第三十八幕 温度差
ハイネがリクにかけた『呪い』。
あれって実際は、本当は『期限付きの魔法』だった。
夕刻まで猫の姿のままで、それ以降は元の人間の姿に勝手に戻るの。
だからリクは最初アルル国に連れて来る予定はなかった。
だって、夕刻には自動的に戻れるんだし。
それまでバルト様経由でメイド仲間か誰かに預かって頂く予定だったんだ。
でもそれが出来なくて、私は結局リクを連れてきたの。
人間に戻る夕刻までという約束で。
だって、あの時のリクってほんと可愛いかったんだもん。
私の首元にリクが鳴きながらしがみ付いて来たんだ。
「ちょっとだけ留守にするから、離してね」って言っても、いやいやと鳴きながら首振ってさ。私と離れたくないとばかりに。
あれ、反則。破壊的に可愛い。
――それが人間に戻った途端これか……
「だから、なんでお前はそういつも反応が淡泊なんだよ!?いいか、もう戻るって言ってんだぞ!?」
その言葉を聞きながら私はため息を吐きだし、真正面にいるリクをみた。
眉を顰めながら、ほんの少しばかり怒ったような表情をしている。
だがその姿も背景となっている窓際の景色も前後左右に揺れ、不安定。
それは、私の両肩に置かれたリクの手によってだ。
この手が私を前後左右に揺すっている。
2時間仮眠取ったとはいえ、私はまだ眠いんだよ~。
だから、そんなに揺らされると気持ち悪くなるってば。
あ~。猫の時のリクなら可愛かったんだけどなー。
どんなに暴れても、機嫌悪くても、我儘言っても全てが可愛かった。
それなのに、今はちょっと面倒な人でしかない。
「少しは寂しがれよ!!俺達しばらく会えなくなるんだぞ?」
リクはこれからハイネの転移魔法により、ギルアへと戻る。
もう人間の姿に戻ったし、駆け落ちじゃないって理解して貰ったから、アルル国にいる理由はない。
それにスケジュール調整がされているなら良いけど、明日にはギルアで会議があったりして、仕事の他に予定がぎっしり。
だから残るのは無理な話。
「寂しがるって言ったって、たかが一週間やそこらじゃん」
だから寂しいか寂しくないかって言えば、寂しくはない。
そりゃあ、ハイヤードに帰るってなったら寂しくなる。
だって、ギルアとハイヤードじゃ遠すぎるもん。
馬車で1カ月ぐらいかかるんじゃないかな。
「は?たかがだと?お前にとっては、一週間はたかがなのか!?」
「……。」
――駄目だ。何をしゃべっても、全てが地雷のように思えてきた。
「――……んで」
「え?」
それは、何か言った?って聞き返したくなるぐらい小さい呟き。
それが耳に届いた瞬間、ぱたりとその視界のぶれが止まり、リクの手が私の肩から外されていく。
「……なんで、俺ばっかり寂しがらなきゃならないんだよ!!不公平だろ!!」
「は?」
もう時間が止まったんじゃないかって思った。
だって、あのリクが寂しいって……
たかが一週間離れるだけでだよ?
しかも、羞恥心からか顔真っ赤にしてうっすら涙目だし。
「こっち見るな!!」
私がぼけっと見ているのに気付いたのか、リクが急に怒鳴り出した。
何この理不尽。