第二十幕 我儘姫と従順メイド
こりゃあ、メイドも辞めるわ……
ばらばらに散らばっているティーカップにソーサー、それに紅茶が染み一部分だけ濃く滲んでいる絨毯。
私はそれを見て一人納得していた。
「お茶がおいしいと聞いていたのに、たいしたことないわね」
窓辺に置かれた椅子に腰をかけている少女は、ぽってりとした唇で言葉を紡ぐ。
ウェーブがかった栗色の髪に、まだ少女らしさを感じる丸みをおびた輪郭。
そして私を映し出しているラベンダー色の瞳。
彼女が噂のフリージア様。
年は13歳で、リクとは3つ違うらしい。
リクの妹っていうから美姫だと思っていたけど、違っていた。
華やかさはなく、いたって普通の我儘娘って感じ。
「何ぼうっとしてるの?早く片付けなさい」
「申し訳ございません」
私はその視線を受け止めつつ、頭を下げた。
本来ならばすぐさま片付けるんだけど、この時はすぐに動けなかったのだ。
――いやだってまさか、こんな絵に書いたような嫌がらせ受けるなんてさ~。
このティーカップを割ったのは、フリージア様。
紅茶を出したら、口に合わないとカップごと床に捨てられてしまったのだ。
おかげで割れたカップの片づけと絨毯の掃除という、二つの仕事が一気に増えてしまった。
は~、勿体ない。別にカップ割る必要ないじゃんか。
それに、絨毯の掃除って大変なのよね。
染みにならないように、素早く落とさなきゃならないし。
愚痴りたい気持ちをこれも仕事だとぐっと抑え、箒を持ってくる前に大きい破片だけでも片付けようとしゃがむ。
「エール。貴方は新しいお茶を」
「畏まりました」
フリージア様の言葉に返事をして頭を下げたのは、姫の傍で控えていた長い黒髪を一本に結っているメイド。
彼女はフリージア様付きのメイドで名前がエールさん。
年は14歳。
さっきササラさんと一緒に居た時に呼びに来たのは彼女だ。
彼女の目の下にはクマが出来ており、時々辛そうに眉間に皺を寄せ目を閉じているのを何度か見ている。
唯一最初の配属から姫の傍に残っている貴重な一人だ。
だから疲れきっているのかもしれない。
彼女以外辞めていくし。
大丈夫かなぁ……?
本人は大丈夫って言ってたけど、顔色が青を通り越して土色になっている。
リクかメイド長に言って医者呼んで貰おうかな。
*
*
*
やっぱエールさん、見て貰った方がいいと思うんだけど。
さっきメイド長に言って医者呼んで貰おうか?って聞いたら、余計な事しないで下さいと断られた。
姫のお世話をする人が誰も居なくなっちゃうからって。
ヘルプで数人入っているはずなんだけど、一日で配属願いを出すらしい。
専属メイドの仕事ってって寝室掃除から主の着替えの手伝いだけじゃなく、姫が主催するお茶会など多岐に及ぶ。
そのため通常3~5人ぐらいが平均だ。
フリージア様付きのメイドは数日前にエールさん以外全員辞めてしまっていから、エールさんが全て自分で取り行っているそう。
だからきっと休みもまともに取ってないのかもしれない。
他の人達、辞めるなら新しい人決まってから辞めて欲しかったな。
……まぁ、あれが毎日続くのが嫌っていうのもわかるよ?
それでも仕事としてちゃんとやらなきゃならないとは思う。
そうみんな頭では分かっているんだけど、感情があるから上手くいかないのかもしれない。
私もムカつく時あるもん。
ギルアではないけど、アカデミーの研修中にあった。
それでもなんとか波を立てず、やんわりと笑顔で交わしてたっけな~。
仕事終わった後、枕を気分が晴れるまであのムカつく貴族だと思って壁に叩きつけてたけど……
遠い昔の記憶に想いを馳せていると、すぐ傍にある階段からトントンと降りて来る足音が聞こえてきた。
顔をそちらに向けると、エールさんが階段を下りて来ている。
ギリギリだな。
やっぱ無理やりでも医者に見て貰った方がいいよね。
エールさんは足元がおぼつかないのか、体が不安定だ。
「エ――」
彼女の具合の悪さに声をかけようとすると、彼女の体が大きく揺らいだ。
そのため言葉が途切れてしまう。
嘘でしょ!?
「エールさんっ!!」
手にしていた箒と塵取りを手放し、私は急いで階段を駆け上がる。
間に合って!!
なんとか彼女を抱きとめる事に成功したけど、重力と重さによりそのまま二人とも倒れ掛かってしまった。
やばい。共倒れになる……
「――っ」
足と体全体で態勢を立て直そうとするが無駄なあがきとなり、結局私は体に強い痛みと衝撃を受け、意識はそこでフェードアウトしてしまった。