第十七幕 選択肢が結婚ですか?
鳥、まだ鳴くなって……
何処からか聞こえてくる鳥の鳴き声に、私は布団にもぐりこむ。
ふわふわと意識がまだ浮遊している。
仕事だからいいかげん起きなきゃいけないけど、まだ頭は半分夢の世界。
そろそろ起きなきゃな~。
そうは思ってはいるが、意識はもうすでにまたあっちの世界へ行きかけている。
オリンズ様の件で、寝たのがほんの二時間前。
正直仕事なんて放置して、このまま意識を手放してしまいたい。
あ~、なんで私早番なのよ。
誰でもなく、今月のシフト表を布団の中で怨んだ。
「眠い……――」
後、十五分だけ寝ようかな。そうすれば、すこしはすっきりするかも。
朝食抜けばギリギリ朝のミーティングに間に合うし。
時計を見て後十五分だけ寝ようと心に決めまた瞼を閉じた次の瞬間、乱暴に開け放たれた部屋の扉により、私の安眠は妨害されてしまった。
「リノアーーーっ!!」
「……う、メルさん……?」
思わず耳を塞いでしまうぐらいの大きな声に、無理やり意識が現実の世界へと連れ戻されてしまう。
その声の持ち主は、同じメイド仲間のメルさん。
私と同室で、頼りなるお姉さんだ。
「何寝てんのよ! 起きなさいって。大変なんだってば!」
「……またオリンズ様が脱走したんですか?」
慌てた様子に、私はすぐにベットから飛び起きた。
今度は何処に行ったの?
戻ったのが数時間前だっていうのに、元気すぎるでしょ。
「オリンズ様じゃないわよ。リノアあんたよ、あんた!!」
「はぁ?」
メルさんは私より、5つ年上でメイド歴も私より長い。
だからそんな反応をしてはいけない事はわかっているが素で出てしまった。
「リクイヤード様が、あんたの事を囲おうとしてんのよ!」
「囲う……? 私は羊が何かですか?」
「そっちの囲うじゃなっうの。王子があんたの事をメイドから外すって。それから、部屋もここじゃなくゲストルームへ移動させるそうよ。早朝に町の宝石商と針子に使いを出して、宝石とドレスも用意させてるらしいわ」
まさか、それって私が姫だってバレちゃったから?
メイドを辞めさせるのは、正しい判断だとは思う。
だってまさか、一国の姫をメイドとして雇う常識外れはいないだろう。
もしバレたら、国際問題だもんね。
でも私はメイドとして働くけど。
「あぁ、そっちの方ですか」
「何であんたはそんなに冷静なのよ! リノア美人だから、あの女好き王子に気に入られちゃったんだってば。今、報告を受けたメイド長と女官長様が国王様の所に王子をお止して頂くために向かってるわ」
もしかして、これってもう広まってるのかな?
メイド達の噂話は広まるのがかなり速い。
その上、かなりオーバーに話されるため事実よりも誇大になっている事が多い。
事情を知らない者がそんな事を耳にしたら、「王子が権力をかさにメイドを囲おうとしている」って話になっちゃうじゃんか。
そんなことになったら、リクの城内の評価ガタ落ちかも。
女好きっていうのは皆知っているみたいだから、信憑性あるし。
とりあえず状況収拾のためにも、リクのところに行くか。
*
*
*
「駄目だ」
リクはそう言うと、視線を手元の書類へと戻した。
このわからずやめが。本人が良いって言ってんだから、いいじゃんか。
私はリクに特別扱いすることなくメイドとして今まで通りさせて欲しいと頼みに来たのだ。
それなのに、こいつは駄目だの一点張り。
「いいか? うちだって完全に安全ではない。だから、国賓扱いにして常時護衛に守らせる。安全のためにそれが最善の策だ。わかったら、黙って言う事きけ」
「そんな事言ったって、ただじっとしてるの性にあわないんだってば」
「なら、大人しく詩集でも読んでおけ」
そんなの読んだから、絶対寝るっうの。
こいつじゃ埒あかないな~。国王様に言おうっと。
だって元々国王様の許可出てるし。
そう思って体を執務室から廊下へと出れる扉に向ける。
「リノア」
「なに? 認めてくれるの?」
すぐにまた後ろを振り返ると、リクが顔をしかめた。
「んなわけないだろうが。出てく前にこれに今すぐサインをしろ」
「は? 何それ」
リクに差し出されたのは、一枚の紙。
「何、この嫌がらせ」
それを見て思わず顔が歪む。
だってそれは婚姻契約書だったんだもの。
国によって様式は違えど、中身は大体一緒だ。
……しかももう、リク書いてるし。
「念の為の保険だ。もしお前がディル派に見付かったとしても、お前はギルアの人間と言いはる事が出来るからな。ギルアの王族に入れてしまえば、あいつらも手を出しにくくなるだろ」
「リク、結婚してないよね? だったらまずくない?」
「いや。側室の一人や二人いたところで、縁談にヒビなんて入らない」
あ~、そうか。ギルアは一夫多妻制か。
ハイヤードは一夫一婦制だから、一人としか結婚出来ない。
「後宮には親父のが50人ばかりいるからな。それ以外の入れると、何十人いるんだか……」
えっ、そんなにいるの?
それって、会う時ってやっぱお気に入りとかの順?
私は自分の事より、そっちに頭がいってしまった。
「こっちだってお前じゃ不本意だか、人助けだ。事態が落ち着くまで俺と結婚してろ。問題が片付いたら、すぐに離縁してやる。まぁ俺が嫌なら、親父という手もあるが?」