第二十五幕 王子、メイドに敗北宣言?
ちょっと長めです。
話の都合上切れなかったので。
「あの~」
なんで私、こんな格好しちゃってるんですか?
私はそれが聞きたくて、鼻歌を歌いながらドレッサーの前にいるササラさんに声をかけた。
彼女はさっきまで使用していた櫛や化粧道具を片付けている。
私は、ただ今サミ侯爵つまり元老院のおじいちゃんに頂いたドレスを着用中。
何も着たくて着ているわけじゃない。
あの後リクの部屋からササラさんの手により連れだされ、強制的に着替えさせられたのだ。
しかも普段しない化粧もされ、髪飾りも着けられて。
お姫様や貴族令嬢は普通の格好かもしれないけど、仕事以外の時はワンピースを愛用中の私にとってはちょっと窮屈。
だってワンピースの方が膝上で動きやすいし、洗濯だってしやすいしじゃん。
それに私、じっとしてるの嫌いだから動き回るし。
一応こんなんでも身分的には私も姫。
だけど姫生活なんて七歳までしかした事ないからドレスなんて着慣れてない。
だからはっきり言って普段のワンピースに着替えたくてしょうがないのだ。
「大丈夫よ、ちゃんと似合ってるって」
「いや、私が聞きたいのはそうじゃなくて……――」
「綺麗よ、リノア。これであのリクイヤード様もますます」
グフフ……と奇妙な笑い声を上げながら、口元に手を当ててササラさんが笑っている。
その様子はちょっと、いやかなり怖かった。
思わず、2・3歩後ずさるほどに。
*
*
*
もしかして似合わないって思ってるのかな?
茫然と立ち尽くし、私を見つめているリクを見ながらそう思った。
私の姿を見た瞬間、座っていた椅子から急に立ち上がってしまったため、リクの足元にはテーブルと御揃いの白く塗られた鉄製椅子が倒れている。
私はそんなリクをあまり気にせず、辺りをゆっくり見回した。
しかし、本当に見事な薔薇だわ。
私達を囲むようにして生えている薔薇に、私は感嘆のため息をあげた。
大輪の花に、色鮮やかな色彩。風が運んでくれる華やかな香り。
こんなに素敵な薔薇園のお茶会は嬉しい。
「リクイヤード様。リノアが綺麗で魅入るのは理解できますが、一先ず御座り下さいませ」
テーブルの近くに配置させているワゴンの前に立っていたミミさんはそう言うと、
倒れた椅子を直しリクに座る様に促す。
「……誰がリノアなんかに魅入るか」
ササラさんの言葉にリクはそっぽを向きながらそう答えると、椅子に座った。
その頬がわずかに色づいているように見える。
「さぁ、リノアも」
「ありがとうございます」
ササラさんに椅子を引いて貰い、私もリクに対面するように席に着く。
着席するとミミさんによって、紅茶の入ったカップとキラの実のタルトがのった皿がテーブルの上にのせられていく。
「薔薇綺麗ですね。私、切り花以外で見たの初めてです」
「お前、薔薇が好きなのか?」
「えぇ。でも薔薇も好きですが、花全般が好きです。そう言えば、ギルアの隣国のサーザは華の国と伺いましたわ」
ロイに聞いてずっと行ってみたいって思ってたんだよね。
でも馬車使っても日帰りだと結構キツイし。
まとまった休み取れたら、絶対に行きたいっ!!
「王子。聞きましたか?リノアは花が好きですって。この流れに乗じて渡しましょう」
「そうですわ。机の引き出しにずっと閉まったままなんて、花が枯れてしまいますよ」
「なんだ、お前ら突然。あれは枯れないように特殊加工されてあるから、別に閉まっていても大丈……――って、何でお前らがそんな事知っているんだ!?」
リクがソーサーにカップをぶつけるように置いたため、カップから紅茶が波打ち零れてしまった。
あ~あ。
立ち上がり新しいソーサーかタオルを取りにワゴンの方へ行こうとしたが、ミミさんに手で制されてしまう。
そうだった。私、今仕事中じゃなかったんだ。
それにドレス汚れると大変だ。自分のお給料じゃ買えないし、シミ抜きが。
メイドとしての習慣でつい体が勝手に動いてしまったが、私は処理をミミさんに任せ、大人しくまた椅子へと座りなおした。
「嫌ですわ。リクーヤード様ったら、私達メイドですのよ。情報網ならある程度あります」
「……お前ら、メイドじゃなく間者にでもなったらいいんじゃないか?雇うぞ」
にっこりとほほ笑むササラさんに、リクは頭を抱えている。
なんか良くわかんないけど、こういうリク見るのも面白いかも。
なんか振りまわされている感がさ。
タルトを食べながらそんな三人の様子を見ていると、足元で「にゃ~」と猫の鳴き声が聞こえてきた。
ん?
視線を右下に向けると、エメラルド色の瞳と目があう。
「――お前はっ!!」
足元にいたのは、黒いふさふさの毛をした子猫。
首輪の代わりに首に細身の赤いリボンが巻かれている。
私がそう叫ぶと子猫は、「にゃ~」とまた鳴き逃走を図った。
まさかあの男、ギルアに来ているなんて!!
急いで立ち上がり追いかけようとしたんだけど、運悪くドレスの裾をふんずけてしまい、体のバランスを崩しかけてしまう。
やばっ。私は激しくドレスを着た事を悔んだ。
だから嫌なのよ!!
左手一本で体を支えるのを覚悟し咄嗟に目を瞑った瞬間、頭に最悪の結果が浮かんでくる。
まさか、運悪く両腕骨折か!?
あぁ、私のメイド復帰がますます遠ざかっていく。
「あれぇ?」
自分でも間抜けな声が出たと思う。
だって私の体は芝生の上じゃなかったんだもん。
おそるおそる目をゆっくり開くと、誰かの服が視界に入ってくる。
それが誰かは降りかかってきた声ですぐに知ることができた。
「このバカ。また怪我したらどうするんだ!!」
「リクっ!!ありがとう」
どうらや私はリクに抱きとめられたらしい。
「子猫が欲しいなら言え。無理して追いかけるな」
「違うよ。猫が欲しかったんじゃないってば」
あれは――
私がまた口を開く前に頭上から聞こえてきた「キャー」という悲鳴に近い黄色い声により、話を中断せざるを得なくなった。
「何時の間に……」
私とリクの声は見事に重なった。
私達二人の視線の先は、城の建物に向けられている。
そこでは東棟のメイド達が城の窓から身を乗り出し、「ナイスハプニング」など言いながら私達を見ていた。
みなさん、仕事はどうしたんですか?今、たしか忙しいはずですよね?
「リノア、これ説明しろ」
「ごめん。寧ろ私も聞きたい」
そんなメイド達を見て怒鳴り散らすかと思ったリクだけど、自分で処理できない範囲の出来事が重なったせいか、私の首筋に顔を埋めるように深く項垂れてしまった。