☆完結お礼小説☆ 番外編 本物はどれ?
本編終了の後書きで言っていたお礼小説です。
お礼代わりになっていると良いのですが(;・∀・)
シルクとリクイヤードの結婚式前の遠距離恋愛時代(?)のお話です。
ブログ掲載番外編は、まったりと移行したいと思います。
「リクイヤード様。少しお休みになられた方が……」
執務室へと書類を届けにやってきたスウイのその言葉。
それには自覚があった。
ここ数日、仕事仕事の毎日。
無論、ちゃんと理由がある。それは何か打ち込むものが無ければ、やってられなかったからだ。
「……休んだらあいつの事考えるだろうが」
執務机の前に佇むスウイを睨みつけようとしたら、あいつの指先がたまたま目に入ってきた。
真新しい輝くシンプルな指輪。スウイはそれが気になるのか、何度か指先で触れている。
「新婚め! 見せびらかすな!」
「えっ……! あの……リクイヤード様も付けているじゃないですか!」
たしかに俺の薬指にも嵌められてる。
月日が経ち馴染み過ぎた指輪。
俺は真新しい指輪が羨ましいんじゃない。
その片方を付けている奴が、ギルアではなく遠い地にいるのが問題なんだ。
「僕に八つ当たりしないで下さいよ。それより最近働きすぎです」
「仕方ないだろ。一度シルクの事考えると手が付けられなくなるんだよ。新婚のどこぞの職場まで一緒の夫婦とは違うんだ。遠距離なんだよ、遠距離」
「やさぐれないで下さいよ……」
「いいから書類さっさと寄越せ」
「は、はいっ!」
俺はスウイから書類を奪うように取ると、それに目を通していく。
執務机には既に片づけられた書類の山。
これもすぐにスウイに運ばせ、新しい書類が床に置かれているのでそれを片付ける予定だ。
遠距離恋愛。いや、結婚しているから別居と言った方がいいのか?
俺とシルクはハイヤードとギルアという片道馬車で2か月半~3か月ぐらいかかる距離で愛を育んでいる。
シルクが精霊と無事契約し、反勢力も解体。無事障害物も何もなく、俺とシルクは結婚!
……と上手くはいかなかったからだ。
家族としてちゃんと娘を送り出したいとハイヤード国王達に泣きつかれ、俺はシルクとの結婚生活が延期。
まぁ、それは仕方がない。納得出来ている。
失われた家族の年月は戻って来ないから、その分を補わせたいとは思うからな。
あいつ、自分の両親の事を名前で呼んでいたぐらいに傷ついていたし。
だからそれは構わない。
だがそれがあと1年、もう1年と繰り返され今年3年目を迎え、そろそろ我慢の限界になってきていた。
時々あいつの顔を見に行ったり、あいつがこっちに来たりするが、一緒に暮らすのと全然違う。
会いたい触れたいと、無性にシルクを欲してしまう……
「あ~……お前のせいでシルクの罠に嵌っちまったじゃないか。ちょっとハイヤード行って来るかなぁ」
「駄目ですって! 明日は重要な会議があります!」
スウイはぎょっと目をひん剥き、声を上げ叫んだ。
「わかっている。俺だって責任ある立場だ。勝手な事はしない。気分転換に茶を持って来させろ」
「はい。それは先ほどこちらに来る時に、妻……いえ、ササラさんにお願いしました」
とはにかむスウイすら、俺には嫉妬の対象になる。
なんだ、その幸せそうな新婚の雰囲気! 俺だって早く味わいたいというのに!
