第四十一幕 触れたのは彼女の闇
「花壇……?」
「あぁ。これをリノアに見せたかったんだ」
私はしゃがみ込みそれを見ていたが、それから視線を斜め左上方向移すために、顔をそちらに向ける。
リクは私の方を見ず、腕を組みながらただじっと目の前にある花壇を見つめながら立っていた。
いつ作ったのかしら?
旅行前は芝生で何もない場所だったはず。
それなのに、今では煉瓦で回りを囲われ長方形型の花壇が存在している。
幅が6、7メートル、縦3メートルぐらいってところかも。
私は両手を広げて、アバウトながら大きさを測った。
花壇に植えられている花は、色と種類が様々なものが植えられているが、ほどんどが名前の知らない花ばかり。
唯一知っているのは、中央部に植えられている大ぶりの青い花だけだ。
ん~、80本ぐらい?
とにかくこの花壇に植えられている中では、一番数が多く植えられているのはパッと見すぐにわかる。
「――『リノアの花』、いっぱいあるね」
真ん中にいっぱい植えられている花は、リクが私にくれたチョーカーの花だった。
リノアっていう、青い大ぶりの花弁がたくさんある花。
リクから貰ったチョーカーは、花だけだったから全体を見たのは初めて。
葉っぱは丸めのやつで、小さめだ。
「ハイヤードから100本ばかり取り寄せていたんだ。ちょうど数日前につぼみの段階で届いて、今ちょうど咲き始めのようで良かった」
「え?リノアって原産国ハイヤードなの?」
「あぁ」
知らなかったわ。
私はリノアの花にそっと触れた。自分と同じ名前の花でしかもハイヤードが原産。
それだけで、より愛しく思う。
「リノア」
「ん~?」
「それな」
「それ?花壇のこと?」
「あぁ」
私はリノアの花に触れるのをやめ、立ち上がりリクをみつめた。
「それな、それ…そ、その……あれだ」
リクは顔を真っ赤にさせ、両手で拳をつくり握りしめながら、ずっと似たような言葉を繰り返している。
ごめん、ちょっとわからない。
リクと以心伝心ってわけじゃないし、長年連れ添った女房とかじゃないし。
だから、あれとかそれとかじゃ意味が理解できないよ。
「――はっきり言えばいいじゃないか。その花壇がキミからリノアちゃんへの誕生日プレゼントなんだって」
「!?」
突然ふわりと風にのって、私とリクの耳に届いてきた声に体がびくっとなった。
その言葉に二人して、その声の方向に同時に振り向く。
すると、私達から2・3メートル後方側にバルト様が立っていた。
穏やかに私達を見つめながら、片手を上げ微笑んでいる。
心臓がまだ早鐘打ってるし!!
バルト様って、一体何者っ!?全然気配感じなかったわ。
私、人生経験的に結構そういうのに敏感なのに。
「なんで来たんだよ……」
未だに胸を押させて心臓の音を沈めている私とは違い、リクは心底嫌そうな顔をしてバルト様を睨みながら私を自分の背に隠し始めた。
「いいじゃないか、別に。おかえり、リノアちゃん。どう?リクイヤード手作りの花壇。結構なかなかでしょ?」
「えっ!?」
バルト様の言葉に、私は驚きを隠せなかった。
だってリクから誕生日をお祝いして貰えるって思ってもいなかった上に、花壇のプレゼントだなんて。
しかも、リクの手作りだよ?
「メル達も手伝ったから俺だけで作ったわけじゃない」
そっか。リクが作ってくれたんだ。
きっと花なんて触った事なくて悪戦苦闘していたんだろうなぁって想像したら、リクの心遣いにますます嬉しくなった。
なんだかんだ文句を言いながらも土いじりしているリクが想像できるわ。
思わず笑みが零れるのを抑えきれない。
「ありがとう、リク」
「……。」
私がお礼を言うと、リクは2・3秒固まったかと思うと、くるっと反対側を向いてしまった。
――あ、あれ?私、何かした?
「リク?」
「お前、そういう顔絶対他の奴に見せるなよ!!」
「私の顔、変?」
リクのマントをひっぱり、こっちを振り向かせようとするが、見てくれない。
だから自力で見ようとしたんだけど、そのたびにリクが顔を背けてしまう。
「違う!!か、かわ……――って、言えるか!!」
「は?」
急に怒鳴られ、私は脱力した。
なんなんだ、ほんとに。
そんな私達の光景を見て、バルト様は声を噛み殺しながら笑っている。
「でさ、リノアちゃん。この花どこかで見た事ない?」
「えぇ。リクから頂いたチョーカーで見た事あります」
「そっちじゃなくて……あ~、やっぱり覚えてないかぁ。これね、君が子供の頃に書いた落書きを元にして、バーズが品種改良を施して作った花なんだよ――」
バルト様のお話に、私は呼吸を忘れた。
父様……いえ、バーズ様は植物学の研究者の中では名が知られた研究者だ。
国王の執務の傍ら、国営の研究所の所長もしている。
うちは工業や商業中心じゃなく、田舎国だから農業が中心。
そのため農作物の品種改良などを始めとする研究は必要不可欠なの。
だから、バーズ様はアカデミーにお通いになっていた若いころからずっと研究をなさっていたそう。
その研究の成果が、国益に結びついているものもある。
「ど…う……して…?」
息が苦しい。
酸素を吸っているのに、肺にまで入ってきてないよう。
何か喉に詰まった感覚がして、手足が冷たく冷えてきている。
それと同時に思いだされるのは、あの時の情景。
――駄目だ。思いだすな。
あの幽閉された空間に、バルト様が面会に来てくれたのは週に一回だった。
それがだんだん減っていき、最終的には月に一回。
そのたびに、バルト様はただ『すまぬ』と謝罪の言葉を吐き私を抱きしめ泣いていた。
私は父様達――バーズ様達の迷惑以外なにものでもない存在。
憎まれても当然。
面会のたび、その現実が何度も自分にのしかかっていく。
その反面、どんなに叫んでも助けてくれない彼らへの恨みも降り積もっていった。
「鮮やかな青は作るのが難しいから時間がかかったそうだけど、彼は君との約束を守ったんだよ。君がまだ4、5歳ぐらいの時に『父様、このお花作って欲しいの』って、君が落書きを持ってバーズの元へやって来たことがあったんだって。バーズはその願いをちゃんと覚えていて、君のために作ったんだ。
世界中に君の名で埋め尽くすようにとの願を込めて、今現在ハイヤードから各国に流通させている最中なんだよ。本当は、本名にしたかったんだけどあまり良く思わない人達がいるからね。バーズは今も変わらずちゃんと君の事を愛してくれているんだ。だから、リノアちゃん。そろそろ、バーズの事昔みたいに呼んであげてくれないかい?他人行儀にバーズ様じゃなく、父様って……」
「――っ」
何か言葉を発しようとしても、世界がぐらぐら揺れ、視界が真っ暗になっていく。
頭ではわかっている。バーズ様達は悪くないって。
でも、心がそれを拒絶する。
あの時の歪んだ感情はまだ消えていない――