第三十幕 発言の波紋
「おいしいっ!!」
手にしているワイングラスを見ながら、私は感嘆の声を上げた。
葡萄の渋みと深いコクがほのかに口の中に広がっていく。
私ワインって数えるほどしか飲んだ事ないけど、これは今までで飲んだ中で断トツにおいしい。アルコールは滅多に飲まないし、飲んだとしても甘い果実酒ばっかりだけど、今度からワインも飲んでみようかしら?
「ねぇ、もうちょっと飲んでいい?」
その問いかけに、テーブル越しのエメラルドグリーンの瞳が笑った。
「いいよ。どんどん飲みなよ」
そういってリザーは、私のグラスへとワインを注いでいく。
私はリザーのペースに乗せられ、リザーと一緒に月を肴にワインを飲んでいた。
最初はなんでこの状況で!?って思ったけど、こんなおいしいワインが飲めるならたまには流されるのも悪くないかも。
ん~。チーズとかも欲しいなぁ。
とってこようかなって思ってたら、不機嫌そうな声が飛んできた。
「――おい!!お前らそれ俺のワインだぞ!!」
「あ」
すっかり忘れてた。
飲むなと言われる前に残っていたワインを飲み干すと、私はその声の主を見る。
そこに居たのは、リク。
リザーの魔法により行動を制限されているリクは、自由を求めなんとか体を動かそうともがき続けているが、それはただ体力を奪われるだけだ。
経験者は語るってわけでもないけど、そんなに力をいれてもしょうがないんだよね。
だって魔力の無い者に魔力を打ち破る事など出来ない。
しかもこの猫の盗賊の魔力は強く、もし魔力があったとしても勝算はないもの。
「何それ~。一国の王子がそんなにケチケチしていいの?一般市民に対してもっと広い心を持ってもいいんじゃない?」
リザーは立ち上がるとリクにゆっくり近づいて行く。
「何が一般市民だ!!盗賊だろうが!!」
「盗賊はどっち?あれらは元々代々ログ家に伝わる家宝。150年前に魔女狩りと称し、勝手に人の国に攻め込んだのは誰?僕はただ返して貰っているだけ。だから盗賊じゃないよ」
「……お前、本当にログ家の生残りの王子だったのか」
「うん、そうだよ。だから――」
「うわっ!!」
急に肩を抱かれ、私は立っているリザーにもたれ掛るようになってしまう。
もうなんなのよ?私はリザーを睨んだ。
だが、リザーの視線はリクに向いている。
「もし仮に姫と僕が結婚したとしても身分的には問題ないよね」
「はぁ?なんで結婚?」
あまりの唐突な話にまったくついていけない。
なにこいつ、酔っぱらってんの?
「それに触るな。俺のだ」
「なに、その物扱い」
リザーに同意。私、リクのものじゃないし。
「俺のを俺のと言って何が悪い。お前、もう帰れよ!!」
「うわ~。せっかく来たのに、もう追い出すの?少しは招いて歓迎してくれても良くない?」
「いいから帰れ!!」
「そんなに大声出さないでよ。周りに聞こえないように結界張ってるけど、うるさくてかなわないじゃん」
「誰のせいだ、誰の」
「も~。そんなに僕の事追い出してハイヤードの姫君と二人っきりになりたいの?そんな風に下心で頭いっぱいだから、暗殺者につけられてるのにも気づかないんだよ~」
「はぁ!?こんな女に下心なんて抱くわけないだ……っておい、ちょっと待て」
さらりと重大発言をしたリザーに、私たちの空気が変わった。
『暗殺者』って、リザー言ったわよね……?
リクがつけられたって、もうすでに城に侵入者がいるって事になるはず。
「何この沈んだ空気。大丈夫だよ。今は『彼女』は飼われて、どうやら『監視者』みたいな役目をおっているみたいだから――」