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第八十二幕 リクのお母様

「ふふ。こんなに可愛らしい子だったなんて。もっと早く紹介して欲しかったわ。あの子ったら」

扇で口元を隠しながら、目の前に佇んでいるその女性はそう口を開いた。

私を訪ねてきたお客様。

そう言われても、どうにもラピス様のお知り合いのように思える。

年齢も雰囲気もなんだか、近い気がする。


ただ彼女の海を思い出す、深い青き瞳。それに見つめられ、心がざわつく。

だってリクと一緒だったから――


この方は私への来客なの? ラピス様ではなくて?

ちらりとラピス様の方を見れば、それが表情に出ていたのかくすくすと笑われてしまう。


「シルク。ご紹介するわ。こちら、フィオナ様。ギルア国の正妃よ。バーズ様とはアカデミーのクラスメイトだったの」

「リクのお母様!?」

もしかしてそれって、避暑地で病気療養中の方?

リクのお母様――つまり、バルト様の正妃であるフィオナ様は、数年前から体の体調不良により空気のよい地方で暮らされているとか。

そのため正妃としての公務以外はほとんど城には来ないそう。

私が働いていた半年。その間一度もお会いした事がないし、リクからもその話を聞いた事がない。

私の方も一度としてその話を尋ねた事が無かった。

だってなんだか触れてはいけないのかなと思って。


こんな長旅なさって体は大丈夫なのかしら……?

首を傾げながらフィオナ様を伺えば、微笑まれてしまった。

あぁ、こうして見るとスレイア様に似ていらっしゃるわ。


「あの……お加減は大丈夫ですか?」

「えぇ。あれは元々は心の問題だったの。あの方が他に女性を作る事を許せなかったから。だから気持ちが落ち込んでしまって……見ないように逃げてその気持ちに蓋をしたの……最初からわかっていた事なのにね。きっと弱かったんだわ……」

フィオナ様は両手の平を握り締めた。未だに葛藤があるのだろう。

手の色が少し変色するまでその力は強かった。


きっといろいろな思いがあったのでしょうね。

私だってリクが他の女性となんて嫌だもの。

でも政治的な話とかも絡んできて仕方なく……という場合だってあるはず。


以前リクに側室の話をした事がある。私と結婚しても作るの? って。

そしたら「今の所作る理由なんてない。そんな事しなくてもうちは基盤固まっているから必要ないだろ」って言われた。

でも「バルト様はいるよ?」と訪ねたら、「あれは趣味だ。趣味。息抜き」と。


「でもね、そろそろ城へ戻ろうと思うの」

「えっ、まさか離縁ですか?」

「まぁ! そんな事を今更しないわ。それに離縁に関しては、きっとまた却下されるから。何度もお願いしたの。私のような小物は捨て置いて下さいと。でも、許して貰えなかったわ。君の事は手放せないって。本当に酷い男よね。あの方、時間を見つけては必ずこちらに来て下さるの。そして出会った頃と同じままの時間を過ごす。本当に馬鹿よね。そんな誤魔化しに心が慰められるんだもの――」

「では、どうしてでしょうか?」

「シルク様が嫁いでいらっしゃるでしょ? いろいろお教えした事が山ほどありますの。

そのために。それに――」

「それに?」

その質問に、フィオナ様は声を上げて笑った。

突然の予想外の反応に私もラピス様もお互いの顔を見合わせてしまう。


――ど、どうしたのかしら……? 私、何か失礼な事でも?


一通り笑い終わったのか、フィオナ様は目じりの涙をハンカチで拭うと、「はぁ」っと息を吐いた。

そしてコホンと少し咳き込み、声を整え口にした。


「面白いリクイヤードが見れそうなの」

「リク面白いですか?」

「えぇ。リクイヤードがね、突然私の所に来たの。一年に一度来ればいい方あの子がよ?

ゴシップ新聞片手に『あのシスコンに嵌められたっ!』と、鬼気迫る勢いで乗り込んで来たの。

ふふ。寝起きだったのか、髪もくしゃくしゃで夜着のまま。何事かと思ったわ」

ゴシップってもしかしたらあれの事かしら?

思い当たるのは、バーズ様がずっと隠していた新聞。

あのリクの熱愛報道だ。


「今すぐハイヤードへ向かって誤解を解いて来てくれって、この子は何をしたの? って思ったわ。

私、シルク様とリクイヤードの事知らなかったの。だから、最初は何を言っているか理解できなくて。

説明して貰ってやっと納得したわ。ごめんなさいね。本来ならあの子が直接ここに来るべきなのだけど、今多忙でなかなか身動き取れないらしくて……だから私が代わりに」

「まあ! わざわざありがとうございます」

「いいえ。それでね、これを渡す様にと」

そう言って渡されたのは、一つの封筒だった。

真っ白いシンプルなそれは、何が入っているのかやたら分厚い。

二センチぐらいかな? よく封蝋出来たなぁって思う。


「それからあれを――」

フィオナ様が体を向け、扇で指したのは窓際。

そこにラッピングされた箱が沢山並んでいる。形状は様々だ。

長方形のもあれば、三角形のもある。大きさも大小。


「リクイヤードから貴方へのプレゼントよ。馬車に詰め込める分だけ持って来たわ」

「……」

リク、まさか浮気したの!?

いやだってこう誕生日でもないのにこんなに物いっぱい貰うって、ちょっと疑っちゃうよ。

手紙に何か書いてあるかなと、私はギルアの紋章が描かれた封蝋をはがし、

中身を取れば普通の便箋だった。

ただ数枚単位ではなくて、数十枚。どうりであんなに分厚くなるわけだわ。


一体何が書いてあるのかしら? と文字を目で追っていく。

数分かかって読み終わった感想は、「リクの熱愛報道は黒なのか、白なのかわからない」ということだった。

だって便箋にずらずらと「誤解なんだ!」「信じてくれ」「嵌められたんだ」とか、「あれは違う」とか、そういう言葉を変えたニュアンスでの弁明が長々と書かれていたから。

やましい事が無ければ、こんなに長く説明しなくてもいいと思うのは私だけなのかな?


しかし、待ちに待った初めて貰った手紙が、ゴシップ記事の弁明。

それにプラスして、プレゼント攻撃。


……リク、これは逆効果だと思うよ? なんか浮気した詫びにも捉えられるんだけど。


「安心なさって。我が息子はシルク様一筋よ。これは私が保障するわ。そうでなければ、わざわざ私の元まで来ないわ。ただちょっとやっている事が裏目に出ているから信じられないかもしれないけれど」

フィオナ様はそう言ってくれたけど、まだ胸が燻っている。

実際にリクの口から聞ければ、不安も消えていくのかもしれない。


――会いたいな、リク。


「まだあの子からの伝言残っているの。二か月後のミニット国で開かれる即位式。

それにリクイヤードが招待されているわ」

「ミニットの?」

すぐ近くだ。

「それが終わったら、帰りにハイヤードへ寄るそうよ」

「本当ですか!?」

「えぇ」

あまりにリアクションが大きかったのか、フィオナ様はくすくすと笑っている。

ちょっと恥ずかしかったけど、それ以上に喜びの方が大きい。


……でも、私がリクに出会うのは、それよりも少しだけ早まってしまう事となる。

しかもあまり良くない理由で。その事を浮かれた私は知る由もなかった。









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