「ササラじゃなく、誰か違うやつに入れさせろ」
「何故ですか!? 味は保証しますよ。朝入れてくれる紅茶とても美味しいんです。世界一ですよ」
「は? 世界一旨い茶はシルクが入れたやつだろうが」
あれ以外存在しない。
全てが俺好みなんだよな。あの味も。茶葉のチョイスも。
……って、また始まった。シルクスパイラル。
これ抜け出すのは、ちょっとやそっとじゃ無理だ。
永遠あいつの事考えられるからな。
いっそのこと外でも走ってくるか。と本気で考え始めた時、扉をノックする音が響き、「来たみたいですね」とスウイが呟き、入室を促す返事をした。
すると「失礼します」という声が、ワゴンを押す音と共に入ってきた。
その声に、俺は肩を落とし、顔を伏せてしまう。
――あぁ、重症だ。とうとう他人の声までシルクの幻聴になってきたし。
「……え。あ、あぁ~っ!」
「煩い。スウイ。大声出すな」
と顔を上げ睨めば、あいつはとある一点を指さしたまま口をパクパク開けている。
なんだとそこを見やれば、俺もスウイと同じ行動を取ってしまう。
それはガラガラとうワゴンが止まった場所。
そこに居たのは――
「シルク!?」
「よかった。やっと気づいてくれた。ずっと気づかなかったらどうしようと思ったよ」
そこに居たのはあの頃のようにメイド服を身に纏ったシルクだった。
やっぱりあいつが一番似合うのは、メイド服かもしれない。
そう以前本人に言ったら、難しい顔をされたが。
「驚いた?」
「驚いたに決まっているだろ! 来ること聞いてないぞ!」
「バルト様にはお手紙出したよ。でもリクに内緒でってお願いしていたもの。良かった~。驚かせたかったんだよね」
銀色の髪を躍らせ、シルクは微笑みながらこちらへとゆっくりと足を進めてくる。
それが待てなくて俺は駆け出した瞬間、何の予告もなく執務室の扉が開かれた。
「じゃーん! どう? 驚いた?」
「は?」
思わず部屋に飛び込んで来た人物を見て、思わず目が点になる。
それはシルクだったからだ。今度はメイド服ではなく、ワンピース姿。
「……あれ?」
「え?」
しばし二人のシルクは見詰め合い、その後同じように小首を傾げた。
「「私が二人っ!?」」
さすが同じ顔。ぴったりとしたタイミングで声が重なる。
しかし困ったな。どうせ以前のように片方はシルクの振りしたリザーだろ?
ここまで似ているとさすがにわからないぞ……
まるで鏡を合わせたかのように一寸の狂いもないため、見比べてもわからない。
その時だった。控えめなノックがして扉が開きあのシスコンが現れた。
シスコンと言えば決まっている。義理の弟であるラズリ=ハイヤードだ。
いつものようににこやかな腹黒い笑みを浮かべ、優雅に「お久しぶりですね」と礼を取っている。
「……来てたのか」
「えぇ。先ほど姉上と一緒に」
という事は、やっぱりどちらかが本物か。
「おや、姉上が二人。さて、本物の姉上はどちらでしょうね? 貴方が本当に姉上を愛しているならばわかるはずですが」
「お前の仕業か。これ」
「さぁ? それよりも姉上はどちらですか? ちなみ僕はわかりますよ。姉上を間違えるはずなんてありませんから」
じっと二人のシルクを観察していると、なんとなくメイド服のような気がする。
なんとなくだ。特に理由はなく、直観で。
「メイド服がシルクだ!」
「ハズレ~」
可愛いシルクの外見とは裏腹に、男の低い声。
その後すぐに眩しい光が集まり、シルクの体はやがて角ばった青年の体へと変化していく。
それは猫の盗賊こと、リザーだった。
「お前かよっ!」
「そう。正解は僕。あーあハズレちゃったね」
「ならそっちがシルクか?」
そう尋ねれば、「お前は本当にわからぬのか?」と棘に塗れた声で返答された。
それはあの女の声で――
リザーの時と同じように変化を遂げ、漆黒の魔女・ハイネが姿を現した。
「そっちも偽物か!」
「お前の愛は安いな。安すぎる。本物と偽物がわからぬとは」
「わかるわけないだろうが! もうお前ら帰れ!」
そう叫んだ時、またノック音が響いた。
それに返事をすれば遠慮がちに扉が開き、三人目のシルクの姿が。
流石に同じ手には引っかからない。
どうせラズリに命令されたどこぞの魔術師がシルクに化けて、俺を再度嵌めようとしているんだろ。
「あれ? ハイネとリザーも。珍しいね。どうしたの?」
「帰れ。人の執務室に入ってくるな。顔も見たくない。今すぐ出て行け」
「……何それ」
イラつきを含んだそれは聞き間違える事のないシルクの声。
それには流石に心が痛んだ。
あいつの顔で。あいつの声――
それでもこれは偽物と何度も唱え、そいつから視線を反らし書類へと視線と意識を移した。
だが気配が消えないので、再度「目障りだ」と告げる。
「せっかく久しぶりに逢えたのにそれ? たしかにお仕事が忙しい所に来ちゃったかもしれないけど。何もそんな風に言わなくてもいいじゃない。わかったわ。今出て行きます。ラズリ、行こう」
「はい。姉上」
と、妙に弾んだラズリの声に俺は血の気が引いた。
まさか――
「本物のシルクなのか!?」
だが、時すでに遅し。シルクは部屋を出てしまった後。
どうやら俺はあのシスコンの嫌がらせに引っかかってしまったようだ。
あのシスコンは、本当に俺とシルクの結婚反対している。
バーズ国王は認めてくれたが、こいつだけは最後の最後まで反対する勢いだ。
だから何度もシルクとの邪魔をされてきたが、まさかこんなえげつない事をするとは!
