第三十四幕 わけわかんないんですけど?
「旅行ですか……?」
私は首を傾げバルト様を見つめた。
さっきのドレスの件も気になるけど、今はそれよりもまずこっちの旅行の方が先だ。
それにしてもなんで急に旅行を?しかも、怪我してるこの時期に?
何か、バルト様のお考えでもあるのかしら?
「そう、旅行。リノアちゃん、もうすぐ誕生日だよね?どう?最近眠れてるかい?」
「……。」
誕生日というフレーズが出て、私は口を一文字に結び俯いた。
もしかして、バルト様はご存知なのかもしれない。
誕生日が近付くにつれ、だんだん眠れなくなっていくのを――
私が幽閉されたのが誕生日だったためか、毎年誕生日が近付くにつれ不眠のカウントダウンが始まっていく。
眠っていて見る夢は全て悪夢ばかり。
しかも夢とは思えぬリアルすぎる物。
そのため私はあの時の恐怖心が蘇ってしまい、眠る事が怖くなってしまう。
だからここの所、ほとんど寝ていない。
アルコールもリラックス効果のあるハーブティーも全然駄目。
体が眠るのを拒否しだしてしまっている。
「嫌な事思いださせてしまって、ごめんね。実はバーズにこのこと聞いてたんだよ。それでね、アルル国にアカデミー時代からの古い友人がいるんだけど、そこに今度良い抱き枕がハイヤードから届くんだ。それがあればきっとリノアちゃん安眠出来るはずだから、旅行がてらにどうかなって思って」
「えっ!?もしかして――」
それは、シドの事?
私の答えが正しかったらしく、バルト様は意味ありげにウィンクをなさった。
私が唯一その期間内に眠る事が出来るのは、我がハイヤード公国の騎士団長・シドの傍だけ。
たぶん、私をあの闇から救ってくれたのがシドだったからなのかな?
他の人じゃ無理なんだけど、シドの傍なら悪夢も見ずに安眠出来るんだよね。
だからいつもこの時期はシドと一緒に眠る。
「本来なら彼をここに呼びたかったんだが、この現状じゃ叶えられない。敵に追跡される可能性も無きにしもあらずだし。だから今回は万全を期して、漆黒の魔女の力を借りて、彼をアルル国まで転送魔法で連れて来て貰う事にしたんだよ」
「えっ、ハイネのですか!?」
「うん、そうだよ。君の為と言ったら二つ返事で協力を申し出てくれた。アルルまで暁の獅子を送ってくれるそうだから、彼女とも会えるかもしれないね」
「本当ですかっ!?バルト様、お心づかいありがとうございます」
私はお礼を言うと、頭を下げた。
すっごい楽しみだわ。
カシノが居ないのは残念だけど、シドとハイネに会えるなんて!!もう、顔も自然に緩んじゃう!!
「いいんだよ~。可愛い可愛いリノアちゃんのためだからね~。うんうん、やっぱり女の子は笑顔が一番。そのリノアちゃんの笑顔のためだったら、なんでもしちゃいたくなっちゃう。何か欲しいものはあるかい?なんでも買――」
「――父上」
バルト様の言葉に覆い被さるように、スレイア様の氷のような声が重なった。
その声に弾かれたように私とバルト様が視線を向けると、眉をつり上げ仁王立ちになっているスレイア様がいた。
こめかみと口元を引きつらせ、バルト様を見据えている。
その一方のロイは、おろおろと私達とスレイア様を見比べて中。
「スレイア。一体どうしたんだい?」
「どうしたんだいじゃないでしょうが!!所構わず口説くの辞めていただきたい」
「ちょっと待ちなさい。いつ、俺がリノアちゃんを口説いたっていうんだ」
「どうやら、自覚無いぐらいに父上にとっては自然な事のようですね。リノアの事は幼い時からご存知だそうですが、まさかずっと目をつけていたんじゃないですか?リノア、父上のストライクゾーンですし」
「スレイア、リノアちゃんの前でなんてことを言うんだい。それじゃあまるで俺に下心があるような言い方だ。たしかにリノアちゃんの事は、目をつけていたよ。でも、それは――」
「――……目をつけてただと?」
その声によりバルト様の言葉はまたまた遮られてしまう。
しかも今度はスレイア様の時よりも、かなり低く冷たい。
スレイア様が氷なら、リクはなかなか溶けない永久凍土かも。
声のする方向を振り向くと、こちらに向かって大股で歩いてくるリクが視界に入った。
リクは私とバルト様の間に無理やり入り、私を自分の背に追いやると、自分の着用していたマントを外し私の頭からばさっとかぶせた。
なっ、何これっ!?
急に視界を遮られたかと思うと、今度は何かにがっしりと拘束されてしまう。
「これは俺のだ!!」
頭上で聞こえたリクの声。
さっきの第一声から理解できるように、かなりご機嫌ななめのよう。
「ちょっと、リク!!なんなのよ、これ。っていうか、また人を物扱いしてるし!!あんた、何様?」
どうやら私はマントを被された上に、リクに抱きしめられているらしい。
もうさっぱりわけがわからない。
いきなり人に布をかける理由も、抱きしめられなきゃならない理由も。
「お前は少し黙ってろ」
「はぁ!?」
なんで私が黙らなきゃならないわけ~!?
「これは俺の物だ。だから見るな、触れるな、近づくな」
「今度は人をばい菌扱い!?」
「ばい菌扱いなんかしてないだろうが!!いいからお前は黙ってろ。今、このエロ親父と話をしているんだから」
「え、エロ親父っ!?」
そんな事言われると思わなかったんだろうね。
バルト様の声がどもって聞こえた。
さっきから聞いてれば人を物扱いにするし。
ちょっとこいつ、いくらこの国の王子だからって横暴じゃないの?
まったく、この王子はほんと理解不能だわ。
そんなんだと、アルル国のお土産なんて買ってきてやんないんだからね。