第十一幕 王子専属メイド
あの王子め。どんな嫌がらせだっつの!!
こっちはあと1時間以内に30室、全シーツ換えと掃除をしなきゃならないのに!!
私はさっきまで別棟でシーツの張り替えの仕事をしていたんだけど、いきなり王子付きのメイドに呼び出しをくらってしまったのだ。
「王子にお茶を持って行ってほしい」と。
私は王子付きのメイドじゃないから、そんな事しなくていいのにさ。
まぁ、人が足りないならヘルプで入るよ?
でも、王子のとこ足りてるじゃん。
このまま室内に入るとキレて文句を言いそうになってしまうので、私は深呼吸を二・三度行ってからノックをした。
すると間もなくして、入室を促す返事が耳に届いた。
「失礼いたします」
片手にポットとカップの入ったトレイを持ち、空いた片手で扉を開ける。
スマイルだ、スマイル。
自分に言い聞かせなんとか笑みを浮かべるが、あいつの言葉でそれは数秒と持たなかった。
「――遅い」
そう発言したのは、中央にある大きめの机で書類にペンを動かしている、リクイヤード王子。
「申し訳ありません。私、今まで別棟にいましたもので。喉が渇いて仕方ないと駄々をこねるのなら、王子付きのメイドにでも入れさせて下さい。目と鼻の先なので、早いと思います」
ふん。別にお前なんかに睨まれても怖くねぇっうの。
私はさっさと室内から退出すべく、カップを空いている机のスペースに置く。
「お前は、ほんと可愛くないな」
「なんとでも。それより、濃かったり薄かったりしたらおっしゃってください。好みがまったくわからないので」
「お茶なんてどれもいっしょだろ?」
「違います。葉っぱの種類、蒸らす時間などによってかなり変わってくるんですよ」
リクイヤード王子は、カップに口をつける。
お茶入れは、はっきり言って自信あるんだよね。
授業でさんざんやったし、結構先生に褒められてたから。
「おいしいでしょ?」
王子の顔が一瞬変わったのを、私は見逃さなかった。
「……不味くない」
こいつひねくれ過ぎ。
可愛くないのはそっちじゃん。
「リクイヤード王子。今度からは、ご自分付きのメイドに頼んでください。私は、別棟担当なので、こっちの仕事すると自分の仕事出来なくなってしまうんです」
私は一礼するとさっさと扉から廊下へと出た。
ヤバいなぁ。時間内に終わらせないと、メイド長に怒られちゃうじゃんか。
かと言ってチェックが入るから、手抜けねぇし。
*
*
*
「――言ったよね? 私、昼にさ。お茶なら自分付きのメイドに頼んでって。しかも、明日私早番だから、もう寝なきゃならないの」
テーブルに両手をつくと、ダンッという大きい音が室内に響く。
それなのに、目の前のやつは無反応だ。
「リクイヤード王子。聞いてます?」
「大声だすな。聞こえてる。だから、お前を呼んだんだろ」
「は? 意味わかんないんですけど。というか、今何時だがわかりますか?」
もう少しで夢の世界って時に急に起こされ、何事かと思ったら「王子にお茶を持って行って」って……
一瞬、デジャブか!? って思ったっうの。
「お前は俺専属のメイドになったんだ。だから、俺が呼んだら来い。言っておくが、朝晩関係ないからな」
「はぁ!?」
んな事初耳だっうの!!
冗談じゃない。朝晩関係ないなんて、特別割増手当貰わなきゃ……――じゃなくて、睡眠不足で働けなくなるじゃんか。
こいつ、メイドの事こき使いすぎだ。
「言っておくが、他のメイドはちゃんと交代制だし、休みもある。お前はなし」
「なにその嫌がらせ」
あ~。もうめんどい。
別にこいつに嫌われてもいいけどさ、仕事フルってキツイって。
こいつが勝手に言ってるだけかもしんないし、後でちゃんと確認とるか。
「ん?」
コンコンとリクイヤードの後ろにあるドアから聞こえて来る。
私とリクイヤードは二人してその方向を見ると、瑠璃色の鳥が一匹窓辺にとまっていた。
「鳥……?誰か餌付けでもしてるのか?」
「違う」
これは――
私は窓を開けると、その鳥を室内に招き入れる。
『夜分遅くに申し訳ありません。シルク様』
「どうしたの?」
「お前、何鳥に向かってしゃべってんだ?」
リクイヤードは私を見て首を傾げている。
この声はたぶん、あいつには届いてない。
これは精霊の声だ。
どうやら鳥に姿を変えているらしい。
「ちょっと黙って。ねぇ、何かあったの?」
『オリンズ様が城を抜け出しました』
「ええっ!?」
『今、私の元へいます。このような夜半に子供一人ではいろいろ危のうございますので、取り急ぎご報告にあがりました』
「わかった、ありがとう。迎えに行くから、場所教えてくれる?」
『おおせのままに』
ほんと、ここの警備ってどうなってるのよ?
「リノア。お前、頭大丈夫か?」
いつのまに立っていたのか、リクイヤードは私の前方に立って顔の前で手を振っていた。
「大丈夫に決まってるでしょ。それより、リク。馬一頭かしてくれない?」
「おい、リクって……」
「いいじゃん。そっちの方が呼びやすいし。私この格好だとあれだから、上着もってくるから外に準備しておいてね」
さて、どうしようかな。
国王様には念のためにお伝えした方がいいかしら?