第二十七幕 リノアとリノア
一人の少女が窓辺に腰をかけ、ティーカップ片手に月夜を眺めている。
雲間から差し込む月の光がこの世界に彼女以外居ないと思われるプラチナの髪を、柔らかく包みこみ輝きを放っていた。
その夜着とショール、私まだ着たことなかったんですけど……
彼女が身に纏っている夜着や羽織っているショールは、私がこの間町に行った時に買った新品。
しかも値段がちょっと高めで買うのを迷った代物だ。
だから大事に着ようと思って取っておいたのに~。
こんな風に着られるなら、とっとと着ておけばよかったわ。
「月を見ながらお茶会っていうのも悪くない。ねぇ、キミもそう思わない?」
エメラルドグリーンの瞳を細めながら彼女は、極上の笑みを私に浮かべ同意を求めてくる。
その瞳もさることながら、ついつい彼女の首元に惹かれ目がいってしまう。
それは花のチョーカー。
紐の部分はベルベット調のリボン、中央には大ぶりな青い花に小さい数本の真っ白な花、そして淡いピンクに染めた鳥の羽根で出来た飾りがある。
これは私の私物じゃない。
一体これをどこで……?
「思うはずないでしょうが」
そんな彼女に対し、私は顔を歪め毒づいた。
いや、気持ち悪い以外感想出ねぇし。
「その姿辞めてくれない?なんか自分がもう一人いるみたいで気持ち悪くてしょうがない」
私は抗議の意味を兼ねて椅子をガタガタと揺らし、窓辺に座っている彼女――魔法で私の姿をしているリザーに向かって言った。
今すぐ胸ぐら掴んで元に戻れと言いたいが、椅子に体を紐のようなものでぐるぐる巻きにされて、固定されているためそれが出来ない。
一応骨折している腕を外して固定してくれているという気遣いは見せてくれてるみたいだけど。
そんな優しさがあるのなら、最初っから寝込み襲ったり椅子に縛り付けたりしないで欲しい。
「何そんなにイライラしてるの?お茶でも飲んで落ち着きなよ?キミの分ちゃんとあるでしょ。ほら、菓子もあるし」
たしかにテーブルには、私の分のカップとお菓子の乗った皿が置いてある。
だが、この状況で飲めるはずがない。
「これでどうやって飲めっていうのよっ!?」
「ん~。僕が冷まして口うつし?」
「飲めるかっ!!」
まったくなんでこいつは、いつもいつもこうなのよ?
彼の掴みどころの無さが私の調子を狂わせる。
そもそもこの騒ぎに誰も気付かないってどうなの?
オリンズ様の脱走の件も踏まえ、つくづくこの国の警備に問題があると思うわ。
大抵どの国でも宮廷魔術師雇っているはずだから、魔力には敏感のはずなのに。
……もしかしてリザーの奴ってば魔力消してるの?
だとしたら最悪のパターンだ。
朝方誰かが呼びに来てくれるまで、この身勝手お茶会続いちゃうじゃんっ!!
「縄解いて」
「まだ駄目。ねぇ、それより知ってる?この青い花リノアって花なんだよ」
優しく包みこむように花に触れ、リザーは私の傍まで来るとしゃがみ込んだ。
「へ~。奇遇ね。私の偽名と同じじゃん」
私は奴と会話しながらなんとか縄抜けを腕を動かそうとするが、まったく外れる気配がない。
もうこうなったら多少乱暴になっても良いっ!!
そう思い腕を動かした結果、腕が外れそうになりやばいと思い動きを止める。
だ、脱臼するかと思った……
「うん。だからきっと彼はこれを選んだんだと思うよ」
リザーは着けていたそのチョーカーを外すと、それを私の首に結び始める。
生花だったらしく、華やかな花の香りが漂ってきた。
「うん。キミの方がやっぱ似合う」
いや、私の方が似合うって同じ顔だから。今。
「これどうしたの?」
「ん?これね。リクイヤード王子に貰ったんだ。ほら、さっき僕メイド室にお茶取りに行ったでしょ?あの時王子がまだ起きて仕事しているって聞いてね、執務室に行って来たんだ~。せっかくだから会っておこうかなって思ってさ。ねぇ彼、いつもこんなに遅くまで仕事してるの?」
「ちょっと!!まさか、その姿で行ったんじゃないでしょうねっ!?」
リザーは数分前、「お茶のみたくなっちゃったから、とってくるね」と私を縛りお茶を取りに行っていたのだ。
「もちろんこの姿だよ。まさか、僕の姿で行けっていうの?不審者で捕まるじゃん」
リクも夜勤のメイド達も気づいてよ~っ!!
誰一人として気づいてないなんて、ちょっと悲しいんだけど。
きっとおかしくも思われてなかったんだろうな。
誰も様子を見に来ない所を見るとさぁ。
たしかに一見わかんないと思うよ?
でもさ、目の色確実に違うじゃんか。
これでもわかんなかったなんて言われたら、さすがに凹む。
「ねぇ。キミ、ハイヤードの人間だよね?『イザラ様』って誰?」
「イザラ?」
脈絡のない上に、思わぬ名に眉を顰める。
なんで『堕ちた精霊』の名を?
彼女の名は、ハイヤードでも滅多に聞く事はないぐらい知名度が少ない。
それなのに、この男から聞くなんて――
「知っているけど詳しくは知らないわ。マギアなら知ってると思う」
「マギアかぁ……今、彼は話せないよね。いいよ、キミの知っている事だけ教えて」
「私達の中では、堕ちた精霊って呼ばれている。彼女は闇の精霊で、精霊界を裏切った上に人を操り人間界を滅ぼそうとしたって教えられたの。だから彼女は精霊王に封印され、禁忌の精霊となったって」
「へ~」
リザーは何やら難しい顔をしながら、私の話を聞いている。
「でも、どうして知っているの?彼女が載っている文献はバーズ様が所持している一冊のみだし、王族や神官達などの限られた人間達のあいだでしか口承もされていないはずよ?」
「ん~、それは内緒」
そう言ってあいつが唇に人差し指を当てた時だった。
タイミングよくノックをする音が響いてきたのは。