バレンタイン企画 俺の分は? 第三幕め
「あの、夜勤組寝ているのですみませんが少し声を……――って、あれ?リクイヤード様も」
扉から顔を覗かせ、シルクは目をぱちくりとさせながら俺を見ている。
意外な事に、俺らの前に現れたシルクは寝起きではなかった。
たしかにクリーム色の夜着に赤いカーディガンという格好や、銀色の絹のような髪にねぐせがついている事などから寝ていたということは確か。
だが、シルクの表情から直前まで眠っていなかったとい事がわかる。
「どうなさったんですか?」
俺に対しシルクはいつもタメ口だが、他の奴らがいる時は口調をメイドにする。
元々は姫だが、ここではそれを隠しているためマズイらしい。
だから口調を変えると言っていたが、他の姫達より話の口調がくだけすぎだと思うのだが。
「珍しですね、こちらの方にいらっしゃるなんて」
「別に。ただ偶然通りかかっただけだ。もう戻る」
ここに来た理由なんて素直に言えるか。格好悪すぎだろ。
俺は余計な詮索をされる事を拒むために、そう言うとここから立ち去ろうと足を来た道の方へ動かそうとした。
だがシルクの言葉により、俺は地面に足が縫い付けられたように動けなくなる。
「――…… へ~。チョコ貰えなかったから、わざわざ私の部屋まで来たんだ」
「なっ!!」
振りかえるとシルクと視線が合う。
あいつはクスクス笑いながら俺を見ると、背伸びをして俺の頭を撫で始めた。
「リク可愛い~。もしかして自分だけチョコ貰えなくて拗ねてたの?仕事が手につかなかったんだって言ってるけど」
「お前ら!!」
咄嗟にメイド達を見るが、あいつらは首を左右に振りまくった。
「違います!!」
「そうですよ。私達何も言ってないじゃないですか!!」
「じゃあ、誰だよ!?」
「えっ。それは私達にも……ちょっと、一体誰なの?リノア」
メイド達の視線が一点に集中する中、シルクは笑みを浮かべた。
「実は皆さんがこちらにいらっしゃる前に、スレイヤ様がいらっしゃってたんです」
「なんだ~。スレイヤ様かぁ」
メイド達は納得しているようだが、俺は腑に落ちない。
あいつは『言っている』という言葉を使った。
と言う事は、あの時点で誰かに聞いているという事だ。
まさか――
シルクの方を見ると、案の定人差し指を唇にあてているシルクと目があった。
*
*
*
*
「――はい」
執務室の机にコトッとカップと四角い形の焼き菓子が置かれたのを見て、俺は首を傾げた。
これの何処がバレンタインなんだ?いつもと同じじゃないか。
カップから視線をあげると、さっきとは違いメイド服に身を纏ったシルクを見る。
するとあいつも俺の言いたい事がわかったのか口を開いた。
「リク、甘いの苦手かなって思ってこれにしたの。これハイヤードのお茶とお菓子なんだ~。
お菓子はテラッタっていう果物が入った塩味の効いた焼き菓子で、お茶の方は今の時期しか手に入らない珍しいお茶なんだよ。
ほら、すっごく青いでしょ?」
「あぁ、毒々しいぐらいな」
たしかにシルクがいうように、カップに入っている茶は青い。青すぎる。
これ飲めるのか?と疑問に思う。
「ソーサーの上にある、赤い丸い実あるでしょ?それを絞ってみて」
言われるままやってみると、不思議な事が起きた。
あんなに毒々しいぐらい青かったのに、ほんのりと淡いピンクに変わったのだ。
「色が――」
「ねっ、色変わるの。これリクにも見せたくて、いつもお茶を買いに行っているお店のおじさんにお願いして仕入れて貰ったんだよ」
「俺だけか?」
「うん。やっぱチョコの方がいい?珍しいかなって思ってこれにしちゃったんだけど……」
「いや。俺だけなら良い」
カップに口をつけ飲むと、甘酸っぱさが口の中に広がっていく。
それと同時に何か温かい物が胸に落ちてきた。
「ん~。喜んでるのかなぁ?よくわかんないよ」
「は?お前急に何を……っておい、まさか――」
辺りを見回すが俺には姿が確認出来ない。
以前オリンズの件で見た時は鳥の姿をしていたから見れたが、普段はシルクやハイヤードの王族しか見る事は出来ないため、存在を確認する事や気配すらわからない。
「おい!!もしかしてさっきの事もそいつに聞いたのか!?誰なんだよ!?一々お前に言ってる奴!!」
「その子いつもリクと一緒にいるよ。普段は無口でおしゃべりしてくれないんだけど、今日初めて話しかけられちゃったから嬉しかった」
「俺と一緒だと?」
「うん。あっ、私もう仕事戻るからもう行くね」
「おいっ!!」
教えて行けよ……
扉から出て行くシルクを止めるが、あいつはもう室内から退室してしまった。
その後精霊の見えない俺は、身につけているルビーのピアスや剣など精霊のやどってそうな物に「余計な事話すなよ」と話しかける姿がメイド達に目撃され、今度は違う意味での変な視線にさらされる事になるとはこの時の俺は知らない。