クリスマス企画 突撃っ! ブラックサンタさん☆
今年のクリスマスはシルク達で。
シルク視点のおまけもあるため、ちょっと長めです。
「なんだその恰好。サンタの真似か?」
俺の太ももの上に乗っかっているシルクに尋ねれば、首を縦に動かした。
落っこちないようにあいつは俺の首に手を回し、お互い顔を向かい合わすような形をしている。
久し振りの逢瀬。誰にも邪魔されないように、扉の施錠もしっかりと抜かりはない。
「メリークリスマスっ!」と、どこぞの盛り上がったメイド達に乱入されるわけにはいかないし、どこぞのシスコンに襲来されるわけにはいかないのだからな。
「一応そうなんだけれど、見えないかな?」
執務室にやってきたシルクの姿は、いつものドレス姿と違い今日は上下とも深紅。
白いふわふわとしたタンポポの綿毛のようなものがついたケープに、膝上と丈が短めなスカート。
「見える。見える。だがな……――」
左手はシルクの腰に回したまま、右手をシルクの太ももへと伸ばし撫でながら、「これが不満だ」と告げれば、即座に白魚のような手で叩かれた。
あいつのスカートから覗く足が、素足ではない。防寒対策のためにタイツ。
しかも透け感のない、かなりの厚手の生地。
――これが不満に思わないわけがない!
「リクって時々変態になるよね。王子様なのに紳士じゃないよ」
頬を膨らませむくれるシルクに、負けじとまた今度は違う場所に手を移動させようとしたが、再度睨まれた。
そのため、一旦大人しく手を引っ込めた。
もちろんこれは振りだ。振り。時間差で触る。
今日はクリスマスだ。時間はたっぷりあるからな。
「いいか、王子でも男なんだ。みんな変態なんだよ」
「それリクだけでしょ。他の人に失礼だよ。そういう悪い子には、ブラックサンタが来ちゃうんだからね!」
「なんだ、ブラックサンタって?」
「私もラズリに聞いたんだけれども、良い子にはサンタ。そして悪い子には、ブラックサンタが来るんだって。なんでもブラックサンタって部屋に動物の臓物ぶちまけたり、悪い子を袋に押し込めて連れ去っちゃうとか」
「……掃除大変そうだな。しかも袋に押し込めるって、犯罪だろ」
贓物なんて撒かれたら臭いやばいだろ。
だが、ちょっとだけ思った事がある。
「お前の弟の所にブラックサンタが来そうだな」って。
つい喉元まで出かけたが、そこは俺が大人だから我慢した。
いつもいつも俺とシルクの邪魔をするから、悪い子だろ。あいつ。
いや、もう「子」ってつく年はとっくに越えているのだけれどさ。
「ブラックサンタか……まぁ、来て欲しいよな」
あのシスコンの所に是非。
「そんな事言うと、リクの所に来ちゃうよ?」
いや、俺の所じゃなくてなという言葉を口にしようとしたら、急に視界がぷつりと切れ真っ黒に。
そしてそのまま意識がフェードアウト。
かと思いきや「リクイヤード様っ!」というスウイの声と、ゆらゆらと揺れる感覚だけが襲ってきた。
「……は?」
ゆっくりと瞼を開き、まず飛び込んできたのがスウイのアップだった。
あいつが俺の肩に触れ、大きく揺さぶっている。
そしてその背景は天井。それから背に感じる馴染んだ柔らかな場所。
どうやら俺は執務室のソファで眠っていたらしい。
「リクイヤード様。リクイヤード様! ……あ、起きられましたか?」
「……夢オチかよっ!!」
「またシルク様の夢でも見ていたんですか?」
「そうだよ。あ~、覚める前にもっといろいろしておくべきだった」
「ちょっと待って下さい! いろいろって何ですかっ!?」
と赤くなっているスウイに、「お前、既婚者だろ」と呆れた眼差しを向け身を起こした。
――あー。勿体なかったな。結構リアルな夢だったぞ。あれ。
「ったく、スウイが起こすから悪い」
「申し訳ございません。実は来客が。ハイヤードから……――」
そのフレーズに俺は反応し、すぐさま執務室を飛び出し廊下へ出た。
だがすぐにスウイの「シルク様じゃないです」という、俺を落胆させるにはそれ以上のない攻撃を受け、すぐに軽やかな足を止めた。
「それさっさと言えよ」
振り返ると、すぐにスウイへ文句を言った。
期待させるだけさせて、シルクじゃないのかよ。
今日クリスマスだぞ。クリスマス!
