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第八十五幕 精霊界

「……――ルク。シルク」

わずかな振動を感じる。それは揺りかごにでも揺られているように心地よい。

そのため名を呼ばれているのだけれども、瞼がなかなか上がってはくれなかった。

彼の声が緩やかな小川のような音色を持っているせいか、尚眠りの世界へと誘われてしまう。

春風に吹かれる木々のような爽やかさ。まるで太陽の下で草原で眠っているみたい。

それぐらいの威力を持つ誘惑だ。


「シルク=ハイヤード。起きて下さい。いい加減に目を覚まさねば、時間が無くなってしまいます。

いいんですか? このままこちらの世界で暮らしても。貴方、死んでしまいますよ?」

「はっ!? 死ぬってなんで!?」

その言葉に即座に瞼を開き、すぐ様横たえていた体を飛び起こした。


「……って、どこなのここ?」

辺り一面はまるで銀世界。白以外の色素が存在しないかというように全て真っ白。

建物を支える大きな支柱も、床も何もかもが。


……あれ?


「良かった起きてくれて」

左側よりそんな言葉をかけられてので、そちらを見ればやっと色があった。


一人の青年。

彼は座り込みこちらを見て安堵の表情を浮かべている。

見ず知らずの場所に見ず知らずの人。

それでも落ち着いていられるのは、彼が私と同じ髪色を持つ者のせいだろうか。


「貴方は……?」

私と同じプラチナの髪をした端正な顔立ちをした彼に、なんだか強く惹かれる。

年齢は私よりも少し上ぐらいだろうか。

ラズリが身につけているような衣装を纏い、優しげに微笑んでいた。


「ご自分がどうなったかご存じですか?」

「えぇ。たしかリサさんに刺されて、それで……――」

それでどうなったんだっけ?

ぼやけた頭では何も思い出せない。

駄目だわ。記憶が途中で遮断されたかのように黒い。


「君は死にました。だからここにいる。ここは精神体の精霊以外は立ち入る事の出来ない世界。

貴方達人間が俗にに言う精霊界です」

声と共に突然風が私と彼の間に立ち塞がり、咄嗟に目を閉じ飛ばされないように床へとへばりつく。


何……?

ゆっくりと瞼を開けば、彼の隣にはまたまた銀髪の人が。

今度は青年というよりも、壮年と言った方がいいかもしれない。

年齢はシドぐらいだろうか。

腰まで長い髪を一つに結び、アメジスト色の瞳でこちらを見下ろしている。

精悍な顔付きに上質な衣服に身を包んでいるその人を、私は知っていた。


そのままだ。肖像画のお姿のまま変わらない――


「精霊王・ツェルドラード様!」

何故彼が! と思いながらも慌てて最大の礼を取った。

精霊の加護を受けている私達にとっては天上人のようなお方。


――え、ということは本当に精霊界っ!?


