バレンタイン企画 俺の分は? 第二幕め
……何をやっているんだ、俺は。
足を止め見つめる先にあるのは、扉。
あれから仕事がまったく進まず、俺は気分転換にと執務室から出た。
そして出て足が勝手に向かった先がなぜかここ。
本当は城の外にでも行くつもりだったのだが。
どうやらそうとう気になるらしく、いつの間にか無意識にシルクの部屋の前へと来ていたのだ。
俺、ここに来てどうすんだよ……
まさか「俺にチョコはないのか?」って聞くつもりなのか?
そんなの女々しい事、本人に聞けるわけないだろうが!!
たかがシルクにチョコ貰えなかったぐらいで、こんなに振りまわされるなんて癪にさわる。
しかもただ仕事が手につかなかっただけじゃなく、元老院のじじぃ共が執務室に襲来してチョコを見せびらかしながら食いだしたりと、面倒な事が次々に起こっていったのだ。
まったく、あのじじぃ共何処で聞きつけたんだよ。
それだけじゃない。その上メイド達からは、やたら憐れまれるし。
はっきり言って皆、俺の事は放っておいて欲しい。
「そもそもなんで俺にくれなかったんだ?シルク」
呟くような声は、扉がすべて吸収してくれた。
こんな嘆き、あいつには聞かれたくない。
シルクの今日のシフトは夕方からの夜勤コース。
だからきっと今は眠っている。
――もう、戻るか。
わざわざ起こすのも悪い上に、聞くに聞けないから今は戻る以外道はない。
それにこんな場面あのメイド達に見られてみろ?
ますます憐れまれるだろうが!!
とっとと誰か来る前に執務室に戻ろう。
そう思い、足を動かそうとした瞬間、俺が恐れていた事態が起こってしまう。
「あっ!!リクイヤード様。こんな所にいらっしゃったんですかぁ~?探しましたよ」
「ほんとだ、いらっしゃったわ」
「私、他のみんなに教えて来るわ。みんなまだ探しているだろうし」
メイド達の明るい声に俺は自分でも顔が歪んだのがわかった。
……最悪だ。
廊下の数メートル先には、ミミを先頭に見知った顔のメイド達が見える。
本日何回目かわからない頭痛のする事態に、俺は現実を恨んだ。
今日はあれか?厄日か何かか?
「リクイヤード様。はい、これどうぞ」
「なんだ?これは」
ミミに差し出されたのは、赤いラッピングされた箱。
手の平にすっぽりと収まるぐらいの大きさだ。
「探すの苦労したんですよ~。私達が貰った分は食べちゃったので、これはバルト様がリノアに貰ったチョコです。今年はリノアから貰えなかったから、これで我慢して下さい。きっと来年は貰えますって!!」
いやお前ら、気持ちはありがたい。
だが俺はリノアの作ったチョコが食べたいんじゃなくて、リノアからチョコを貰いたいんだが――
だからあいつに貰えるなら別に手作りだろうが、買って来たものだろうが構わない。
「最初はロイ様に頂こうと思ったのですが、ロイ様の分はもうすでに騎士団の方がトーナメント方式で争っている最中だったので無理でした。あの盛り上がりの中に入っていく勇気は私にはありませんでしたわ。それに私達、剣は使えませんし」
「……あいつら、何やってんだよ」
たかがチョコ一つでトーナメントって、大丈夫なのか?
うちの騎士達は。
「しかたありませんわ。あの子、かなりモテますから」
「そうそう。殿方達は皆、隙あらばと虎視眈々と狙ってるのよね~」
「当のリノア本人はまったく気付かないけど。あの子、自分が綺麗な事わかってないから。この間もさ……――」
スイッチの入ったメイド達はいつもの如くおしゃべりが止まらなくなり、俺を放置して井戸端会議を始めてしまった。
そのため幸いな事に絶好の退散状態なのだが、それが出来ない。
なぜならメイド達が盛り上がりすぎて、だんだん声が大きくなってきているのだ。
お前ら、盛り上がり過ぎだ。
ここのエリアは、主にメイド達の部屋が密集している。
そのためリノアだけじゃなく、他の夜勤組も眠っているはずだ。
さすがに止めようと口を開きかけるが、すぐ傍にあった扉がゆっくり開く音が耳に届き、俺は思わず固まった。