「またバーズ様か? 仕方ない。あの方のいびりならまだ可愛い。いびられてやっていると思えるからな。あの腹黒極悪シスコン鬼畜王子じゃなければ問題ない。あれは可愛くない。厄介だ」
「……リ、リクイヤードさ、ま」
青ざめるスウイがゆっくりと俺を指差してきた。
「なんだよ? 人を指さすな」
いや、俺ではないのか?
小刻みを通り越しもうすでに振っているレベル。その指と視線は俺を通り越している。
――……まさか。
嫌な予感がする。いや、嫌な予感以外しない。
出来る事ならすぐさま帰って欲しい。というか、来るなら事前連絡ぐらいしろ。
俺の心臓と平穏のために!
このまま直進して逃げ去りたかったが、仕方がなく振り返るとやっぱりあいつがいた。
だが、今日は少し様子が違う。
「ブラックサンタ……」
と、思わず呟いてしまった。
それは案の定ラズリだったのだが、あいつの格好が大問題。
ラズリはサンタコスをしていたのだ。
だが真っ赤な衣装なはずなのに、光の加減なのか俺の心の加減なのか、血が凝縮したようなどす黒さに見えてしまう。
ブラックサンタ。そう呼ぶには相応しい。
……あれ、返り血とかじゃないよな?
「ブラックサンタだなんて。赤ですよ、赤。ポインセチアと同じ色です」
と爽やかな笑顔で現れたラズリに、俺は早々に帰国を願った。
どうせ碌な事がない。もう慣れた。
ラズリは手に何やら、ラッピングされたものを持っている。
漆黒の包装紙に赤いリボンというおどろおどろしい色彩を持つそれに、何故か俺は背筋がぞわっとした。
――やばい。あの中身は絶対にやばい!
そしてそのラズリの後方には、あいつの秘書官が。
いつも表情一つ動かさずいる何考えているか分からないような男で、ラズリと似ている。
そいつも何やら持っていた。だが、それはかなり大きな紙袋が二つばかり。
色はラズリと違い華やか。ピンクと赤のボーダーで女子向けだ。
「久し振りだな。シルクは?」
さっきの失言を無かった事にし、一応聞いてみる。
「いいえ。今日は僕だけですね。夕刻よりサーザ国でパーティーがあるんですよ。なのでそちらに向かわう途中にちょっと寄りました。ほら今日はクリスマスでしょ? なのでサンタ仕様です。貴方を驚かせたくて」
「そうか」
予告なしに来たから、鼓動が早鐘になったぞ。おかげで。
「今日の姉上のスケジュールは午前中は孤児院でクリスマスプレゼント配り、そして夕方からはハイヤード城で僕の子供達とクリスマスパーティーを開く予定なんです。子供達とユリシアとサンタコスをするそうですよ。とても可愛らしいサンタです」
「シルクのサンタ姿だと!?」
「えぇ。残念ですね、リクイヤード王子。お忙しくて見に来られなかったなんて」
「今、訊いたんだが」
「手紙に書きましたよ。姉上が貴方にも来て欲しいようでしたので、僕が代わりに書きました」
「はぁ!?」
スウイを見れば、首を左右に振られた。
まさか、紛失か? これはゆゆしき事態だ。
「ほらここに」
そう言ってラズリが胸元から取り出したのは、一枚の封筒。
「おい、まさか……」
「えぇ、これです」
「それかよっ! 手紙書いたなら出せって!」
「出したら貴方はスケジュール調整してうちに来るじゃないですか。冗談じゃない。迷惑です」