「楽にして構わないよ。君達は私の可愛い子供。ルチルと私の血を引く愛すべき子」

「ですが……」

「それに私はもうすぐ王では無くなる」

「え? あの、それはどういう……」

ツェルドラード様は、私を起こしたあの青年へと視線を向ける。

それを受け、その青年は悲しそうに眉を下げただ笑った。


「私の息子だ。次期王となる。君も知っているだろ? 我が愛姫・ルチルが生んでくれた双子の王子」

「はい」

精霊の血が多く、人間界では生きられない王子。

その後すぐに兄弟と引き離され精霊界へと迎え入れられた方。


なら益々おかしい。

なんで私がここにいるわけ? 精霊の血が流れていても私は人間。

精神体ではないから――……あぁ、そう言えば先ほどツェルドラード様は、私が死んだとおっしゃっていたわ。やっぱり私、あのリサさんの手によって……


「おいで。事情を説明しよう。君に残されている時間はあと少しだけ。

大丈夫だよ。そんな顔せずとも。君はまだ完全には死んでないから」

「……え?」

ツェルドラード様は床に置かれた大きな水たまりのような鏡の前に立つとしゃがみ込み、そこへ指で触れ何やら呪文を唱え始めた。

するとたしかに鏡だったのに、まるで湖のように波紋が広がり、そこへ何か絵が嵌められるように風景が広がっていく。


私は立ち上がるとその傍まで歩いた。

そして同じようにしゃがみ込み、覗き込んだ。


「リク?」

それは私が会いたかった人が映し出された。

顔色を真っ青にしたまま、険しい顔を浮かべただ佇んでいる。

しかも背景を見れば、見た事がある化粧台やら本棚が。

それは全て短時間だけれども愛着が湧いている私物。

どうやら私の部屋のようだ。


映し出されているのは最初はリクだったけど、段々と視野が広がっていき、

ユリシアを抱きしめているラズリや、泣き崩れるラピス様を宥めているバーズ様、

そしてやや俯きながらもそれを守っているハイヤードの騎士達。

それからカシノ、シド、ロイが椅子に座りながら祈るように手を組んでいる。


あと――


「なんで猫目? しかもなんでハイネの肩抱いているわけ?」

猫の盗賊のリザーがハイネの肩を抱き寄せていた。

いつからそんな関係に……全く聞いてなかったのですが……

なんだ、この言葉に出来ない感じ。


「というか、誰?」

目を疑う光景はそれだけでない。壁際で気配を消すように瞳を閉じもたれ掛かっている女性。

鮮やかな緑色の髪を持つ、凛々しい顔立ちの彼女。私はそれが誰なのか知らない。

ただ、どっかで見た事あるような、無いような気がする。


「みんなどうしてここに?」

「見てご覧」

そのツェルドラード様の呟きに、波紋が広がり映像が乱れる。

かと思えば直ぐ様新しいものに切り替えられた。

寝具に横たわる私。

まるで眠っているかのように瞼を下ろしたまま。


なんて心臓に悪い光景なのだろうか。自分が自分を見ているなんて。


「安心していいよ。先ほども言ったように、君は死んでない。正確には仮死状態というやつだ。ただ、時間内に戻らないと息を吹き返さないけれどもね。見てごらん。君の薬指。何かが無くなっていると思わないかい?」

そう言われ眠る自分をじっと観察すれば、たしかに無い。

私がいつも肌身離さず身につけていたもの。


「指輪……」

「正解。持ち主をたった一度だけ守る精霊王の涙。その石が出血の多かった君を一時的に仮死状態にし、そこにいるログ家の生き残りである魔術師が治癒魔法をかけたおかげで君は生き延びている」

