つい突っ込んでしまったのは、しょうがないことだ。

花壇作り手伝っている最中、やけにテンション高いと思ったらそんな事やってたのか、お前らは。

ったく、油断も隙もない。

俺でさえ気付かなかったのに、シルクが気づくわけないだろうが。


「そういうのじゃない。リノアが元気ないのは、家の事情だ」

「家の事情だと?」

元老院の爺さん達の顔色が変わり険しくなった。

事情を知っている人間が、シルクの家の事情と聞けばあまりよくない事だという事が頭をよぎるだろう。


「お前らがリノアを心配する気持ちはわかる」

それは俺にも痛いほど理解できる。

「だが、誰にだって触れられたくない事があるだろ?だからむやみやたら聞かず、様子を見守ってやれ」

「……はい」

メイド達は俯きながらも、頷く。


「あぁ、そうだ。ちょうど良い。爺さんもメイド長もいるから、今渡しておく」

俺は机の上にあった書類の中から2枚ほど紙を抜き取り、それを元老院の爺さんとメイド長へと差し出した。

2枚とも硬質で丈夫な紙を使用していて、淵は金色のフレームで囲われ、本文の他に俺のサインと捺印が押されている。

爺さん達やメイド長は、書類を受け取るとそれを凝視し、今度は俺の方へと視線を上げた。


「これはどういう事だ?若造」

「全騎士団を動かすには、法的には国王の承認が必要。俺だと一部しか動かせない。

だが親父を通さなくても、爺さん達全員の署名・捺印さえあれば効力を発生させる事が出来る。

その書類にサインをして元老院として承認すれば、全騎士団を動かす事は特例として認められているはずだ。それは可能だろ?」

「たしかに。じゃが、お主正気か?」

「あぁ」

「これは、ちと横暴すぎるぞ?お前さんの承認がなければ、リノアちゃんは国境の警備門を通る事が出来ないとは……」

「ええっ!?ちょっと、リクイヤード様。それはあまりにもやりすぎじゃないですか?もしかして、この間リノアが勝手に旅行に出かけたのまだ尾を引いているのですか?」

「……それはなくはないが、違うな。これは、念のためだ」

シルクの命を狙う奴らも要注意だが、もう一人要注意人物がいる。

それは、ラズリ=ハイヤード。

顔も名前も知っているが、詳しくは知らない。

パーティーで挨拶程度しか交わさないからな。

ただ、噂で聞くところ、かなりの優秀な上、民にも慕われているそうだ。

そのため。バーズ国王の影が薄くなっていると。


そんなシルクの弟である彼は、かなりのシスコンらしいという事をロイから聞かされていた。

最初はシスコンの定義と意味が曖昧だったが、ロイに渡された厚さ3センチぐらいの手の平サイズの本で、それを把握する事が出来た。

その本の中身は、『姉上』で始まる注意事項がぎっしり。


要約すると、『姉上に手を出すんじゃねぇぞ?もし一瞬でも妙な真似を見せたら全力で潰す』という内容。

正直、引いた。どん引き。


俺にもスレイアがいるが、こんな本作った事ないし、作りたいとも思わない。

しかも驚いたことに、これをハイヤードの騎士たちは入隊した時に配られるそうだ。

そんなシスコンに、もしシルクがギルアにいるという事が知られたらどうなると思う?

絶対に連れ戻しに、城まで乗り込んでくるはず。

だから、何かしらの対策は念の為にしておかなければならない。


「とにかく、爺さんたちは考えておいてくれ。それから、メイド長。その件は、別に急ぎでなくても構わない。まだ言ってないから」

「はい、畏まりました。申し訳ありませんが、リクイヤード様。確認を一点だけ。つまりそういう事で宜しいんですよね?」

「あぁ。そうとらえてくれて構わない」

「では、ドレスなどの用意はどういたしましょうか?それから、お部屋の準備も」

「あぁ、ドレスは時間がかかるか……その点はお前たちに任せる。パーティー用はまだ必要ない。あいつを表に出すつもりはないんだ。それから部屋の方だが、家具は俺の方で準備をするからしなくていい。それ以外は準備してくれ」

「畏まりました」

メイド長は深く一礼するのを見て、これ以上の質問がない事を確認し、俺は席を立った。


「悪いが俺はこれから用事があるので、退出させて貰う」

「リノアなら、四階ですわよ」

メルのその言葉に、爺さん達の横を通っていた足がピタッと止まる。


……なぜわかったんだ?


どうやら俺の疑問は顔に出てたようだ。

メルはふふふと口元を手で押さえながら、目を細めて笑みを浮かべた。


「だって、心配でしょうがないって顔に書いてますもの。感情ダダ漏れですわ――」




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