「……お前、本当に俺には本当に辛辣だよな。はなっから誘う気ゼロじゃないか……」
やっぱりブラックサンタはこのシスコンの所に行くべきだろうが。
いやでも逃げて行きそうなやつだよな。ラズリ、陰険だし。
「姉上のサンタはとても可愛らしかったですよ」
「は? 今日だろ、クリスマス」
「えぇ。ですが、一度衣装作成中に見せて頂きました」
「……なんだと!! シルクは生足だったか!?」
俺も見たかった。
「貴方は本当に変態ですね。僕の姉上をふしだらな目で見るの辞めてくれません? 汚れます」
ラズリはまるで汚い物でも見るように、俺を蔑んだ目で見ている。
その視線にも慣れた。
「ラズリ様。そろそろ。お時間が」
「そうですね。では、それをスウイさんに渡して下さい」
秘書官がラズリの言う通り、スウイへと手をしていた紙袋を渡した。
「これはメイドの皆さんへのクリスマスプレゼントです。姉上がいつもお世話になっているので」
「悪いな」
「いいえ。そうそう。それからこれは貴方に」
そう言ってラズリが差し出したのは、あの毒々しいラッピングが施された物。
正直受け取りたくない。見ているだけで鳥肌が立ち、寒気すら感じる始末。
本能からなのか、体全体が危険信号でそれが俺に取って危ないものだと知らせている。
……が、シルクの弟だ。ここは波風立てずに受け取ろう。
一応ラズリと同じ年だが、俺の方が生年月日早い。
つまり俺はラズリの兄。大人の余裕だ。
「重っ」
ずしりと腕に来る重量感。
これは辞書類を数冊持っているのと同じぐらいの感じがする。
「姉上とお揃いなんですよ。それ。まだ姉上には渡してませんが……」
嬉しそうに口にするラズリに、俺は顔が引き攣った。
このシスコンがシルクとお揃いのを俺に渡すはずがない。
きっと何か裏があるに決まっている。
だが、「ありがとう」と一応言っておいた。俺も大人だからな、それぐらいはやるさ。
+
+
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「リクイヤード様。それ絶対に普通のクリスマスプレゼントじゃないですよ!」
「わかっている! 改めて言うな! 俺だってこんなもの受け取りたくなんてなかったに決まっているだろうが!」
執務室のテーブルの上に置かれた真っ黒いそれ。
開けたくないが、開けなければならない。
――シルクとお揃いっていうのが引っかかるんだよな。
赤いリボンを解き、ラッピング紙を開いていくと何やら本のようなものが現れた。
しかも大きい上に、分厚い。
表紙には「NO.1」と書かれている。
「スウイ。開け」
「ぼ、僕がですかっ!?」
「早くしろよ」
俺に促され、スウイはゆっくりとそれに手を伸ばし本を開いた。
そしてそれを覗き込むように見れば、俺の写真が掲載された新聞記事。
それが数枚台紙に貼られ並べられている。
「俺のゴシップ新聞のスクラップじゃないかっ! しかも女関係!」
「これ全部そうみたいですよ……もしかして今までの方全員調べたんじゃ……執念が……」
と、ページを捲っていたスウイの手が止まった。
「どうした?」
「これ、シルク様とお揃いって言ってませんでしたか?」
「!?」
俺はそれに息を呑んだ。
たしかに言っていた。あのシスコンにしては珍しいと思い警戒していたのに!