「リクが守ってくれたの?」

「虹の石と精霊王の涙を間違えるという偶然でね」

離れていたけどちゃんと傍に居てくれたんだね、リク。

私は何も嵌められてない薬指を撫でた。


「さぁ、そろそろ戻ろう。と、その前に契約して行かないかい?」

「契約とは精霊のですよね。私に精霊はいるのでしょうか?」

「勿論。元々7歳までというのはそちら側の後付なんだよ。成長は人それぞれだからね。

君には私が契約精霊となろう。イザラ崇拝の神官は捕縛したが、染め上げられた人々の先入観は

あまり簡単には消えないだろう。だが君が私の主となれば、君の敵となってきた連中も黙らせる

事ができる」

澄んだ瞳で見つめられても、さすがに精霊王と契約は出来ない。

だってこの精霊の地を一体誰が治めることになるというのだろうか。

私が考えている事が筒抜けだったのか、ツェルドラード様はゆっくりと「イルディ」と名を呼んだ。

それに反応したのがさきほどの青年だった。


「もうすでに決まっている。我が息子・イルディが精霊界の新しい王だ」

「えっ」

咄嗟に口元を押さえたが、どうやら相手に聞こえていたらしく笑われてしまった。


「申し訳ございません……」

「構わないよ。それより父上の事宜しく頼みますね。恐らく母上の廟にばっかりいると思いますので、ご迷惑をおかけするかと」

「いえ、こちらこそお願い致します。ですが、大丈夫なのでしょうか?」

「元々代替わりの次期だからね。問題はありません」

そう告げたイルディ様のお姿が寂しそうだった。

それは当然。だって離れてしまう事になるのだから。

彼らが再会するのは、契約が切れた時。


つまり、私の命が尽きる時――


「では、シルク。契約の楔となる詠唱を」

「はい」

跪くツェルドラード様へ左手を伸ばし、大きく深呼吸をした。

不安定な波を緩やかに穏やかにするために。





なんだか騒がしい。いや、騒がしいというより煩いに近い。

まるで鶏が耳元で鳴いているように、酷く感に触る声音。

それは数人による騒音らしく、男性も女性も関係なく揉めているようだ。


そのせいで、私の意識はふっと戻った。

懐かしいような何とも言えない感覚に、ゆっくりと瞼を開いていく。

すると飛び込んできたのは、見慣れた天井に見慣れた風景。

自室だ。


あぁ……どうやら自分は帰ってこれた。

ほっと安堵し、体を起こす。

そしてその騒音がする右手へと視線を向けたら、せっかく自由になった体が再び固まってしまった。


「貴様! 我が姉上に何をした!? あぁ?」

「おやめなさい、ラズリ!」

剣を抜き今にも斬りかかりそうなラズリを押さえる騎士達に、それを戒めているラピス様。


「やれ! やってしまうのじゃ、ラズリ! 二度と我がハイヤードの土を踏めぬようにせねば!」

あと、それを煽るバーズ様。


「えぇ、言われずとも。骨も残さず灰にしますよ。あぁ、それでは楽ですね。少しずつ体を凍らせて壊死させて行きましょうか」

「……ちょっと!? そこまでやれとは言っておらんよ!?」

今まで煽っていたのに、急に土色の顔をし始めたバーズ様は慌ててラズリを止めに入った。

ラズリの殺気が向かう先は、リクがいた。

こちらも騎士に取り押さえられる形になり、ラズリと似た状況だ。


「このままあいつが起きるまで指を咥えて見ていろというのか? 冗談じゃない。やれる事はやるべきだ」

「それには同意する。が、なぜあのような真似をする必要があるというんだ? 頭いかれているのか? お前は姉上に触れる事すら禁止しているだろうが」

「勝手に禁止にするな。姫は王子の愛で目覚めるという鉄則があるから試した」

「ふざけるな! 貴様の可笑しげな理論で姉上を汚すな! どけお前ら。邪魔するならお前らも一緒に道連れだぞ」

「落ち着いて下さいませ、ラズリ様。一応あぁ見えて王子! 国際問題になってしまいますって!」

「闇に葬れば問題ない」

「貴方様なら上手くやりそうで怖いです」

目覚めれば、ギャーギャーと鴉の鳴き声のようにいろいろな人の声が交錯。

しかもその周りにはあの鏡で見た人達が傍観だったり、やじを飛ばしたり、諫めたりと様々な反応中。


「ねぇ。みんな、何をしているの?」

結構シリアスな展開だったよね。精霊界で見ていたよ。

でも、あれ? おかしいな。それなのにこのお祭り騒ぎって……


呆れながら彼らを見ていると、時間がぴたりと止まったかのようにそのままのポーズでこちらに視線が釘づけになっている。そんなに見られると気まずいんですけど。


「シルク……」

「姉上。ほ、本物ですか……?」

「勿論よ。ねぇ、それよりこれ何の騒ぎなのかしら――って、ええっ!?」

今度はなだれ込むように、その場に居た全員が私の元へと駆け寄って飛び込んで来た。

そして抱きしめられる。が、誰に抱きしめられているのかわからないぐらいのぎゅうぎゅうのすし詰め状態。故に息苦しい!


「良かった、目が覚めて!」

「まさか本当に絵物語のようにキスで目が覚めるとは!」

「愛の力って本当にあるんだな」

「やっぱり俺とシルクの愛は本物だ」

「は? 偶然です。それよりさっきのは僕は忘れませんから」

「ねちっこいな。お前」

喜んでくれるのは嬉しいんだけど、キスって何?

引っかかるためその件を伺いたいが、あまり良い予感はしないから聞くのを放棄。


「みんな、心配かけてごめんね。あのね、私ねやっと精霊と契約できたんだよ――」




あと1話で終わりです。

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