+
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「待てって!頼むから。シルク!」
後ろ姿だけでどれだけあいつが怒っているのかがわかる。
そんなシルクの背を俺はただひたすら謝りながら追いかけていた。
シルクの隣であいつをエスコートしているラズリと目が合えば、凄まじい良い笑顔を浮かべていた。
そして「大変ですねぇ」と呟きやがったし。
全ての元凶は誰だと思っているんだ!?
今すぐ廊下に行き止まりでも出来ればいいのにという、無駄な思いが浮かんでくる。
だが、現実にはそんな都合の良いことはない。
俺の心と同じように突き当たりが見えないぐらいに廊下は長く続いていた。
「シルク! 間違えたんだ。リザー達がお前の姿を真似たから」
そう告げれば、ぴたりと足が止んだ。
おっ、許してくれたのか……?
「また間違えたの? 前も間違えたよね? 私とリザー。あの時、私がどんな姿になってもわかるって言ったのに」
シルクが振り返り、やっと念願叶ってお互いの顔が会った。
それなのにシルクは柳眉を吊り上げ、唇を尖らせている。
そんなシルクも可愛いと思う俺は重症だ。
「いや、それは……本当に申し訳ない……」
「嘘つき」
「悪かった。でも仕方ないだろ? あいつら化けるのは上手なんだから。だが、触れたお前だってわかるぞ。キスした時のお前の唇の感触に、反応。俺は全て覚えているからな」
「なっ!」
「体に染みついているんだよ。お前の全てが。だからわかる。会えない間、それを思い返し、何度もお前を想像している」
「姉上。放っておきましょう。こんな変態」
こっちは必死なんだよ! それに元々の元凶はお前だろうが!
「だが、やっぱり妄想より本物がいい。だから、抱きしめさせてくれ」
「ラズリの前で何を言ってるの!?」
「駄目か? ただ抱きしめるだけで我慢する。ハグぐらい親しい間柄ならするだろ?」
「うっ……それは……」
シルクは顔を真っ赤にしながら、やや間が開いたがただ首を縦に動かした。
それに安堵の息を漏らし、手を伸ばす。
だが、抱きしめる事は出来なかった。
原因なんて決まっている。あのシスコンのせいだ。
あいつがシルクを抱きかかえ、横にスライドさせたから。
「申し訳ありませんが、僕達はこれから元老院の方達にお茶会に呼ばれていますので。ねぇ、姉上」
「え? えぇ。お爺ちゃん達が是非って……」
「ではお待たせするわけには参りません。さぁ、参りましょう」
「あっ! えっと、リク後でね!」
あのシスコンはシルクを連れ、さわやかな笑顔を残して消えていった。
……あいつだけ帰ってくれないかな。
と、本音が漏れそうになった。
もういっその事、何かしらの断れない用事でも作るか。
俺はその作戦を練るために母上の元へと向かった。
もう人頼みでもなんでもいいと開き直って。