「あいつを国外に出すな! 全騎士団使ってでも止めろ!」
これでシルクと喧嘩なんてなってみろ。
簡単に仲直りできる距離じゃないんだぞ……
あぁ、それが狙いか。
――しかも、NO.1って、何まであるんだよ。
肩を落としている暇なんてない。あのシスコンを追いかけて止めなければ。
まだ国内に居るだろう。馬を走らせ捕まえればなんとか間に合うはずだ。
すぐに部屋から飛び出ようとすれば、ササラとばったりと遭遇。
扉の前に立っていたらしく、危うくぶつかりそうになってしまった。
「退け!」
「あら? お急ぎですの? お手紙をお持ちしたのですが……」
「後だ! 後! 今、シルクと俺の愛が試されているんだ!」
「はぁ? では、ラズリ様からのお手紙は後でお持ち致しますね。どうぞ」
と俺の鬼気迫る迫力に、困惑気味なササラが場所を退いた。
「……って、おい。ちょっと待て。あいつからの手紙? いつ貰った?」
「頂いたクリスマスプレゼントに入っておりました。こちらです」
と差し出されたのは、真っ黒いサンタクロースが描かれたメッセージカード。
それを受け取り開いて中を確認すれば、『姉上とお揃いなんて貴方には勿体なくて差し上げません。それにあんな下品な記事を見て、僕の大事な姉上が御心を痛まれるなんて耐えられませんので。あれは悪い子にだけ、僕からのプレゼントです』と文字が書かれていた。
「なんで俺にブラックサンタ来るんだよ!? ラズリに行くべきだろ!」
そう俺が叫び、カードを床に叩きつけたのは許される行為だったはずだ。
「まぁ、いい。これをシルクに見せれば、証拠になるぞ! あの猫かぶりめが!」
「あら」
「なんだよ?」
ササラが声を上げたので首を傾げ尋ねれば、床を指さしている。
それを追えば、床に叩きつけたカードが灰になっていた。
「……あのシスコンめ。手の込んだ小細工を」
まぁ、あのラズリがこちらに証拠を握らせるわけがない。
そんな事はわかっている。
「大分お疲れのようですわね」
「これが疲れないわけあるか」
「ですわよね。あぁ、でも……」
ササラは顎に手を添え、頷いている。
「なんだよ?」
「いいえ。お茶をお持ち致しますわね」
「あぁ、頼む。おい、スウイ。これからの仕事、明日に回せるものは回せ。あのシスコンと対峙して相当メンタル削れたからな……」
シルクの居ないクリスマスだし、どこぞのシスコンのせいで精神的疲労が半端ない。
まるで剣術の試合を数本連続してしたような状態だ。
――今日は早く寝よう。もう疲れた。シルクの夢でも見たい。
結局その日の俺は、いつもより数時間早く就寝した。
☆おまけ☆
「起こさなくてよいのか?」
「……うん。良く眠っているみたいだし」
なんか、眉間に皺寄せているけど。
見下ろしているリクは、自室にて、ふかふかの布団に守られ眠っていた。
その上、「…サ…ンタ……来るな」との寝言を口にしている。
一体どんな夢見ているのかしら? 普通、サンタには来て欲しいと思うのだけれども。
今日はクリスマス。
そのためプレゼント持参で、ハイネにお願いしてギルア城に連れて来て貰った。
ギルアとハイヤードの距離は遠いけれど、ハイネの転移魔法ならすぐ。
だからリクにプレゼント渡せると思い、甥と姪達とやったクリスマスパーティーが終わり、一段落ついたからリクの元へやってきたの。
でも、寝ちゃっている。いつもは起きている時間帯なのだけれども……
ササラさん達に訊いたら、今日はいろいろあって疲れたから早めに寝ちゃたらしい。
「せっかくのシルクのサンタ姿なのに、この男もタイミングが悪いな。こんなに早く寝るとは。本当にいいのか? 起こさずとも」
「こんなに早く寝るほどお仕事で疲れているだろうからいいの。それにリクの顔が見られたし。でもリクが起きてなくて、ちょっと良かったかなって思うわ。なんかこの格好恥ずかしいし」
今日一日、私はサンタの衣装に身を纏っている。
孤児院でのプレゼント配りだったり、城で甥と姪達とのクリスマスパーティーだったり。
私の他にもユリシア達も数人サンタの格好をしていたから恥ずかしくなかったけど、今は一人なため恥ずかしさが襲って来ている。
しかも素足のため足もとが肌寒い。ユリシアみたいにタイツはけば良かったな。
建物の中は温かかったから履かなかったけど、この部屋暖炉の火も消えているから寒いわ。
「いい加減気配で起きても良さそうなのに、何故起きぬ?」
「きっと疲れているんだよ。私とハイネが普通に話をしても起きないぐらいだもの。ゆっくり体を休めて欲しいからプレゼント置いたら帰ろう?」
「わらわは構わぬが……しかし、この男は肝心な所が残念だな」
私は苦笑いを浮かべ、リクの枕元へメッセージカードとクリスマスプレゼントを置き、ハイネと共にハイヤードへ戻った。
「リク。メリークリスマス」
と、囁きを残して。
数日後、私の元へリクから手紙が届いた。
『お前のサンタ姿見れなかったから、今度会う時は絶対にサンタコスだからな! 無論、言う間でもないが素足だ。タイツなんてやぼなもの履くなよ!』
……というわけのわからない内容で。